第4話【3】

 突然アリスに学園に来いと言われ超特急で走ってきた俺は、これから始まるアリスの序列戦へ視線を向けた。


 どうにも、今回戦う相手というのが過去に類を見ない平民の生徒らしい。

 この学園は基本的に魔力の多い貴族やらの更なる育成の為に作られたらしく、ソレは今でも変わらないんだとか。

 それなのに何十人かの貴族よりも高い序列で入学してきた平民、しかも魔力量はアクシアと並ぶほど多い。

 なるほど、確かに気にはなるかもな。


 でも俺呼ばなくてよくない?

 確かに戦闘面の目が肥えているという自負はあるものの、俺の持っている戦いの物差しはメートル単位だ。

 1ミリと10ミリの差なんてわからない。

 かなり注視する必要があるだろう。


「お、おっ……お願い、します」

「ええ。そうだ、ひとつセナさんにアドバイスをしてあげましょう」

「アドバイス……?」

「──殺す気で来なさい。たとえどれだけ泥臭くとも、勝ちを求めなさい。正義を語ることを許されるのは、勝者だけですから」

「……! がんばり、ますっ」


『アリス・メビウス・クロノワール対セナ──試合、開始ッ!』


 合図と共にアリスは《妖精乱舞フェアリーダンス》で浮かびながら杖を投げ捨て、両手を後ろで組む。

 そんな彼女へ《火弾ファイアボール》と《疾風ソニックウィンド》を無詠唱で放つセナは、アリスの眼前にてソレらを融合し爆発させた。


 風圧と熱波が混ざる景色の中、セナは走って距離を詰めながら《火弾》を創る。

 煙の晴れたそこには無傷のアリスが佇んでおり、やはり腕は組まれたまま。

 ソレを見て怖気付いたと思いきや、強い光をたたえた瞳でアリスを射抜く彼女は黄色に輝き始めた火球をぶっ放した。


 込められた魔力が一定量を超えると、火属性魔法は色が変わる。

 赤から黄へ、黄から白へ、白から青へ。

 しかし、コレらは魔力の練り方を工夫しなければ暴発して自分が燃えてしまう。

 数を撃っていなければできない芸当だ。


 なるほど……戦いには慣れているな。

 そう思いながら眺めていた最中──。


「──《魔術加速アクセラレート》ッ!」


 突然彼女の《火弾》が速さを増した。

 黄金の軌跡を描きながら迫るソレに若干驚きつつも冷静なアリスは《水弾ウォーターボール》を創り出して対抗レジストする。

 魔力の混じる蒸気で神魔殿が満たされ、両者とも足を止めるのが──アリスは元々動いていないが──感じ取れた。


 何をしたのか──勿論、あの詠唱だ。

《魔術加速》は風の上級魔法で、魔力に関するものを時間的な概念以外で加速することができる万能の魔法である。

 風の司る『方向ベクトル』には向きだけでなく大きさも含まれている為、こういった器用な芸当も可能なのだ。


 しかし──コレで、平民?

 にわかには信じがたい。

 体の扱いは下手かも知れんが、かなり魔法が身近でなければこんなことできない。

 彼女は一体、何者なんだろうか。


「おっと、まさか『重複適性マルチエレメンタル』ですか。とても平民の出とは思えないものをお持ちなのですね」

「全力なのに、通じないっ」

「それはそうですよ。そう簡単に《魔導師》に相対することができるとお思いで?」

「うっ……」

「殺す気で来なさい、と言ったでしょう? 躊躇いなど必要ありませんよ──あなたはわたしに勝てませんから」


 アリスはそう言って右手を天に掲げ、ゆっくりとその膨大な魔力を練り始める。

 凄まじい《素魔力エーテル》の奔流が神魔殿を包み込んでいき、やがて彼女の手のひらには青色の炎が宿る。

 圧倒的な魔力を目にしてセナは一歩後ろに下がったが、しかし逆に言えば一歩しか下がらなかった。


 ──見込みは、ある。


 あの『強さ』そのものを目にして一歩下がるだけで済むなんて、よほど強い心か自信が無ければできないだろう。

 現段階での能力はポーンですら荷が重い程度だが、その伸び代はアクシアよりも多いかも知れない。

 アリスが目を付けるのもわかる。


 でも……なんだろうな。

 少しだけ、悔しい。

 よくわからないけど。


「セナ、いつかわたしのもとへたどり着いてみせなさい──混合術式、《聖龍の咆哮ハイエスト・ブレイズ》」


 アリスはひと言そう唱えると、左手で創り出した風元素魔法と組み合わせて蒼炎を真っ直ぐ放った。

 龍族特有の魔法に似た濃密な魔力の集合体が猛スピードでセナに迫り、その小さな体躯を喰らおうとうねる。

 しかしその狙いは明確に外れていて、ただその魔法を見せる為だけに放ったのが遠く離れたここからでもわかった。


 蒼炎は彼女の眼前の地面を焼き焦がし、耐魔レンガでできた床を少しだけ融かす。

 だが、やはりと言うべきか、セナは先ほどの場所から一歩も動いていなかった。

 その桃色の瞳に恐怖は無く、羨望の光だけが爛々と宿っている。


 ……もはや彼女は、魔神の心の原石だな。


「ほら、手足は残ってますよ。学生証の結界は未だ輝いていますよ。相手はあなたのことを嘗めて余裕そうに見下していますよ」

「すぅ……ふぅ……」

「足元を切り崩し、喉を掻き切るのです。学園であなたが生きる為にも、貪欲に強さを求め続けるのです。さあ──来なさい」

「──はい!」


 アリスは再び腕を後ろで組む。

 セナは地表スレスレで浮かぶ彼女を見据えてしっかりと頷き、笑みを浮かべた。


「──俗世に蔓延はびこりし風の精霊よ!

 我が呼び掛けに応え、其の貴き御姿を見上げし者へと魅せ給え!

 願わくば、総てを支配せし御力のつぶてを繰る権利を我が元に!

 見届けし者の干渉を、の時だけ許さん!

 ──眷属召喚、《贖風精霊》!」

「……あ、マズい」


 俺はセナが『眷属召喚』と唱えた瞬間、アリスに掛けていた魔法──《嘖む害鳥ホープレスイーター》を解除する為に意識を巡らせた。

 眷属は人間の意識とは完全に異なったロジックで動く為、自然と俺の《嘖む害鳥》は彼女の影から飛び出すだろう。


 俺の闇魔法が露見すればアリスに降り掛かる被害は計り知れないモノとなる。

 魔力障壁があってやりづらいが、アリスの魔力を探り当てて──自分のそれと一致するモノを吸い出す。

 影がある分魔力は操りやすかった。


 ……殺してはならない相手が襲ってくる機会は、きっとまだまだあるだろう。

 こういうことを考えるなら、彼女を守る手段は変えた方が良いかも知れん。

 ままならないな、まったく。


「眷属召喚──なるほど、いい手です。意識を向けるべき対象を増やせば、それだけ隙が生まれる可能性が上がる。常人になら有効打となり得るでしょう」

「すぅ……っ。いきます」

「どうぞ。あと5分ほど遊んであげますよ」


 アリスがいつかと同じようにニタリと嗤った瞬間、セナが地面を蹴った。

 ソレに応えるように3体の精霊が風を吹き荒らしながら彼女へ迫っていき、その風を利用してセナはまだまだ加速する。

 しかし、アリスは未だ不気味に嗤うだけ。


 セナは両手を構え無詠唱で《獄炎槍ヘルスピア》を3本ほど造り出し、精霊がソレらを射出されると同時に音速へと変換する。

 残像を描く炎の槍に追随する精霊らはアリスの背後へと回り、暴力的な竜巻を彼女へとぶつける。

 その間に正面からはセナの《風刃ウィンドカッター》がタイミングをズラしながら4つ飛来し、アリスは完全に魔法に包囲された。


 しかし──全てが容易く対抗レジストされる。


《獄炎槍》は水の剣を飛ばして蒸発させる。

 精霊の風は土魔法で空気を固め封殺する。

 不可視の刃は真正面から《削除デリート》で抹消する。


 その間、僅かコンマ5秒。

 属性魔法の扱いに関してはゼータすらも凌駕する、というアリスの言葉の真意を見せつけられたかのようだった。

 水、土、光──そのどれもが無詠唱かつ独立して発現する様は、確かに《魔導師》たるに相応しいモノだ。


 やはりアリスは、美しく、面白い。


「……この学園の試験官は、目が腐っているのでしょうか? こんな逸材をこの程度の序列に置くだなんて」

「アタシが平民だからじゃないですか?」

「ふむ、王国から完全に独立した機関、というのは名ばかりなのですかね。貴族優遇は未だ健在、と──まぁいいです。ほら、試合は終わっていませんよ。あなたの全力を見せてください」

「えっと、その……もう、出し切りました。ごめんなさい」


 気まずそうなセナ。

 アリスは一瞬きょとんとし、やがて納得したように何度も頷いた。


 まぁ、コレよりも上の力があるってんなら流石に平民では通せないからな。

 魔物と戦う機会があるにしても、ヤツらは基本的に知能が低いから更なる搦め手は必要ないだろう。

 隠している可能性は──まぁ、息の乱れ具合や魔力の減り方からして低い。


 コレなら問題は無いだろう。


「……そう、まぁいいでしょう。そうだ、セナさんにひとつお願いがあるのですが」

「な、なんですか?」

「わたしの友人になってくれませんか? あなたは今までのわたしでは見られなかった景色を見せてくれそうな気がします」

「……え、ええぇっ!? あ、アタシなんかが王女様のご友人になんて、その──」

「安心してください。わたしはあなたを必ずお守りします」

「………。ほ、保留でっ!」

「ふふ、わかりました。色良い返事をお待ちしております」


 ひと通りのやりとりが終わり、アリスはいつの間にかセナの真横に浮かんでいた。

 残像すらも残さずにされた芸当を理解する間もなく、彼女はセナの胸元にある学生証に手を当てて結界を砕く。


 審判の宣言と共に、序列戦は終わった。


 観客が少なかった為、歓声は殆ど無い。

 ただ、俺は彼女たちへ向けて心の底から賞賛の拍手を送った。

 その後はアリスの帰宅へ合わせる為に席を立ち、特に挨拶などはせずに王城へ向かうことにした。

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