第7話【3】

「お疲れ様でした、アクシアくん」

「かっこよかったよ〜!」

「ナイス勝利」

「ありがとうございます、皆さん」


 初めての序列戦で無事勝利を収めたアクシアへ皆で賞賛の言葉を送ると、彼は少しだけ恥ずかしそうにしながらそう言った。

 彼はアリスの隣に座ってほっと息をつく。

 コレで彼は無事序列68位となる。

 今後アリスやソシエールが更に上の序列に挑み勝つであろうことを考えると今より少しだけ下がるが、十分だろう。


 無事に鍛錬の成果を出せていたし、試合結果は最高だった。

 魔力を纏わせた双剣で《炎の帳ファイアウォール》を突破した時は驚いたが、魔力の扱いも以前より格段に上手くなっている。

 まだ薙刀を出すほどではないが、純粋な接近戦で考えるなら殆ど敵無しだ。

 相変わらず成長が速くて、教えているこっちが楽しくなってしまう。


「実際、どうだった」

「めちゃくちゃ良かったぞ。まぁ結構リスクを取る戦い方をするのには驚いたけど」

「そうか……もっと安定した立ち回りをした方がいいのか?」

「さあな。負けないってことはソレもひとつの正解なんだし、負けたら考えればいいんじゃねぇの」

「……ふん」


 小声で聞いてきたので素直に褒めると、素っ気ないながらも嬉しそうにする。

 相変わらず可愛いヤツだ。

 アリスたちからも褒め言葉を貰う彼は今までにないほど嬉しそうで、しかしその横顔はどこか寂しく見えた。

 目標の道半ばで、いつまで経っても手の届きそうにないモノを見ているような。

 焦ってはいないようだし、あまり突っ込むべきではないだろう。


 確かマグノリアの序列は196位なので、割とすぐに出番が来る筈だ。

 それまでの時間は適当に他人の序列戦を見て今後誰に挑むかの指標にするか。

 どうやら皆俺が挑むよりも上の人たちに試合を申し込んだみたいだし、次回はもう少し上を狙っても良いだろうしな。


「ソシエールさんも明日ですよね?」

「そだよー。25位の人とやるんだ。にしても私には誰も申し込んでこなかったなぁ。誰かさんが独り占めしてるから……ね」

「宜しければ分けますが?」

「うそうそ、いらないよ。序列戦と言えば、シグマくんは随分下の人に挑むんだね」

「あー……なんと言うか、ビビったんだ」

「へー。曰く、嘘つきは地獄を支配する神様に舌を抜かれるらしいよ」

「神に目を付けられるとか寧ろ名誉なことなんじゃねぇの」

「なんというポジティブシンキング!?」


 アリスには良いと言われたが、やはりもう少し上を狙うべきだった。

 折角それなりの仲になり、ソシエールとも結構自然な流れで交流を作れた現状。

 ここで疑いが少しでも残れば肝心な時にがんのようなモノになるかも知れん。

 俺の性格もある程度知っている彼女からの疑いを晴らすには、どうすればいいか。


 ……いや、どちらにしろ俺はゼータ先輩と戦わなければならないし、上に挑んでも下に挑んでも大して変わらないな。

 体力や気力の温存の為にこうした──コレだと序列戦以前から交流があるのがバレるし良くないか?

 うーん、難しい……中々最適解が出せん。

 まぁ、後悔しても仕方がない。

 過去を振り返るのは、嫌いだ。


『──試合終了! 勝者、─────!』


「終わりましたね。記憶が確かなら、次がマグノリアさんの番ですよ」

「エマちゃん! ルミナリア先輩と同じで土属性ひとつで戦うんだよねぇ。風と相性悪いからちゃんと見とかないと……!」

「ソシエールなら斬れそうな気もするけど」

「私魔力はそんなに多くないんだよ。だから無駄遣いはしないようにしなきゃ」

「へぇ? なら次は持久戦に持ち込めば勝てるのか。いいこと聞いた」

「その前に斬るから関係無いかもね」


 詰んでるじゃねぇか。

 確かに撃たれる前に殺ればいい話だし、彼女の力なら大抵は持久戦なんてするよりも先に勝負がつくか。

 俺が彼女に勝つためには技術をもっと磨かなければならない──大変だ。


 そんなやりとりをしている下で、次の序列戦の生徒が入場する。

 なびく長髪は炎のように紅く、美しい歩き方と大人びた表情はとても同年代とは思えない存在感だ。

 エメラルドの瞳には勝利への渇望が宿っているようで、ソレを支えるが如き魔力量がここにまで伝わってくる。


 エマ・マグノリア──アリスの親友。

 紛うことなき1学年の強者がひとり。

 その戦いを見たことはあるが、それでもやはり楽しみだった。


「よろしくね、後輩くん」

「ええ。お願いします」


『───試合、開始ッ!』


「神よ、我に力を。

 我が忠誠を贄にして、神が遣いの姿をかたどりし天翼をの身へと授け給え。

 主の恵みは俗世に蔓延はびこりし理をも超え、矮小なる者を御元へと導く。

 願わくば、我の声に応え給え。

 穢れさえ置き去る風神の声を今此処ここに。

 ──《天の羽衣》」


「大地の恵みは偉大也。

 世界を創る御力のつぶては、総ての生きとし生けるものを揺るがさん。

 人の生まれし母なる大地は、偉大なる主の貴き慈愛によって沈黙す。

 れを侵さんと欲す者に、超自然の雄大さを魅せ給え。

 大地の憤怒は、神の裁きに他ならぬ。

 ──《起源の庭》」


 相手の先輩は幾つもの《風刃ウィンドカッター》と動きを阻害する為の《疾風ソニックウィンド》を放ちながらとても長い詠唱を行った。

 その一方でマグノリアもソレら全てを土魔法で対抗レジストしなから詠唱する。

 平行魔法生成をしているとは思えない正確無比な魔法の数々は軌道が無茶苦茶で、しかし全てが相手に向かっていた。


 火以外の魔法も上級魔法までは基本的にわかるのだが──勿論水属性は除く──その詠唱は聞いたこともない。

 それに節の数から考えて、王級……聖級すらもあり得るほどの魔法だ。

 特に攻撃は行われていないから、自身の能力強化系のモノだろうか。

 基本的に平行魔法生成は上級と下級のモノを使うのだが、王級をこうも簡単に繰り出すのは本当に凄い。


「《天の羽衣》は風魔法の威力を上げ自身の移動スピードも上げる、《起源の庭》は地面との繋がりを強固にし土魔法全般を大幅に強化できる魔法です。魔力消費が多いので、お互い短期決戦を考えているのでしょう」

「へぇ……詳しいんだな」

「伊達に全属性へ適性がありませんから」


 そんな下でマグノリアは踊るように地面をつま先で叩き、ソレに応えるように地面から鋭い槍が飛び出す。

 下手すれば命をも奪ってしまうのではないかという勢いの魔法らは先輩の進路を遮り学生証へと迫りゆく。

 しかし簡単にやられてくれるわけもなく、先輩は軽やかな身のこなしで土の槍を躱しながら距離を詰めていく。


 へぇ、コレは確かに速い──が、目で追えないことはないな。

 普段のソシエールより少し速い程度だし、そもそもソレはただの疾走なので魔法を使ってコレなら対処はできる。

 しかし攻撃を躱されるのは純粋に先輩の戦闘能力が高いのが原因だろう。

弾劾之剣パニッシュメント・スティングス》のような魔法を使っているのだから当然地面に魔力を伝わせている筈で、ソレを感じ取れば予測するのは容易い。


「やる、ね……!」

「あら、先輩どうしたんですか? 突然距離を詰めて来なくなりましたね」

「くっ……!」

「その距離なら魔法を撃っても土の壁を創る方が早いし、かと言って直線的に向かえばわたくしの攻撃が当たる。持久戦はお互い本意ではない。さて、どちらが優勢かしら?」


 まるで弄ぶようにひとりでダンスを踊るマグノリアは余裕たっぷりで、しかしその目にはとてつもない戦意が宿っている。

 対して先輩はどう攻撃を仕掛けたものかと歯噛みしているような表情だ。

 距離が縮まったお陰か彼女の攻撃の密度が高くなり、横に避けないと学生証を貫かれてしまうのだろう。


 ああ、なんて綺麗な戦い方なんだ。

 いつかのクラス内で行った実践戦闘で彼女が言った『相手の手をことごとく潰す』というのが、自身にも当てはまるような完封具合。

 距離を詰めさせていないから隙も無く、一撃一撃が着実に勝負の天秤を傾ける。

 派手な戦闘スタイルと繊細な魔法の扱いが生み出す試合展開は、とても華麗だ。


 しかも、彼女は手加減をしているのだ。

 王級と下級を平行して使えるのだから、今だって他の魔法を撃つ余裕はある筈。

 だがソレをしないというのは、確実に勝てる強者の余裕というモノだ。

 決してめているわけではない。

 忙しなく動く目は相手の動きをしっかりと捉えていて、警戒の色が宿っている。

 油断も隙も、欠陥も無い。

 彼女を言葉で形容するのなら──完璧、というのが似合うだろうな。


「くっ……《真空波》!」

「遅い」

「これも、届かないの……」

「そろそろ終わりにしましょう。新入生だから情報が無かったのですし、あまり気に病まないでくださいね」


 マグノリアは遂に足を前に出し、土の槍に苦戦している先輩の元へ向かう。

 たまに飛んでくる風魔法も正確な土魔法の前には無力で、隙は生めない。

 やがて遠くで会話を交わしていた筈の両者は中距離といったところまで近づき、マグノリアは右手をそっと掲げた。


「──《重力波オーバー・グラビティ》」

「あがっ……!?」

「対戦ありがとうございました」


 残酷なほどに綺麗な微笑みを浮かべながら彼女はそう言い、強い重力で動けなくなった先輩の学生証を土の槍で貫いた。

 左のつま先で地面をトン、と叩くと歪みに歪んだ神魔殿の床は先の戦いの影すら残さず元通りになる。

 しかし、この場には残っていなくとも、人々の頭の中にはしかとその姿が刻まれた。


 艶やかな髪を払い、スカートの端を摘む。

 悔しそうながらも先輩はマグノリアに賞賛の言葉を掛け、ふたりは背を向けてステージから出ていった。

 その姿が見えなくなるまで、俺たちは拍手を送り続けた。

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