第19話【3】

 アリスからハッキリと命令を受けた後。

 俺は再び周囲に意識を張り巡らせながら街中をのんびり歩いていた。


 暗殺者ギルドを調べると言っても、真昼間からあの紋章の付いた外套を纏っている筈がないし夜までは基本暇だ。

 なので今日は少し趣向を変え、表通りではなく路地などの狭い場所をしらみつぶしのように調べることにした。

 と言っても、こちらにはあまり期待していないしダメ元なのは承知の上だが。


 暗殺──俺にはあまり縁のない言葉だが、アリスは幼い頃その力を畏怖され何人もの刺客と戦ったことがあると言う。

 その日彼女は初めて人を殺し、幼いながらもその感覚に愉悦を覚えたんだとか。

 やはり狂った人間は皆同じように、人を殺す時初めに感じる感情は、喜怒哀楽で言うならば……楽、なのだろうか。


 殺人、誘拐、脅迫──そのどれもが日常茶飯事であったブレイズ王国では、人を殺したことのない者の方が異端だ。

 幼子であったとしても、金が無ければ食っていけないのはどこも同じ。

 ならば店の者を殺し、品物を奪う──そんな風潮が蔓延はびこりながら、どうしてあんなに大きな国になれたのか。

 我が母国ながら不思議でたまらない。


 そんなわけで、俺はいつしか殺しに対して何も思わなくなっていった。

 屈服させた快感が、気づけば当然のモノとしか捉えられなくなっていたのだ。

 最近は人を殺していないし、その必要も既に無くなっている。

 俺の心にあった刃は、今となっては刃こぼれしてしまっているのだろうか。


 それとも──。


「くぁ……ん?」


 欠伸を漏らしながら歩いていると、ふと足元に違和感を覚えた。

 感覚などという大層なモノではない、なんと言うか……第六感のような、勘。

 足を止めて瞼を下ろし、周囲に満ちている全情報に神経を向ける。


 音──コレは、風の音か?

 建物の間に吹くソレじゃない。


「………」


 たんっ。


 一度、足踏み。

 伝達、反射……知覚。


 目の見えないコウモリが使う超音波は、人には聞こえない超高音を発しその反射を聞くことで周囲を認識すると言う。

 風の音は、魔力──《素魔力エーテル》を孕んでいるので、幾らか聞きやすい。

 違和感が強まっていく……見えないし、ある筈が無いのに、空間があるような。


「……!」


 そうだ。


 属性元素は融合することによって、まったく異なる性質を扱うことができる。

 そしてそんな融合属性元素の中にあった気がする──神鏡属性。

 空間を司る、融合属性元素では最強と謳われるモノだ。


 しかしあれは風と水、両方の属性に最適性が無いと扱えないと聞いたことがある。

 普通は考慮に入れすらしない──だと言うのに、やはり違和感を拭えない。

 抑えていた魔力を少し緩め、全方位に魔力探査の糸を放つ。


 上──流石に空以外は何も無いか。

 横──建物の壁の裏は普通の家屋やら店やらのスペースしかない。

 下──水は基本魔法石で供給するから特に掘る必要は無いため、当然何も無い。


「……いや」


 何も無い、真っ平ら──コレはおかしい。

 地面というのは《素魔力》が乱雑に含まれているから、こんなにも平坦な反発の仕方はしない筈なのだ。

 明らかに、人の手が加わっている。


 全ての感覚を地面に向けて、もう一度。


 大通りからゆっくりと魔力を這わせる。

 綺麗な街並みを維持する為か、裏路地もしっかり整備されている。

 滑らかで、あまりにも精巧で、ソレ故に。


「──あった!」


 途切れがわかりやすい。


 この下には特殊な魔法によって閉ざされた地下通路への入口があるみたいだ。

 暗殺者ギルドかどうかはわからないが、とにかく『裏』の人間が使っている可能性はかなり高いだろう。

 どこかの家の者が独自で作った隠し通路、と言うには出入口の場所が変だしな。


 だが、俺は神鏡属性魔法は使えない。

 アリスにも武力行使はナシだと言われているわけだし、こじ開けて探るのはやめておいた方が良さそうだ。

 藪蛇になっては折角掴んだ尻尾もまた暗闇に引っ込んでしまうかも知れない。

 気配を殺して待ってみよう。


 なに、どうせすぐ解決することじゃない。

 一流の狩人ハンター獲物ターゲットが来るまでじっと待ち、ここぞと言う時に得物を振るう。


 なら、いくらでも待ってやる。

 生憎と時間は有り余ってるんでね。


*  *  *


 我慢できずに昼食を食べてからおよそ半日近くが経った。


 暗殺者ともなると人の気配に敏感だろうと言うことで、今日の昼飯は匂いの少ない食パンを数枚だけにした。

 勿論ジャムやバターは付けずに、だ。

 夕飯は万が一を考えて抜いている。


 最近美味しいご飯ばかり食べさせてもらっていた所為か、妙に味気なく感じた。

 昔は人肉を食うくらいだったのに、こんな贅沢な味覚になってしまうとは。

 やはり三大欲求というのは凄まじい。


「……暇だな」


 気は張ったままだが、流石に朝から夕方まで屋根の上で座り込み床を見つめるだけ、なんて1日は退屈だ。

 ここに入ってくる人も居らず、アテが外れたかと思いつつもまだ活動する時間帯じゃないことを思い出してため息を漏らす。

 魔力を練ったりと訓練で時間を潰すこともできないし、ブレイズ王国での日々に戻ったみたいだ。


 まぁ、あの頃と違って体も自由だしそんな贅沢は言うつもりもないが。

 だが人間とは傲慢なもので、より高い次元のモノを知ると基準がどんどん変わってしまうようだ。

 帰ったらアリスに甘えてみようかな。

 なんてね。


「……!」


 そのまま待っていると、日付が変わったことを知らせる時鐘が鳴り響いた。

 思わず肩を震わせ、何事も無いことにほっと安堵の息を吐く。

 街の多くが寝静まった静かな夜だから音が大きく聞こえ、結構びっくりした。


 そんなドッキリもありつつ、数分。


 遂にその時がやってきた。


 強く濃密な魔力の気配が現れ、俺は息を止めて頭だけを地面に向ける。

 今日は月も殆ど欠けているから、影が映ることはなかった。

 その魔力の塊は俺が目をつけていた不自然な途切れの下で止まり、そして──どこか懐かしい練り方のモノに変わった。


 地面が一瞬にして消え去り、人影がひとつ飛び出し着地する。

 すぐに穴は塞がり、その人物は見覚えのある紋章が付いた黒い外套を揺らして路地の更に奥へと歩き始めた。


 凄いな……出る人も神鏡属性元素魔法を使えなければ不便だし、恐らく何らかの魔道具を使っているんだろう。

 魔道具に対する理解が無いのでどれほどなのかはわからないが、少なくとも簡単に為せる所業ではない筈だ。

 今回のようなことがいつかまた起きるかも知れないし、俺も魔道具の知識をつけた方がいいだろうか。


「っと、そんなこと考えてる場合じゃない」


 早く追いかけないと。

 やはりあの人物も暗殺者なのか、気配の殺し方がかなり上手い。

 少し離れただけで姿を見つけるのに手間取ってしまうほどだ。

 警戒は怠らず、安全第一にいこう。


 武器は……わからないな。

 全身を隠しているから暗器のひとつも見つからないし、適性属性元素まで見抜けるような異次元の魔力探査はできない。

 こちらに気づいてはいないようだが、戦闘は避けた方が無難だろうな。


『──シグマさん』


「ッ……!?」


 びっ……くりしたぁ。


 突然誰かに呼ばれたのかと思えば、どうやらアリスの《意識連結テレパシー》だったらしい。

 ヤツに尾行がバレたのかと思って一瞬魔力を練ってしまった。


『どうした。今忙しいんだけど』

『え、あ、すみません。帰りが遅いので心配になって……。まだ街に居るようですね』

『ああ』


「………。気の、せい?」


 クソ、やっぱ気取られたか。

 すぐに収めたお陰で完全に気づかれるのは防げたみたいだが。

 しかしこちらに視線を向けてきたから顔は見えたので、イーブンでもいいだろう。


 あの人……何歳だ。

 見た感じ、12くらいじゃないか?

 あんな小さな女の子が暗殺者ギルドに所属していて、しかもあんな膨大な魔力を有している──その事実に怖気が走る。

 ほんの少し何か違えばマトモな人生を送っていそうな、まだ常人から逸脱したばかりの僅かに光を宿す目をしていた。


『わたしはもう眠るのですが、シグマさんはいつ帰ってくる予定ですか?』

『……多分、2時は過ぎる』

『わかりました。ではシグマさんの部屋の窓を開けておきますので、帰りはそこから入ってきてください』

『一応結構上の階層なんですけど、そこ』

『何か問題でも?』

『いや、音が鳴るかも知れないってだけ』

『人を起こさないには最適でしょう?』

『そうだな。んじゃまぁ、なに。おやすみ』

『ええ、おやすみなさい』


 その言葉を最後に、頭の中に流れてきていた温かい魔力がぷつんと途切れた。

 意識を切り替えるように頭を横に振る。


 下に居る少女は相変わらず音も無い歩みを迷いなく進めていて、何らかの任務を請け負っているのが丸わかりだ。

 しかし、今回の俺の目的は彼女の仕事の現場ではなくアジトの方である。

 正直今の時間はあまり重要じゃない。


 少しだけ気を抜こうか。


 ──そう、思ってたのに。


「よいしょ……っ!」


 少女が突然地面を蹴って跳んだ。

 俺は咄嗟に死角となる建物の屋根に伏せ、屋敷のテラスに着地した彼女を見やる。

 誰の家かはわからないが、庭園に咲いている花は結構お高い品種だった気がする。

 ターゲットの貴族の家なのだろう。


 少女はすぐに家の中に入ることはせず、そっとしゃがんで床に手を這わせた。

 そのままゆっくりと窓に近づけていき──ある部分でソレが阻まれる。


 結界だ。

 無理やりぶち破ればコレを張ったヤツに絶対に気づかれる。

 どうするのだろうか。


「──解析開始。含有魔力量……魔法陣、座標……術式タイプ……属性元素……解、算出完了。模倣コピー──対偶生成、重複」


 ──!?


 凄い……なんて精密な魔力操作なんだ。


 結界の術式と完全に対となる術式を一瞬で作り出し、ソレを同じ位置に重ねることで干渉させ、打ち消した。

 結界魔法への理解が高く、ソレでいて圧倒的な魔力操作と魔力感知のどちらもが無ければできない芸当だ。


 アレならば結界を一切壊すことなく無効化できるので、姿を見られない限り気づかれることはない。


「……バケモノすぎんだろ」


 窓の鍵はピッキングで容易く開き、少女はプラチナブロンドの髪をなびかせ堂々と部屋の中に入っていった。

 運が良いことに、ここからは部屋の中まで見通すことができた。

 ……いや、運が悪かったのかも知れない。


 何故なら、その部屋の中にある大きなベッドの上で心地よさそうに眠る──。


「……ア、イシャ・アル……バート?」


 アリスと序列戦を行ったばかりの、あの勝利を渇望していた先輩の寝顔が見えてしまったのだから。

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