第14話【4】

 ──漆黒に剣戟の火花が散る。


 優雅、華麗。そんな言葉からかけ離れた、互いを殺すためだけの刃。

 まるで獣のように四肢を繰り三次元を駆け巡る女は、体術と剣術を交えながら激しく攻め立てている。

 一方でその総ての絶命の刃をいなし、すれ違いざまに魔力を込めた蹴りを放つ男は自らの弱さに舌打ちを漏らす。

 瞬きひとつする間に三度の攻撃がやって来るような、一瞬の気の緩みすら許さない死線を繰り広げるふたり。


 人は彼らを──五大影傑と呼ぶ。


「飽きた」

「奇遇だね、俺もだよ」


 刹那の間に戦闘の気配が霧散した。

 女は細剣を鞘に納め、男は土魔法で造った鎌を虚空へと消し去る。

 一切の血が流れないその闇を見た者は、先ほどまでそこで死闘が繰り広げられていたとは想像もできないだろう。


 目深に被っていたフードを取り、女は大きく嘆息しながら悪態をついた。


「はぁあああああ……グレイシアはいつまであんな国でサボってんだよ」

「ネム、そんなこと言っちゃ駄目だよ。彼女はブレイズ王国が世界を統べるための前準備を行える唯一の人なんだから」

「あー? メビウス王国なんてウチら全員でぶつかりゃ消せんじゃない?」

「ふふ、自信があるのは良いことだけど、流石に《剣神》も居るあの国を相手取るにはキミでも肉壁が邪魔でしょう」

「ん……まあそっか」


 そうは言いつつも納得した様子を見せない彼女は、世界有数の剣士だ。

 五大影傑第5位、ネム・テスラ。

 深緑の髪をセミロング程度で切り揃え、それをポニーテールに結っている。

 瞳は返り血を浴びたような真紅色で、そこにある瞳孔はまるで猫のように縦向きに刻まれている。

 しなやかな体つきを強調するようなキツめの服装をしていて、その上に羽織る申し訳程度の上着が彼女の地位の高さを表していた。


 戦いの暁には必ずと言っていいほど敵の頭を左手にぶら下げ嗤う姿や、執拗に首を狙うその戦い方から、彼女は《首狩りネックレス》の名を世界に轟かせている。

 ブレイズ王国にいては剣術の分野で彼女の右に出る者は居ない。


 この世界に蔓延はびこる全ての流派を極め、人導流剣術免許皆伝の称号を背負い、しかしその全てを翻弄する体術との混合戦術を操る。

 正面から彼女とぶつかりその首を繋がったままでいた者は、両手の指で数えられる程しか存在しないと言う。

 そんな彼女は、旅行中の同僚が中々帰ってこないことにひどく苛立っていた。


 苛立ちのあまり部下に八つ当たりしないよう定期的なガス抜きの役目を担っているこの男は、クトゥグア・ランドール。

 五大影傑第3位の地位を持つ彼は王族でないのに闇魔術を扱い、それを鎌と組み合わせて戦う姿を同僚に揶揄されている。


 ──死神のなり損ない、と。


 かつてこの国に居た『本物の死神』

 戦い方も彼とはまったく異なるが、神話の死神が鎌を操っていたことから彼はそう呼ばれるようになったのだろう。


 滅多にその目を開かない彼は、盲目だ。

 いや、正確には視力はあるのだが──見えてはいけないものが見えるため、彼が目を開くことは全力で戦う時だけなのである。

 過剰魔力知覚症──《素魔力エーテル》までもが彼の見る景色には映っている。

 普段からそのような膨大な情報を捉えていてはまともに生活などできない。

 故に、彼は目を開けずに戦うのだ。


 紫紺の髪を艶やかに流しにこやかに笑うその姿は、一見穏やかそうだが──ひと度その鎌を構えれば、そこにあるのは死体のみ。

 闇属性の中級以上の魔法など見たこともないような他国の連中では、何をされたのか気づく間もなく息絶えるだろう。

《三途の川を渡る者》はいつでも、その命を刈り取る権利を持ち合わせているのだ。


 ブレイズ王国は、全盛期を迎えていた。


「《剣神》ねえ……前に殺り合った時は結構追い詰めたんだけど、如何せんアイツら数が多いんだよなー」

「神に縋る虫とて、その数が多ければ陽の光を遮ることだってできてしまう──掃除はグレイシアさんに任せた方がいいよ。彼女はとても綺麗好き・・・・だからね」

「ハッ。騎士団を虫扱いとは、お前も中々辛辣なこと言うねえ」

「ははっ。あの柔さの魔力障壁しか貼れない彼らを『ヒト』として扱うのは、俺たちに対する冒涜じゃないか?」

「だけど、虫を潰すのって案外気持ちいいんだよなー。やっぱ攻め込まない?」


 再び細剣の刃を鞘からチラつかせ、臨戦態勢を取るネム。

 呆れた戦闘狂ぶりにクトゥグアは嘆息し、ずっと彼らを見下している『彼女』に助けを求め呼びかける。

 ネムですらその気配と魔力に気づいていなかったようで、彼女は彼の口から出た名前にびくりと体を震わせた。


「キミからも言ってくれよ、セレス」

「……? わたし?」

「ッ……!? お前、居たのかよ」

「うん、見てたよ。弱くなったね、ネム」

「よわ……お前な、コイツと殺る時に全力出すわけないのくらいわかってるでしょ」

「冗談。でも彼が言ってるように、今はグレイシアの帰国を待った方がいいよ。メビウス王国はここと『対等以上』だから」


 無表情で、淡々と、のんびりと。

 しかし、その一挙手一投足に死の気配が滲んでいることに、五大影傑に登り詰めた彼らは気づいてしまう。

 同じ人という存在なのか疑う程の完成された生命の姿には、恐怖を感じるどころか崇拝の念が先に来るらしい。

 王族以外にこんな感情を抱くことが果たして今まであっただろうか。


 彼女こそが、五大影傑第1位。


 セレス・アポカリプス。

 またの名を《終末からの来訪者》


 新国王と並ぶ、世界最強のひとりだ。

 その姿のなんと幼いことか。

 齢17にしてかつての五大影傑第1位を10秒で殺害し、その後も一切の敗北を知ることなく突き進んできた比類無き天才。

 彼女が居たからこそブレイズ王国は世界の東ほぼ全域を支配するに至った、と言っても過言ではないだろう。


 乳白色に黄金を混ぜ込んだような色の髪を長く伸ばし、腰の辺りでそれを黒色のリボンで結んでいる。

 メビウス王国の王立神魔魔法学園の制服を思わせる服装は新国王が着せたもので、その姿を可愛らしく見せる。

 王族と同じ至極色の瞳は美しく、しかし退屈さに細められていた。


 彼女もまた、狂った者。

 闘争の無い世界を嫌っていた。


「《天理の代行人》──わたしが相手する彼女はあっちの王族より強いんだって。流石にハエを潰しながらじゃ危ないから、わたしの顔に免じて我慢して欲しいな」

「チッ……。はいはい、わかってるよ。今までのだって冗談なんだから、そんな真に受けなくたっていいのに……」

『信用できないよ』

「ひっでえなお前ら!」


 くすくす笑うセレス、吹き出すのを堪えるクトゥグア、苦笑いを浮かべるネム。

 なんと平和な光景だろう。

 ずっとこれが続いて欲しい──そんな風に考える者は、誰ひとりとしてここには存在しないようだ。


 なにせ、セレスがここに居る、それはつまり──新国王が五大影傑に何か伝えることがある、ということだから。

 彼女は滅多に王城の外に出ることがなく、こうして下に降りてくるのは何かしらの伝令がある時だけなのだ。


 世界最強は、案外、引き籠もりであった。


「──それで、何があったんだい?」

「ふふふっ、あはっ……。んんっ、そう言えば伝えることがあったんだよね」

「戦争か?」

「ううん、もっと凄いよ」


 彼女のその先の言葉は、五大影傑を歓喜の渦に引き込むものであった。


「《終焉の告げ人》……シグマ様が帰ってくるかもしれない、だってさ」

「な……」

「っ……あのお方が……!」

「彼は今メビウス王国に居て、あと数日でグレイシアが説得を始めるみたい。国を出たとは言え愛国心の強い方だから、ちょっとくらいなら期待してもいい、って言ってたよ」


 ──殺気が吹き荒れる。


『ッ……!?』


 嗚呼、彼女はやはり、次元が違う。

 なんと言う存在感、なんと言う絶望感。

 一切の魔力の漏洩が無いが故にその強大さを肌で感じることはできず、しかし彼女と己との間にある格の違いを否が応でも脳に刻み込まれる。


 セレスは至極色の瞳を愉しそうに細め、続きの言葉を紡ぐ。

 口元には可愛らしい笑みが浮かんでいた。


「今のキミたちじゃ弱すぎて彼に失望されちゃうだろうから、鍛え直せ。それがわたしに下されたご命令だよ」

「……ハッ、こりゃ明日の朝日は満足に見られるかわかんないな」

「久しぶりだね、本気のキミと殺るのは」

「ふたり一緒でいいよ。さあ、来て」


 セレスが指揮棒を振る。


 その瞬間、世界は彼女を神と認めた。


 暗黒の夜は、まだ始まったばかりである。

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