第14話【3】

「あの魔力の練られ方……王族にしかできない筈の特殊なもの。巡りが不自然だとは思っていましたが、一体どれが……」


 序列戦もひと段落し、わたしは床を見つめながら杖を突き独り言を零していました。


 あの13位の方の練り方がわたしと真逆だったせいか、普段と同じ感覚で対抗レジストしたらこちらが押し負けました。

 わたしたち王族は──恐らくシグマさんも含めて──神の血を色濃く引いています。

 それ故、わたしは光属性に強い適性を持っている──つまり、光属性に適した魔力の練り方ができるのです。


 神の血を引く者は、生まれた瞬間から世界に契約を結ばされます。

 その内容は人によって異なるようですが、とにかく普通の人間にはできないこと。

 それなのに、あの女はわたしと似た魔力の練り方をして力の底上げを行っていた──何をしたのか大方予想はついています。

 しかし、だからと言って尻尾を掴めているわけでもありませんし、下手な行動をすれば命取りになるでしょう。


「指輪、首飾り、靴……いや、直接体に埋め込んだり、魔法陣を刻んでいたりする可能性も捨てきれない……ちっ」


 わたしも魔力探査は得意な方ですが、あの愚かな行為に怒りを覚えた挙句、冷静さを欠いて異常を探るのを怠ってしまいました。

 彼女が魔力を練るのを補助しているものが何なのか、思い返してもわかりません。

 ゼータ……シグマさんなら、あるいは。


「アリス様」

「……アクシアくん」

「どうなさいました?」

「少々考え事を。……近々、あなたに諜報の任を与えることになるかも知れません」

「……わかりました。いつでも行動を起こせるようにしておきます」

「ふふ……。ありがとうございます。休養はしっかりしてくださいね」


 まずはどの魔道具が原因なのか、そしてどのルートから入手したものなのか探る必要がありますね。

 最後に相対した時彼女の全身を見てみましたが、特に怪しいのはやはり指輪、首飾り、靴あたりでしょうか。

 どれも魔法陣を刻むにはこと足りる上、学園に指定されたものではないので幾らでも誤魔化すことが可能。

 仮にわたしが『あれ』を作るなら、どれを選択するでしょうか。


 わたしの偏った知識のせいで考慮していませんでしたが、魔法陣を刻む以外にも魔道具を作る手段は存在します。

 しかし、あれがダンジョン産の魔道具だとしたら『必ず魔法省の検査をすること』という法律があるので看過される筈はない。


 そして、次に考えられるのは付与魔法──あれを作る為の魔法ならば聖級、冥級すらもあり得るでしょうか。

 しかし、この国では戦闘関係の魔法は発展しているものの、付与魔法は未だ聖級が限界という話です。

 そう簡単にあんな魔道具を作り出し、あまつさえあの程度の魔術師に渡す、なんてことをするとは考えにくいですね。


「よう、アリス」

「あっ、シグマさん」


 ──そうだっ!


 今まで全然考えていませんでしたが、彼はブレイス王国の追手を振りきりながらこの国にやって来た。

 いくら相当な力を持っていると言えど、そう簡単にできる所業ではない。

 そして、彼の話の通りなら同程度の力を持つ魔術師が彼の国には何人も存在する。

 そんな人物ならば、この王国に侵入することも可能でしょう。


 ブレイズ王国の人間が、スパイとしてこの国を陥れようと潜入している可能性──どうして考えつかなかったのでしょう!

 もしもそれがあり得るのなら、何よりも勝利を最優先するというブレイズ王国産の魔道具が蔓延するのも不思議ではない。

 シグマさんが王都近くまでやって来ることができたのですし、この可能性を考慮に入れる必要がありますね。


 あれは確実に魔術師を蝕んでいく代物。

 力という誰もが求めるものを提供してくれるのだから、愚かにも手を伸ばす者が居るのは明らか。

 物質的問題を無視し、一時的に戦力を上げることも長期的な目で見れば衰弱の比率が大きくなるので、問題は無い。

 ブレイズ王国に都合が良い展開ですね。


 ……最悪、いや、災厄か。


「アリス──?」

「シグマさん、あなたの国では付与魔法による魔道具というのはありましたか?」

「え、え? 随分唐突だな。あー、どうだったっけ……ある、めっちゃあった気がする。戦争でも普通に使われてたぞ」

「ッ──それは、何級まで常用されていたのでしょうか」

「んー……聖級、いや、冥級があるって話も聞いたことあるような……。少なくとも神級はないと思うけど」


 ……嗚呼。

 わたしたちは、後手に回ることになるかも知れませんね。


「なんで突然そんなことを?」

「……わたしが序列戦で戦った方は、何か魔道具を使っていたようなのです。そして、それはきっと──『契約』に関するもの」

「契約……」

「そう、契約。この国にある技術力では、付与魔法による制作は不可能であろうもの。人の身を蝕む悪魔の道具です」

「……俺は知らないぞ、マジで。魔道具関係とか触ったこともねぇからな」

「あなたを疑ってなんかいませんよ。しかし敵の姿が見えない以上、身内でも疑いを持つ必要はありますかね……はぁ」


 王国の平和も、数年後には戦火に飲まれることになるのでしょうか。


 また、あの日の記憶が蘇る──だめ、興奮しちゃダメよ、わたし。

 自分の引いている血に惑わされないで。

 世界の均衡なんて、どうでもいい。


 わたしは──王国を、守るのよ。


*  *  *


「おやおや、本気は出すなと言ったのに、かなり力を出していた気もするねぇ」


 アリス・メビウス・クロノワールの試合が終わり、ゼータは彼女の片翼を見て面白そうに笑いを漏らした。

 アリスの表情の変化から何かするだろうとは思っていたが、まさか《執行の天翼人メビウス・オブ・ヘヴン》まで使うとは思ってもみなかった。

 しかし、同時に彼女の相手が何をしているのか探って全て合点がいったようだ。


「どうだいリオン? 妹の方はああして成長を続けているのに、キミと言ったら現状維持ばかりじゃないか。向上心ってヤツが欠けているんじゃないかい?」

「……ふん。過ぎた力は身を滅ぼす。私はあの妹と違い、自分の人間としての自覚を持っているだけだ」

「ハハッ、そうかい。だけど君の言う人間としての自覚が無いヤツこそ、得てして世界を変えてくれるんだよ。良いか悪いかは、まちまちだけど──ね」


 そう言いながらゼータは立ち上がる。

 目当ての試合が終わったのだから、わざわざ興味も無い雑魚を眺めるわけもない。

 ひらひらと生徒会の者らに手を振りながら階段を降りていく。

 彼女は尊敬をされていると同時に畏怖されているのもあり、誰も彼女に付いていくことはなかった。


 耐魔レンガと靴が鳴らす軽やかな音を聞きながら愉快そうに歩んでいく。

 シグマの対戦相手が棄権したことにはイラついたものの、久しぶりに楽しい1日を過ごせて満足しているようだ。

 それに──ある人の性格を考えれば、まだ楽しいことが起きるやも知れないから。


『──ゼータ』


 ほら、やっぱり。

 ゼータは思わずほくそ笑んだ。


『やあアリス。ボクに《意識連結テレパシー》をしてくるなんて、珍しいこともあるんだねぇ』

『くっ……そう、ですね。あなただけは本当に頼りたくなかったのですが……状況が状況なので、仕方なく』


 悔しそうに顔を歪ませるアリスを想像してますますゼータは笑みを深くする。

 周りに人が居ないことが幸いか。

 もしと誰かに見られようものなら、現時点での『変人』という印象が更に強くなってしまうことだろう。


 しかし──『頼りたくなかった』とな。

《魔導師》アリス・メビウス・クロノワールは国内最高峰の魔術師である。

 そんな彼女が、唯一自分を超える魔術師であるゼータを頼らざるを得ない事態……期待しない方が無理な話だ。


 最強のゼータにとっての娯楽なんて、片手で数えられる程度しかないのだから。

 そのひとつ──戦いの機会が訪れるやも知れないとなれば、真剣になる。

 ゼータは緩んだ頬を引き絞った。


『それで? 何があったんだい?』

『……わたしと序列戦を行った方のこと、覚えていますか』

『勿論。キミがあんなにキレる様は中々見られるもんじゃないからね』

『率直に言います。彼女が身につけているものの中で、異常な魔道具はどれですか』


(──フフ、昔を思い出すな)


『本当に率直だねぇ。キミの魔力の練りが甘くて押し負けただけじゃないのかい?』

『惚けないでくださいッ! 一刻も早く情報を集めないと、わたしたちは──!』

『……ボクのお願いを聞いてくれるのなら、教えてやってもいいよ』

『………。ちょっと待ってください』


 そんなに嫌か。

 ゼータはほんの少しだけ凹んだ。


 確かに自分の行動がおかしなモノだという自覚はあるものの、あくまで人道的な範囲のことしかしてきていない。

 無論殺人自体は普通にしてきたが、それらは大抵相手が仕掛けてきた──それも彼女の命を狙うようなモノ。

 見方によっては正当防衛とすら言える。

 多少倫理観がイカれているだけだ。


 虚空を見つめて待つこと3分ほど。

 ようやくアリスからの返答があった。


『……ひとつだけですよ』

『悩んだねぇ。元からひとつのつもりだったから問題ないよ』

『そうですか。それで? お願いとは?』


 ゼータは、珍しく心から笑った。


『──シグマの正体を教えろ』

『……え?』

『言葉通りさ。ボクは彼の全力を経験していないが、キミは飼い慣らしているんだからやり合ったこともあるだろう? あまりにも不公平じゃないか』

『……知って、何になるんですか』

『さあ。少なくとも、リオンから既に頼まれているからねぇ──シグマを殺せって』

『………』

『でも、キミの返答によってはそれを止めてあげよう。どうせ彼のお願いなんて無視してもボクには関係ないし』


 ゼータは戦える相手が欲しい。

 しかし、楽しめるほどの力を持つのはアリスくらいなもの。

 そんな現状に現れた少年、シグマ。


 アリスより多い魔力量。

 一挙手一投足を見逃さない機敏な眼。

 隠しきれていない、底知れない自信。


 命を懸けて戦いたい。

 しかし、もし自分の期待に応えてくれるほどの力の持ち主ならば──たった一度の殺し合いでは、あまりにも勿体ないだろう?

 だが、アリスが答えないと言うのなら──命の奪い合いで終わるだけ。


 前者を選ぶのなら、殺し合いという何よりも楽しいイベントを潰すことになる。

 どちらに転ぶにしろ、ゼータは己の楽しいと思うことを優先するだけだ。

 戦いに生きる彼女にとって、他のことは全てどうでもいいのだから。


『──これは、他言無用でお願いします』

『ああ、神に誓おう。信仰していないが、ボクとて王国の人間。この言葉が意味する重みはよく知っている。約束だ』

『ふぅ……彼の、本名は──』


『……へぇ』

『わたしの質問の答えも下さい。今は一刻を争う事態なんです』

『はいはい。魔道具かどうかは正直わからないけど、左手あたりの魔力の巡り方は少し不自然だった。まぁ、指輪じゃないかな』

『わかりました。ああ、そうそう。わたしはシグマさんと王国なら、彼を優先します。それだけは覚えておいてください』

『信用が無いねぇ。覚えておこう』


 それを最後に、アリスとの《意識連結》は途絶えた。

 最後の言葉──もしもシグマの正体をバラすようなことがあれば、たとえ王国を滅ぼしてでも彼を守る、ということだ。

 ゼータに漏らすつもりは微塵もないが、ほんの少しだけその時のアリスと戦ってみたいと考えてしまうのは悪癖だろう。


 人は、自暴自棄になると己の命すらも軽視した常軌を逸する戦いをする。

 それを見るのもまた、乙なのだ。


 しかし、今は彼女よりも彼のことだ。


「ブレイズ王国第二王子、シグマ・ブレイズ・エシュヴィデータ……か」


 まさかの背景に笑みが隠せない。

 序列戦、なんて小さな範囲では、お互い満足いく戦いはできないだろう。

 しかし、どちらにしろ骨のある相手。

 ゼータは楽しみで仕方なかった。


 エキシビションマッチがどうなってしまうのか、未来のことは予測不能。

 ゼータは、本当に全力で戦えばどちらが勝つのかわからない相手を見つけ、初めて未来を楽しみに待つことができた。


 周囲の《素魔力エーテル》が彼女の興奮を体現するように荒れ狂い、彼女の妖艶な横顔を照らしていた。

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