第6話【3】

 序列戦が始まり3日目となった。


 今回の序列戦は例年よりも進行が速く、既に220位くらいまで試合が終わった。

 そして今日は我らがアクシアの試合が行われるということで、俺とアリスは神魔殿へ観戦に来ていた。


 ここ最近の鍛錬はかなりキツいモノもあったから、彼の実力は以前よりもかなり伸びている確信がある。

 アリス曰く、彼は今回の序列戦で68位の先輩に挑むらしい。

 ……俺、もしかしてもっと序列高い人に挑んだ方が良かったのか?


 目を付けられないようにと、丁度半分──135位の人に申し込んだ俺。

 試合展開が一方的になってしまうかも知れないから、そこは注意が必要だな。

 この学園へ入学できただけで将来有望なのだから、そんな人物の心を折るようなことをしてはならん。


「相手の方の適性属性元素は火。加えて中距離戦を得意としているので、間合いさえ詰められればアクシアくんの勝利は確実と言えるでしょう」

「へぇ……やっぱ分析してるんだな。なんか俺のノープランっぷりが強調されてるみたいで嫌になってきた」

「貴様は火属性魔法だけでも十分戦えるのだから、わざわざ分析に時間を割くようなことはしなくても問題ないだろう」

「確かに、そう……か?」

「そうですね。日々の戦闘から判断すると、恐らく20位程度までなら余裕でしょう。なにせあなたはあの《風凰剣》とまともにやり合えるんですから」


 ソシエールの評価は留まるところを知らないのかと言うくらい高いな。

 本人は魔法の適性が無いことを気にしているらしいが、アレで風魔法が自在に使えたなら本格的にヤバい。

 神は二物を与えず、という言葉があるくらいなのだし、才能を何個も持つなんてことはそうそうできっこない。

 彼女は既に十分な強さだ。


 無計画な将来に思いを馳せていると、下で行われている序列戦が終わった。

 そしてふたりが退くと共に次のヤツらが入れ替わりでそこに現れる。

 確かアクシアの序列は204位。

 まだ結構時間はありそうだ。


 そう思っていると──。


「おや? シグマくんだ。それに……アリスさんにアクシアくんまで。こんにちは」

「……よう」

「こんにちは」

「ご無沙汰しています、ソシエールさん」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには癖っけのある茶髪を揺らす少女──プリシラ・ソシエールが立っていた。

 腰に剣を提げているのはいつも通りだが、柄と鞘は布で固く結ばれている。

 剣を抜く意思は無い、という周りへのアピールなんだろうか。

 確かに彼女の力なら鞘が被ったままでも十分に戦えるし、何も問題は無いな。


 しかしソシエールは俺やアリスと近い序列なので、今日はまだ来る必要は無い。

 恐らく友人の試合を見に来たのだろう。

 俺の知っている人物だろうか。


「シグマくんとふたりが一緒に居るの、なんかちょっと珍しいね。君たちも誰かの試合を観戦しに来たの?」

「ええ。今日はアクシアくんとマグノリアさんの試合があるので、それを見に」

「やっぱそっか。私もネオレアの試合を見に来たんだ。にしてもアクシアくんの試合が見られるなんて楽しみだなぁ」

「……何故です? 僕なんてあなたにとっては取るに足らない人間でしょう」

「だって君、普段使う武器を扱いにくそうにしてるもん。足運びとか重心の移動の仕方も普通じゃない──違う?」

「………」


 ……やっぱり目が良いな。

 授業でアクシアは俺との鍛錬でしばしば使うのと同じ片手剣を持っているので、双剣の時のようにのびのびと戦えていない。

 しかしその差を知っている者でないなら、彼が戦いにくそうにしているのは簡単に見切れるモノじゃない。


 同じ武器を扱う者としての、しかし圧倒的強者としての眼。

 もしや、俺が魔剣で戦っている時に必死なのも悟られているのだろうか。

 薙刀のように自在に戦えないことを見抜かれているのだろうか。


「ま、余計な詮索はしないよ。ただ……本気で戦う姿を見せてくれたら、嬉しいな」

「……善処します」

「流石は《風凰剣》。武技に関する目は誰にも劣らないですね」

「そ、そんな大層なものじゃないよっ!?」


 そんなやり取りをしていると、下で行われていた序列戦が終わった。

 審判の合図が神魔殿に響くと共にアクシアは席を立ち、腰に携えた双剣を撫でながら口を開いた。


「そろそろ準備をしてきます」

「ファイトー!」

「頑張ってください」

「あんま緊張すんなよ」


 アクシアは俺には普段見せてくれない微笑みを浮かべると、自信満々といった様子で胸を張り階段を下っていった。

 その後ろ姿は日々の鍛錬もあってか以前よりも大きく見えて、コレなら心配はいらないなと安堵の息をつく。


 しかし、今度はアリスとソシエールに挟まれて居た堪れないこの状況が、少しだけ恨めしくなってしまった。

 先ほど吐いたため息には、どうやら嘆息も含まれていたらしい。

 アクシア、早く帰ってきてくれ……!


*  *  *


「よろしくお願いします、先輩」

「ああ、よろしくな」


 アリスとソシエールが仲睦まじく話している下で、遂にアクシアが姿を現した。


 彼の相対している先輩はかなりガタイが良く身長も高いが、その体に纏う筋肉の筋は細く引き締まっている。

 よく鍛えられているが、そこから感じる魔力というのは大して強くない。

 恐らく魔法が劣る分はフィジカルでカバーしている、普段の俺と似たスタイル。

 なるほど、鍛錬の成果を出すには最適の相手かも知れないな。


 アリスたちもお喋りを止めて下を見る。

 そんな俺たちの視線の先でアクシアは腰に携えた双剣を引き抜き、逆手に持って腰を低く落とす。

 一方の先輩は余裕綽々、と言った様子で拳を前に構えて笑みを浮かべる。

 得物が無い……魔剣でも使うのか?

 だがあそこまで腕が太いとなると剣は思うように振れない気がする。

 もしや──拳で戦うのか。


 俺はそう考えついた瞬間、アクシアの勝利を確信してほっと息をついた。

 アクシアの魔力は生半可な集中で練った程度の魔力では対抗レジストできない。

 俺でさえできないのだから、この国の人間にそう何度も防ぐ手段は無い。


 ああ──結果がわかる試合は、そこまで面白くないんだがな。

 まぁ、いい。

 俺の生徒の初試合だ。

 しっかり見届けるとしよう。


『──試合開始!』


「《焔刻印フレイム・カーヴ》!」

「生命の根源たる流水の精霊よ。

 我が呼び掛けに応え、の流麗なる御力を今此処に顕現せよ。

 如何いかようにもなれ万物を形造る純水の尊き姿を、我が武技にももたらし給え。

 ──《属性付与エンチャント》」


 アクシアは開始と共に突っ込んできた先輩の掌底を刃の腹を当てて後ろに流し、体を翻して振るわれる剛腕を肘で弾く。

 そして二発の攻撃を躱され隙の生まれた先輩の横っ腹を蹴り飛ばし、距離が空いたところで詠唱を完成させる。

 彼の持つ白銀の双剣はあっという間に麗水に包み込まれ、豊潤な魔力がそこを循環し始めた。


 先輩が使った《焔刻印》は上級の火属性魔法で、成功すれば戦闘を優位に進められる非常に特殊で面白いモノだ。

 アレは手で触れた相手の体に刻印を刻み、術者の魔力と引き合って魔法を有り得ない軌道で当てたりすることができる。

 例えば《火弾》を空へ真っ直ぐ撃ち上げたとしても、相手に《焔刻印》を刻んでおけば忘れた頃に降ってきて当たってしまう。

 無論意識していれば防いだり避けたりできるものの、意識のリソースを割けるというだけでアドバンテージだ。


 なるほど、彼の得物が魔力伝導性が高いのを見抜いたのか知らんが、始まりの瞬間に隙ができるのを利用したのか。

 アクシアが普段の鍛錬もあって受け流せたものの、あの先輩は序列相応の実力を持っていると言えるだろうな。

 身体能力に加えて戦法の組み立て、どちらも非常に優れている。


 まぁ──別に戦いたいとは思わないが。


「フッ、詠唱しながらそれほど武器を上手く扱えるのか。中々やるな」

「ありがとうございます」


「わーお、双剣か。今どきにしちゃ随分と珍しい武器を使うんだね、彼」

「え、そうなのか?」

「あれ、知らなかった? リーチも威力も中途半端で弱い、って騎士団に糾弾されたことがあってね。それ以来双剣を使う人はめっきり減ったんだよ」

「へぇ……」

「でも私はそうは思わない。技術があれば大剣の太刀筋だって流せるし、圧倒的な手数は生半可な対応じゃ通じないからね」


 内心もの凄い勢いで頷きながら下へ視線を移すと、アクシアが以前よりも圧倒的に強く地面を蹴り飛ばした。

 先輩は距離を詰めさせまいと《炎の帳ファイアウォール》を展開しながら数歩下がり、その後ろから火魔法を飛ばす。

 炎の壁で視界が遮られているのにアクシアは手に取るようにソレらを躱し、躊躇い無く突っ込んでいく。


 流石にアレだと学生証の結界が削られてしまうのでは──と心配するが、どうやら杞憂だったらしい。

 アクシアは水を纏った双剣を高速で振るうことで半ば無理やり穴を空け、ノーダメージで《炎の帳》を突破した。

 ……なんと言うか、普段の俺の戦い方と随分似てきている気がする。

 俺の責任、だろうなぁ……まぁ戦えてるなら良しとするか。

 隣に居るアリスは随分楽しそうだしな。


「はぁッ!」

「速い──! しかもこれは、まさかこんなにも多くの魔力が込もっているのか!?」

「まだまだ──これからですよッ!」


 俺を相手するよりも戦いやすいのかアクシアの剣はかなり速く、先輩は一度詰められた距離を離そうと必死だ。

 彼の双剣は魔力を纏っているので魔力探査による軌道の予測が効く為、俺はかなり相手しづらかっただろう。

 それに比べて目で見てから判断を下している先輩の対処なんて、突破するのは簡単に決まっている。


 しかも相手は素手だ。

 何回も魔力を直に受けていれば──。


「くっ……!」

「もっと──まだ、遅い……!」

「《蒼炎オーバーヴァイス》!」

「っと……!? 距離を離す為とは言え、自爆覚悟で撃ちますか、普通?」

「死活問題……だからな……」


 上級火魔法の《蒼炎》が両者の間にある空気を焼き焦がす寸前、アクシアは魔力障壁を張りながら距離を取った。

 先輩の息は絶え絶えで、腕には決して浅いとは言えない裂傷が幾つもある。

 対してアクシアは多少頬に煤が付いている程度で傷は殆ど負っていない。

 魔力の差もあるし、やはり勝負は確実か。


「《獄炎槍ヘルスピア》!」

「チッ──!」


 再び距離を詰めようとアクシアは地面を駆けていくが、流石に先輩も慣れたモノで進路を予測できている。

 数本の《獄炎槍》は確実に彼の学生証に狙いが定まっていて、避けながら距離を詰めるのに手こずっている。

 体を捻り、剣で受け流し、足を進める。


 しかし途中で大きな一撃を貰い、アクシアの姿勢が硬直した。

 隙が大きいのは誰が見ても明らかで、先輩が勝利を確信したような笑みを浮かべているその時──アクシアも嗤っていた。

 人間、最も大きな隙ができるのは勝利が目前で相手をめている時。

 教えの通りにやったな、アクシア。


「──《瑞之傀儡ハイドロ・マリオネット》」


《獄炎槍》を腹に受け双剣を片方手放したアクシアは小さな声でそう詠唱し、既に放り出されたソレに魔力を集わせる。

 水を纏った刃はまるで意思を持った蛇の頭のように先輩へと襲い掛かる。

 追撃を仕掛けようとしている先輩はソレに驚愕の表情を浮かべるも、間に合うと思ったのか《火弾》を高速で撃ち出した。


 対極となる魔法がふたつ互いに向かって飛来し、先に《火弾》がたどり着くと思った時──アクシアは水の剣でソレを斬った。

 真正面から魔力をぶつけられた《火弾》は爆発を起こすことも無く割れる。

 対して不可視の蛇は先輩の胸元にある学生証に向かって一直線に迫りゆき、寸分と違うことなく結界を打ち砕いた。


『──試合終了! 勝者、アクシア・オルフェウス!』

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