第2話【3】

『試合終了! 勝者、アリス・メビウス・クロノワール!』


 さて……これで3分の1でしょうか。


 わたしは本日3回目となる勝利の余韻に一切浸ることなく礼をしました。

 相手方の名前も大して重要でないので覚えておらず、無理やり笑顔を浮かべてからその場をすぐに去ります。

 と言っても、わたしの足はよくないので言葉通りの意味ではないですが。


 今ならゼータの苦労もわかりますね。

 わたしは男性に嫌われがちとは言えどいち王女であり、名も知れています。

 加えて1年序列1位ともなると、それなりの数の対戦が希望されてしまう。

 しかもこの学園のルールに則り、わたしにそれらを拒否することはできません。

 はぁ……退屈ですね。


 それなりに『戦えている』という実感を与えないと拗ねてしまうでしょうし、加減をするのが本当に大変です。

 貴族は王族と程度は違えど平民を守るという義務があるのに、誰も彼もが努力の欠片も見えないのです。

 うっかりすると殺してしまいそうで、割れ物を扱っているような感覚でした。


 お兄様は現状維持を望んでいますが、こんな腐敗した貴族制度を続けていればいつしか国の根幹すらも腐ってしまう。

 そうすれば、以前シグマさんが言っていたおぞましい可能性が……現実のものになってしまうかも知れません。

 不穏分子を完全に取り除き、国を一新しなければ──ブレイズ王国の新たなる養分になってしまうことでしょう。


 幸い、シグマさんはの国の最高戦力。

 彼が居ない今、この大国へと攻め入る時期はかなり遅くなるだろう、と仰っていましたし、わたしもそれに同意です。

 時間に余裕はありますが、もたもたしている暇が無いのもまた事実。

 本気で王位を手にする必要が生まれてしまいましたね。


 最悪の場合は、わたしの手で──。


「アリス様」

「ん……アクシアくん。わざわざタオルを持ってきてくれたのですか?」

「僕にできるのはこれくらいですから」

「ふふ、そんなことはありませんよ。わたしはあなたの存在に、しっかりこの弱い心を支えてもらっています」

「それは、身に余るお言葉です」


 汗はひと粒たりともかいていませんが、アクシアくんの差し出してきた濡れタオルで軽く顔を拭いました。

 ふぅ……気持ちいい。

 肉体的、魔力的な疲労が微塵も無いからと言って、精神的な疲れはしっかり溜まっているのでしょうね。


 さて、今日の分はあと1回ですか。

 わたしは今回、わたしが申し込んだものとゼータとのエキシビションマッチを除き、計7回の序列戦があります。

 今までの試合は本当に時間の無駄に等しいものでしたが、本日最後のこれはどうなるのでしょうね。


 王立神魔魔法学園の過去を振り返っても珍しいと言われる、平民の方からの挑戦。

 確か、名前は……セナ、でしたか。

 聞いたこともありませんが、幾人かの貴族よりも序列が高い状態で入学できたのは気になります。

 さほど必要は無さそうですが、しっかり警戒しておきましょう。


「アクシアくん、今までの序列戦を見てどう思いますか?」

「……なんでしょうね。最近『奴』と鍛錬をしているせいか、以前見掛けた時よりも弱く見えました」

「ふふ、そうですか。しかしそれは決して気の所為ではありませんよ。彼らの魔力量は確実に落ちている──怠惰な生活でも送っているのでしょう」

「信じたく、ありませんね……」


 おや、彼は貴族に期待なんてするような人だったでしょうか。

 それとも単純に、貴族の腐敗のことを指して言ったのでしょうかね。

 シグマさんは、どう思うでしょうか。


 ──さぁ……別に、どうでもいいな。


 ふふふっ、想像つきますね。

 良いことなのか悪いことなのかいまいちわかりかねますが、彼は今わたしに強く依存しています。

 そのせいか周囲への興味が薄く、ソシエールさんのような強者に対する感情しか持ち合わせていません。

 そんな彼なら、貴族が腐っていようとわたしの脅威たり得なければ、どうでもいいと考えることでしょう。


 ああ、また彼の剣筋が見たいですっ。

 今日のような鈍くぬるいものではなく、武技としての美しさと殺しの業としての力強さを兼ね備えた至高の戦技。

 ソシエールさんとの戦いは、見ているこちらが息を飲むほどのものだったのは強く記憶に刻まれています。

 再びあれを見る機会がやって来るのが、楽しみで仕方ありません。


「さて、次のものまで時間もありますし、何をしましょうかね」


『──! ───!』

『……!? ──! ────!』


 おや、この声は……?

 喧嘩でもしているのでしょうか。

 声の数からして、恐らく4人程度ですね。


「気になりますか?」

「少しだけ。負けたのが悔しいだとか、そんなところでしょう。折角ですし、暇つぶしに見に行きませんか?」

「………。わかりました」


 何か言いたげですが、今すべきことが無いのは事実なので否定できないようです。

 わたしとアクシアくんなら大抵の人間は脅威になり得ませんし、特に心配すべき点が無いのでしょう。

 王族としての立場を考えれば無視が最適なのはわかりますが、それで『玩具』を見逃すなんて損に決まっています。

 我儘なわたしは彼の意思に従うことなく声のする方向へと歩み始めました。


 普段よりもゆっくりと杖を突き、魔力の有無を探りながら歩きます。

 流石に口撃でなく攻撃による喧嘩ならば急ぐ必要がありますし、場合によっては証拠を掴まなければなりませんから。

 幸運なことに、以前開発した記録晶石という撮影録音のできる魔道具を常に持ち歩いているので、抜かりはありません。


 やがて声が近づいてきます。

 やはり気配は4人で、3人がひとりを囲んで何やら糾弾しているようした。

 なになに──?


「でも、アタシにはできないよ……っ!」

「あ? 何言ってんだ? 貴族に対しての礼儀もままならないのに、あんな体の弱い王女にすら何もできないってか?」

「言ったよね。これを使えばあいつの魔力を封じられるからどうとでもできるって」

「相手は、この国の王女様なんでしょ? 卑怯な手で傷つけるなんて──」

「チッ……ごちゃごちゃうるせぇな」


 ──パァン!


「ッ──アクシアくん、行きますよ」

「はいっ……!」


 ……屑が。

 いくら女性が軽視されてるからといって、それを免罪符に一方的な暴力を振るうだなんて──この学園では、万死に値する。

 少々教育が必要なようですね。


「あらあら、随分と楽しそうですね」

「ッ!? 誰だっ!」

「話題に上げていたのはわたしのことではありませんでしたか? 標的の声すらも知らないだなんて、随分と調査が甘いのですね」


 感情を煽るように、嘲りながら言います。

 案の定彼らは苛立ちを露わにし、しかし次には嫌味な笑顔を浮かべました。

 はぁ、流石にめられていますね……。


「あんたは……なるほど、アリス・メビウス・クロノワールか」

「いかにも。さて、こんな大切な時期にいじめをしているだなんて、あなた方は随分と余裕があるのですね」

「おいおい、失礼しちゃうぜ。オレたちはこいつの模擬戦に付き合ってただけだぞ。なぁ、そうだろ?」

「………」


 ふむ、彼らは一体彼女のどんな弱みを握っているのでしょうか。

 いや、少し考えてみると、彼らは先ほど貴族への礼儀がなっていないと言っていましたから、彼女は貴族ではない。

 それで有利な立場を利用している、というのがおおよその現状でしょうか。


 ──下らない。


「あら、こんなところに記録晶石が。もしかしたら先ほどの光景が、この中に残っているかも知れませんね?」

「記録晶石……!? んな高価なもんをなんで学生のあんたが持ち歩いてんだよ」

「これを開発したのはわたしですよ? 持っていて然るべきでしょう」

「チッ……それを、渡せ!」


 おっと、いきなり土属性の魔法ですか。

 とりあえず魔力障壁で──えっ?

 あれ? 反応が、鈍い?


「アリス様! ぐっ……!」

「はっ、所詮魔力が使えなけりゃただの女。どっちが有利かなんざ、言わなくてもわかるだろ? それをオレに渡せ」

「ほう、面白い魔道具ですね。あなた程度でもわたしの魔力を抑えられるだなんて、相当高度な仕組みでしょう」

「てめぇ……」


 今度は《風刃ウィンドカッター》を飛ばしてきました。

 ここは戦場ではないのですが──相手からのものですし、手加減は要りませんね。

 殺しはしませんが、軽く壊しましょう・・・・・・か。


 わたしは魔力を最高純度まで練り上げ、手のひらから魔法として撃ち出しました。

 やはり抑え込める魔力の純度や量は決まっていたらしく、魔法の発現への影響を突破できてしまいました。

光線シャインアウト》は一瞬にして彼の首元で怪しげに光るペンダントへと吸われ、刹那の間にそれを融解させます。

 それに怯んだ隙をいて《妖精乱舞フェアリーダンス》を用いて距離をゼロにし、心臓を鷲掴みにするように胸元へ手を添えます。

 全力で魔力を流し込むと、彼は耐える素振りすら見せずに地面に倒れ込みました。


 まったく、呆気ない。

 もうひとりは土を盛り上がらせてお股を思いきり突き、最後のひとりはアクシアくんに任せました。

 気絶した3人の処理は彼に頼み、わたしは近くでキラキラした目で見てくる少女の元へ歩み寄ります。


 ……?

 平民にしては、魔力が多いですね。

 確かにこれならそこらの貴族よりはよっぽど魔法を上手く扱えるでしょう。

 なるほど……これでは、ただの『玩具』にするには勿体ないかも知れませんね。


「大丈夫ですか?」


 なるべく愉悦の感情を表に出さず、わたしは真っ赤な嘘の心配を顔に貼り付けて口を開きました──。

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