第24話【3】
「副ギルド長……あの歳でそこまでの地位に登り詰めるとは、凄い方ですね」
「そうだな。神威を使えるヤツが現存してるなんて思ってもみなかった……」
日も空高く昇り、色々落ち着いた頃。
俺はアリスの研究室で魔力保存水晶に魔力を流し込みながら報告をしていた。
あの少女──《神速》に色々聞いているうちにまた魔力を食べすぎたのか気絶してしまったので、一度尋問を切り上げたのだ。
今は俺の部屋ではなくその隣に移動し、逃れられないよう吊るしてある。
影の鎖は《
彼女から得られた情報は幾つもある。
暗殺者ギルドについて。
『契約』の魔道具について。
ギルド長──《常夜》について。
流石に知りたいことを全て知っていた、なんて都合良くはいかず、得られた情報は虫食いのような状態だ。
それでも手探りだった今までと比べて大きな進歩であることは間違いない。
そして、俺たちは──俺は、遂に暗躍する姿見えぬ者の正体を朧気ながら捉えることができたのだった。
俺はアリスに得られた情報を伝えながら自分の中でもソレらを整理する。
まず、暗殺者ギルドについて。
暗殺者ギルドは半年ほど前、一度壊滅の危機にあったのだと言う。
壊滅と言っても別に大層なモノではなく、単純に組織力の程度が下がった為いっそ解散しよう、という話が出たらしい。
しかし、そんな暗殺者ギルドに突如として現れた者が居た──《常夜》である。
彼女──《神速》曰く《常夜》は女性らしいのでこう形容した──はたった1日でギルドメンバー全員に1対1の決闘を申し込み、7割ほどを殺した。
絶望的なまでの力の差を見せつけ、彼女はこう言った。
『今この場に立つ君たちは原石だ。今日から私が丹念に磨き上げる。表で見上げられないのなら、私が君たちを裏から世界を見下ろせる者にしてやろう』
それからは訓練、実践の日々。
たとえどんなに依頼料が低くても全ての依頼を受け実践の機会を与え、遂行させる。
才能ある者、努力する者は力を増し、逆の者は死んだり殺されてきた。
そうして《常夜》が認める精鋭だけが残ったことにより、暗殺者ギルドは裏の世界に
ソレが2ヶ月ほど前のことだと言う。
今は依頼も選んでおりあまり活発には活動していない為、関わりのある人間は殆ど居ないだろうとか。
アリスによると確かに2ヶ月くらい前から暗殺の事件は減っていたらしいので、ここに矛盾はない。
どれほどの嘘が混ぜられているかはわからないが、おおよそ事実だろう。
現在、暗殺者ギルドに在籍しているのは精鋭ばかり──《神速》レベルのヤツがごろごろ居たりしたらヤバすぎる。
強硬手段は絶対に避けるべきだな。
もしも今回、俺が彼女を取り逃していたら──そんなことを考えて怖気が走った。
「結果勝てたのですから、そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。今は過去よりも未来の話をしましょう」
「……そうだな、わかった」
頭を振って切り替え、次の話だ。
『契約』の魔道具は《神速》も聞いたことがないらしく、その表情も嘘をついているモノではなかった。
そもそも魔道具は適性属性とは違う魔法を使ったり、日常生活に用いる為魔法の威力を調整することを目的に作られる。
つまり魔法自体を目的としているので、能力の強化などは一般的ではないのだ。
作ろうと考えた者も居るようだが、人生全てを捧げても一歩さえ踏み出すことはできなかったと言う。
普通ならば知らないのが普通である。
だからこそ、裏の住人である彼女なら知っているのでは、と思ったのだが……。
「アイシャ・アルバートのように急激に力を増した者は居なかった……ギルドメンバーで実験はしなかったようですね」
現状でさえ殆ど敵なしの者が力を渇望する道理も無いし、仕方ないのかも知れん。
こちらに関しては進展なしというわけだ。
ただ、《常夜》が最近アクセサリーを着けるようになったというのも聞いた。
ソレが何なのか問い詰めたら、覚えていないと言われてしまったが。
念の為もう一度唇を近づけ脅すと焦ったように記憶を辿り始め、やがて『指輪だった気がする』との言葉を貰った。
確証は無いし、出まかせかも知れん。
伝えるかどうかかなり迷ったが、俺の独断で痛い目を見るのはもうこりごりだ。
そんな断りを入れて報告するとアリスは神妙な面持ちになった。
「指輪──そうだ、シグマさんはアイシャ・アルバートの部屋に行ったのですよね? そのようなものは見かけましたか?」
「いや、正直音を出さずに戦うだけでいっぱいいっぱいだったから、何が置いてあったとかは覚えてない……ごめん」
「そう、ですか……いえ、大丈夫です。気にしないでください」
紅茶で喉を潤し、ひと息つく。
ひとまず伝えられるのはこんなところか。
もうひとつ、アリスに伝えていないことはあるが……こっちはまだいいだろう。
暗殺者ギルド長──《常夜》
《神速》に彼女のことを聞いた。
普段は黒い外套を羽織りフードを被っている為、姿は殆ど知れない。
だが、あの日──《常夜》が暗殺者ギルドを支配した日に見た光景は、未だ目に焼き付いたままだと言う。
魔水を繰り世界全てを見下ろすかのような支配者たる存在は、白と黒の髪を持ち、その前髪の下には紫苑色の瞳が輝いていた。
水を自在に扱える、白と、そして黒の髪を持つ女性──あまりにも全てが一致する。
俺は思い出したのだ。
かつて俺の隣に居た、俺が焼け野原にした地を新たなる《死》で埋め尽くす、ブレイズ王国の最強がひとりを。
《風水の旅人》
この国に来てから、あの魔力を感じ取れたことはただの一度もない。
俺はあの日弱っていたからこそ、門番やその他メビウス王国民にこの存在を感じ取られずに済んだのだ。
あんな膨大な魔力を持っている人間が簡単に入れるほど、この国の壁は柔くない。
アリスだって国中に目を置いていたらしいじゃないか。
本当に、この可能性はあり得るのか?
アリスやその他の監視を、果たして潜り抜けられるのだろうか?
もしもそうなら、今不安定なアリスを更に追い詰めることになるかも知れん。
彼女は『契約』の魔道具があるという事実だけで心がほんの少しぐらついた。
ブレイズ王国の最強が潜んでいるかも知れない、なんて言ってしまえば……どうなるか想像もしたくない。
しかし、まだ戦争を起こす気が無いからこそ派手な動きはしていないのだろう。
もしも《常夜》が《風水の旅人》なら何故暗殺者ギルドを作り直したのかとか、色々疑問が残るが……焦る必要はない。
俺はそう頭が回るわけじゃないし、仲間が沢山居るわけでもないからな。
ひとつひとつ、丁寧に。
一気に問題を片付けるなんて、それこそ神ですらできていないこと。
俺たちが優先するべきは、コレじゃない。
俺は紅茶を飲んでほっと息をつき、メビウス王国の風景を思い浮かべる。
相変わらずの綺麗な街並みは、静寂に満ちた平和の裏返しなのだろうか。
ずっと見ていたい──この平和な国を、そこで暮らす人々を……アリスを。
「愛国心、ってヤツかねぇ」
自分の言葉を鼻で笑って、俺はティーカップを空にした。
その紅茶は、妙に苦く感じた。
* * *
「そう言えば、シグマさんは《神速》の魔力をどうやって食べたのですか?」
ひと通り情報を咀嚼し終えたのか、アリスは軽くなった声色でそう尋ねてきた。
どうやって、と言われても……別にアリスの時と何も変わっていないんだが。
抵抗すればするほど苦痛が大きくなるから拷問に適しているのであって、何か特別な手段を用いたわけじゃない。
「だって彼女、わたしと違って首元や体のどこかに歯型がありませんでしたよ」
「あー、そういうこと」
アリスの魔力を食べた時俺は魔力が濃く存在する首元に噛み付いたが、その跡は朝起きた後も残っていた。
なのに魔力を食べられた《神速》にソレが無いのが不思議だったのか。
確かに普通は拷問と言うならもっと傷跡があってもおかしくないだろうに、まったくの無傷なのは想像できないな。
「キスしたんだ」
「………………は?」
え、こわっ。
なに今の声、ドス利きすぎだろ。
思わず肩を震わせてアリスを見ると、額に手を当てながらため息をついていた。
ソレはまるで呆れているような、未知に直面して困っているような、ひどくチグハグな様子だった。
確かに褒められた方法じゃないけど、そんな呆れなくてもよくないですかね。
アリスは困ったように眉根を寄せ、どこか縋るような目で再び問うてくる。
妙な圧を感じて息が詰まった。
「すみません、もう一度いいですか?」
「キスをした」
「……聞き間違いじゃなかったぁ」
アリスは崩れ落ちるように項垂れた。
「ちょ、え、えぇ……?」
「うー……なんでそんなことしたんですか」
「効率が、良いからだけど……一番スムーズに相手の魔力が食べられるんだ」
「だ、だからって、キスだなんて……」
「床を血で汚すわけにもいかないし、寧ろ最善手じゃないか?」
「それはっ……そうですが」
言葉では肯定しつつも、その顔はまったくと言っていいほど納得していない。
不満に満ちた表情だ。
頬がぷくりと膨らんでいて、まるで子どもみたいに唇を尖らせ俺を睨んでいる。
なにその顔、かわいい。
もしかして、嫉妬してくれてんの?
そう言いかけて──やめた。
「……わたしだけのだと思ってたのに」
「え、何が? なんで?」
「地獄耳! ばか! 節操無し!」
「唐突な批判ッ!? なんで!?」
「自分で考えてください! わたしはこれから商業ギルドで魔晶石を買ってきます!」
アリスはぷいっとそっぽを向いて《
そんな風にしながらも椅子を丁寧に戻してたりドアは閉まっていたりと、どこまでも貴族らしく、彼女らしい。
節操無し……この国って、もしかしてキスとかはダメなんだろうか。
ある程度の法律とか不文律は学んだつもりだったけど、まだまだなのかね。
自嘲するように苦笑いを漏らした後、喉を潤そうとティーカップを手に取る。
その中身は、空っぽだった。
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