第12話【3】

「ばかっ」

「いや、待て」

「ばかばかばかっ、大ばかっ」

「え、そんなにバカ? 約束守って王級以上の魔法は使ってないじゃん。約束守ったのにバカなの、俺?」

「そういう問題ではないぞ、貴様」


 初の序列戦を終えてアリスに労いの言葉を貰おうと観客席に戻った俺は、頬を膨らませた彼女に罵倒されていた。

 可愛い──ゴホン。

 相手に大きな怪我もさせていないし、約束を破ったわけでもない。

 どこにバカなどと言われる筋合いがある。


「確かに上級までの魔法で完結していたのは見ましたが……何故避けずに魔力障壁で防いだりしたんですか」

「俺はアリスみたいに飛べるわけじゃないんだから着地隙があるんだ。最初のヤツは後ろ以外囲まれてたし、仕方なかったんだよ」


 誤解の無いよう言っておくが、普通にユークリストは強い魔術師だった。

 確かに戦法が単純だったり感情に流されたりと良くない部分も多かったが、同年代を見た限り最高峰の実力者だ。


 自分が傷つかなければいい、という戦いなら無理やり避けたりできたかも知れない。

 しかし、序列戦では体だけでなく学生証も守らなければならない。

 故に無茶はしたくてもできないのだ。

 本来なら《火弾》を幾つか対抗レジストして逃げ場を作るんだが、爆風で結界が砕かれる可能性もあった。

 仕方なかったんだ、信じてくれ。


「……それはそうだとしても、青色の火属性魔法まで使ったじゃないですか。しかもあれは何なんですか? 聖級の《不死鳥フェニックス》を『堕ちろ』のひと言で無効化なんて、ふざけてますよね?」

「アレは魔力を練りきれてないって教えようと魔力を正面からぶつけただけで──」

「言い訳は結構です。まったく……これでは防げそうにありませんね」


 え、そんなにマズいことやらかした?

 確かに初めての序列戦で張りきってたり若干カッコつけたりしたけどさ、そこまでヒドいことしてなくない?

 俺が内心首を傾げてアリスを見ていると、若干慌ただしく教師が駆け寄ってきた。

 見覚えは特に無い人だ。


「いたいた、ブレイズくん」

「……? なんですか?」

「君ってこの後にも序列戦がひとつ控えてたよね? それ、無しになったから」


 ……へ?


「ああ、やっぱり……はぁ」

「相手の先輩が『あれは無理だ』って言って棄権を申し出てきてね。規則ルールに則って、ブレイズくんは不戦勝となるよ」

「………」


 え、えっ?

 俺の不戦勝?

 は?


「伝達事項はそれだけだよ。いい試合を見せてくれてありがとう」

「あ……うす」


 ………。


「待て、そんな目で俺を見るな」

「……まぁ所詮他人の機会をひとつ潰しただけですし、いいですけどね。今後は青炎魔法もいざという時以外禁止にしましょう」

「……ハイ。ごめんなさい」

「よし、話題を変えましょう。次でようやくソシエールさんの序列戦ですが、わたしも準備があるので席を離れます。誰かに話し掛けられたりしても適当に流してくださいね」

「わかった。レキシコンとかとは別に普通に話しても大丈夫だよな?」

「ええ。ただし警戒は怠らないこと」

「了解」


 アリスが俺の言葉に頷くと、184位の凄まじい試合が終わった。

 彼女が利用する気配も無いしクラスも違うので名前は知らないが、水属性に加えて中級までだが光属性魔法まで使っていた。

 中々面白い人だな。


 俺の序列戦が無くなったのですぐに順番がやって来る為、アリスは《浮遊フライ》を使って階段を降りていく。

 その表情に不安は一切無く、自身の勝利を確信しているように見えた。

 いつもの不敵で可愛い笑みだ。


 さて、次はソシエールの序列戦か。

 あの時は戦うことに夢中で剣だけを見ることはできていなかったし、この機会にしっかり目に焼き付けるとしよう。


*  *  *


 ソシエールが現れた瞬間、大地を揺るがすほどの歓声が神魔殿に響き渡った。

 アリスからの又聞きだが、彼女はこの学年が始まる前に行われた剣術大会にいて準優勝を果たしたらしい。


 元々の知名度と1年で2位という地位が彼女のこの人気を作っているんだろうな。

 まぁ、その手で繰り出す剣技に惚れているヤツだって居るだろうが。

 俺みたいな……ね。


「ふんふんふふ〜ん♪」

「楽しそうですね、《風凰剣》」

「まあねー。あんな試合見せられちゃ私も頑張らなきゃいけないからさ。仮にも彼より序列が上なんだから」

「まるで自分の勝利が確定しているかのように言いますね」

「ええ? 違うの?」

「さあ、どうでしょう」


 やはりと言うかなんと言うか、先輩もまた彼女と同じように剣を携えている。

 そもそもの魔剣の質で言えば見た限りソシエールの方が圧倒的だが、肌で感じる魔力量は先輩の方が多い。

 ソシエールは基本剣1本で戦うが、先輩は恐らく魔法も交えた魔剣士スタイル。

 どちらが有利かは明言できないだろう。


 鼻歌を止めるとソシエールは小さく深呼吸をして瞑目する。

 ひと呼吸する度に彼女から感じる魔力の濃度が高まっていくのは、練ろうとしている証拠だろう。

 だが、お世辞にも上手くはない。

 そもそもの魔力量もそこまで多くないが、魔力の扱いも苦手なのか。

 ……それでいてあの戦闘能力とか、普通にイカれてないですかね?


「よろしくね、先輩」

「はい。よろしくお願いします」


 両者剣を抜き、構える。

 先輩は両手で真正面に、ソシエールは片手で中段に。

 腰を落とす彼女は、いつになく真剣な表情を浮かべていた。


 空気が変わる。

 今ここに居るのは、対等に戦う者か?

 否──捕食者と、被食者だ。


 そう思ってしまうほど、ソシエールから感じる戦意は圧倒的だった。


『──試合、開始ッ!』


「とうっ──!」

「速っ……!?」


 合図が聞こえてからタイムラグ無しにソシエールは地面を蹴ると、構えていた魔剣を思いきり前に突き出した。

 まるで光を体現するかのように薄紫の軌跡を描く剣先は、寸分と違うことなく先輩の学生証へと迫りゆく。

 ギリギリで先輩はソレを下から掬い上げて狙いを外したが、何事も無くソシエールは至近距離で魔剣を振り下ろす。

 持ち直した先輩は剣を横に構えてソレを真正面から受け止め、その凄まじい威力に目を見開いた。


 俺の時と同じように鍔迫り合いをするかと思いきや、彼女はすぐに剣を引っ込めて左から薙ぎ払う。

 先輩も剣を縦にして受け止めるが、今度は属性元素が宿っていたのか風圧で僅かにその体が浮かんだ。

 その隙を見逃すことなくソシエールは右足を軸にした回し蹴りをぶち込んだ。


 鈍い音がして先輩は吹き飛ぶが、すぐに持ち直して不格好ながらも着地する。

 魔法による攻撃ではないので魔力では防げないし、この痛みは後々効くだろう。


「うーん、やっぱ鈍ったかなぁ。いくら正面でぶつけたとは言えここまで通りが悪いとは思ってなかったんだけど」

「ごほっ、ごほ……! 昔より暴力的になってませんか、《風凰剣》」

「女子に対して暴力的とかデリカシー無いんじゃないの先輩」

「以前は足技など使わずに戦っていたと思いますが、違いますか?」

「さあ? ただ、剣だけに執着するのもつまんないかと思った部分はあるよ」

「そうです──かッ!」


 先輩が駆け出す。

 右手に携えた剣は中々速いが、余裕の表情でソシエールは受け止める。


 そのまま弾こうと力を入れる──と思っていた俺は、突然体を屈めて足払いをした彼女の行動の意図に困惑した。

 しかし次の瞬間、アクシアと似た水の刃が刀身から伸びてソシエールへと襲いかかったのを見て納得する。

 アレが来るとわかっていたのだ。

 流石にコレだけ離れてるとわからないな。


 こうも余裕で躱されるとは思っていなかったのか先輩は驚愕を露わにする。

 硬直したその体は足払いで呆気なくバランスを崩し、そのがら空きの学生証へ向けて剣を振り下ろす。

 その時のソシエールは、無表情だった。


「《貌無き者シェープレス》! ──がはっ!?」

「……へぇ。やるね」


 背中から床に叩きつけられ、その上ソシエールの魔剣による風圧も上乗せされた衝撃をものともせず、先輩は剣の形状を変化させて無理やり攻撃を受け止めた。

 苦しそうに息を吐くも、すぐにサマーソルトでソシエールの学生証を狙う。

 流石に剣1本ではどうにもならず、彼女は舌打ちを漏らして距離を取った。


 時間を与えずに再び迫る。

 先程よりもそのスピードは速く、勝負を決めようとしているのが伝わってくる。

 先輩もなんとか応戦しているが、流石にその表情は苦々しいモノだった。


 風神流の剣は美しい。

 ソレは至高とも呼ばれる流派だ。

方向ベクトル』を司るという唯一無二の属性元素の特性を利用した、超スピードと途切れのない剣筋が特徴的である。

 そこにソシエールの圧倒的な剣技が加われば──《風凰剣》が生まれる。


 神が遣いのひとり──鳳凰ほうおう

 その羽衣を纏うが如き剣技から、彼女はそう呼ばれるようになったと言う。

 末端も末端の力でしかないが、やはり彼女が戦う後ろ姿は、綺麗だ。


「お疲れ、先輩」


 剣の速さ、威力。

 そのどちらもに耐えられなくなった先輩の大きな隙を、ソシエールは見逃すことなく的確に突いた。

 大した魔力を宿していないのに生じた風圧は先輩の体を浮かせ、大の字に広げながら崩れ落ちる。


 余裕の表情で剣を振るい鞘に収めた瞬間、歓声が神魔殿を満たした。

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