第19話【4】

 踏み込みを魔法の発動のトリガーと共役にすることで、通常よりも早いタイミングで足元の影に呼び掛ける。

 薙刀を片手で持ち駆け出すと上から叩きつけるように防御の動きを取られるが、まずは解の正誤を確認するのが優先だ。


 攻撃の勢いは緩めず、思い切り彼女の得物目掛けて虚無の刃を振り上げる。

 魔力による加速もあいってその威力は並大抵のモノではなく、彼女の右手が衝撃でふらりと揺れた。

 しかし流石に反作用で俺の攻撃は次に繋げることができない。

 故に、俺は魔法に意識を向け直す。


 一対の影の腕を両の真横から突き出し、多方面への防御を強制する。

 もしも空間魔法が原始魔法属性元素──光や闇の魔法と同じくらい万能なモノならばこの攻撃は容易く防がれるだろう。


 しかし、所詮は水と風の混合属性。


「ッ──!」

「クハッ! やっぱ引くか!」


 バックステップで躱された。

 元から魔力の節約という意味で、ギリギリ避けられるが相当身体に無茶を強いる威力で発現させた魔法である。

 無論、こうなるのは織り込み済みだ。

 その結果こそ、俺の仮説の証明。


 空間魔法は平面かつ一面に限定される。


 複数の方向から攻撃が来た場合、自分をぐるりと覆うように空間魔法で閉曲面を展開すれば完璧な防御となる。

 しかし仮にできたとしても、大量の魔力消費を伴うのは想像に難くない。

 そもそもの話、風が司る方向ベクトルはただでさえ演算の難しい要素なのに、更に水を組み合わせ空間に干渉するのだ。

 呪いに頼っていない彼女のような人間がそう簡単にできることじゃない。


 つまり、多方向から同時に攻めるのが彼女を殺す上でカギとなる戦法。

 普段のように身体能力で一方的に攻め立てるのは効果的ではなく、魔法も織り交ぜ戦わねば敗北は必至。


 俺はコイツと戦っているのではない。

 コイツと殺し合っているのだ。


 ここは──戦場だ。


「あァ……ハハッ。鈍ってんな、俺」


 忘れていた、俺の本当の気持ち。

 景観の維持は、できないだろうな。


 殺しの頂としての血が沸き、騒いでいる。


「さあ、エルゲンノート。ヒトの尊厳のぶつけ合いだ。いつまでもお行儀良く俺にへりくだってるヒマはねえぜ?」

「憧れとは、大きいものですよ、シグマ様」

「超えようと思わないなんて姉上に申し訳ないと思わないのか。王位を狙う気概も無いヤツが……俺に勝てるわけねェだろ!」


 地面を蹴りつけ、轟音の中駆ける。

 瞬間移動もくやという速さで距離を詰めた俺は、脛を刈り取る一撃と共に魔力をふんだんに使って影へ呼びかけた。

 視線の先、影の鎖で下半身を拘束、畳み掛けるように《影踏シャドウ》で槍を創り喉と心臓目掛けて伸ばす。


 二重の魔力障壁で首への一撃を防御。

 空間魔法で心臓へのひと突きを回避。

 片手剣で薙ぎ払いを受け止め、すぐさま最速の風魔法を俺に撃ってきた。


「《飲陽ウロボロス》」


 左手の先に魔力を集わせ、虚無を生む。

 ソレは陽の光をも喰らう神獣の口であり、発現した魔法すらも吸収する。

 強力な反面、相手の魔法に劣る魔力量しか込めなかった際は暴発し、魔法師本人を喰らうという危険と隣り合わせの魔法だ。


「《風破》!」


 拘束を抜けるのが早い。

 やはり上級魔法程度ではこのレベルの相手じゃ足止めにすらならないか。


「人導流、一式──《塵旋風》!」

「……! 詠唱無しで《属性付与エンチャント》か!」


 俺を塵と化そうと振るわれる剣筋から不可視の刃が飛んで来ているのを感じ、距離を取る意味が無いのを悟った。

 足を後ろに運ぶ時間すら惜しむ程にコイツの剣術は研ぎ澄まされている。


 右から斬り払い、左下から振り上げ、真上から振り下ろす。

 薙刀を両手で構え常に攻撃に垂直になるよう柄の向きを変えていると、ふと彼女の剣が半ばから消え失せる。


「ッ……!? よくもまぁ合わせるなァ!」


 空間魔法により左斜め後ろから迫る刃もしっかりと受け止め、その一瞬の硬直を咎めるよう影の槍を突き出した。

 今度は咄嗟とは言え魔力障壁すら貫く威力なのがわかっているのか、俺から距離を取るように躱される。

 魔法による防御と攻撃は同時に行えないという仮説通り、一度仕切り直しをしようと更に後ろに下がるだろう。


「《或世界ノ終焉》」


 反転世界を展開。

 最短ルートで突き進み、背後で転換。

 耳障りなノイズが耳に届くよりも先に薙刀の刃を振り払う。

 虚無の刃は水を斬るように一切の抵抗なく彼女の腹を撫で、その身体を真っ二つに斬り裂いた。


 ──そんな未来を、幻視した。


「《疾風ソニックウィンド》!」

「チッ……。流石に素直にやりすぎか」


 ほとんど咄嗟の対応ではあったが、ここまで早く対処されるとは。

 戦場で生きてきた者は、どこまでも違う。

 最近はこの国の人間とばかり関わっていたせいか、ブレイズ王国のヤツらのメチャクチャな頭の出来を忘れていた。


 しっかりと距離を取られ、仕切り直し。

 今度はあちら側が攻めてくるようで、人導流剣術特有の足運びと風魔法による超加速で認識がブレる。

 しかし、俺は視界よりも魔力の方が身近に感じる稀有な人間である故、ソレに騙されることはない。


「人導流薙刀術、一式──《天満月》」


 彼女のリーチに入る前に《深淵の呼び声コール・オブ・ジ・アビス》を振り上げて足を止めさせる。

 漆黒の刃が闇夜に三日月を描き、その余波でグレイシアの髪が僅かに散った。

 大きな隙、ソレを攻め立てようとこちらに向かってくる姿──どうやら、薙刀術は今になっても広まっていないらしい。


 薙刀が描く線は三日月に留まらない。

 天満月──満月を模したこの技は、初めの振りの勢いを上乗せした『二度目の攻撃』に重きを置いている。

 大きく身体を使い、僅かな跳躍と共に全身全霊で刃を振り回した。


 振り上げの慣性に従った跳躍と魔力による加速で更に威力を増した斬り上げは、地面を大きく抉りながら彼女の剣にぶつかった。

 その衝撃により全身が軋むのが見て取れ、俺はすぐさま薙刀を手放す。


「《或世界ノ終焉》」


 反転世界の中、地に降り立つ。

 すぐにグレイシアの元へ駆け、回し蹴りを打ち込む寸前で実世界へ転換。

 肋骨が折れる音がよく響き、血反吐を吐きながら彼女はぶっ飛んだ。


 宙で回る薙刀の柄を掴み、再び放る。

 何よりも、速く、疾く──。


「人導流、二式──《蹴突》」


 蹴り飛ばした《深淵の呼び声》は彼女よりもずっと速く飛んでいき、その左腕を肘から断ち切った。

 ドゴン!と城壁と激突したグレイシアはしかし意識をしっかり保っていて、未だ戦意に満ちた目をしている。


 たとえ隻腕になろうと決して剣を手放さないその姿は、五大影傑第2位として相応しい戦士のソレであった。


「げほっ……っ──《号哭の言ロスト・センテンス》!」

ついばめ──《獄烙鳥ハルピュイア》!」


 聞いたことのない魔法だった。

 ひと粒ひと粒が凶器と化した雨粒が王級風魔法の《暴風龍舞デルタストリーム》によって広範囲にもたらされるソレは、最上位の混合魔法だろう。

 周囲の空間全てを削るかのような、天変地異の一種としか思えない程の威力。

 明らかに躱せるような範囲ではない、そして込められた魔力量はそう簡単に抑えられるモノじゃない。


 すぐさま詠唱破棄で《獄烙鳥》を使い己の背に影で猛禽の翼を生やし、被弾覚悟で嵐の中を突っ切る。

 たったひと粒にすら上級魔法以上に魔力が込められているソレは、幾万の刃物を突きつけられているのと同じ。

 身体中に切り傷が増えていくが、ハイになっているのか痛みは薄い。


「──《亜空切断クロス・ワールド》」

「──《或世界ノ終焉》」


 眼前、空間がズレた。

 三次元の崩れを可視化する程の魔法──まさか彼女は、冥級以上の空間魔法まで会得しているのだろうか。


 数瞬遅ければ、俺の頭蓋は真っ二つにされていただろう。

 あそこで俺が真っ直ぐ素直に突っ込んでくると予想して攻撃を置いていた──何かが違えば、死んでいた。


 この感情は、恐怖だろうか?


 ──いいや、違う。


 俺は、今──高揚しているのだ!


「──!」


 無言の気合い。

 彼女の魔法を躱すようにスライディングで距離を詰めきった俺は、思い切り踵に魔力を込めながら上段回し蹴りを放った。

 実世界へ転換し、彼女が構えた右腕を破壊する向き──あまりにも惨い音と共にグレイシアが再び吹っ飛んだ。


「死ね──《影踏》」


 勝った。

 そんな確信があった。

 確かに俺は、彼女の命を握っていた。


 ──ふと、視界が揺らいだ。


 何かに殴られたようだ。

 景色が霞んでいて、よく見えない。

 ひどく頭が痛い──立っていられない。


 最強たる《終焉の告げ人》としての俺は、この時初めて、膝を突いた。


 ──ごぽっ……!


 血反吐を吐きながら、手も突いた。


 そして、悟った。


『彼女』の力を、使いすぎたのだ。


 この力は──『呪い』だというのに。

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