第8話【3】

「エマちゃん、前より魔法の精度すっごく高くなってたね」

「ええ。昔からわたしと競い合うのが好きな子でしたから、魔法の成長は才能もあって留まるところを知りません」

「ツンツンしててちょっと怖いけど、そこもまた可愛いなぁ。抱きたい」

「え?」

「えっ?」

「……いえ」


 ……この人怖いんだけど。

 結構前のことだから忘れかけてたけど、この人入学の日にアリスにも似たようなこと言ってなかったか。


 なんだっけ──抱きしめてキスして、嫌がってるところを無理やりして堕としたい?

 おいコイツ今からでも縛り付けた方がいいんじゃねぇのか。

 実際に行動に移してるかは知らんが思考は完全に犯罪者予備軍だろ。


 ……俺もどちらかと言えばしたいから、お互い様だな。

 精神の自由は平等に与えられし権利だ。

 誰にも侵されることはない。

 彼女がどれだけ脳内で誰かを犯していたとしても、ソレは彼女の自由なのだ。


 ただ口には出さないで欲しい。

 めっちゃ怖いから、あと怖い、マジで。


 閑話休題。


 マグノリアが去ってからはまた知らない生徒の序列戦が行われていく。

 彼女よりも高い序列な筈なのに見応えがあまり無いのが印象的だ。

 魔法の扱いは確かにマグノリアよりも上手い人が居たりするが、その誰もが戦い方がなっていないのだ。

 なんと言うか、木偶の坊を相手にしているような教科書通りの戦い方、みたいな感じがしてならない。

 簡単に言えば、応用が無い。


 だからと言うべきなのか、先輩が勝つ試合も結構ある。

 1年生は実戦経験の無いヤツも多く、対して先輩は1年以上この学園に通い実践戦闘を行ってきた。

 その差は容易には埋められない。


 しかし、マグノリアはアリスと競い合ってきたと言うだけあって実戦も数多くこなしているらしく、その経験が表れた。

 なるほど、道理で惹かれるわけだ。

 彼らがしているのは『序列戦』で、マグノリアが行ったのは『戦闘』だったのだ。

 彼女は学園の制度の一環ではなく、いち人間として本当の意味ある戦闘をしていた──俺の大好きな、戦いを。


「……戦ってみてぇ」

「誰と?」

「マグノリア」

「ふーん……君が何を隠してるのかなんて知らないけどさ、もし全力で戦う時があったら私にも見せて欲しいな」

「隠してなんかないぞ、マジで」

「どーだかっ!」


 そんなやり取りをしていると、ツカツカと聞き馴染みのない足音が聞こえてきた。

 どこか優雅で静かなソレは次第に俺の隣に座るアリスの前までやって来る。

 誰かと顔を上げてみると、そこには先程序列戦を終えたマグノリアが心底嫌そうな顔をして立っていた。

 

「いきなり《意識連結テレパシー》をしないで欲しいのだけれど。わたくしだってそれなりに魔力を使って疲れているのよ」

「ふふ、すみません。どうしてもあなたと直接言葉を交わしたかったので」

「はぁ……。それで、何なの? 何故こんなに大勢連れて──しかも《風凰剣》まで一緒になってわたくしを見ていたのかしら?」

「彼女は偶然会ったのです。わたしはアクシアくんとシグマさんとあなたを見に来ただけですよ」

「シグマ……?」


 マグノリアの視線がゆっくり向けられる。

 どうも、という意味を込めて会釈すると彼女はビクッと震えて一歩後ずさった。

 え、なに、俺って嫌われてんの?

 それともそんな気づかれないくらい存在感薄かったのか?

 やった、良い才能をゲットしたぞ。

 ……はぁ。


「貴方は……」

「お初にお目に掛かります、シグマ・ブレイズと申します」

「君私と最初に会った時そんな挨拶してくれなかったよね? なんで彼女にだけ?」

「なんで俺の渾身の挨拶台無しにするんですかソシエールさん」

「一応私も貴族なんだぞー! 家を継ぐわけじゃないけど!」


 ぷんすか怒っているソシエールを無視して俺は改めてマグノリアに視線を向ける。

 えて表現するのなら、人が最も美しく存在する瞬間──死す人が描く鮮血のような流麗な赤髪。

 俺から少し逸らされた瞳は新緑のような明るい緑色で、光っているわけではないのに眩しく感じてしまう。

 スラリとした四肢は細く、高い身長もあいって可愛いと言うよりは美しい人だ。


「……な、何かしら」

「見蕩れてた」

「は?」

「ぼーっとしてました、ハイ」


 声の圧力で心がギュッて潰れたんだが。


「前々から何故アリスが目を掛けているのかわからなかったけれど、こうして相対してもわからないわ。何なの、貴方」

「……俺は──」

「わたしの駒ですよ」

「……そう。シグマくん、だったかしら」

「え? あ、ああ」

「悪いことは言わないわ。今すぐアリスと関わるのを止めなさい。貴方がどんな人間かなんて興味は無いけど、まともな人間は彼女と並んでは歩けないの。これは貴方の為に言っているのよ」


 ……マトモな人間、ねぇ。

 そう言えば、今まで自分を客観的に見る機会なんて無かった気がする。

 俺は果たして、マトモなのだろうか。

 幾千、幾万もの命を奪い背負ってきた戦争屋──《終焉の告げ人》の俺は。


 今は比較的マトモかも知れない。

 だが、ヒトの本質というのはそう簡単に変わるモノでもないのだ。

 俺は昔から、変われたのだろうか。


 答えは簡単──『否』である。


「ご忠告どーも」

「……そう。まぁいいわ。別に貴方がどうなろうと知らないし、どうでもいいもの」

「お話は済みましたか?」

「ええ。貴方の趣味は時々わからないわね。やっぱり嫌いだわ」

「そうですか。わたしはマグノリアさんのことが大好きですよ」

「………。帰るっ」

「あらあら、照れちゃって」

「うるさいわよッ!」


 髪を振り払い背を向けたマグノリアは相変わらず綺麗な姿勢で歩き出した。

 ソシエールは手を口に当てて「あれま」なんて言って茶化していて、アクシアは額に手を当てて項垂れている。

 きっと今までもこんな感じだったのだ。

 ……なんか、いいな、こういうの。

 俺はその輪に入れてないけど、それでもこんな風に彼女が幸せそうにしているのを見るのは、結構楽しいモノだ。


「最後にひとつだけ宜しいですか」

「なにっ!」

「序列戦最終日、必ず見に来てくださいね」

「嫌よ。わたくし、ライバルの貴方が負けるところなんて見たくないもの」

「いえ。わたしではなく──彼を」

「……シグマくん、を?」

「はい。彼は今回の序列戦にいて、ゼータとエキシビションマッチを行います。それを見ればわたしの趣味がわかりますよ」

「え……えぇえええええええええええっ!? そうなのシグマくんっ!?」

「………。ああ、まぁ」


 結構、堂々と言うんだな。


「嘘──ついてないわよね? わたくしに貴方の試合を見せるただの口実とかだったら、承知しないわよ」

「わかっています。あなたの嫌いなものは愚者と嘘。親友に嫌われるようなことを進んでするほどイカレてはいませんよ」

「……そう、わかったわ」

「ありがとうございます。さようなら」

「ええ」


 最後に俺をひと睨みしたマグノリアは髪を揺らしながら階段を下っていった。

 その背中はどこか怒りに震えているように見えて、自分の態度を思い返す。

 何か怒らせるようなことをしたか──やはり忠告を聞かなかったのが原因かね。


 だが、たとえ彼女の親友だとしても、アリスとの関わりを断てと言われては頷くわけにはいかない。

 今の俺にとってはアリスが全てだから。

 この忠誠は、仮に世界を敵に回してでも貫き通すつもりだ。


 俺には──守りたいものが、できたんだ。


*  *  *


「何なの……何なのよ、あいつ……ッ!」


 わたくしは自分の心を支配している怒りにされるがまま言葉を吐き出していた。


 序列戦を終えて帰ろうと思ったらいきなり脳内に幼馴染みの声が聞こえてきて、わたくしは仕方なく観客席へと向かった。

 そこには彼女──アリスと彼女が連れている従者のアクシア、更には《風凰剣》までもが座って談笑していた。

 アリスと《風凰剣》はそこまで仲が良くなかった筈だけれど、いつの間にこんな関係になったのかしら。

 そう思って彼女に問い掛けると、聞き覚えの無い名前を挙げた。


 シグマ──その人物を探すように視線を巡らせると、ひとりの男が目に入った。

 長めの灰色の髪に至極色の鋭い双眸、胸元に輝くアリス特製とわかるペンダント。

 彼は軽く頭を下げたけれど、その観察するような目線には覚えがあった。

 だって、彼女も同じ目をしているから。


「お初にお目に掛かります、シグマ・ブレイズと申します」

「君私と最初に会った時そんな挨拶してくれなかったよね? なんで彼女にだけ?」

「なんで俺の渾身の挨拶台無しにするんですかソシエールさん」


 ああ、思い出したわ。

 いつかの授業で行われた実践戦闘で手加減をした《風凰剣》と互角だった人だ。

 ブレイズなんて名前聞いたことも無いのだけれど、一体全体どうして彼はアリスと仲良くできているのかしら。

 まったく理解できないわ。


 そう思いアリスに問うと、予想だにしていなかった返答をされた。


 ──わたしの駒ですよ。


 どうして?

 どうして貴方は、彼なんかを自分の駒のひとつに加えるの?

 わたくしのことはずっと友人としか扱ってくれなかったくせに、どうしてこんなぽっと出の男に先を越されなせればならないの?


 わたくしは、昔からアリス・メビウス・クロノワールのことを知っている。

 王族の女性というのはくして虐げられる運命にあり、ましてや兄共よりも魔法の扱いに長けていればやっかまれるのは確実。

 アリスは、どんどんその優しい心を粉々に壊されていった。


 そして9歳の時、西の国との戦争にいて幾千人を光魔法で殺した後──アリスは遂に壊れてしまった。

 目に光は灯っておらず、ただただ敵を葬るだけの王族の傀儡へ成り果てた。

 あの時は必死に彼女を元に戻そうと話し掛けたりしたけれど、何の効果も無かった。


 けれど1年と少し前、魔法省に魔道具を沢山提出し始めた頃からある程度心の状態が安定してきた。

 たまに話してみても、以前のような優しさが欠如しているだけで人としての機能は完全に回復していた。

 時間というこの世界の法則が、戦争の穢れを摩耗させてくれたのね。


 ──そう思っていたのよ、わたくしは。


 魔法学園に入学して会ったアリスは、実に数年ぶりに笑っていた。

 あの時は何が起きたのかわからなかったけれど、なるほどと納得した。

 あのシグマという男が、彼女のことを蘇らせたのだ。

 親友の、わたくしではなく。


 彼と戦えばわたくしが絶対に勝てる。

 彼の魔法──あれは魔法と言っていいのか分からないけれど、とにかくそれよりもわたくしの方が何倍も役に立つ。

 人脈だってあるし、力だってある。

 そして貴方を裏切らないという絶対の友情がわたくしたちの間にはある筈よ。

 それなのに、どうして……どうして……!


「ねぇ、アリス……わたくしは、貴方に信頼されるには足りないの……?」


 親友の役に立ちたい。

 親友を二度と傷つけさせたくない。

 親友が虐げられるこの王国を変えたい。


 アリスは王位継承権を復活させた。

 それはつまり、彼女は今女王になる意思があるということ。

 彼女を助けたいのに……わたくしには、それが許されていない。

 堪らなく悔しい。

 なんで、あんな男に……!


 アリスの目は誰よりも優れているわ。

 彼女が選んだということは、それに値するだけの何かを持っているということ。

 エキシビションマッチ──しかと見させてもらうから、覚悟しなさい。


 もしもその覚悟が足りない場合は──わたくしがこの手で葬り去る。


「シグマ・ブレイズ……」


 忌々しい名前をえて口にして、わたくしはこの悔しさを忘れないようにと強く脳髄へ刻み込んだ。

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