第11話【3】
全校序列戦4日目。
遂に1年生最上位の戦いが始まるこの日、神魔殿は妙な空気に包まれていた。
観客が多く盛り上がっているのは勿論なのだが、それ以上に異様な雰囲気を醸し出す者が固まって下を見下ろしている。
王立神魔魔法学園生徒会会長、リオン・メビウス・クロノワール。
生徒会副会長、カナリア・エグゼ。
生徒会書記、ジョゼフ・ルミナリア。
そこまでなら去年のそれと変わらない。
しかし──普段ならば絶対にこの場には居ない筈の人物が、感情の読めない微笑みを浮かべてやって来たのだ。
「久しぶりだねぇ、ゼータ。1年生の序列戦に来るなんて思わなかったよ〜」
「やあ、カナリア。ボクも新学年が始まるまではそこらを放浪しようと思っていたんだけどね、思いがけず興味が湧いたんだ」
ゼータ・クルヌギア。
又の名を《天理の代行人》
紛うことなき最強の、序列第1位である。
「ほへぇ……明日は槍が降るかもね」
「ボクがそれを許す筈ないだろう?」
「それもそっか!」
「何がそれもそっか、だ。ゼータ、お前の体内時計は正確なのだからアリスの試合がいつ行われるかわかるだろう。何故こんなにも早く来たんだ。1年が萎縮するぞ」
「ハハハッ、ボクが居るだけでかい? それは随分と軟弱だねぇ。そんなヤツは──死ねばいいだろう?」
「……わかり合えないな、私たちは」
「下らない貴族制度を引き延ばそうとしているキミとわかり合える日なんて来ないさ」
笑みを収めてゼータはそう言う。
リオンは自分を慕ってくれている仲間たちを思い出して一瞬口を開くも、感情的になることはなく黙り込んだ。
そんな彼の姿を見るゼータは再び口元に妖しげな笑みを浮かべ、リオンの隣に遠慮なく腰を下ろした。
近くに座っていた同級生は彼女らが放つ攻撃的な雰囲気に身を震わせる。
そんなことは露知らず、といった様子でゼータは頬杖を突いて下で行われている序列戦へと視線を向けた。
今行われているのは189位の1年生による挑戦だ。
「……まぁ、確かに早く来すぎたようだね。つまらない試合だ」
「ちょいちょい、あれでそんなこと言ってたらそれこそ《風凰剣》くらいでしか満足できなくなるよ?」
「プリシラ・ソシエールか。確かに彼女は磨けば化けそうだが、今の段階ではまだ荒いからねぇ。是非ボクが在籍している間に洗練してもらいたい」
決して今行われている序列戦のレベルは低いわけではない。
確かに見る者が見れば甘さが幾つもあるだろうが、魔法の扱いなどは1年の時点では最高峰に近い。
しかし、彼女らは皆目が肥えている。
つまらなく感じるのは仕方のないことだ。
「……君は本当に、理想が高いな」
「お互い様だろう、ジョゼフ。序列3位のキミはこれで満足できるのかい?」
「俺は結果よりも過程が好きなんだ。研究者としての性だろうな」
「アリスと仲良くできそうだね」
「………」
「お? キミ──」
「その賑やかな口を閉じろ、ゼータ」
「はいはい。《風凰剣》の試合ももうすぐだし余計なことは言わないでおくよ」
ヒラヒラと手を振ってゼータは黙り、下で行われている試合に目を向けた。
次々に終わる序列戦も幾らか続き、やがて序列185位の試合まで来た。
ここまで来ると下手な3年生よりも強い生徒の試合になるので、観客も盛り上がりを隠せていない。
1年トップ5の最初のひとり──まずはその人物がステージに上がり、有名な貴族であるが故か神魔殿は歓声に包まれる。
そしてその対戦相手となる人物が現れた瞬間──
「ハハハハハハハッ! ハッハッハッハッハッハッハッ───!!」
「ちょちょっ!? どったのゼータ!?」
「フフハハ……! ああ、ボクはなんて幸運なんだ! 今日だけで二度も彼の姿を見ることができるだなんて!」
「彼、って……レックスくんのこと?」
「ああ、そうか。カナリアは彼のことを見たことがないんだったね。ボクが言っているのはそんな雑魚のことじゃない。対戦相手の方を言っているんだよ」
「対戦、相手って……」
「──シグマ・ブレイズ……か」
リオンが眉を
その言葉に大きく頷くゼータは、久しぶりに自分の波風ひとつ無かった心を揺さぶった少年を見据えて口角を吊り上げた。
灰色の髪、至極色の瞳、人形なのではないかと思うほど重心が動かない歩み。
その所作ひとつひとつは目立たないが、目の肥えた生徒会役員らには彼が異常に映っているのもまた事実。
その姿は同クラスの者しか見たことが無いので彼を応援する声は殆ど無いが、そんなことは関係ない。
何故かって?
シグマの勝利が──確定事項だからだ。
「お前みたいな奴が、なんでアリス様に擦り寄っているんだ。汚らわしい羽虫め」
「えぇ……この殺気マジ? 一応コレ序列戦で合ってるよね? 戦場じゃないよね?」
「答えろ、シグマ・ブレイズッ!」
「声デカ。……俺が強いからじゃねーの」
「ふん、自信だけはあるようだな。へし折りがいがあるというものだ」
レックスの言葉に嘆息するシグマからはお世辞にも強者の雰囲気は感じない。
しかし──あの《天理の代行人》がああも興奮するほどだ。
只者じゃない筈……、そう考えるカナリアはワクワクした気持ちで彼らを見る。
その心臓は無意識に高鳴り、体は自然と前に傾いていた。
『レックス・ユークリスト対シグマ・ブレイズ──試合、開始ッ!』
「《朱焔の抱擁》!《
「いきなり王級かよ。飛ばしすぎだろ」
試合開始の合図と共に詠唱を短縮した魔法を放つレックスは、シグマへ向けて牽制のように《火弾》を6つほど飛ばす。
上下左右、そして正面を囲われた彼は当然のように後ろへと下がり、それを見たレックスは獰猛に嗤う。
大きな跳躍で下がったシグマの足元が光ったかと思うと、炎の柱が凄まじい熱を発しながら彼の全身を飲み込んだ。
流石は1年序列5位。
相手の行動の選択肢を狭めた上で、威力の高い王級魔法をぶつける。
単純ながらも、その火力を見れば十分に有効だということがわかった。
しかし──。
「
「なっ……」
「一応お前より序列高いんだぞ? 魔力障壁で防がれるのは当然だろ。なんで追撃すらしてないんだ?」
「……無傷、か」
「え、今の
「おや? 誰も気づいていないのかい?」
「何のことだ、ゼータ」
「……今言っていいのかわからないから、黙っておくよ。楽しみは最後まで取っておきたい性格なんでね」
「次はこっちの番だ。知ってるか?《火弾》ってのはな──こう撃つんだよ」
ゆっくりと歩み寄りながら手を前に
膨大な火の球は彼の体を覆い隠してしまうほどのモノだが、ソレはどんどんその大きさを縮ませていく。
小さくなるにつれて魔力の濃度が高くなっていき、《火弾》の色は移ろいゆく。
紅──黄──皓──蒼──。
手のひらサイズにまでなった《火弾》は周囲の景色が揺らめくほどの熱を持っているようで、ソレを見たレックスは一歩後退る。
青色の火属性魔法を使える人間は、そこまで多いわけではない。
大抵の人間は白色まで魔力を練ると、それ以上練れなくなるのだ。
彼、シグマ・ブレイズは──あのアリス・メビウス・クロノワールと同じ次元の火属性魔法を扱えるのか?
「ばん」
「ッッッ───!?」
《死》
そのひと文字が頭を
本能に従うようにレックスは右足に力を入れて全身全霊で地面を蹴り飛ばす。
左に投げ出した体で受け身を取り、自分が居た方向を見る。
その先で、明らかに狙いの外れた《死》が視界を横切った。
ソレは爆発することもなく掻き消える。
見れば、シグマが不自然に右手を握りしめて自分の方を見ていた。
その目は、ひどく……冷めていた。
「今のをお手本にもう1回だ」
「ク、ソがぁ……ッ!」
レックスも流石1年トップと言うだけあって無詠唱で《
同時に地面を踏みしめて《朱焔の抱擁》の為魔力を練る。
既に《獄炎槍》は制御から外れているのか彼は更に魔法を創り出す──それは、白炎を纏う美しい鳥だった。
聖級火属性魔法……《
王級と聖級、その平行魔法生成の正確さと練度は、昔のアリスと遜色ないほどだ。
幾多にも連なる蓮炎がシグマを囲み、その身を喰らおうと迫りゆく。
審判は止めようと手を上に振りかざすが、その視線の先に立つ少年は、ゾッとするほど何気ない表情を浮かべていた。
彼がアリスと親しくしているのは、学園の教師の多くが知っている。
彼女が目を掛けるほど──この場で試合を止めさせるのは、不適切なのでは?
命の危機にあろうことは確実なのに、彼はそう頭で考えてしまった。
刹那──眩い光が視界を包み込んだ。
そして、爆発。
光属性魔法も
鼻腔を
静寂に包まれる神魔殿。
そこに──。
「だから、言っただろ。……温い、って」
「な……っ!?」
彼はつまらなそうに、立っていた。
「うそ……水属性魔法も使わずに、あれを耐えきったって言うの……?」
「……これほどか」
「どうだい? 面白いだろう?」
「……ふん」
「で……デタラメだ! 確かに手応えはあったんだ! 魔力の反発も、あったのに……なんでお前は無傷なんだ!」
「キレるなよ。この学園が俺みたいなヤツの不正を見逃す筈ないだろ? ……まぁ、このローブは確かに高性能だけど」
「チッ……!」
舌打ちをして《不死鳥》を向かわせる。
鋭い
しかも今度はそれにだけ意識を向けているからなのか、制御がなっていて軌道が複雑な上スピードもある。
不穏な展開だ。
シグマは未だ無表情で立っている。
怨嗟を瞳に宿すレックスの《不死鳥》がどうなるのか──なんとなく、試合を見ていた人間にはわかってしまった。
「『堕ちろ』」
その言葉が紡がれると共に《不死鳥》は羽を折られた猛禽のように推進力を失い、すぐに《
それに愕然としている彼へ向かってシグマは音も無く駆け出した。
右手に持った《
法則を無視するかのように直角に曲がってシグマは彼に追随する。
振るわれる刃には確かな魔力が宿っており、防ぐだけで精一杯だ。
「《火弾》!」
「そらっ……!」
「斬っただと!? うぐっ……!」
「近接もイケんのか。すげぇな」
「
手のひらの肉を犠牲にしながら相手を観察し隙を見出そうとするレックス。
観察する視線に気づきながらもどうでもいいと言わんばかりに攻撃を続けるシグマ。
薄く細い血飛沫が、神魔殿の白い床を赤く濡らしていく。
番狂わせな展開に、観客のテンションは最高潮に達していた。
しかし──不満な表情を浮かべる者がふたりほど居たのもまた、事実だった。
「魔法はちょっとだけ見せてくれたけど、やっぱり剣は本気じゃないねぇ。再戦の時は絶対引き出してやる〜っ!」
「ふむ、あれはどの程度の力で戦っているんだろうねぇ。3割? 4割? ……まさか半分だなんて言わないよね、シグマ」
「ぐぅ……お前、何者だ!」
「俺? ……そうだな──お前と同じ人を愛している、ただの学生だよ」
そんな言葉が交わされていることを他の誰かが知る由もなく、シグマは一切使ってこなかった左手でレックスの脇腹を殴る。
予想外の衝撃に硬直した隙を見逃さず、彼は半透明の刃で学生証の結界を斬った。
丁度魔力が尽きたのか、レックスは虚ろな目で地面に倒れ込む。
彼にとって、結界の砕け散る音があんなにも大きく聞こえたのは、その実力差への絶望からなのだろうか。
薄れる意識の中、上を見上げる。
相変わらず──シグマは無表情だった。
『試合終了! 勝者、シグマ・ブレイズ!』
万雷の喝采で、神魔殿の床が強く揺れた。
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