第31話【3】
「やっぱり……キミが……」
……なんだ、この人。
いきなり話しかけてきたと思えば、なんか俺の手を握って神妙な顔をしてるんだが。
何が彼女をそうさせたんだ?
まるで確信に至ったような表情──彼女に目をつけていたのがバレたのか?
「あの、何か用ですか」
表情筋を引き締め直し、至って平然とした声でそう問い掛けた。
アイシャ・アルバートはソレに答えることなく俺の目を見つめ、再び握られた俺の手へと視線を戻す。
周囲に人が居ないのが不幸中の幸いだが、彼女とはまだ関わりたくない。
諸々が中途半端なままの今、たとえ深く潜り込んでも大して探れないと思う。
魔力を探られている気配がする──何か彼女から怪しまれることしたか?
序列戦……ダンジョン……わからん。
学園では力をそれなり程度まで抑えた上で生活しているから、普段の行動を鑑みても怪しまれる道理は無い。
ダンジョンは周囲に最大限気を配って戦っていたし、その時人は居なかった筈。
目的がわからない……迂闊に動かないで、まずは相手の出方を探るべきか。
ここまでされたんだから、流石に逃げるわけにもいかないしな。
「はぁ……。初めまして、シグマ・ブレイズと申します」
「あっ……私は、えっと、アイシャ・アルバートよ──って、知ってたわね」
「はい」
「あの、その……付いてきて、くれない?」
「嫌ですけど。怪しいし」
「1年生なのにはっきり言ってくるわね……確かにその通りだけど」
……お?
ダメ元の拒否だったのに、意外と大きく態度を変えてくれたな。
確かに今彼女は後ろめたい事情を抱えてはいるが、ソレは俺に対してのモノじゃないから普通こうはならない。
しかも俺に対して『やっぱり』という言葉を使ったことから、その何かが俺に関係するのは明らかだ。
俺に対して後ろめたくありながら、用事もあるという複雑な状態──か。
アイシャ・アルバートとの接触はアリスからの指示を仰いだ上でやりたかったが、この状態がいつまで続くやも知れん。
今回のコレは俺からの接触ではない──つまり、怪しまれる点が皆無ということ。
情報を集める上で、コレほど絶好の機会というのも中々無いだろう。
「え、えーっと……うーん……」
「………。わかりました、あまり遠くでなければ構いません」
「ほ、ほんとっ? ありがとうっ」
今から切り込む必要は無い。
メイドさんも言っていた──料理で初めにする
まずは彼女との繋がりという確実な情報源を手に入れたいのが現状だ。
その為ならば、多少の危険は無いも同然。
それに、今は序列戦の真っ只中。
やること成すことを派手にしようにもやりづらいだろうから、対処はできると思う。
戦闘は勿論のこと、俺もアリスと特訓して話術はだいぶマシになってきた。
多少の駆け引きなら大丈夫だ。
大丈夫。
心配せずとも、最悪の場合はアリスが助けてくれる筈だ。
……こんな信用の仕方は良くないな。
アイシャ・アルバートにバレないよう、俺は自嘲の笑みと共に自分を戒めた。
* * *
「──止めて」
されるがまま馬車に乗りしばらく。
見覚えのある屋敷の近くで彼女は停止の声を掛け、こちらに視線を寄越した。
見紛う筈もない──初めて《神速》と戦ったここは、アイシャ・アルバートの自宅。
アルバート邸だ。
招待されるような身分設定ではないが、一体全体何のつもりだろうか。
重大な用事があったとしても、ここまで連れてくるような内容は俺たちの関係で生まれる筈もない。
もしや前提条件から間違っているのか?
用事は俺ではなくアリスにあり、俺を通して彼女に言伝を頼むつもり──とか。
いや、そのくらいならあの場でもできた。
わざわざ自宅に招く理由にはならない。
「……そう警戒しないでちょうだい。今は結界も全て解いてあるから、キミなら簡単に逃げられるわ」
「何か勘違いしていませんか? 俺は別に大した魔術師じゃありませんよ」
「そうね、キミは学園ではそう演じている。王女様からの命令、とかかしら。……とにかく、私はキミたちに危害を加えるつもりはないわ」
「はぁ……そうですか」
ますます意味がわからない。
何やら彼女は俺のことを常人よりかなり強い人間だと認識しているみたいだ。
しかもアリスと繋がっていて、俺が彼女の下だということも知っている。
目的がまったく透けて見えない。
疑いをそのままにアルバート邸を歩く。
エントランスから通路に至るまで、執事やメイドが全員俺に頭を下げているのがあまりにも不気味だ。
彼らの視線がアルバート先輩ではなく俺に向いているのも不自然だ。
何故主よりも俺を見る必要がある。
「ここ、私の部屋。窓も開けておくし扉の鍵も閉めないから、ここで話をさせて」
「……初対面の男を自室に連れ込むなんて、見かけによらず身が軽いですね」
「そんなつもりが無いのは、キミが1番わかってるでしょ。それに、私たちは意識しての対面が初めてなだけ──そうよね?」
「……!」
ああ、なるほど、そういうことか。
全て合点がいった。
促されるまま部屋に入ると、ミントのような爽やかな香りが漂ってきた。
室内の装飾は豪奢ながらも纏まっていて、下品さをまったく感じさせない。
アリスの部屋とは、全然違う。
失礼にならない程度に部屋を見ていると、アルバート先輩が椅子を用意してくれたので遠慮なくそこに腰掛ける。
彼女はベッドに浅く腰掛け、軽く髪を手櫛で梳かし始めた。
5秒ほど髪を弄り、口を開いては閉じる。
そんなことを幾度か繰り返すアルバート先輩は、かなり緊張した様子だった。
「……お茶を、出し忘れてたわね」
「いいですよ、別に。そんな時間稼ぎに何の意味も無いですし」
「うっ……」
「で、なんですか? あなたの口から言わないなら俺は何も言いませんし、今日のことは忘れます。安心してくださ──」
「ま、待って!」
びっくりした。
なんだよ、怖ぇよ。
「シグマくん! 私の命を助けてくれて、本当にありがとうございました!」
ガバッ。
そんな音が聞こえるくらい、アルバート先輩は勢いよく頭を下げてそう言った。
……ああ、やはりバレていたのか。
アイシャ・アルバートが数日前、その命を狙われ殺されかけたこと。
その犯人である《神速》の手から、俺が彼女を救い出したこと。
あの日の戦闘を見られていたのかはわからないが、もしも見られていたなら俺が闇魔法の使い手であることは知っている筈。
さて……俺は、何をするのが正解だ?
闇魔法の口封じに殺す?
アリスの目を増やす為にも誘拐するか?
俺が彼女の命を救ったという証拠は現代の技術力では残らないだろうし、アリスの後ろ盾もあるからたぶん貫き通せる。
試す価値が無いとは、思えない。
俺は人の制御がまだできないのだ。
「……人違いじゃないですか? 俺は序列戦であなたを見掛けただけですよ」
「キミの魔力はとっても特徴的だから、たとえ残滓でも間違えないよ。あの日そこの庭園で戦っていた漆黒は、キミとまったく同じ魔力を漂わせていたわ」
「そうですか。……アンタは、礼を言う為だけに俺を呼び止めたのか?」
「ぁ……その気配、あの日と同じだ。ゾクゾクするわね……」
恍惚とした表情。
なんて色っぽい顔をするのだろう。
蠱惑的で、危ない魅力を振りまいている。
殺気を抑えずに問い掛ければ、息ができないのか苦しそうにしながらも好意的な目で俺を見つめてきた。
コレを好機と捉えるか、早計と捉えるか。
彼女は俺に対して感謝の念を抱いているように見えるし『契約』の魔道具について聞けるかも知れない。
だが、もしも失敗したら重要な情報源をひとつ失うことになる。
今からでも、アリスに指示を──。
「……いや」
アリスに頼りっぱなしじゃ、ダメだ。
言われたじゃないか──俺は彼女の駒というだけでなく、ひとりの人間だ、と。
このままではいずれアリスに寄生するような生活になってしまうかも知れない。
そんなこと、自分で自分を許せなくなる。
頑張ってみよう。
コレは貴重な成長の機会だ。
もしも挫折したら、そうだな……。
アリスに膝枕でも頼んでみよう。
殴られるかもな。
ソレもまた、経験か。
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