第12話【4】

 無言でフォークを繰る。

 向かいではソシエールが美味しそうにパスタを巻いて口に運んでおり、普段はあまり感じないご令嬢の姿を見せられていた。

 いつもは中々豪快に肉を齧ったりしているのに、今彼女は小さく巻いたモノをぱくりと食べている。


 どちらかと言うと可愛らしい顔立ちの彼女であるが、こうして見ると中々どうして目を奪われる程美しい。

 広大な自由を感じさせる空を切り出したのかと思わせるスカイブルーの瞳。

 こちらを見ていないにも関わらずその虹彩は俺を惹き込み、意識して逸らさなければずっと見ていたくなる程だ。


「はむ……。なに?」

「ん? いや、可愛いなと」

「んぐっ、ごほ……! は、はあっ?」

「んだよ、俺が褒めるのは変か?」

「いや、タイミング……普通会った時に言うもんでしょ、それ!」


 確かに。デート初心者が露呈した。

 こうして雰囲気の悪い中で褒めても大して嬉しくないだろうし、本来なら出会ったら開口一番に言うべきだったのだろう。

 まあ、俺なんかに褒められたところで嬉しいのかは知れんが。所詮他人だし。


「……その服もよく似合ってる。綺麗だよ」

「………。今さらご機嫌取りしたって意味ないからっ」

「クハッ、やっぱそう思われるか。一応本心のつもりなんだけど」

「うるさいな! ほら、手止まってるよ!」

「ああ」


 ソシエールは好きだ。大切な友人だ。

 ただ、命を捧げられる程ではないだけ。


 彼女は俺と同類だから、きっと俺が普通でないことには気づいているんだろう。

 だと言うのに憶測で俺のことを語らず、直接正体を問い質しに来るなんて、やはり根が真面目なのか。


 彼女には話してもいいんじゃないか。

 きっと秘密を秘密のままにしてくれる。

 何度そう思ったことだろう。だって、もしも俺が出自を明らかにすれば──ソシエールと全力で戦えるのだから。

 しかし、アリスを裏切るという言葉は俺の辞書に存在しない。彼女の命令は未だ継続中なのだから、身勝手はできない。


 こんなにも近いのに、何故あなたはそんなに遠い存在なのか。

 プリシラ・ソシエール。

 俺は本当に、あなたのライバルになれていますか?


「──ご馳走様でした」

「あむ……、ちょっと待って。もうすぐ食べ終わるから」

「ゆっくりでいいぞ。いい眺めだから」

「いや、食事中は普通に見ないで欲しいな」

「すまん」


 美味しかった。また来よう。

 今度はアリスやアクシアを誘ってみるか。アリスは魚介類が好きだからきっと喜んでくれるだろう。

 ひとりでは……まぁ、ちょっと敷居がな。それに知り合いの知り合いと1対1は気まずいことになる気がする。


 窓の外に視線を向け黄昏る。

 数十秒程でソシエールも食事を終え、口元を拭ってから俺たちは席を立った。

 もし次の機会があればもう少しペースを落とした方が良さそうだ。相手を手持ち無沙汰にさせるのは居心地悪いだろうからな。


「ここでは私が払うよ。めんどくさいし。君の分は後でくれればいいからさ」

「……それなら、まぁ」

「ほんと気にしいだねえ。……他人からの見られ方が、そんなに気になる?」

「………」

「アハハハハッ! いや、そんな嫌な顔させるつもりじゃないんだって。真正面から物事を捉えすぎだよ、君」

「お前、ほんと怖い。あと怖い」


 急に声のトーンを落とすんじゃねえ。


「今日も美味しかったよ、先輩」

「それはようございました。シグマ様も、ご満足いただけましたら幸いでございます」

「とても美味しかったです。特にオリジナルソースによる味付けが絶品でした」

「……! 過分な評価、恐れ入ります」


 腰ひっく。埋まってないですか?

 いや、ソシエールはまだわかるけどさ、俺に対してそんな畏まるものなの?

 王城のメイドさんでもここまで謙ることなんて中々ないんだが……丁寧な接客と言うには過剰では?


 アレか、ソシエールがライバル云々言ったのが関係してたりするのか。相応の敬意うんたらとか言ってたし。

 慣れないものだ。王族として扱われたことなんて数える程しかないから、余計に。

 だがまあ……いい人なんだろうな。


「ありがとうございました。またのご来店、お待ちしております」


 綺麗な礼で見送られ、俺たちは店を出た。


*  *  *


 食事の後は魔道具店に行くことになった。


 服でも買いに行くのかと思ったが、その辺りは家の者に任せるようだ。

 聞けば『今から買うならパーティ用のドレスぐらい高価だけど、良い?』とかすんごい良い笑顔で訊いてきた。

 バカじゃねえの。俺に選ばせんなよ。

 俺の金銭感覚は平民と同じだ。小遣いだってアクシアの半分と自分から提案して狂わないよう調整している。


 そこで貴族のドレス?

 価値観がぐっちゃぐちゃに破壊されるぞ。

 というか色々装備もあるだろうし持って帰るだけでひと苦労だ。


 無論、お断りさせていただいた。


「うーん、創作であった魔法袋とか誰か開発してくれないかなー。アリスさんに頼んだら作ってくれたりしない?」

「流石に無茶だろ。 お湯を出すみたいなある程度単純なモンじゃねえし、空間魔法を魔法陣に記したら相当デカくなるぞ」

「あはっ、それじゃあ魔法袋の意味無いね。そもそも質量の問題があるから、空間魔法に加えて土属性魔法も必要だし」


 魔道具屋で物色しながら雑談を交わす。

 流石専門店といったところか、かなり品揃えが豊富で全て見て回るだけでも相当な時間が要りそうだ。

 その中でも見覚えのあるモノたちはアリスが制作したヤツだろう。実際に売り出されているのを見ると中々どうして感動する。


 魔力の保持量が少ない平民が主に使う魔力を身体に慣らせる効果のある弱魔薬。

 既存のモノから大幅に魔力効率を上げた魔石交換式の無限水源。

 煙草や葉巻に火を点ける際毎回魔法を用いる手間を考え創った、マッチ一本程度の火を即席で発する指輪。


 魔力に慣れていない人に治癒魔法を使ったら拒絶反応で免疫が過剰防衛を行い、傷の侵食が早まる。

 魔法で創り出した水で洗顔や湯浴みをすると肌を傷つけ、ましてや飲んだりすれば内臓がダメージを負う。

 小さな火を起こすような魔力操作は非常に繊細で難しく、毎回やるとなると煩わしい。一大事業の煙草が衰退するのは自明。

 そんな様々な問題を一挙に解決したのが、他ならぬ《魔導師》アリス・メビウス・クロノワール。


 やはりあの人は、凄い。

 特に無限水源がヤバい。

 ブレイズ王国にも同じモノはあるが、手の平サイズの魔石を突っ込んで半月が限界という中々の燃費の悪さだ。

 だと言うのにアリスのソレと言えば、ダンジョン第1階層の魔物の落とす直径が人差し指程度の魔石で1ヶ月持つらしい。

 風呂を沸かすために使ったりすれば勿論こうはいかないが、そうだとしても脅威的な魔力効率と言って良いだろう。


 魔道具とは本当に奥が深い。

 だからこそ、ソシエールに何を贈れば良いのか迷ってしまう。

 彼女は戦うことが好きだと語っていた。

 だからと言って貴族令嬢としての趣味が皆無かと言えば、そうではないだろう。

 実用性だとか値段だとか、そういう部分ばかり見てしまう自分がひどく憎い。


「──ん? 随分真剣そうだね?」

「………。脅かさないでくれ、マジで」

「え、ごめん。私の行きたかったとこなのに君が悩むのが不思議でさ。アリスさんにでもあげるの?」

「いや……ソシエールに」

「へ?」


 沈黙が流れる。……気まずい。

 きょとんとした表情を浮かべるソシエールは意図を探るようにじっと俺の目を見つめてくる。

 別にやましいことも無いので見つめ返してみる。……なにコレ、俺今にらめっこでもしてんのか?


「……ま、いいや。男の子から貰うならアクセ系がいいなー。腕輪とか」

「アクセサリー、か」

「あんまゴツいのはやだよ? これでも私は女の子なんですからね」

「そりゃそうだ。……コレとかどうだ?」


 目を付けていた魔道具を取る。

 腕輪ではなくチョーカーの内部に魔法陣を刻み込んだソレは、顔の周りを覆う形で透明な障壁を張ってくれるモノだ。

 ソシエールは風属性に適性があり、その身体能力を活かした素早い戦い方をする。

 速く走れば風が肌を強く叩き、目を開けることに強く意識を割かなければならないのは俺と同じだろう。


 コレは攻撃魔法を防いでくれるような高性能な魔道具じゃないが、この値段にしては彼女に噛み合った性能をしている。

 敢えてプレゼントを贈るなら、コレが最適解に程近いんじゃないだろうか。

 そう思い渡すと、怪訝な目をされる。

 ……お気に召さなかったらしい。


「……そーゆー趣味?」

「嫌いか、こういうの?」

「や、何と言うか……意外だなー、って」

「実用性重視、ってだけじゃないのか。なら別のにしよう」

「あ、ううん! 嫌ではないの! ただ……その、恥ずかしい、かも」

「……?」


 そんな酷いデザインか、コレ?

 シンプルなマットブラックを基調とし、細やかな金の刺繍で描かれるは高貴の象徴である薔薇。

 あまり明るい服を着るイメージがないのも含めて選んだのだが、花柄はあまり好きではないのだろうか。


 次の彼女の言葉で、俺は絶句した。


「君、女の子に首に飾る物を贈る意味って、ちゃんとわかってる?」

「……いや、知らん」

「はあぁ……だと思った。今回は私だったからいいけど、繰り返さないようによーく覚えといてね」


 ──女性に首飾りを贈るのは、


「生涯近くで繋がっていて欲しい、だよ」


 ──結婚指輪を渡すのと同じくらいの、プロポーズの意味を持っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る