第13話【3】

「ただいまー!」

「やあ、シグマくん」

「……お疲れ」


 1年の序列戦も残り1試合となり、会場の盛り上がりが最高潮になっていた頃。

 ソシエールがこちらに手を振りながら、レキシコンはソレに苦笑しながら観客席へとやって来た。

 ソシエールは昨日彼の試合を見に来た、と言っていたし、逆も然りなのだろう。


 昔からの友人なのか、彼らがふたりで居るのは中々様になっている。

 恋人同士だったりするのだろうか、なんて考えてしまう俺も随分とたるんだ思考をするようになったもんだ。

 俺とアリスも、いつかは……なんてね。


「君の試合、凄かったよ。プリシラさんと戦っていた時の印象が強かったけど、魔法の扱いも上手いんだね」

「それなりに魔力量はあるから、制御しようとしてたらいつの間にかな」

「いいなぁ。私も魔力欲しい〜」

「今のソシエールに魔力与えたら王女様に勝てるくらいだし、そんな必要ないだろ」


 冗談抜きで匹敵しそうなモノだが。

 そう思っての言葉だったが、彼女は大きく首を横に振って否定する。


「……それはアリスさんをめすぎだよ。辺境出身なら見たことないかもだけど、6年くらい前のアリスさんは凄かったんだから」

「6年前……」

「私にも強いって自負はある。でも、彼女ほど強い心は正直持てないかな」

「……そう、か」

「うん。さて、次はいよいよそんなアリスさんの序列戦だね! 楽しみだなぁっ!」

「……ああ」


 ソシエールの言葉に乗っかって話題を逸らした俺たちは、下でアリスのことを待つ先輩に視線を向ける。

 彼女は右手に小さな杖を持っており、そこから感じる魔力の奔流はソレに似つかわしくないほど濃度が高い。

 魔力をしっかり練れていて、かつ制御もできている証拠だ。


 序列13位というだけあってやはりその人気は凄まじいのか、神魔殿中から沢山の歓声を浴びている。

 しかし、その表情は明るい未来を想像してるとはとても思えない暗いモノだった。


 だが、それもそうだ。

 今回の序列戦、彼女の相手は──。


『キャー! アリス様ー!』

『頑張ってくださーいっ!』


 アリス・メビウス・クロノワール。

 又の名を《魔導師》

 ありとあらゆる魔法を統べる者。

 最強の具現なのだから。


「お初にお目に掛かります、王女様」

「ええ、こんにちは。このような不幸な機会を与えてしまったことを、心よりお詫び申し上げます」

「ははっ、不幸? 寧ろ私はあの《魔導師》に選ばれたことを光栄に思っていますよ」

「それなら良かったです。この敗北を気にすることなく、次の序列戦で面白い試合を見せてくださいね」

「………。ええ」


 煽るなぁ、アリス。


 彼女の実力が突出しているのはこの学園の殆どが知ることだが、だからと言って対面して堂々と勝利宣言するかね普通。

 いやまぁ、アリスやソシエールといった強さを持っている人間はどこかしら頭のネジが取れているので不思議ではないが。

 あんなこと言っては感情的になって面白みの無い戦いになってしまうのでは。


 そんな俺の心配は杞憂に終わった。

 先輩は落ち着いた様子で杖を構える。

 アリスも今までとは明らかに異なる様子で彼女のことを見つめていて、その口元に笑みはまったくない。

 両者準備ができたのを確認し、審判が手を振り上げて声を上げた。


『───試合、開始ッ!』


「《精霊乱舞フェアリーダンス》」

「《疾風ソニックウィンド》!」


 合図と共にアリスは杖を投げ捨てて浮かび上がり、そんな彼女へ向けて先輩は風魔法を一直線にぶつける。

 アリスの歩行に使う杖とは違う役割を担う彼女の杖は、俺やソシエールと違い体をあまり使わない人がたまに使う道具だ。

 魔法の発現までの時間を短くし、加えて撃った魔法の指向性をかなり繊細に操作することができるらしい。


 だが、アリスに真正面から挑むのか。

 俺が思っていた通り、彼女は右手を掲げて不可視の魔風を受け止める。

 魔力障壁を張らなくたって、あのくらいなら正面から《形式魔力タイプ・マナ》をぶつけるだけでも対抗レジストすることができるのだ──。


「ッ……?」


 アリスの右手が弾かれ、ソレと同時に先輩の撃った《疾風》が掻き消えた。

 その時、変な表情を浮かべてしまったのはきっと俺だけではないだろう。

 彼女の右手が弾かれた──つまり、彼女の魔力が押し負けたのだ。


 あり得ない……思わずそう考え込んでしまっていたが、当事者のアリスはすぐに思考を取り戻したようだ。

 不快そうに腕を組み、先輩を見下ろす。

 ほんの少しだけ、怖いと思ってしまった。


「……なるほど。時に先輩、あなたは今回の序列戦では誰に挑まれるのですか?」

「この序列戦にそれは関係ありますか?」

「失礼。この場にいてあなた以外のことを考えるだなんて、無粋でしたね。今の一撃への褒美として、少し趣向を変えた戦い方をしてさしあげましょう」


 アリスはゆっくりと高度を落とす。

 その間にも《風刃》やらが飛んでくるが、全て魔力障壁で完全に防ぎきる。

 やがて下降を止めると風で乱れた髪を呑気に整え、先輩を見つめながら彼女は珍しく詠唱を始めた。


 アリスは聖級以上の魔法でなければ基本的に無詠唱で使えるらしい。

 そんな彼女が真剣な表情で詠唱を──ただごとでないのはわかるだろう。

 隣のソシエールとレキシコンも固唾を呑んで試合を見守っていて、しかしその目には期待が宿っていた。


「我、神の眼差しをたまわりし者。

 祝福を宿すの身をもって、俗世の背理に存在せし無限を繰らん。

 我が命を貢物とし、世界を見下ろす主の御力を今此処に顕現せよ。

 無限、其れは天理にゆるされし者の権能。

 矮小なる我が身を憑代よりしろに、その一角を担う天使の片翼をたまえ。

 理に囚われぬ天が法則をも断ち切る刃は、罪深き者にも慈悲を与えん。

 貴き慈愛の御手、我は其の元に近付かん。

 故に、低俗な哀願も、無明な渇望も、無意味な恐怖も必要ならず。

 神の名の下、万象を粛清しよう。

 ──《執行の天翼人メビウス・オブ・ヘヴン》」


 長い、あまりにも長い詠唱の間にも先輩は魔法を幾度となく撃っていたが、涼しい顔で受け流したアリス。

 その口を閉じた瞬間──眩い光が神魔殿に居る者の目を焼き切った。


 静寂だけが満ちている。


 回復してきた視界には、こちらも眩しそうに目を覆っている先輩。

 そして──純白の片翼を生やしたアリスが傍らに黄金の剣を携えて飛んでいた。


「わぁ……アリスさん、結構本気だ。ゼータ先輩と戦う時に使ってた魔法だよ、あれ」

「へぇ」


「……はははっ、王女様って随分と怖い目をなさるんですね」

「わたしが何故不機嫌なのか、大方見当は付いているでしょう? その態度を貫くおつもりですか?」

「はて、なんのことやら」

「あなたの答えは聞きました。それでは──せめて、わたしを楽しませてくださいね」


 地面に擦っていた剣先が持ち上がる。

 警戒するように先輩が杖を構えた瞬間──アリスが彼女の眼前に現れた。


 振るわれる黄金の刃。

 咄嗟の《疾風》でほんの僅かにスピードを抑えると、上体を逸らして軌道から体をズラし無理やり躱した。

 その間にアリスの学生証へ向けて不可視の刃を飛ばすが、純白の羽を羽ばたかせ刹那の間に居場所を変えられる。

 しかし剣だけはその場に残っており、姿勢を崩した先輩へ向けて振るわれる。

 まるで傀儡を操るように右手で指揮し、左手で光魔法を飛ばしていくアリス。


 先輩もやはり13位というだけあってソレらにギリギリ対処ができていて、ほんの少しずつだがアリスに反撃もしていた。

 しかし、やはりあれだけ対抗レジストに魔力を使っている為か威力は落ちている。

 余裕の表情で躱されどんどん苛烈なアリスの剣に追い詰められていく。


 魔法で操っているのか、アリスの剣は普通の剣士と戦うのとはまったく別物の対処が必要となっている。

 普通はあり得ないであろう軌道や緩急の効いた素早く力強い太刀筋は、風魔法をぶつけなければすぐに学生証へ届くだろう。

 ソレに彼女は左手では下級魔法しか使っていないので、まだまだ余裕はある。

 ハッキリ言って、勝ちの目はゼロだ。


「ぐ、うぅ……ああ──ッ!」

「ふむ、反撃もままならないのですか? 情けないですね。一度と言えどわたしの意表を突いたというのに」

「《暴風龍舞デルタストリーム》……!」

「《魔力収束リミテッド・プログレッシブ》、《疾風》」

「あがっ……!?」


 王級魔法で抵抗したにも関わらず、アリスの無慈悲な魔法によって掻き消される。

 先輩はついでと言わんばかりに彼女が放った《疾風》によって吹き飛ばされ、背中から壁に激突した。


 肺から空気が抜け咳き込む先輩にアリスはゆっくりと近づいていく。

 そして中距離と言ったところで止まると、右手を振り上げて黄金の剣を構える。


 冷酷な眼差しの彼女は、容赦なく腕を振り下ろし剣を向かわせた──頭蓋に。


 いや、実際は狙いがズレていた。

 しかしあまりにも速いその剣に、観客席には目を瞑るヤツも居た。

 命を刈り取るような、そんな一撃。

 正直、俺ですら怖いと思った。


「『契約』に手を出しても、そこにある絶対的な壁を超えるには至らない。よくわかったでしょう?」

「げほっ、げほ……!」

「あえて言及は致しません。ですが、再びあなたが『それ』を行使すると言うのなら──次は容赦しない」


 ──覚えておきなさい。


「ひっ……!?」


 殺気。


 俺に覚えの無いソレは、この国の者にとってはそうでないのだろうか。

 まるで何かを思い出したかのような表情を浮かべるヤツが沢山居て、俺はあまりにも冷たく鋭利な彼女の瞳を見やる。


 普段は美しい灰色の双眸は、一切の光を映さず虚空をたたえていた。


「──い、意識消失! 勝者、アリス・メビウス・クロノワール!」


《魔導師》の勝利を目にしたと言うのに、俺以外に拍手を送る人は殆ど居なかった。

 ただ──遠い向かい側に居るゼータ先輩が楽しそうな笑みを浮かべていたのが、妙に印象に残っていた。


 アリスは最後まで不機嫌そうだった。

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