第5話【3】

 ひとまず初日の序列戦は終わり、俺とアクシア、アリスは彼女の部屋で紅茶を飲みながら意見のすり合わせを行っていた。


 アクシアの姿は無かったがどうやら彼女と一緒に居たらしく、何をしていたのか聞いたらはぐらかされた。

 普通に悲しいんたけど……泣きそう。

 まぁ人に言えないようなことを彼がするとは思えないし、別にいいが。


 全員がひと息ついたところで、アリスが早速という感じで口を開いた。


「それではわたしから。戦ってみた上で感想を言うならば、セナさんは前途有望な魔術師だと思います。平民は誰が王座に就こうと気にしない傾向もあるので、取り入れて損は無いかと」

「僕は正直反対です。いくら表面上の性格が良くても、平民は大抵が貴族に虐げられた経験を持っています。王族ともなると、いつ裏切られてもおかしくありません。アリス様も見たでしょう?」

「ええ。魔法学園では身分は重視される要素じゃないのに、ああして大したことのない権威を振りかざされれば印象は悪くなるでしょうし、ごもっともです」


 何の話をしているんだろうか。

 アリスも見た、と言っていたし、過去に平民が貴族に何かされている光景を目にしたとかかね。

 ブレイズ王国なら寧ろ命のやり取りでないだけ優しいし、どうにもぬるく思えるが。

 抵抗の力が無い者の立場になったことがないからこそ、こんな腐りきった考えを抱いているんだろうがな。


 ふたりが視線を向けてくるも、あんな短時間で人のことを見極められる筈もなく俺は首を横に振った。

 しかし、王族であるアリスを裏切るなんて相当勇気がいるし、ましてや平民がしてしまえば立場の悪化は確実。

 そんなことをするメリットがあるとは考えにくいのではないだろうか。


 まぁ、人間は感情で動く生き物だ。

 たとえメリットが無くとも、勝ち目が無くとも反旗を翻すことはある。

 そこは所謂いわゆる『信頼』という形で相手に委ねるか、しっかりとした制御が必要だ。

 俺にできる分野ではないな。


「では何故、未だ彼女に拘るのですか? 今はその……こいつも居るじゃないですか」

「おっ? おお?」

「喋るなニヤつくな気持ち悪い」

「おぉ……」


 マジで泣きそう。

 いやまぁ自分でもキモいと思ったけど。

 そこまで言わなくてもよくないですかね?


「まぁ、なんと言いますか──勘です」

「え、アリスってそんなキャラだっけ」

「なるほど」

「お前はお前でなんで納得すんの? おかしくない? この人普段はもっと理路整然とした感じじゃなかったか?」

「アリス様の勘は予言と同義だ」


 えぇ……なにそれ。

 光魔法には未来予知すらもあるのか?

 光属性の司るモノが何なのか知らないが、だとしても時間には干渉できない筈。

 幾多もの思考を巡らせていればいつしか未来すらも予想できるようになる、とでも言うのだろうか。


 ……まぁ、いいや。

 俺は別にアリスの意見に従うだけだし、彼女が王座に就けなくてもどうでもいい。

 ただ彼女が笑顔で生きてさえいれば、それで良いのだから。


 ひと通り会話を交わした後は美味しい茶菓子と紅茶でひと休みし、息をつく。

 無言で時間が経つと、アリスは空気を改めるように咳払いをしてから口を開いた。


「こほん、ここからが本番です。セナさんが駒に値するという話をしましたが、彼女の使い方について少し」

「人の使い方なんてサッパリだぞ、俺」

「そんなに難しいことを話そうとはしていませんよ。プロモーションをするか、ポーンのまま捨て駒にするか──それだけです」


 プロモーション──チェスにいて、相手の陣地の最奥まで進んだポーンは強力な駒へと昇格できる、というモノだ。

 セナがもしも伸び代の分成長したならば、俺と同等──いや、今はクイーンですらない俺を超える駒になるやも知れない。

 捨て駒にするには些か勿体ない気がする。


 平民という身分は確かにディスアドバンテージになってしまうだろう。

 だが、アリスたち曰く人柄は良いらしい。

 彼女を使うことによって広げられる人脈だってあるだろうし、平民からの支持は王位争いでは無視できない規模のモノ。

 今後を見据え取り入れ、彼女の長所を伸ばす方針の方が良いと思う。


「先ほどのことを再び用いるようですが、やはり平民の扱いは難しいでしょう。学園では良いにせよ、社交界では通じない」

「ソレは『貴族の社交界』での話だろ」

「……どういうことだ?」

「王は国の民全員を束ねる者。その民ってヤツには平民だって含まれる。曰く虐げている側の貴族ばかり人を増やして、果たして平民からの支持は得られるのか?」

「ほう……今まであまり意識していませんでしたが、やはり王族なのですね」

「ブレイズ王国では何度も革命が起きた。力こそが全てのあの国じゃ、魔力の少ない平民は養分でしかない。その全てをせるのも悪くはないが──この国は違うだろ」

「……貴様の言う通り、だな」


 革命は王族も貴族も平民も損しかしない。

 人的資本を浪費するし、今国内で争えばヤツらが攻め入る絶好の機会となる。

 反乱分子を増やす、もしくは放置したままにするのはナシだ。


 平民は貴族社会のような薄っぺらい人間関係ではなく、深い友情や親愛をもって形作られたコミュニティがあると聞く。

 もしもそこにセナが属していれば、アリスと良い関係を築いたことを広め敵視する人を減らせる可能性だってある。

 アリスの国政の方針では、貴族の力をある程度弱め全ての民を平等に扱う。

 そこには男女の差異も存在しない。


 平民からすれば、現状維持で可能性を潰されるよりも僅かにでも未来のあるアリスの方が好印象に映る筈。

 セナは貴族よりも多い平民を取り入れる為の大切な第一歩となるのだ。

 捨て駒になんてできる筈もない。


「方針は決まりましたね。まずは友好関係を築き上げ、後に協力関係を申し出る。貴族のいざこざは嫌だと言われても……まぁ、楽しいからいいでしょう」

「わかりました」

「頑張れ」

「何を言ってるんですか? シグマさんも必ず彼女と友人になってくださいよ?」

「……頑張ります」


 まずは親しくない人と話す練習からか。

 マジで頑張ろう、うん。


*  *  *


「ただいまー」


 アタシは誰も居ない魔法学園生専用の寮部屋に入ってベッドに飛び込んだ。


 一番グレードの低い部屋だからベッドはそんなに柔らかくないけど、寝床を用意してもらえただけアタシは恵まれてる。

 上着を適当に脱ぎ捨てて天井を見上げながら今日の出来事を振り返る。

 本当に驚きの連続だったなぁ。


 クラスの貴族にいつの間にか申し込まれていた、1年生のトップとの序列戦。

 相手の人は、この国の第三王女。

《魔導師》の名で知られる紛うことなき王国最強の一角、アリス・メビウス・クロノワール様だった。


 魔法の適性があって、お父さんたちを少しでも助けたくて始めた冒険者。

 成人もしていないアタシみたいな子どもがC級冒険者になれたのは、きっと少なからず運もあったと思う。

 神様から適性をふたつも授かって、しかも風と火という広く戦いやすい属性元素だっていうのも運が良かった。


 それに子どもだからか、同じような平民から冒険者になった人たちに可愛がってもらえたのが一番大きいかな。

 パーティーこそ1回も組んだことは無いけれど、戦いで大切なことを沢山教わった。

 今では水属性以外のダンジョンなら1階層のフロアボスをひとりでも安全に倒せるくらいになった。


 そしてお金も貯まって、遂に夢だった魔法学園への道を掴み取った。

 そこでようやく、身をもって理解した。

 人間は、絶対的な不平等のもとに存在する。


 クラスでも成績は下の方で、平民という身分から馴染めもしない。

 将来魔法省で働いて、両親を楽させてあげたいから辞める訳にはいかないけど──けど、ちょっとだけ辛い毎日。


 そんな今日、アタシは──天使に会った。


『わたしの友人になってくれませんか?』


 偏見なんか微塵も無い、真っ直ぐな目。

 その可愛らしい守りたくなるような容姿とは裏腹に、神様の遣いかのような強さを持つ王女様。

 あの時は思わず保留で! なんて言っちゃったけど、ほんとは友だちになりたかった。

 でも……アタシがそんなことしたら、また貴族の男の子にいじめられちゃうかも知れないし、王女様に迷惑を掛けちゃうかも。


 でも、でも……うぅ……。


「アリス様の隣に居る男の子、ふたりともちょっと怖かったしなぁ……」


 アリス様が執事のような人を連れているという話は聞いていたけど、たぶん最初に助けてくれた時の人かな?

 確か名前は……アクシアさん。

 冷たい印象を受けたけど、アタシに対しては少しも興味が無い感じだった。


 もうひとりは序列戦の直前に居た人。

 なんで息を切らしていたんだろうな……。

 名前はシグマさん。

 アリス様と対等に話しているように感じられたあの人は、友人だと言っていた。

 優しい感じの人だったけど──どうしてわざわざ、

 底が知れない感じがして、怖い。


 なんて、アタシからしたら殆どの人は底が知れないんだけどさ。

 アリス様だってあの《聖龍の咆哮ハイエスト・ブレイズ》の時は少しだけ力の断片を見せてくれたけど、全然本気じゃないのはわかってる。

 アタシみたいなただの平民が、果たして彼女の友人になる資格があるのかな。


「……ちょっと早いけど、お風呂入ろ」


 まずはリラックスして考えよう。

 ただの気まぐれかも知れないし、もう少しじっくり考えてもいいよね。


 アタシはベッドから跳ね起きて備え付けのお風呂にお湯を張りに向かった。

 ほんの少しだけ心が踊っていたのは、たぶん気のせいじゃなかったと思う。

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