第30話【3】
「やっほーリオン、久しぶりだねぇ」
「久しぶり……? お前にとって1週間は久しぶりに入るのか」
「そりゃそうだよぉ。私たちって一応婚約者なんだから、大して忙しくない今は3日に1回くらい会うものじゃあない?」
「見解の相違だな。3日間人に会わないことだってあるだろう」
序列第39位の序列戦が終わってすぐ。
下の様子がよく見える生徒会専用──これは暗黙の了解のようなものだが──の席で彼らは相対していた。
《恵光者》──リオン・メビウス・クロノワールは気怠そうに肩を竦めている。
《王国図書館》──アマランス・コラプスはそんな彼の様子に対し、微塵も心を動かした様子は無い。
両者ともにただ『他人』と会話しているだけであり、そこに一切の感情による物事は存在しなかった。
アマランスはリオンの隣にそっと腰を下ろすと疲弊したような息を漏らす。
先の序列戦で体内の魔力をかなり使ってしまった故の疲労だろう。
彼女の魔力量は冥級魔法を撃ってしまえば殆ど底を尽きてしまうほどで、回復にはそれなりに時間が必要なのだ。
「それで? 何の用だ?」
「せっかちだなぁ。君の為に動いたのにそんな口ぶりは良くないんじゃないのぉ?」
「しっかり対価を要求しておいてよく言う。しかもそれを渡した後だろうが」
「わかったよぉ……まったく、昔はあんなに可愛かっ──いや、変わってないかぁ」
「殺すぞ」
「きゃー」
棒読みの悲鳴を上げると、アマランスは制服の内ポケットから紙の束を取り出しリオンに渡した。
枚数はそれなりだが1枚1枚にびっしりと文字が敷き詰められていて、常人は見ているだけで気持ち悪くなりそうなほどだ。
しかしその文字は綺麗で整然としており、普段から書類の処理をしているリオンにとって読むのは造作もないようだ。
視線が紙の上を行き交う。
1枚目を半分ほど読んだところでアマランスが補足するように口を開いた。
「私の記憶通り『ブレイズ』なんて家名を持つ貴族は居なかったよぉ。一応王国の貴族は全部それに纏めたけど、彼は何か別の出自を持ってるんじゃないかなぁ」
その紙の束の内容は、国王ですら全て把握するのが難しい、メビウス王国の
男爵から公爵まで、過去の功績や血縁関係なども含めたありとあらゆる情報が書かれたそれは、彼女の知識の一端である。
しかもコレはもう一度調べ直した上で纏められたものなので、間違いは無い。
その中には、彼──シグマ・ブレイズの名は刻まれていなかったようだ。
アリスが学園へと連れてきて、更には推薦までしたという謎に満ちた少年。
リオンは予想通りだったのか驚きはしないものの、それが確信に至ったことで更にアリスへの警戒を強めた。
彼女が虐げられていたのは知っている。
だが、それが仕方のないことだと、覆しようのない物事だと自らに言い聞かせ傍観を貫いてきたのだ。
正真正銘の『天才』の考えは、多少優れた程度の『凡人』には測り知れない。
彼女が何をしようとしているのか……今のリオンに心休まる時は無い。
「……お前はヤツをどう思う?」
「さあねぇ。私は事実しか扱えないから、推察はやめとくよぉ」
「お前の頭脳が描く推察は素晴らしい、と教師間では話題みたいだが?」
「お世辞が上手いなぁ」
如何に婚約者と言えど《王国図書館》から知識を得るのは簡単なことではない。
ましてや『予想』などという彼女が最も嫌うものを求めれば、相応の代価が必要となるのは自明の理。
アマランスの目はこれ以上聞くな、と釘を刺すかのように鋭利な光を宿していた。
リオンは諦めたように嘆息する。
知識は事実に基づいて形作られる。
全知に近しい存在であるアマランスの予測は未来予知に等しい──身に余る力だ。
彼は所詮凡人である。
力に押し潰された凡人を幾多も見てきたからこそ、同じ轍は踏まないようにしているのかも知れない。
これ以上リオンがアマランスに何か聞くことはなかった。
その日の序列戦が終わるまでの間、彼らの間に流れた空気は無関心だけだった。
* * *
アマランス・コラプスの序列戦が終わり俺は用もなくなったので、アリスよりひと足先に帰ることになった。
情報という武器の大切さ、強さが学べたりと中々収穫のある1日だったと思う。
今俺にできることは特に無いが、この時間を使って自分に足りないモノが何なのか考えなければならない。
でなければ、またあの少女のような者を生み出してしまうやも知れないから。
人脈に関してだが、王立神魔魔法学園は実践的な魔法を高く評価している。
幸いなことに俺は対魔物、対人間のどちらもが得意だ。
成績上位者というのは得てしていち目置かれる存在になりやすい。
単純すぎるかも知れんが、俺が今後学園で良い成績を収め国に貢献すれば、重要人物と会っても咎められはしなくなるだろう。
俺は既にアリスの協力者として認知され始めているみたいだし、彼女の影、力になる為にも名声は必要だ。
と言っても、そう簡単に名声なんてモノが手に入れられる筈もない。
どうせ国王はまだまだ今のままだろうし、力を蓄えていくのが最優先だろう。
「問題は……情報か」
メビウス王国民でない俺にとって、情報を集めることは至難の業と言ってもいい。
今まで貴族のパーティなどに参加したことがないから家同士の関係も知らんし、顔と名前が一致する人も少ない。
そして、影として『裏』の情報を手に入れようとしても、ヤツらが持つ力は測り知れないモノだ。
手出しも慎重にならざるを得ない。
いっそ派手に動いて、何らかの組織を潰し支配下に置く──そんなことも考えたことはあるが、俺に王座は不似合いだ。
どうせ管理できずに崩壊するだけだろう。
アリスのようなカリスマ性は、身に付くまでに絶大な努力がいる。
今からやっては付け焼き刃にすらならん。
「……あっ」
情報──ソレは時に武力よりも恐ろしい。
戦争だって政治のうち、情報漏洩によって戦局が壊滅することも何度かあった。
すべて力で捻じ伏せてきたが……そんな圧政を敷く人の下に、誰が居たいと思う?
俺が──俺たちがしているのは、きちんと敵も尊重した上での、戦争だ。
互いに滅ぶなんて非生産的なこと、許してはならないのだ。
この国は絶対に滅んではいけない──滅ぼすわけには、いかない。
「ねぇ、キミ!」
やはりアリスが手出しできない『契約』の魔道具に関して調べるのが吉か。
暗殺者ギルド長がヤツかも知れないと知っているのは、俺だけなのだから。
序列戦が終わるまでに片付けたいが……流石にそう上手くいきはしないだろう。
再びあの場所を張ってみるか。
「ねえってば!」
「おっと……なんです──かっ!?」
先ほどから聞こえていた呼び掛けは、どうやら俺に向けたモノだったらしい。
肩を掴まれ後ろを向き、不機嫌さを全面に問い掛けようとした瞬間──俺は思わず目を見張ってしまった。
青い髪を軽く結ってハーフアップにし、ソレと対になるように大粒な黄色のピアスをしている女性が立っていた。
前髪の下で輝く双眸は明るい緑色で、まるで恐怖するかのように震えている。
ピアス以外にアクセサリーを着けたりしていない彼女の姿を、俺はよく知っていた。
知らない筈がないだろう。
だって、彼女は──今の俺たちにとって最重要人物と言っても過言ではない。
「……アイシャ・アルバート」
『契約』の魔道具に最も近しい人物。
全校序列第13位、アイシャ・アルバートその人だったのだから。
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