第10話【3】
「ここに来るのも久しぶりだな」
「ああ、確かにシグマさんを呼ぶ事態があまりありませんでしたね」
序列戦も3日目が終わり、クロノワール邸へと帰った俺はアリスに呼ばれ久しぶりに研究室へと赴いた。
なんでも、明日に序列戦が控えているという俺にプレゼントがあるんだとか。
どこかデジャヴを感じるな。
前はこうして《
本当に貰ってばかりだが、俺から何か贈ろうにも彼女はその才能もあって欲しいモノは大抵自分で手に入れてしまう。
だからと言って料理などでおもてなしができるわけでもないし、感謝の気持ちを伝えることしかできていない。
日に日に幸福感と罪悪感が積み重なっていくのは中々面白いな。
「本当は今日の朝に渡そうと思っていたのですが、アクシアくんと特訓をしていたのでタイミングを逃しましてね」
「あぁー……ごめん」
「ふふっ、大丈夫ですよ。それよりもプレゼントの話です。前に《
「んー、どうだろう。ソレもあるだろうけど一番は闇の魔力を伝わせきれてないのが原因だと思うんだよな」
《
普通の槍や武器にそこまで多くの魔力を込めると漏れ出て《
酷い場合は武器ごと粉砕してしまうのだ。
故に他の武器を同じ感覚で使うとスピードが落ち、意識して使えば慎重になって威力が下がる──ということである。
「そこでわたしは考えたのです。どれほどのお金と素材を注ぎ込めば、冥級魔法と同等のものが作れるのか──と」
「失礼だけどアリス、バカになったか?」
「本当に失礼なことを言いますね……まぁ冗談は置いておいて。魔法省から頂いた有り余っているお金を使ってみようと思い、かつてアクシアくんの双剣を造ってくれた人に最高級の薙刀を注文したんです」
「あの……俺にお金掛けすぎじゃない?」
「欲しいものも無いのでこのままでは経済が滞るだけですし、合理的です」
いや、そんなドヤ顔で言われても……。
もっとほら、女の子なんだから装飾品とか服とかにお金掛けても良いんだよ?
寧ろ俺としてはオシャレして今より更に可愛くなったアリスが見たいなー、なんて思ってたり……ちらっ。
「今回のものは凄いですよっ!《
「へ、へぇ……」
「ああ、もうあの美しい姿を思い出しただけで心が踊り出しそうですっ……!」
……ダメそうですね、はい。
いやまぁ、以前にも言ったがそれだけのお金を掛けてもいいという評価の表れでもあるから素直に嬉しいよ?
でも俺としてはアリスの幸せが一番優先したい物事であるわけで。
だが、アリスはその儚げな容姿からは想像もできないほどに戦いが好きだ。
そんな彼女は、俺を成長させていくのに楽しみを覚えてたりするのだろうか。
うーん、わからん。
でもまぁここまで言われては拒否するのは失礼だし、今回も不甲斐ないがありがたく頂くとしよう。
「これ、ですね……重い」
「大丈夫か? 持つぞ」
「すみません。本当はわたしから手渡ししたかったのですが……銘はあなたが決めていいと仰っていましたよ」
アリスが持ち上げようとしていたモノを布ごと手に取り、ゆっくりとそのヴェールを剥がしていく。
持ち手から少しずつその全貌が明らかになっていき、やがて刃の布を取り去った瞬間──俺は見惚れてしまった。
青みがかった銀白色の刃の形は俺が扱ってきた薙刀と酷似していて、研究室の薄紫色の光を反射して妖しく輝く。
心地いい重さが腕からしっかり伝わってきたり、持っている手のひらから少しだけ魔力が流れゆく様もそっくりだ。
右手に持ち替えていつもの持つ位置で柄を握りしめると、驚くほどしっくりきて俺は感動に震えた。
「すげぇ……《深淵の呼び声》みたいだ」
「お気に召しましたか?」
「ああ、最高。なぁ、ちょっと外で試し斬りしてもいいか?」
「ふふっ、いいですよ。わたしもシグマさんの薙刀術は一度も見たことがありませんでしたし、興味があります」
ニヤリと笑い合う俺たちは視線をお互いに向けて頷くと、その楽しみな気分を引き摺ったまま研究室を出た。
闇魔法を使っていないから──久しぶりに陽の光の下で全力を振るえる。
アリスの肥えた目を満足させられるかはわからないが、めちゃくちゃ楽しみだ。
* * *
「いつも思ってたんだけど、本当にここで特訓とかしてもバレないのか? リオンとか国王とかに見つかったら言い訳できないぞ」
「大丈夫ですよ。この辺りは花を育てたりするには都合の悪い土壌で、部屋が有り余っている以上ここを使う意味なんてありませんからね。来る用事が皆無です」
「なるほど……」
俺はアリスの言葉に納得すると背負っていた薙刀を手に取り、軽く片手で振った。
重さも丁度いいしリーチも申し分ない。
あとはどれだけ魔力を込められるかが重要だけど──おっ? おおっ?
《
武器から漏れ出てもおらず、しっかり刀身と柄に魔力を纏っている。
そのまま魔力を流す量を増やしていくと、《深淵の呼び声》には届かないと言えどかなりの魔力を込めることができた。
コレなら普段と同じ感覚で振れるな。
「凄い、凄いぞコレ!《
「へぇ……仮説は合っていたようですね。闇の魔力と光の魔力が似ているので、光属性ダンジョンのフロアボスの魔石ならより多く魔力を込められるのでは、と」
「え? 属性によって魔石に入りやすい魔力も変わるのか?」
「どうやらそのようです。面白いですね」
興味深そうに薙刀に手を這わせるアリスはふむふむと頷きながらそう言う。
改めて見ると、ほんと俺には似合わないくらい綺麗な武器だな。
滑らないようにと柄に巻かれている布は知らない魔物の皮で、それを縫い付けている糸は薄紫に輝いている。
この淡い紫は魔石が混じっている証拠だ。
刀身に至っては《
アリスのような光の魔力を持つ人にこそ相応しい見た目をしているが、どうやら闇と光の魔力は似ているらしい。
陽の差すところには影ができる。
光と闇はどちらが欠けることも許されない──そんな関係なのかも知れない。
だったら、俺が使ってもいい……よな。
「結構音とか風が出るかも知れないから、防音魔法とか必要なら頼む」
「わかりました。防音と結界、不得手ではありますが認識阻害もしておきましょう」
「ありがとう。すぅ……ふぅ──」
意識を集中させる。
体内から指先まで、神経の隅々まで感覚を行き渡らせて周囲に満ちる全情報を手掛かりに世界を見るのだ。
全身全霊で在れば、世界も応えてくれる。
敵は居ないが──全てを懸けて、殺そう。
「ッ───!」
まずはひと突き。
予備動作は無しに魔力の加速と狙いのコントロールに意識を向ける。
腕が伸びきった後は半回転させた後斬り上げて引き戻し、今度はステップも入れながら横に薙ぐ。
軽やかに、しかし力強く。
劇を演じる人形のように、感覚の赴くまま仮想の敵の身体を斬り刻む。
踏み込む度に大地が凹み、薙刀を振るう度に空気が
普段は空間を裂くのは漆黒なのに、今は純白が視界を染め上げる。
自分から漏れ出る澱んだ魔力が
突きの後右に振り払った薙刀の勢いを殺すことなく頭の上まで一瞬で持ち上げ、脳天をかち割るように叩き下ろす。
地面に刃が突き刺さった刹那、前へ駆けて柄を軸に回し蹴りを2回。
そして両足が着くと同時に刺さっていた刃を引き抜き、再び真上から振り下ろした。
草がザッと道を空ける。
凄まじい風の音が
薙刀を地面から丁寧に抜き土を払うように回しながら手に収めると、震えるほどの快感が身を支配した。
「……凄い、ですね。型でもこれほどの圧力があるだなんて、実際に相対すればどうなってしまうのでしょう」
「ああ……最っ高だった。しかもコレ《深淵の呼び声》と違って火属性の魔力も込められるから、戦いの幅がかなり広がるな」
「あっ、そうか。闇魔法で造った以上闇の魔力しか込められないのですね」
「そういうこと」
性能は申し分ない──いや、期待以上だ。
魔力伝導性、保有量、重量、切れ味。
どれを取っても最高としか言い表しようのない、至高の領域の武器だった。
「最高のプレゼント、ありがとう。今日渡したってことは、コレを明日の序列戦で使えってことか?」
「うーん……攻撃を一切しないのならそれもありですが、嫌ですよね。ゼータとの序列戦まで取っておきましょう」
「え、攻撃禁止? なんで?」
「いやいやいや、あれを対処できるのはそれこそ《風凰剣》やゼータなどの序列最上位勢くらいなものですよ。それを平凡な魔術師に向けないでください」
「あぁー……」
確かに魔剣でさえ大抵のヤツには勝ててしまうのに、この薙刀を使うのは明らかにオーバーパワーだな。
かつては蹂躙を趣味にしていたが、生憎今の俺は正常な判断もできる。
そもそも学園は『魔法学園』なんだし、武器を主に使う俺やソシエールはどちらかと言うと異端だろう。
ソレは先輩方や同級生を見れば明らかだ。
なら俺もあくまで《
だが最高の代物とは言え扱いにはまだ慣れていないし、毎日練習しよう。
流石に1週間以上もあればマトモに扱えるようにはなってるだろうし。
「そうだ、銘を決めなければいけませんよ」
「……考えてなかったわ」
「武器は銘があると愛着も湧き、心做しか扱いやすくなると聞きました。なるべく早めに決めた方が宜しいでしょう」
「そうだな……」
《深淵の呼び声》──は、ダメか。
魔法と同じ名前にしてはややこしくなってしまうし、そもそもこの見た目とまったく合っていない。
深淵要素なんてゼロだ。
銘か……何か持っているモノに名前を付けたり大事にする習慣が無かったから、中々思いつかないな。
大切なもの、大切なもの……何かないか。
うーん……──。
「……《
「いいですね。わたしは好きですよ」
「あんま良い意味じゃないぞ」
「そうでしょうね。冥界への案内人、といったイメージでしょうか?」
「ああ。俺と同じだ」
「だから、わたしは好きですよ」
「………。じゃあ、コレにするか」
この薙刀の銘は《送りし者》
これからよろしくな。
そんな意味を込めて柄を撫でると、まるで答えるように糸が淡く光った気がした。
俺はこの日まで魂という存在を軽視していたが、初めて『一寸の虫にも五分の魂』という言葉を重んじることとした。
だって、この薙刀は──俺に初めて応えてくれた《相棒》なのだから。
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