第9話【3】

「あっ、そろそろネオレアの試合かも!」


 マグノリアが去った後特に見応えの無い試合が続いていた最中、思い出したかのようにソシエールが手を叩いてそう言った。

 そう言えばマグノリアの試合も終わったのに何故帰らないのかと思ったら、レキシコンのモノが残っていたのか。

 1年でも序列上位──190位くらいにならないと面白い試合は無いと思っていたのだが、ここで来るか。


 ネオレア・レキシコン。

 適性属性元素は火と水。

 以前共にダンジョンへ潜った時は混合魔法属性元素である『氷』を使って戦いをかなり楽にしてくれていた。

 その上《融解メルト》などの阻害魔法も使えて火魔法も高水準のモノを撃てる。

 非の打ち所が無い正にオールラウンダー。


 アリス曰く彼はリオンの派閥に属しているらしいが、戦いに関しては警戒云々よりも見たい気持ちが勝っていた。

 彼女もきっとソシエールから聞いて見るつもりで残っていたんだろう。

 どうやら今日はレキシコンの試合で序列戦はひと区切りするみたいだし、じっくりと見せてもらうとするか。


「正直、あなたたちのような接近戦をする方でないので参考にはなりませんが……まぁ見ていくとしましょう」

「あー、確かにネオレアとアリスさんって戦い方似てるもんねぇ。魔法の扱いであなたに敵うわけないし、つまんないかな?」

「いえ、強者の戦いは面白いですよ。ただ学びが無いというだけで。言い換えてしまえばこの観戦はただの娯楽です」

「わーお……これが《魔導師》たるに必要な自信ってやつかな? ゼータ先輩くらいじゃないとお眼鏡に適わない?」

「そんな大袈裟なものではありませんよ。それに、ゼータの魔法は……わたしが使いこなせるものではないですしね」


 小さく舌打ちをしてアリスはそう言う。

 ゼータ先輩が魔法を使っているところは未だに見たことないが、アリスですら真似できないとは……気になるな。


 初めて会った時彼女は『8人くらいの新入生と戦った』みたいなこと言ってた割に、今年は誰とも戦っていないな。

 ゼータ先輩よりもアリスに興味の対象が向いたのかね。

 もしくは彼女と戦うことよりも序列を上げることによる特典に目がいったか。

 まぁ、真相は闇の中だ。

 どうでもいいしな。


「ネオレアの序列はもっと上だと思ってたんだけどなぁ。なんでここなんだろ?」

「今年の1年生は質がいいのでしょう」

「それってつまり、シグマくんみたいな人がぞろぞろ居るってこと? うわ、想像しただけで面白いじゃん。ゼータ先輩に選ばれるくらいの人がいっぱい……ふふふふふ」

「いえ、彼は流石に特別ですよ」

「そっかぁ……シグマくん、またいつか手合わせしない? 楽しくなってきちゃった」

「リベンジだな……時間があったらやろう」

「いぇい! 約束だよっ!」


 少し早いがソシエールへひと泡吹かせる未来を想像してひとり燃えていると、遂に見覚えのある背中が下に姿を現した。

 中肉中背で男にしては長い銀髪のソレは、見間違えることなんてない。

 このくらいの序列になると観客には友人らしからぬ先輩なども居り、ある程度歓声も増えてきた。

 200位以降からこんな感じだったな。


 ──ん、アレは……?


「──、───!」

「……────、───」

「──!? ───!」


 流麗な金髪に、真紅の双眸。

 あの時の尋常でない緊張をを思い出す。

 リオン・メビウス・クロノワール……自分の派閥の人間の試合だから見に来たのか?


「アリス」

「気づいていますよ。どうせわたしには不干渉を貫くでしょうし、今はレキシコンさんの試合を楽しんでください」

「………。わかった」

「ふふふっ……。そんなに気を張らないで大丈夫ですから。まったく、武人としてはこれ以上ありませんが、まだまだですね」

「ぐっ……」

「まぁ、そういうところも含めて、シグマさんのことは好きですよ」

「そうかよっ」


 まるで小さい子どもを相手しているかのようなアリスの態度に恥ずかしくなり、俺はそっぽを向いてレキシコンを見た。

 身体はその美麗な顔もあいって中性的なモノだが、俺はそこから放たれる尋常ならざる魔法の数々を知っている。

 ソシエール曰く、ヤツの挑んだ相手は序列42位と中々高い。


 火属性魔法だけで勝てるか、それともほんの少し闇魔法を織り交ぜた搦め手で沈める必要があるか。

 しっかりと見させてもらうとしよう。

 いつ彼と相対することになるか、未来のことなんてわからないからな。


『───試合、開始!』


「………」

「………」


 ──なんだ?


 両者とも一歩も動かない。

 時間が止まっている……なんて非現実的なことがあるわけもないか。

 アリスやソシエールに視線を向けると、ふたりとも別に普通だ。

 周りに居る他の観客も、言うならば『いつも通り』でしかなかった。


「なぁ」

「変わっていませんね。完全に守りに徹し、相手の痺れが切れた時に生じる隙を確実に刈り取る。レキシコンさんの戦い方ですよ」

「ああ、そういう……」


 相手もそれがわかっているからこそ、無闇に攻めることはしなかったのか。

 しかし、俺と面白いくらい真反対だな。

 俺は相手に何もさせずにぶっ殺す。

 彼は相手に全てを曝け出させ、その上でソレらを完封する。

 童話にある最強の矛と最強の盾みたいな関係なんだろうか、俺たちは。


 まぁ、仮にそうだとしても、その物語と違って俺の勝利という結果がきっとついてくるだろうがな。


「先輩、このままで良いんですか?」

「いい、って……何のこと?」

「気づいていませんか? 僕が最も上手く扱える属性元素である『氷』によって、周囲の空気はどんどん凍りついていく。それを吸い込めば肺が凍り、息ができなくなる。タイムリミットが無いと思っては大間違いですよ」

「くっ……でもそれは君も同じでしょう?」

「ははっ、僕がそんなヘマをすると思われてるだなんて心外だなぁ。自分の魔法くらい自在に操れますよ」


 ジリ貧対策もバッチリ、か。

 流石に学園側も無限に続く序列戦なんて許す筈がないし、そもそも序列戦には30分という時間制限がある。

 流石にそこまで長引く試合はゼロに等しいくらいの数らしいが、彼らの場合では十分にあり得る話だな。


 しかし、肺への間接的なスリップダメージか……魔力で防ごうにも体内で火属性魔法なんて使えばすぐに死ぬ。

 やはり彼に対しては短期決戦を仕掛けないと不利になるわけか。

 だが、アリス曰く彼はその短期決戦を仕掛けてきた相手の隙を刈り取る力がある。

 面白い戦い方だが、好きではない。


「ふぅ……《魔水顕現ソリッド・ウォーター》!」

「《氷結フリージング》、《融解メルト》」

「うわぁ……君、エグいね」

「それは褒め言葉ですか?」

「勿論。ここまで混合魔法を極めた人なんて見たことないよ」


 先輩が地面に手を翳すと、アクシアの足元から突然水の剣が数本飛び出してきた。

 何か来るのを感じ取ったのかレキシコンはすぐにその場から飛び退り、両手を振り払って凍てついた魔力をばら撒く。

 魔法名の詠唱と共に迫っていた水の剣は生え際から見事に凍りつき、一瞬にして氷の彫刻を創り出す。

 すぐに地面を踏みしめて《融解》を使い、氷を全て融かし《素魔力エーテル》へと変換した。


 先輩は驚愕しながらもソレに振り回されることなくレキシコンとの距離を詰める。

火弾ファイアボール》や《水弾ウォーターボール》で遮ろうとする彼は寧ろ余裕な表情を浮かべており、どちらが優位かは言うまでもなかった。

 先輩の動きがどんどん鈍っていく。

 あそこに満ちる空気によって息がしづらいのだから、当然体は弱る。

 なんか……俺よりも悪魔みたいだな。

 実力差をあそこまで露わにするか。

 残酷すぎる。


 先輩の適性属性元素が水なのか、どうせ凍らされるにも関わらず彼女は水属性魔法でしか攻撃しない。

 その攻撃の鋭さは水魔法を使えない俺からすれば驚きの精度だが、やはりレキシコンは余裕の表情で対抗レジストしていく。

 唯一の死角である地面からの攻撃では隙ができているが、距離を詰めさせないように魔力を多く使って行く手を阻まれる。


 コレは……流石に詰みだな。

 水だけじゃあどうにもならない。


「《魔水顕──うぐっ……!?」

「魔力切れか」

「ふぅ……精一杯僕の隙を作る策を巡らせていたのはわかりますが、どうやらこの試合は僕の勝ちなようですね」

「まだ……私は……!」


 先輩は魔力枯渇で膝を突き苦しそうにしているが、それでもその瞳に宿る闘志は未だ強く燃えている。

 レキシコンは勝利を確信したのかここで初めて自分から距離を詰め始める。

 一歩、また一歩。

 敗北の宣告が迫ってくるソレは中々に残酷な光景で、しかし俺はまだこの試合がどうなるか確信ができていなかった。


「──《水弾》!」

「《氷結》」

「掛かったね……?

 俗世に在りし水は、神による恵み也。

 ──《神の涙ゴッヅ・ティア》!」

「ッ……!?」


 苦し紛れに《水弾》を放つ先輩は、今までと同じようにレキシコンがソレを凍らせた瞬間に手を伸ばし短く詠唱した。

 途中まで詠唱を終えていたのか最後の節と思われるソレの後、凍りついた水の球がぐにゃりと形を変えた。

 まるで生き物のようにそこから腕が伸び、レキシコンの学生証へと襲い掛かる。

 ソレは、いつかのダンジョン攻略で出会ったフロアボス──《泡沫王蟲クオ・アラネア》を思い出させるようなモノだった。


 凄まじい数の水の触手が迫り来る中、レキシコンはソレらを正確に凍らせる。

 しかしすぐに『かたち』を変えられて凍結が無へと書き換えられ、攻撃の手は留まるところを知らないで再開される。

 身のこなしはそこまで上手くないのか、攻撃が時々掠って腕や頬にかすり傷ができているのがここから見えた。


「はぁ……はぁ……!」

「凄いですね……あの時感じた魔力量で、ここまでできるのか……!」

「まだ、まだ……っ!」


 かなりギリギリなのか先輩の表情は苦痛に歪んでいて、審判も止めたそうに彼女を見つめている。

 しかしここで止めてしまえば、彼女の未だ熱く煮え滾る戦意はどうなる?

 ソレがわかっているからこそ、意識を失うまで止める素振りが無いんだろう。


 流石に水だけが適性というだけあって先輩の魔法の威力は凄まじく、時間が経つごとに増しているようだ。

 しかしレキシコンの防衛も圧倒的で、氷属性と火属性の魔法が入り乱れて春な筈なのに雪景色が創られている。

 美しい魔法の数々は、ソレを見ている全ての人を魅了していた。


 左右から水の触手が迫り、前に駆け出してソレを躱す。

 距離を詰めようとする彼の足元の魔力が揺らめいたと思うと、鋭い水の槍が音も無く地面から飛び出す。

 左に跳んで受け身を取るが、すぐに背後から複数の水の触手が飛んでくる。

《氷結》で凍りつかせてできた時間を使ってレキシコンは体勢を整える。


「《火弾》!」

「水よ、うねれ!」


《神の涙》の操作を止めさせようと《火弾》を放ったレキシコンだが、彼女の前で浮かぶ水の源が飲み込んでしまう。

 悔しそうな表情を浮かべレキシコンが両腕を構えて魔法を撃とうとした瞬間──審判の声が神魔殿に響き渡った。


「そこまで! アルミナ・ルーク意識消失! 勝者、ネオレア・レキシコン!」


 え?


 疑問に思いながら先輩の方へ視線を向けてみると、浮かんでいた深い蒼色の水の塊が徐々に形を失っていく。

 やがて彼女がガクリと頭と腕を落とすと、ソレも《素魔力エーテル》となって霧散した。

 ……完全に魔力が尽きた、か。


 正確に言えば、生きるのに必要最低限の魔力──生命力は残っているものの、意識を保ってはいられなかったんだろう。

 きっと試合結果としては悔しいモノだろうが、水属性魔法が使えない俺にとっては尊敬に値する。

 コレで自信を失うのではなく、どうか対抗心を燃やして欲しい。

 そう思った。


 賞賛の拍手をこんなに沢山送ることになるなんて、過去の俺に言ってもきっと信じないことだろう──。

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