第18話【4】

 ──かつて、世界には神が居た。


 全ての秩序を神が統治し、感情はおろか表情の可変性すらも持たぬ土塊つちくれが上位存在によって管理される、退屈に塗れた世界。

 それを見かねたとある者が、神の力に類似した『魔』を世界へ招待したと言う。

 人々に対する神の過保護を、全ての事象を予定調和と言わんばかりに調整するその所業を指摘するように。


『魔』は世界を蝕んだ。

 神々は『変数』への対応を行った。

 故に、見落としていたのだ。


 ──神の庇護を失ったれが、本来は意思を持つ己の写し身であるということを。


 魔は神を糾弾した。

 そして同時に、世界に魔が溢れた。

 やがて其れは人形に宿り、見向きもされていなかった彼女の撥条ぜんまいを捻った──。


「ククク……はっははっ、あっははははっはははははははははははっ!」


 神魔大戦──そこに刻まれたひとりの名。


「嗚呼、天にまします我等が父よ」


 後に、人は彼女を──。


「ざまあ見やがれ」


 殺神さつじんと呼んだ。


*  *  *


 ──久しぶりだね、シグマ。


 話しかけるな、鬱陶しい。


 ──つれないね。最近の君は私に呼び掛ける事が殆ど無い。君からの貢物もめっきり減っているじゃないか。君が嫌がる事を為すのは私に与えられた当然の権利と言っても良いだろう?


 うるせえな。俺が望むほとんどはお前にとってなんてことない、簡単なことだろ。なのに他者の命を狩れとか……同じ人間として思うとこはねえのかよ。


 ──誤解があるようだね。私は君の魂が神へと昇華できるよう、強きものと戦い、その命を証拠として差し出せと言っているんだ。

 魔力は現在にける命の象徴、故に最大限譲歩して其れを貢物として認めてあげているんだよ? 感謝なら兎も角、非難されるいわれは無いだろう。

 そして人とは集まれば上位存在と成れる。戦争で狩った命で事足りていたのはまで人が強いからで、他者──弱者の命を無闇矢鱈に奪うのがこの呪いの代償ではないよ。


 御託はいい。コレ、借りてくからな。


 ──うん、どうぞ。の等級の力は実に2年ぶりだ。思う存分暴れるといい。


*  *  *


 グレイシア・エルゲンノート。

 お前は強い。今まで戦ってきたどんな人間とも比べ物にならない程に。

 だから、俺はお前に敬意を払いたい。


「『神は我等と共に』

 語る聖徒は天啓を得た。

 頷く神は慈悲を手繰たぐり、世界に恵みを与えたもふた。

 恵みはひどく温かく、の身を髄まで救い給ふた。

 母なる大地は豊かに栄え、恵みの水は永遠とわに降り注ぎ、奇跡の炎は命を照らし、調和の風は刹那にく。

 せきく語りき。

 世界とは、罪過に塗れし神性の庭。

 故に、我は望む。

 さあ! 神を堕とせ!

 さあ! 天を見下ろせ!

 さあ! 歪んだ世界に終止符を!

 ──《或世界ノ終焉》」


 虚構の力が迸る。

 世界への認識が変わっていき、やがて時間という概念が歪んでいく。

 景色がくすみ、音が遠ざかる。

 孤独が周囲を支配した瞬間、途方も無い全能感が俺の身体全てに満ちていった。


 正真正銘の、俺の奥義。

 神級闇魔法──《或世界ノ終焉》

次元超越オーバークロック》の上位互換のようなモノで、虚次元に似たモノへ干渉する力を一時的に得る魔法。


 反転世界──俺たちが見ている正の世界とは異なる次元に、秩序と均衡を保つために維持神が創り出した虚構の世界。

 負の質量を持つ反物質から構成された世界は正の世界に在る存在を映す。

 正の世界で林檎が落ちれば、反転世界で林檎が昇っていく。

 反転世界は現世の鏡写し──そこで起きた事象は、正の世界にて発現する。


 なぜ人の国であるブレイズ王国の始まりの血筋がこの神の力を持っているのか、その答えは至極単純だ。


 俺の先祖──殺神姫が殺した神の中で最高位だったひと柱が、維持神エンブレスだったと言われている。

 そして、彼女は神と成った。

 維持神の力を魔に組み込み、闇魔法の創まりとして彼女が行ったのは──反転世界への干渉による世界の改変。

 後に語られる神級闇魔法である。


 彼女の呪いをこの身に受けている俺だからこそ《或世界ノ終焉》を行使することができるのだろう。

 なにせ、過去の記録でコレを使って戦った者はひとりたりとも居ないのだから。

 とは言え流石に彼女への貢物が力を自由に使うには足りないから、制限時間は相当短いモノとなる筈だ。


 神威を凌駕する神子を全力で殺しに行く。


深淵の呼び声コール・オブ・ジ・アビス》を構え地を駆ける。

 ズズズ、とノイズが視界に現れ酷い鈍痛が頭をノックしてくるが、歯を食いしばって抑え込んだまま距離を詰める。

 やがて射程圏内へ──実世界へ転換。


 ふわっと世界に色彩が宿る。

 膨大な情報の差異を埋め尽くすように空間が歪に揺らぎ、ノイズと共に凄まじい頭痛が襲ってきた。

 その痛みに懐かしさを覚えつつ、俺は虚勢を張るように笑い薙刀を振るう。


 その速度は光をも超える。

 時間の連続性を保つため世界は俺の位置情報をタイムラグ無しに更新する。

 結果、俺はグレイシアの視界から掻き消え刹那の間を空けることもなくその背後に回っていた。


「っ……は!」

「流石に反応は良い。だが咄嗟の防御じゃ姿勢は保てねえよなァ!」


 呆然とした表情で俺の斬り上げを防いだグレイシアはその威力に息を漏らし、すぐに距離を取ろうと飛び退った。

 しかし不格好な姿勢からの跳躍で取れる距離など高が知れている。

 薙刀の持ち手をより浅く握り、リーチを伸ばしながら追撃。


 魔法で創り出した武器は身体と一体化し、その質量を超えた動きを実現する。

 大きく前に倒れ込みながら地面を蹴り、ドン!と大きな音を立てて踏み込む俺は斬り上げによる慣性を掌握し、反転する。

 斜め下への斬り下ろし。横から刃を添えることで軌道を逸らされるものの、威力を殺し切れなかったのか彼女の体が揺れた。

 間髪入れずに薙ぎ払い、その身体に刃が届くと思った瞬間──《深淵の呼び声》が柄の中ほどから消え失せた。


 影の刃は、背後から俺の首へ迫っていた。


「ッ──!? クハッ! ソレが空間魔法か! 中々厄介じゃねえか!」


 首を捻り、自分の刃を空振らせる。

 ほんの僅かに俺の髪を持っていくその感触に自らの刃の威力を自覚する。

 風圧だけでアクシアから頭を引っぱたかれたのかと思うくらいの衝撃……直接斬られれば無事では済まないだろう。


 魔力の揺らぎはほとんど無い。

 相当な鍛錬を積んできたことがわかる、至高の魔力操作と発現速度。

 攻防一体のコレは近接戦闘もそうだが、遠距離で戦うアリスなどが相手するとその何倍もの苦戦を強いられるだろう。

 魔法の軌道転換、転移……何ができるのかはまだまだ未知数。

 油断は無いが、気を引き締めねば。


「はっ、ははっ!」

「ッ……! ふぅ──!」


 何処に俺の刃が出てくるかわからない。

 全力で攻めれば自分の攻撃に対する防御が疎かになるため、本来の戦い方からかけ離れた丁寧な足運びで攻めを絶やさない。


 左右への連続斬り払い、両手で柄を支えた神速の斬り上げ、彼女の利き手を狙った袈裟斬り、足元を狙った薙ぎ払い。

 連続して魔法を使うのは流石にできないらしく、剣による防御も織り交ぜられた彼女の守りはとても堅い。

 俺の攻撃をそのまま攻めに転じることができるため手数にも事欠かず、どんどん頭痛が酷くなっていくのが焦燥感を煽る。


 反転世界を展開。

 彼女の右へ駆け、薙刀を上段に構える。

 正の世界へ発現──彼女が空間魔法を発動すると予想して、コンマ01秒と経たずに再び《或世界ノ終焉》を行使。

 左斜め後ろへと回り込み、転換。


 彼女の手の先に魔力の揺らぎが在ることを確認しつつ、殺しの意思を込めて影の刃を逆袈裟斬りの要領で振り上げる。

 取ったと思いながらも油断はしていなかったお陰で、驚異の反応速度で防御されたことには動揺しなかった。


「半端ねえ。五大影傑は化け物揃いか」

「はぁ、はぁ……! 殿下も、流石の威力と速度で、ございます……!」


 しかし、何故剣で防御したのだろうか。

 彼女は右利きで、剣は右手で握っている。

 だからこそ防御しづらいであろう左を本命に据えたというのに、空間魔法ではなく剣で防御しようとした、その真意とは。

 右からの攻撃を防ごうと魔法を展開──し切っていなかった彼女は、魔法の発現を仕切り直す猶予があった筈。


 何かが、引っかかる。


 一見完璧な魔法には必ず魔法師が隠すデメリットが存在するという、アリスからの教えが頭をぎる。


 ──そして、解は見つかった。


「絡繰れ──《影踏シャドウ》」


 頭痛が急激に悪化し、冷や汗が背を伝う。

 影の腕を地面から伸ばしてグレイシアへと向かわせつつ、俺は《深淵の呼び声》を構え駆け出した。


 弱点は判明した。

 ここから先、お前の防御に攻撃の手を混ぜさせるつもりは無い。


 さあ、思う存分、死合おう。

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