第20話【3】

「ッ……ハハ、知り合いが標的ターゲットかよ」


 なんとも居心地悪い状況だな。

 知り合い、と言っても俺が一方的に知っているだけだから、その言葉はきっと適切ではないだろうが。

 アイシャ・アルバート──俺は彼女を好ましく思っていた。


 勝利に対する思いは人それぞれ。

 その中で最も強くなる素質がある者が得てして抱くモノは……狂愛だ。

 勝利への狂愛、頂点への狂愛。

 そして同時に抱く敗北への恐怖。

 彼女はそのどちらもが、最高級に高まっていた珍しい人間だった。


 しかし、それでメビウス王国に害となる魔道具にまで手を出すのはいただけない。

 都合よくがんを切除してくれる者が現れただけじゃないか。

 俺が気にすることは何も無い。


 あの少女がアルバート先輩を殺した後、彼女の背を追ってアジトとなる場所を突き止めるのが……俺の与えられた『役職』だ。

 どうせ先輩が殺されたところで俺たちには何ら損害は無い──どうでもいいんだ。


 どうでもいい、筈なのに……。


「………」


 少女が小さな声で詠唱を始めた。

 離れているここからは唇の動きを見ることしかできないが、魔力の感じから防音魔法やらを使っているのだろう。

 その間も、アルバート先輩は穏やかな寝顔ですぅすぅ寝息を立てている。

 すぐそこに《死》が迫っているなんて知る由もない、ひどく無垢な顔だった。


 少女が懐からナイフを取り出した。

 その刃は一切の光沢が無く、光そのものを飲み込むような漆黒でまみれている。

 いつかアリスとのデートの日に俺たちをけていたヤツも、同じモノを使っていた。

 だからこそ、嫌でもわからされてしまう。


 ──本気で殺す気なんだ、と。


「……ばいばい」


 ナイフを振り上げる。

 その動作はあまりにも自然で、命を刈り取るという行為に何ら感情を持ち合わせていないのがよくわかる。

 切っ先を喉笛に向け、振り下ろす。


 漆黒の軌跡が闇夜に残る。

 まるで走馬灯でも見ているのかと思うほどにその『殺し』が遅くなり、俺はいつの間にか息をしていなかったのに気づいた。

 迫りゆく刃は、一切の躊躇が無い。

 良い一撃だった。


 必要犠牲コラテラル・ダメージ──そう、コレは避けられないモノなのだ。

 最適解なのだ、近道なのだ。


 だから──。


「……! 誰っ」

「悪いなァ、お嬢さん」


 俺はどうして、役職を放り出してまでこんなことをしているのか、自分がわからなくなってしまっていた。


 アルバート先輩の首元は近くの影が伸びることで守られていて、ナイフがそこに達することはない。

 ソレに気づいた少女はすぐに体をこちらに向けて警戒を露わにした。

 正面で見ると、やはり彼女は幼かった。


「任務失敗。敵対存在確認──排除します」

「クク、こんな狭い場所、まして今は月も殆どない夜だ──お前に勝てるかな?」


 俺は魔力を解放して壁や床、天井に映る影を操り、5本ほどの腕を創り出す。

 ソレらを少女に向けて伸ばし、四肢をへし折ろうと指揮を行う。

 脳みそはひとつなので複雑な動きはできないが、ソレを上回る物量で押し潰す。


 しかし少女はその小さな体躯を活かして影の攻撃を容易く躱し、俺の懐まで刹那の間に潜り込んできた。

 一撃で仕留めんと言わんばかりのひと振りは足元の影を伸ばして止め、反作用で硬直した彼女の右手を蹴り飛ばす。

 狙い通り武器を手放してくれたので、俺はすぐに止めていた《影踏シャドウ》を彼女へ向けながら己の拳を振るう。


 ナイフから離すように攻撃の密度を変え、体格差を活かしてヤツの射程に入らないまま追い詰めていく。

 だが一撃一撃に勝負を決める威力を込めているのに、少女は容易くソレらを躱す。

 圧倒的な身のこなし──その歳じゃ筋肉も十分に付いていないだろうに、何故こんな動きができるんだろうか。


「くっ……はぁ……!」

「死ね」

「きゃっ……!?」


 一瞬段差に引っ掛かったのを見逃さずに俺は顔面目掛けて蹴りを放つ。

 しかし凄まじい反応で両手をクロスし、ソレは難なく防がれてしまった。

 威力は殺せていないので少女の体は窓から屋敷の庭園へと落ちていき、俺もソレを追って音を立てずに飛び出す。


 やはりと言うかなんと言うか、少女は受け身すらも取らずに優雅に着地して俺のことを睨んでいた。

 ここには壁が無いから、床に映る影しか操ることかできない。

 本気でやんなきゃダメそうだ。


「……何故、邪魔するの」

「そんなの俺が聞きたい」

「意味わかんない。……死んで」

「やなこ──った!」


 部屋から出たお陰で自由になり、少女は今まで使っていなかった魔法を放つ。

 音も形も無い風魔法が飛んできて、俺の四肢を切り刻まんとする。

 ソレと同時に彼女は滑るような足運びで突っ込んできた。


 魔力障壁で風魔法を防ぎ、同時に頭の中で一番の相棒の姿を思い浮かべる。

 あんなにあった筈の距離がいつの間にか2歩分ほどにまで縮まっているのは、正直予想外だった。

 が、生憎……そこは俺の領域だ。

 さあ、来い──相棒。


「──《深淵の呼び声コール・オブ・ジ・アビス》」


 詠唱は無しにそう唱える。

 袖の中に映る影に大量の魔力を込めれば、俺の手のひらから長い影の柄が伸びた。


 完全に魔力が巡ったタイミングでソレを握り締め、少女が繰り出す《死》の軌道に交わらせる。

 音も無く彼女の持つ不可視の剣は弾かれ、同時に相棒の姿が顕現した。


「……闇の製具魔法。初めて見た」

「だろうな。俺以外にコレを使えるヤツは、この世にふたりしか居ない」

「結構居るね」

「お前ん中の人間はどんだけ少ねぇんだよ」


 そんな言葉のやり取りの間にも純黒と不可視がぶつかり合い、互いの首へ着実に死神の鎌が迫っていく。

 殺ってる感じ、風魔法か……ソシエールとの戦闘経験がかなり活きてるな。

 戦いやすい。


「《影槍シャドウランス》」

「《方向喪失ゼロ・ベクトル》」

「闇魔法にも、干渉できんのかよッ……!」


 影は本来2次元に存在するモノだから、大抵の魔法では防ぐことはできても干渉はできない筈なんだが。

 だがこうして攻撃や防御に使う時は一応俺たちと同じ次元に存在してるわけだし、魔力量を超えれば干渉できるのか?

 メチャクチャ厄介じゃねぇか。


 影のカラスを1羽生み出し、一直線に少女へと飛ばす。

 流石に無視できる威力ではないので一瞬彼女は足を止めて空気の剣で斬り殺した。

 想像よりも容易く対処され驚きだが、その間に距離が取れたので俺は思いきり薙刀を腕目掛けて振るう。

 槍と違って斬撃に重きを置いた武器なので突きはせず、手足を狙って斬り払う。


 如何なる夜をも包む暗黒は、俺の思いを映して正確無比な攻撃となる。

 手足の長さに加えて薙刀のリーチもあり、着実に有利不利の天秤は傾いていく。

 なんとか俺の隙を見出そうと観察しているみたいだが、もう為す術は無い。


 魔法は魔力障壁で防げるし、直接の攻撃はそもそも届きやしない。

 逃げようとしても俺の方が速いのはこの戦いの中で彼女も理解しただろう。


 ──その筈なのに。


「……!」


 少女は薄く笑っている。


 彼女もまた、狂人なのだろうか。

 立場があまりにも違いすぎるだけで、俺やアリス、ソシエールと同類なのだろうか。


 そんなことを思っていると、少女はいきなり距離を取ってきた。

 追撃を仕掛けようと地面を蹴り、彼女の一挙一動を見逃さんと意識を集中させる。


 そこでようやく、俺は気づいたのだ。


「──神威、《神速》」


 あの少女が、ただのヒトではないことに。

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