第16話【3】

 序列戦5日目。


 アリスはしばらく昨日の対戦相手──アイシャ・アルバートの使っていた魔道具について調べると言い、朝のティータイムも無しにどこかへ出掛けていた。

 昨日はあんなに申し訳なさそうにしてひどく肩を落としていたと言うのに、随分とまぁ強いことだな。


 彼女の美しい灰色の目に涙が滲むのを見たのは、昨日で3回目だったか。

 初めては、俺の過去を──この身に課せられた呪いのことを話した時。

 次は、呪いの代償を求めてダンジョンに向かおうとする俺に、苦しまないでくれと懇願してきた時。

 そして、昨日──ゼータ・クルヌギアに俺の正体を教えてしまった時。


 俺がアイシャ先輩に違和感を感じた時魔力を探っていれば、こんなことにはならなかった──と言うのは結果論だな。

 寧ろ俺はアリスの魔力に押し勝つ人が居るんだと舞い上がっていたし、そんな考えが浮かぶほど落ち着いていなかった。

 仕方のないことだったのだ。

 誰のせいでもない。

 俺だって嫌いなモノを使う相手なら、きっとキレてしまうから。


 ゼータ先輩の方はとりあえず時間もあるし考えなくていいだろう。

 アリスから俺は自由にしていていい、と言われてしまったが──諜報能力の無さは自覚している──じっとしてもいられない。


 とりあえず、いくら重要なモノのやり取りと言えど貴族ばかりの場所で取引を行うとは考えにくい。

 城下町、ひいては平民も居て人の出入りが多い場所でするのが合理的だ。

 技術があればバレた時無関係の人間に擦り付けることだってできなくはない。

 アリスはその足もあってあまり城から離れた場所へは行けないし、俺は城下町に行くのが最善手だろう。


 アクシアもアリスも隣に居ない外出……本当に久しぶりだ。

 ボロを出さないようにと城に引き籠もり、本を読んだり薙刀を振ったりするだけの毎日でも、彼女らが隣に居た。

 今の俺はもっとアグレッシブに行動していると言うのに、あまり楽しくない。


「……寂しい、って言うのかね」


 人が恋しいのかもわからない。

 今まで寂しいと感じたことがないから。

 ああ、この感覚は……ダメだな。

 あまりにも俺を弱くする。

 忘れよう。

 今は魔道具のことだけ考えるんだ。


 アリスが口にした『契約』という言葉。

 俺の母国ブレイズ王国にいて、契約は勝利の次に大きな意味を持つ。

 彼女は『ここの技術では付与魔法によって作れる代物ではない』と言っていた。

 つまり──何かがこの国に、居る。


 貴族に魔道具を渡せる時点でそれなりに王国内では立場を確立している筈だ。

 この国に侵入するだけでなく周りからの信用も勝ち取ることのできるような人間は、どのくらい居ただろうか。


 俺のひとつ下に位置づけられていた5人は力も頭も相当なモノだったし、可能性としては全然あり得る。

 だが名前は誰も知らないし、顔を覚えているのはひとりだけ。

 コレは手掛かりにできない、か……。


「ここらにいる平民たちにコネでもあればいいんだけど──」

「あのぅ……」

「ッ……お前は、セナ?」

「こ、こんにちは」


 唐突に声を掛けられ後ろを振り返ると、アリスとはまったく系統の違う服装に身を包んだセナが立っていた。

 動きやすそうなパンツスタイルの上に藍色の外套を羽織っており、手には食材やらが入ったバッグを持っている。

 何とも綺麗な白髪は陽の光に照らされ、まるで絹の糸のように見える。

 気配に、気づけなかった……?


 セナは魔力量はそこそこある。

 制御していたとしても、怪しい人物が居ないか俺は感覚を研ぎ澄ませていた筈だ。

 それなのに、こうして声を掛けられるまで自分に誰かが接近していることにすら気づけない、なんてことがあるだろうか。

 コイツが噛んでいる……いや、無いな。

 ブレイズ王国出身なら弱すぎる。

 白と考えて問題ないだろう。


「久しぶり……ってほどでもないか。食材の買い出しにでも来たのか?」

「は、はいっ。シグマさんは?」

「俺は──散歩だ」

「さんぽ……」

「そう、散歩」


 俺は誤魔化すようにそう言いながらセナのバッグを奪い取り、嘘をついていないと示すように彼女の目を見つめる。

 ……綺麗だな。

 アリスのとは違う光に満ちた美しい桃色の瞳は、母国に1本だけあった桜の花びらのような華やかさがある。

 平民は暗い色の目を持つことが多いとどこかで耳にしたが、もしや貴族の隠し子だったりするのだろうか。


「家どこ? 運ぶぞ」

「そ、そんな。悪いですよっ……」

「あー……そりゃ親しくもない男に自宅教えたくないか。しかも貴族相手だしな」

「ち、違います! ただ純粋に、申し訳ないって思って……」

「そう? 俺としてはお前と話したいこともあったから、あくまでコレはついでだし負い目は感じなくて大丈夫だぞ」

「話したい、こと?」

「ああ。別に重要なことじゃないし、ただの雑談の一環だけどな」


 セナがアリスの利になるか否か未だ不明瞭だったし、無駄に終わりそうな魔道具調査よりは成果を得られるだろう。

 アリスと戦って4日経っているし、そろそろ意思が固まっていてもいい頃だ。

 迷っていて中立の立場に今居るのなら、軽く説得するのも視野に入れるか。

 話術の自信はゼロだが、まぁ頑張ろう。


 俺の言葉を聞いてセナはありがとうございます、と何度も頭を下げる。

 その後先導するように歩き始めたので、俺も周囲に意識を向けながら後を辿った。


 極端に魔力が多いヤツだったり、覚えのある魔力を漏らす人が居るやも知れん。

 名前は知らんが、アイツの顔と魔力だけは今でも鮮明に覚えている。

 もしここに居るのなら、絶対に気づく。

 警戒は怠らずにいよう。


「俺の──俺たちの序列戦は見たか?」

「はいっ! 火属性魔法って、あんなに威力が高いものなんですね。アタシは上級までしか使えないので、びっくりしました」

「火は特攻が無い代わりに威力が高い属性元素だからな。水は逆に火と土に特攻があって威力は控えめらしい」

「そうなんですか? 基礎的なことに聞こえるのに、授業で習ってないです……」

「魔術教本とかに載ってるぞ。まぁ為にはならないから、買うのはナシだと思うが」


 俺は授業だけでは水属性魔法がよくわからなかったのでしばしば読み返しているが、正直内容は普通だ。

 魔法学園で生かせる内容は殆ど無い。

 書斎にあるから読んでいるだけで、本屋などで見かけても開きすらしないだろう。


 さて、そんな雑談も交わして、だ。

 見てわかる通りだが、セナはお世辞にも貴族らしくない俺に対して緊張している。

 序列戦で調子に乗りすぎたか、と考えはしたが、彼女の先程の言葉は嘘偽りは無いように聞こえた。

 そこに怯えているわけではない気がする。

 どうにか緊張を解したいところだ。


「あー……まぁ、なんだ。そう緊張しなくて大丈夫だぞ」


 直球すぎだろ、俺。


「っ……バレて、ますよね。あはは……」

「全然敬語とかいらないから、もっと気楽に話して欲しい──なんて、流石にいきなりじゃ無理な話だよな」

「……ごめんなさい」

「謝るようなことじゃねぇよ。俺だってお前と同じだったし」

「え……でも、シグマさんは、いつも堂々としている気が──」

「俺は元々アリスと親しい人間じゃなかったから、敬語で話してたんだ。いつか敬語を止めてくれ、って言われてから、少しずつこうなっただけなんだよ。初めのうちはめちゃくちゃどもってたわ……」


 そう、俺とセナは同じだ。

 己の立場を鑑みれば普通なら相応しくないであろうに、それでもアリスに手を差し伸べられた人間。


 人との関わり方が絶望的に下手な俺ですらアリスとこうなれたんだ。

 平民として俗世を生きてきたセナなら、できる筈だ。

 コレは勝手な期待ではない──確信だ。


「少しずつでいい。そうだな……俺のことを友だちだと思ってくれないか? 貴族云々なんて関係無い、友人として。少なくとも、俺はお前のことが好きだよ」

「……が、がんば……る、ます」

「そんないきなりじゃなくて大丈夫だから。言語崩壊させてまで強いたりしないぞ」

「う……うん」


 ……こりゃダメだ。

 平民は貴族に虐げられた経験がある者が多いと言っていたが、彼女も例に漏れずそうなのかも知れない。

 俺個人ではなく、貴族そのものに恐怖を抱いているのだろう。

 学園でもいじめられていたらしいし、そう簡単に良い印象は与えられなさそうだ。


 だがまぁ、アリスに対してよりはマシだ。

 お世辞にも優しいわけではないアクシアには荷が重いだろうし、彼女とのコミュニケーションは俺が適任な気がする。

 火という共通の適性属性元素もあるし『聖級魔法を教える』とか言って会う機会を作れなくもない。

 うん、成果としては中々なのでは?


「あの、シグマさ……くん」

「なんだ?」

「えっと……何を警戒してるの?」


 ──へぇ。


「良い勘だ」

「ひぅっ……!」

「素直に褒めたら怯えられたんだけど。泣いていい? ……実は王国内で、魔法省に認められてない魔道具のやり取りがされてるかも知れないんだ。俺は個人的にその調査をしてるだけ」

「アリス様に言われて、ではなく?」

「寧ろ彼女には自由にしてろって言われた。お前も怪しい人物とか見かけてたら、教えてくれないか?」

「うん……特にはない、かな」


 嘘は、ついてないな。

 戦いの中で相手のフェイクを見極めてきたからか、嘘だけは見抜ける。

 言葉の真意は難しいが、嘘に関してはプロフェッショナルと言っていいだろう。

 何かを隠す素振りも無いし、見覚えも関わりも無いと考えて良さそうだ。


「そうか。まぁ、アレだ。お前も旨い話にホイホイ釣られんなよ。アリスからの話は全面的に信じてもいいけどな」

「あ、あはは……考えとくね」


 今のは嘘だ、絶対。

 もう見なくてもわかるわ。


 まぁ説得は今日じゃなくてもいい。

 どうせ序列戦が終わるまでは学園も忙しくしているし、生徒会長であるリオンもそう動けはしまい。

 この魔道具の件について彼がどんな対応を取るのか、そもそも対応を取るのか。

 ソレを気にするのは俺じゃないしな。


 俺はあくまで、陰でアリスを支える者。

 今は自由にしていろと言われたから好きにやっているだけで、彼女の指示に従うのが俺の本分である。

 自分の駒としての役職を忘れるな。


「そろそろ寮だから、別れた方が良いかも。荷物、ありがとうございました」

「ああ。ここからしばらくは暇だろうけど、都合が良かったら最終日辺りは序列戦を見に行ってくれ。参考になる筈だ」

「うん、わかった」

「そんじゃ、またな」

「ばいば……さようなら」


 セナはほんの僅かに微笑みながら俺に手を振り、その後背を向け歩き出す。

 俺も彼女の反対に向き直り、再び城下町へと歩みを進めた。

 まだ夜まで時間はあるし、もう少し調査してから帰るとしよう。


 胸元に掛けたペンダントを握り締め、俺はひとり戦う少女に思いを馳せる。

 もう少し、俺に頼って欲しい。

 そう思うのは傲慢か。


 ほんの少し寂しく思いつつ、俺はそこを歩む人波の中に溶け込んだ。


*  *  *


 人界歴 18XX年 5月13日。


 状況は以前と変わらない。

 重役を担う人物の殺害はふたりのみ。


 ここ数ヶ月で判明したことだが、この国の戦争に関する能力はかなり高い。

 戦える人間の数が桁違いに多く、更にその殆どが上級以上の魔法を扱えるようだ。


 戦局を傾けるような人物は大抵が王立神魔魔法学園に在籍中であり、手出しはできそうにないのが現状。

 しかし、懸念点だった《天理の代行人》は戦争に興味が無いらしい。

 もしも戦争が起こっても、参戦してくる可能性は精々6割と言ったところだろう。

 これは楽観すべき数字である。


『契約』の魔道具の試運転は失敗だ。

 運悪く実験対象の戦う相手がアリス・メビウス・クロノワールとなり、測れるほど善戦できなかったようだ。

 しかし、一度と言えど《魔導師》の魔力に押し勝ったというデータは手に入った。

 短期間の使用ならば有益かも知れない。


 殿下の存在を確信し1ヶ月が経った。

 かなり遠距離から監視させたり、暇な時は私自身が見てきたが、彼は純粋にこの国の味方となるらしい。

 殿下の力量は隣で戦ってきた私が最も知っているし、勝ち目が無いのは明らかだ。

 だが、命を与えられれば遂行するのみ。


 本日、王国へ殿下についての手紙を出す。

 返事が来るまで、私はあくまで中立を貫くこととしよう。

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