第3話【3】

「──というわけで、今すぐ来てください」

『マジで言ってることイカれてる。アリスたちの馬車は今無いし、走って間に合う距離じゃないんだぞ』


 わたしはセナさんを助けた後、光の王級魔法である《意識連結テレパシー》を使ってシグマさんに連絡を取っていました。

 彼の言う通り自宅で目立たずにいて欲しいと頼んだのはわたしですから、確かに今のわたしの発言はイカれていますね。


 しかしセナさんはかなり面白い方で、シグマさんにも是非見てもらいたいのです。

 平民という身分はシグマさんよりもかなり動かしやすく、本命の彼の前に場を整える駒になり得る。

 彼女のことを少しでも知っておけば、今後何かをする時もスムーズになるでしょう。


 まぁ普通に走って間に合う筈も無いということはわかっています。

 こんな頼みをするのは状況を見誤っているバカのすることです。

 しかし──シグマさんは、普通じゃない。


「おや? 誰が闇魔法を目立たず使えるように鍛えてあげたと?」

『ぐっ……アレ結構ノイズがうるさいから、バレる可能性普通にあるんだけど』

「この距離を間に合わせるくらいの《差異》ならば抑えられるのは知っていますよ。どれだけ実験したと思っているんですか?」

『はぁ……わーった。急いで行く』

「ふふ、よろしくお願いします」


 少し申しわけないですが、どうしても早い段階に彼らを会わせておいた方がいいとわたしの勘が言っているのです。

 多少の無理を承知で彼もわたしの傍に居るのでしょうし、今回のこれは信頼の証とでも思っていただければ。

 それに口調こそ不機嫌でしたが、声色は随分と嬉しそうだったですしね。


 さて、どうしましょうか。

 ここまで暇な時間ができると思っておらず本などは持参していませんし、かと言って図書室に行く余裕はありません。

 アップができるような実力の釣り合う人物も居ないでしょう。


 うーん、落ち着かない。

 王女としてあるまじき落ち着きの無さなのは自覚していますが、やはり時間を無駄にするのは些か心苦しいです。

 いっそ彼を迎えにでも行きましょうか。


 はい、ナシですね、普通に。


「……思いがけない発見でも祈りながら見に行くくらいしか選択肢はありませんね」


 反省しなければならないような戦闘があれば良かったですが、流石にこの程度の方が相手では《妖精乱舞フェアリーダンス》以外の魔法を使わずとも勝ててしまいます。

 魔法を数発撃たせて適当に躱し、攻撃を仕掛ける暇が無いですー(棒)かのようにすれば相手のメンタルケアも完了。

 実に簡単な作業で欠伸を噛み殺すのに必死なのはここだけの話ですよ?


 杖を突き直し、序列戦の舞台──神魔殿へと向かいます。

 神魔殿は普段は立ち入り禁止の学園内にある序列戦専用の建物です。

 中は所謂いわゆるな闘技場で、かなり広い戦いの場所を観客席が囲っています。

 特別な障害物などは存在せず、純粋な魔法の力と戦略のみを競い合う為に創られたと聞きました。


 神魔殿に入り《浮遊フライ》を使って階段を登り観客席へ向かいます。

 やはり1学年の初日の序列戦ともなれば見に来る学生、教員は少なく、随分と寂しい光景が広がっていました。

 お兄様やルミナリア先輩は……居ない。

 ひとり寂しく暇を潰しましょうか。


「──《火弾ファイアボール》!」

「あぶないっ……!」


 名も知らない学生ふたり。

 下級魔法なのに詠唱を行ってから撃っているせいでテンポが悪く、その魔法の威力も貴族としてはかなり低い。

 ここしばらく戦争などと無縁の国際関係を築けている証拠だと思えば聞こえは良くなりますが、それは怠惰の裏返し。

 いつか来たるであろうブレイズ王国との戦争にいて、彼らは生き残ることが果たしてできるのでしょうか。


 戦いに慣れていない魔術師特有の詠唱時の棒立ちも改善が必要そうです。

 実践戦闘は早い段階で行われたので指摘はされている筈ですが、そう簡単にできるものではないのでしょうか。

 生まれた時から他人と違い『戦争屋』として育てられてきた影響なのか、何が難しいのか理解できません。

 凡人に寄り添えないのは、天才であるが故の欠点かも知れませんね。


「──あっ、アリス様っ!」

「ん……また会いましたね、セナさん。さっきも言いましたが、様なんて仰々しい敬称は必要ありませんよ」


 可愛らしい弾んだ声を掛けてきたのは、先ほど助けた平民の少女セナでした。

 少しおどおどして腰が引けているのはいただけませんが、戦いの場になった時どう変わるかも見ものですね。

 ゼータは普段あんな風に飄々とした態度ですが、本気で戦う時は《天理の代行人》の名に恥じないものを見せてくれますし。


 そんなセナさんはわたしの言葉にふるふると首を横に振ります。

 小動物のようなその所作に少し笑いを漏らした後、隣に座るよう促しました。

 躊躇いつつもひとつ席を空けて彼女は腰を下ろし、目下で行われている序列戦へ視線を向けます。

 横顔は非常に真剣で、だからこそこんな低次元のものを見せるのが惜しいです。


「見ても大して為になりませんよ。あなたはあの程度で止まる人ではありませんし」

「えっ……? アリス様から見ると、あの方たちは、その……弱い、ですか?」

「はい、とっても。それと様はいりません」

「うぅっ……アタシじゃアリス様に釣り合わないよぉ……! 今からでも棄権できたりしないんでしょうか」

「不可能ですね。そもそもわたしに釣り合う人物なんて、この国中を探しても両手で数えられる程度でしょう。あと様はいりません」

「やっぱりぃ……。本当にすみません、アリス様。さっきの人たちに無理やり申し込まれちゃったんです……」

「話聞いてますか? ……先ほどの方たちは軽く壊しておきましたし、アクシアくんが調教してくれるので今後は心配無用ですよ」


 本来ならばわたしがしっかり対話をした方が良かったのですが、流石にそれで序列戦に遅れては元も子もありませんからね。

 シグマさんの影響なのか拷問の知識も増えているみたいですし、人の壊れるラインくらいなら見極められるでしょう。

 まぁ最悪壊しても処理の方法はいくらでもあるので、問題は無いですが。


 会話が途切れ、沈黙が流れます。

 興味も無い序列戦には視線を向けず、改めてセナさんを観察します。

 青みがかった白い髪に桃色の瞳。

 とっても可愛いです。

 平民にしては整っている言葉遣いや手入れのよくいき届いた髪など、気になる箇所が沢山あります。


 何かスパイのようなことをしているのではないか──と疑いましたが、特に態度には現れていません。

 信頼できるものを見つけることができればいいですが、それまでは使い方を工夫しなければならなさそうです。

 ふふ……面白い。


「あ、あの……何か付いてますか?」

「いえ、特には。何故ですか?」

「ずっと見つめてくるじゃないですか」

「変わり映えしない序列戦を眺めるよりも、コロコロ変わるあなたの表情を見ていた方が楽しいので」

「うぅ……」


 ──怯えの感情が強いですね。

 嘘をついている人特有の視線の分散や声色の変化もありませんから、本当に何かわたしに対して恐怖を抱いているようです。

 はて、今まで何か彼女に怖がらせるようなことをしたでしょうか?


 流石にこれ以上困らせるのも関係の悪化に繋がりかねないので、視線を外します。

 いつの間にか序列戦も5戦分ほど進んでいて、あと少しでわたしとセナさんの番が回ってくる頃です。

 シグマさんは……間に合うでしょうか。


「──はぁ……はぁ……ぎ、ギリギリ、間に合ったか……? やべ、吐きそう……」

「あっ、シグマさん。こちらです」

「あぁ……ごほっ、ごほ……こんにちは」


 ふむ、想定よりは早いですね。

 道なりに進んできたなら試合中に着くくらいだと思っていましたが、屋根でも伝って来たのでしょうか。

 場合によってはおしおきです。


 シグマさんはわたしからひとつ席を空けて腰を下ろし、深呼吸をします。

 そんな彼をセナさんは見つめ、わたしと見比べていました。

 助けた時はアクシアくんを連れていましたから、わたしが男性を侍らせているとでも思っているのでしょうか。

 まぁ、流石にこれは邪推ですがね。


「こちら、わたしの友人のシグマさんです。信頼できる男性ですよ」

「ごほっ、ごほ……どうも。ごほっ……」

「だ、大丈夫ですか……?」

「………。全然大丈夫、気にしないでくれ」

「なんか間があった気がしましたけど!?」


『──試合終了! 勝者、────!』


 おや、そろそろ時間ですか。

 セナさんも気づいたのかはっと顔を上げ、表情を堅く引き締めます。

 どれだけわたしと戦うのが嫌なのかと少しげんなりしつつも、わたしは息の整ってきたシグマさんに耳打ちをします。


「──セナさんのこと、見ていてください。何か違和感があったら帰宅してからすり合わせを行いましょう」

「わかった。ふたりとも、頑張れ」

「ええ」

「あ、はい! ありがとうございます!」


 わたしは先導するように《飛行》を使って観客席を降り、それに付いてくるようにセナさんも階段を降ります。

 王女とは言え流石にこの序列での戦闘は見る価値も殆ど無いので、観客は少ない。

 これなら多少遊んでも大丈夫でしょう。

 この後に膨大な数の他の方の序列戦が控えているわけでもありませんしね。


 シグマさんはわたしと違い、人の体の動きや身体能力向上に使う魔力の探査などもできる凄腕の戦闘屋。

 彼に見てもらって見込みがあるのなら、本格的に彼女を勧誘してみましょうか。


 わたしはただでさえ楽しみだった未来をより鮮烈に思い浮かべ、笑みを零しました。

 戦闘の楽しさ自体は味わえませんが、この新しい『玩具』で思う存分遊びましょう。

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