第13話【4】

「んふふ、これで婚約の申し込みが減ってくれたりしないかなー」

「いや、もう、なんつーか……すまん」

「君のことは嫌いじゃないし、結婚くらいなら吝かじゃないよ。何せ君からは下心をほとんど感じないからね」

「少しは感じるんですねぇ……。というかそういうこと言われると好きになっちゃうからやめて、マジで」


 自らの首筋をニヤニヤ笑いながら撫でるソシエールは、明らかに俺をからかうような声でそんなことを言ってきた。

 なんだかんだ機嫌はデフォルトまで戻ってくれたようで、俺も緊張が解けてきた。

 やはり彼女は、笑ってる方が良い。

 眼福だ。


 季節は夏、日は長い。

 その後も俺たちは共に沢山の店を巡る。

 闘技場、景色が良いと有名な橋、冒険者ギルド──普段の俺では訪れないであろう場所ばかりで、新鮮な体験だった。

 全てに気持ち良くリアクションする彼女の姿は本当に魅力的で、改めてこのデートができて良かったと思った。


 気づけば時鐘が街に響いていて、俺たちは荷物を手に帰路に就いた。

 会話は無い。ただこの静寂を噛み締める。

 いつかと違って気まずさは感じず、心地いい雰囲気が俺たちの間にはあった。


「──シグマくん」

「ん? どうした?」

「改めて、聞いていい? ……君って、何者なの?」

「言っただろ。アリスの駒だよ」

「ううん、君の周りには監視者が居ない。今日で確信した」


 ソシエールが荷物を手放す。

 ソレが地面に達する前に俺の頭の横に手を突いて壁に押し付けてくる。

 街中で魔法を使ってまですることなのかと疑問を抱くが、彼女の真剣な表情を見て茶化すことを止めた。

 避けようと思えば避けられた。

 だが、ここで向き合わねば、彼女との関係はきっと取り返しがつかなくなる。


 目を逸らす。

 刹那、顎を掴まれ、キスでもするのかと思う程近くに顔を近づけて睨まれた。

 桜色の唇から漏れる吐息が熱っぽく、思わずゴクリと唾を飲む。


「……君と同じ目をした人を見た」

「同じ……目?」

「うん。最初は気のせいだと思った。だって君はいつも戦いに真摯で、幾千、幾万の命の最期なんて知らないと思ってたから」


 ……まさか、アイツを──。


「君の正体は──暗殺者副ギルド長だ」

「……!」


《風水の旅人》を、見たのか。


「……あ、あれっ!? 違うの!?」

「……オイ。さっきの自信はどうした」

「や、だって、いつも君が図星の時と反応が違ったから……」

「え、なに。俺なんかクセあんの?」

「うん。その胸元のペンダントに一瞬手を伸ばしてから、目線を左下に落とすの」


 ──危なかった。


 本当に、危なかった。

 まさかヤツを見たことがあるなんて、彼女の身に一体何があったんだ?

 接触したのか? 会話でもしたのか?

 俺のことについて、ヤツが話したのか?


 もし何か他に判断材料があって、ほんの少し途中式が変わっていれば──彼女が出した解は、正しかったやも知れん。

 現在いまという時間は、紙一重の違いから生まれた奇跡なのだろう。

 案外、神は居るのだろうか。

 俺に優しい時点で怪しさ満載だが。


「……正直、今日で私は死ぬと思ってた。他ならぬ君の手で、ね」

「冗談キツいな。お前なら俺を退けるぐらい訳無いだろ?」

「暗殺者が学園で素の力を出してくれるなんて思える程楽観的になれないよ」

「ならなんでデートを受け入れたんだよ」

「……ないしょ」


 罪悪感と羞恥がぜになった不思議な表情でそう言われては、コレ以上俺に追求できる筈もなく。

 結局、俺たちは互いの疑問を胸の内に留めたまま仲直りをすることにした。


 きっとこの不破はいつか大きな歪みとなって俺たちの仲を切り裂くだろう──そんなことはわかっている。わかっているのだ。

 でも、今はその時じゃない。

 彼女の猜疑心は、まだ取り除けない。

 俺が何を言っても無駄なのだ。


 だから俺は、笑みを浮かべた。

 自分でも本物なのか偽物なのかわからないような、歪んだ笑みだ。

 でも、楽しかったという事実は、確かに俺の心の中にあった。


「またな、ソシエール」

「うん。またね、シグマくん」


*  *  *


 はぁ、とため息をついた。


 失敗だ。大失敗だ。

 ポケットに手を突っ込んで私の元から去るシグマくんを見届けた私は、ベンチに浅く腰掛けうなれる。

 結論をいた自覚があるからこそ、私は今日のデートを台無しにした自分に対し嫌悪を抱かずにはいられなかった。


 シグマ・ブレイズくん。

 勝手にライバルだと思ってる彼は、いつも素を見せてくれない。割と本気で戦ってる時でさえ、その内面に余裕を感じる。

 侮ってるとか、見誤ってるとか、そういう低俗なものじゃない。

 確かにそれは『余裕』なんだ。


 距離は縮めた。

 無駄と言えるほどには絡み続けてきた。

 だからこそ、あの目を見た時、既視感を覚えてしまったんだと思う。


 見かけたのは偶然だ。

 私の親友であるクレア先輩──今日のデートで昼食を食べたお店の店長──は、暗殺者ギルドのメンバーだった。

 剣をどう使うかは本人次第。妹弟子に過ぎない私が先輩にその道を迂回しろなんて言うことはできない。

 だから、暗殺者として育っていく彼女のことは程近くで見てきた自覚がある。


 半年ぐらい前だったか。

 彼女の成長が突然急加速した。

 後に理由がわかった。


 ──暗殺者ギルド長が代替わりしたんだ。


 暗殺者ギルド長《常夜

 夕飯を食べようと先輩の店に入ろうとドアに手を掛けた瞬間、その存在感の薄さに本能的な恐怖を覚えた。

 私は気配に敏感で、魔力が0であっても人が近くに居れば存在を認識できる。

 だけど彼女の気配というのは希薄すぎて、生物としての理に反していた。


 周囲の空間全てが彼女の手中。

 知らないフリ、気づかないフリができていたのかどうかすら今ではわからない。

 ただ、その目だけは、未だ脳裏にこびり付いて離れない。


 ──死神の目。


 そう表現してもいい。

 命を天秤に掛け弄ぶような、退屈と愉悦でちぐはぐな双眸。

 白と黒の髪はその一本一本にまで魔力が行き渡っているのがよくわかり、文字通り格が違う力を有しているのが見て取れた。


 だけど、私は知っていた。

 彼女よりも凄い魔力操作をする人を。


「……シグマくんは、何を隠してるのかな」


 彼もそうだ。

 いつもは無機質で、たまに柔らかくて──その奥に、誤魔化せるほど小さくない残虐な愉悦の感情を孕んでいる。

 あんな目をする人がこの世に何人も居るなんて、正直想像もしてなかった。


 クレア先輩は暗殺者ギルドの中でも末端に位置する人で、《風水の旅人》とは似ても似つかない。

 だからこそ、私は彼が副ギルド長なんじゃないかと疑っていたんだ。彼女と同じ目をしている彼は、もしかしたら──と。


 彼は嘘が下手だ。

 いや、これは私が彼と長く居すぎたせいでわかるようになっただけかな。

 兎にも角にも、彼は暗殺者ギルドとは何も関係ない。彼の動揺しつつも困惑をたたえた瞳に嘘は無かった。


「……もっと強くならなくちゃ」


『退屈』がどれだけツラいものか、私は身をもって知っている。

 彼の退屈を紛らわせる役目を独り占めする彼女が──アリスさんが、羨ましい。


 あの殺気を、もう一度、感じたい。


 狂喜に歪んでいく自覚をそのままに、私は首元に感じる熱をそっと撫でた。


「いっそ責任取らせれば良かったかなー。なんて、後ろめたさがあったら全力なんて出してくれるワケないか」


 いつかこの貰った楽しみを返すため、私はこれからもずっと強くなり続ける。

 改めて決意を固め、私も帰路に就いた。


 この顔の熱さは、きっと夕日に照らされたせいだ──そう言い訳しながら。

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