第16話【4】
──それは、突然のことでした。
いつも通り部屋に
すっかり日は沈みわたしたちの活動も活発とは言えなくなった頃ですが、わたしに仕えない使用人はまだ仕事をしている筈です。
王城でも別棟に居るわたしですが、ゼータと戦った弊害か周辺の人々の動きを無意識的に感じ取ってしまうのです。
故に普段と彼らが違う動きをしているのに妙な違和感を覚えてしまいます。
彼らがいつも機械的に日常を送っているなどとは思っていませんが、ここまで全員が動かないなんてあり得るのでしょうか。
「うん……まぁ、恐らくわたしには関係のないことでしょう」
後に、わたしは回顧します。
その判断は、間違いだった、と。
生徒会で担当するイベントの書類を作成するために机に向かい、羽根ペンにインクを付けて思いつく限りの案を書き連ねます。
学園を卒業した者全員が戦場に従事するわけではないことは、国の経済を回す商業ギルドを見ればわかっていることです。
しかし、わたしが目指す──神すら実現できなかった『平等』に近い国に
苦難、共存、達成、歓喜。
全てを王族の背負うソレと同等にする必要はありません。ただ、経験しないまま大人になるのは、良いことでないというだけ。
王族も、貴族も、平民も、皆が同じ景色を共に並んで見ることこそ、始まり。
学年別の行事も良いですし、クラス対抗で何がするのも良いでしょう。
ですが、普段であれば関わり合うことなどない者との視点こそ、わたしたち貴族が今最も必要とすること。
学も魔法も不要。ただ、人として必要であることを学ぶための場。
……ふふ、お兄様が認めてくれるとは到底思えませんが、所詮わたしの意見。
どうなろうと、今はどうでもいいのです。
現実的な意見から突拍子もない、予算も割に合わない馬鹿げた案まで、ただただ書き留めていくこの時間。
わたしはこの何の生産性も無く意味があるのかもわからない時間が、中々どうして好きなのです。
故に──邪魔されることに、腹が立つ。
「……なんと言う、存在感」
彼の言っていたことが、現実となる。
神威すらも下す存在……わたしは、平和を脅かすソレが、大嫌い。
寝巻きを脱ぎ、制服を着ます。
学生の身分である現在、わたしはドレス以外にも正装を持っています。
動きやすさと魔力伝導性が優れたこの服ならば、相手に不快感を与えたとしても命ぐらいは拾えるでしょう。
わたしは、最強。
被害を考えなければ、ゼータも殺せる。
シグマさんだって──きっと、対等です。
ならば、お父様の代わりに、王族として貴様を迎えて差し上げましょう。
「──アリス」
「お久しぶりです、お父様。息災ですか」
「案内ありがとう、国王陛下。君に対する用はもう無い。下がっていいぞ」
冷たい声でした。
この狂気に満ちた声色……懐かしい。
自分の中に眠る神の残虐性が表に出ようと心の内を掻き毟ってくる感覚。
これは……良くないですね。
できれば平和的に話したいものです。
「……しかし」
「聞こえなかったのかい? 下がれ」
「──すまない、アリス」
「いいのです。これがわたしの『仕事』ですから。お父様は久しぶりに見る我が子の成長に喜ぶ準備を……お願い致します」
ひとつの気配が去っていきます。
扉越しに彼女と探り合いをしますが、戦意をまったく感じないのが不可解です。
そもそも何故彼女は王城へ?
戦争を起こす気がないのなら、その存在をわたしたちへ知らせるような真似をする意味がありません。
わたしの排除が目的……王族の暗殺という戦争の大義名分ができるので、それもあり得ないでしょう。
わからない。
未知は恐怖。
探求こそ人の本質であり、生きる知恵。
考える。考える。考える。
「扉を開けてくれるかい?」
わからなかった、何も。
「はい。……初めまして、メビウス王国第三王女、アリス・メビウス・クロノワールと申します」
「お初にお目にかかる。ブレイズ王国国王直属、諜報部隊長兼、五大影傑第2位、グレイシア・エルゲンノートだ」
殺気。
距離に反比例する力を定義、左肩に展開。
そして、弾かれる。
『無限』に作用する力は強く、複雑です。
その分思考に余裕が無いので、普段の何千倍も集中して眼を開きます。
彼女の一挙一動へ合わせて魔力を練り、刹那の間に適切な座標へ伝達、即座に展開。
左、斜め後ろ、正面──思考が加速する。
眼前に佇むグレイシア・エルゲンノートの姿は一切ブレていません。
その右手に握る両刃の剣が描く残像は重なり合って擬似的な面を形成し、彼女の太刀筋の速さを物語っています。
一切の音が存在しない斬撃はゼータの攻撃を上回る速度で飛来し、わたしの身体を細切れにしようと襲ってきました。
それは、時間にして僅か1秒の間に起こった出来事です。
飛来した斬撃は──12回でした。
「……流石にやるね、君は。身体の弱い魔法師と言えど、
「ふふ、まさか
空間魔法──ここまでとは。
神威なんかよりずっと恐ろしい力ですね。
過去に居なかったわけではありませんが、ここまで極めた者は存在しません。
攻撃性能に関しては、一般的な光魔法のそれを優に上回ることでしょう。
空間の連続性、というものがあります。
手を伸ばせば指先は視線の先へ伸び、そこにあるものを掴むことができます。
それは空間というこの世を支配する次元が無限に連続して存在しているからであり、世界に終わりはありません。
始まりも終わりもない、無限から無限へ連続して続く次元──それが『空間』
空間魔法は、そんな次元に対して始点と終点を創り出すことができるのです。
実現不可能と言われている
厳密に言えばそれとは違いますが、彼女は空間に目に見えない『終わり』を創り、その断絶を新たに創り出した『始まり』に繋げているのでしょう。
剣を頭上から振り下ろしたなら、剣先は程なくして地面に達するのが普通。
しかし『もしもその途中で空間が終わっていたとしたら』どうなるでしょう。
──剣は彼女が定義した始まりに在る、と世界は結論づけるのです。
真正面から一歩たりとも動かずとも敵の背後から剣戟を浴びせられる。
手数は素で多い上、軌道の予測はゼータのそれを大きく上回る難易度。
正直に言って、距離が無い今、勝率は半分と言ったところでしょうか。
「……ご用向きは?」
「せっかちだね。あのお方と同じだ」
「わたしとて恐怖から逃げ出したくないわけではないんですよ。泣きそうです」
「それだけの魔力を練っておいてよく言えたものだね。いざとなればこの建物ごと吹っ飛ばす勢いじゃないか」
「………。ご用向きは」
シグマさんは気づいているのでしょうか。
気づいていたとして、ここに向かっているのでしょうか。
彼の魔力は感じ取れません。
夜を迎えたら彼は即座に魔力を自らの中へ閉じ込め、その存在を闇夜に溶け込ませてしまうのです。
……ああ、なるほど。
そういうことでしたか。
「我が殿下──シグマ・ブレイズ・エシュヴィデータ様の元へ、案内してくれ」
「ふふっ、あははっ。五大影傑でさえ、彼の本気の隠蔽は感知できないんですね」
「王城は戦争の火種だからな。基本探ることは避けていたんだ。それに真昼間に戦闘をするな、と仰せつかっているものでね」
笑顔の奥に潜む殺意。
それは弱者を強制することに慣れた、絶対強者の眼差しであり──わたしが最も嫌う人の視線でした。
わたしは、誰よりもその目を知っている。
だって……鏡でよく、見てきましたから。
「嫌、と言ったら?」
「御方自ら来て頂くだけさ」
剣を僅かに抜いてそう言う彼女は、尋常でない殺意を纏っていました。
しかし、あの日──シグマさんが呪いを暴走させた日に受けたそれに比べれば、これのなんと
まだまだわたしは動けます、まだまだ戦いに飢えています。
ですが……頼るのもまた、彼のため。
頼られない苦しみを知っているからこそ、わたしは魔力を練るのを止めてくすりと笑いました。
わたしがやるべきことは、
「付いてきてください」
月が雲の間からひっそり顔を出す夜。
わたしは今夜、世界の頂点を見ることができるのでしょう。
嗚呼、こんなこと思ってはいけないのに。
──どうしようもなく、興奮しています。
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