第28話【3】

 全校序列戦11日目。


 俺とアリスは神魔殿へとやって来ていた。


 行われる序列戦は既に50位台を超え、ソレに伴って観戦も増えているようだ。

 観客席は半分近くが埋まっていて、序列最上位勢もゼータ先輩以外は軒並み向かい側の席に座っている。

 こちらに視線は向けてこないが、確実に気づいてはいるだろう。


 ここに居ないアクシアは盗賊ギルドについて調べているらしく、序列戦最終日の前日まで捜査するつもりなんだとか。

 今のところ怪しい動きはないそうだが、いつか敵対することになるやも知れない。

 組織の全貌を露わにすることは、将来を見据えてのメリットがあるそうだ。


「記憶が確かならコラプスさんは序列39位なので、しばらく時間がありますね」

「戦闘が苦手って話なのにそんな高い序列なのおかしくないか?」

「魔法の扱いが上手くても、魔力量が少ない上スタミナも無いとくればそう脅威にはなり得ない、というだけです」


 つまり、アマランス・コラプスの戦い方は超短期決戦──ということか?

 短期決戦は盤面が瞬きの間に移りゆくこともあるくらいのモノなので、頭が相当良くなければできない。

 アリス曰く、彼女の頭脳は天才のソレと言って差し支えないそうだ。

 ……長期戦ながらソレ以上の戦いがあったことは、記憶に新しい。


「彼女は相手の戦力分析が上手いんです。一瞬にける思考力と相性で実力差をひっくり返してきたそうですよ」

「ああ、そうか。確かにアクシアとかも対戦相手を分析してたな」

「それです」


 分析か……できたらカッコイイよな。

 読みは正直冴えていないし、反射神経のゴリ押しは疲れる。

 相手の行動パターンとかが先読みできたらこういう悩みも無くなるんだろうか。

 スタミナは平均よりはあると思うが、自信を持てるほどでもないのだ。


 そうだな、格上との戦い──エキシビションマッチではゴリ押しなんて通じないだろうし、その辺を意識してみよう。

 習得の為にも、アマランス・コラプスの戦いはちゃんと見なければ。

 ……天才のソレについていけるかは、怪しいところだけどな。


 そんな話をしている下では、流石先輩とでも言うべきな試合が行われている。

 相性の悪い土魔法を扱う相手に工夫を凝らした風魔法で応戦する先輩。

 魔力の練り方がかなり上手く、対抗レジストで放たれる《土弾アースショット》を《疾風ソニックウィンド》で粉々にしてしまう時もあった。

 風魔法は使えないが、相手の動きに合わせて魔法を放つ姿は中々勉強になる。


 そう感心しながら見ていると──。


「だーれだぁ」


 そんな間延びした声が、隣で聞こえた。


 視線を向けると、青みがかった紫の長髪を揺らす女性がアリスの目を両手で覆い、薄く笑みを浮かべていた。

 優しそうなタレ目だが、その真紅の瞳は全てを知っているかのような余裕と全能感を感じさせる。

 体はかなり細身で、制服の袖を余らせているのが印象的だ。

 だが、腕に着けている学園の紋章から先輩だということはわかった。

 1年生は龍のつがい、2年生は双剣、3年生が双翼という感じだ。


 アリスは突然の所業に一切慌てず、寧ろうんざりした調子でため息をついた。

 彼女は深い嘆息の後、小さくハンドサインを俺に送ってから口を開く。

 俺はふたりから視線を外し、下で行われている序列戦を見ながら耳を傾けた。


「何の用ですか、コラプスさん」

「いやだなぁ。普通婚約者の妹を見かけたら声を掛けるものだよぉ」

「大して仲も良くないのに、ですか? わたしだけでなく、お兄様とも」

「それは勘違いじゃないかなぁ。私とリオンくんはラブラブだよぉ」

「息をつくように嘘ばかり言うの、実にあなたらしいですね」

「てへへ」

「褒めてないですけど……」


 ──アマランス・コラプス。

 今日のお目当ては、彼女だったらしい。

 流石にリオンの婚約者というだけあって、アリスとは既に顔見知りだったようだ。


 感じる魔力量は平均以上ではあるものの、そんなに多いわけじゃない。

 コレなら確かに……脅威ではないか。

 だが情報戦などをする時は、彼女の存在が最大の障害──それどころか敗北が前提になるほどだと言う。

 見かけによらず、恐ろしい。

 アリスに言われたことを遵守しよう。


「さて、怒りは落ち着いたかなぁ?」

「わたしは別に怒っていませんよ。ただ呆れていたんです」

「今日のことじゃなくてぇ──アイシャ・アルバートと戦った日のことだよぉ」


 ……!

 あの日神魔殿にコラプス先輩の姿はなかった筈だが、なんで知ってるんだ?

 誰が彼女の目を担っているのだろうか。

 俺の後ろに、居るやも知れん。

 迂闊に動けない──姿見えぬ敵は、いつ何時でも厄介だな。


「……ここで話さないでくれませんか」

「はぁい」

「まったく……頭は良いのに、何故こうも注意力散漫なんでしょう」

「それほどでもないよぉ」

「だから褒めてないです」


 ……今のところ、そう警戒すべきなのか疑問に思うくらい気の抜ける人、という印象しか得られていない。

 だけど確かに、底知れない『何か』があるように思える人物でもあった。

 あまり対面したことのないタイプ。

 たぶん……苦手だ。


「ところでぇ──君は私と話してくれないのかなぁ、シグマくん?」

「………。こんちわ」

「あははっ、素っ気なぁい。アリスちゃんの駒はみんなカワイイねぇ」


 どこがだ。

 アクシアはまだしも俺は可愛くねぇだろ。

 目ェ腐ってんのか。


 そんな自分でも驚くくらいの悪態をきそうになったが、グッと堪える。

 彼女との会話は最低限に──質問、返答は絶対にしてはならない。

 アリスに言われた通りにするんだ。


「……なるほどねぇ、確かに強い子だぁ。流石は《風凰剣》と並ぶ魔術師」

「そうでしょう? 自慢の友人です」

「こんな子が今まで王国に居ながら、まったく名前を知られていなかった……面白いコトもあるんだねぇ?」

「そうですね。とても幸運でした」


 恐らくこんな短い会話の中でも、裏には幾多もの思惑が飛び交っている。

 俺の出自を疑っているだろうことはなんとなくわかるが、ここで変に反応するわけにもいかない。

 表情筋を固め、仏頂面を貫き通す。

 普段通りにしていればいい。


 その後もアリスとコラプス先輩はぽつぽつ会話を交わし、時間が過ぎていく。

 たまに振られる会話は適当に受け流し、マトモに取り合うことはしない。

 不満そうな顔をされるが、生憎こっちにも色々事情がある。

 コラプス先輩とのやり取りはアリスに丸投げした方が効率的かつ安全だ。


「んー、やっぱアリスちゃんは面白いねぇ」

「それはどうも。王国図書館と呼ばれるあなたと知見を深めるのも楽しいですよ」

「えへへ、そう? でも残念ながら私もそろそろ序列戦なんだぁ」

「頑張ってくださいね、応援しています」

「ありがとぉ」


 本日6組目となる先輩の試合が終わると、コラプス先輩は残念そうに席を立った。

 アリスの薄っぺらい応援の言葉にこちらもまた薄っぺらい笑みを浮かべ、彼女は手を振りながら階段を下りる。

 その時俺の方もチラッと見てきたので、目線だけで会釈はしておいた。

 学ばせてもらうのだから、多少敬意は払わなければならんしな。


 コラプス先輩が居なくなると、アリスはほっと胸を撫で下ろす。

 俺もどこか軽くなった空気を堪能するように深く息を吸う。

 居るだけでこんなに緊張するなんて、願わくば二度と関わり合いにはなりたくない。

 ……なんて、協力する可能性もあるのに言ってられねぇな。


「くっ……『契約』の魔道具に関して動いていたことは、勘付かれたでしょうかね」

「後々協力するかもなんだろ? そんなマズいわけじゃなくないか?」

「こちらがその情報を欲している、という状況が露見するのは微妙です。王国に執着もない彼女がどちらにつくかは……正直、わかりませんので」

「……ブレイズ王国側に寝返る、って?」

「無視できるほど小さい可能性というわけでもありません。無論、今は裏切るメリットも無い筈なので大丈夫ですが」


 もしもメビウス王国が負ける状況に陥ってしまったら、コラプス先輩がブレイズ王国の味方をする──あり得るのか?

 この国で暮らす人間とブレイズ王国の思想は基本的に合わない気がする。

 そもそも、アイツらがそう簡単に敵国の人間を信用するとも考えにくい。


 どうなんだろうか……。

 いや、今から裏切りを考えてどうする。

 そうならないよう、俺たちは──アリスは動いているんじゃないのか。

 この考えはしておこう。


 俺はアリスの言葉に曖昧に頷き、視線を下の序列戦に向けた。

 その時、彼女がどこか落ち込んでいるように見えたのは、たぶん気のせいではないだろう。


 慰めるように、そっと手を握る。

 するとほんの少しだけ、彼女は真一文字に引き結んでいた唇を歪めた。

 ……笑ってくれて、良かった。


 心の底から、安堵の息をついた。

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