第3章 全校序列戦編①

第1話【3】

 王立神魔魔法学園は今日、新学期を迎えてから一番の盛り上がりを見せていた。


 今日から2週間ほどを掛け、学園では全校序列戦が行われるのだ。

 様々な戦略が渦巻く学園内、教師陣は不正などが起こらないよう広く注意を向けているものの、やはり誰もが浮かれている。

 教師とてこの学園に務める者は皆魔法を愛しており、戦いを求めているのだ。

 これは、その証拠に他ならない。


 学生らの間に渦巻く幾多の戦略は、食物網もくやというほどに複雑だ。

 相手の実力、適性属性元素、戦い方。

 数え出したらキリが無い思惑の数々は、皆心から勝利を求めているからこそ生じるモノなのだろう。

 特に今年は、その盛り上がりが過去最高と言っても過言ではないほどだった。


 今年の新入生には王国屈指の実力者が何人も在籍しており、それを肉眼で見ることのできる者はかなり運が良い。


 既に2年在籍している、未だ破られたことの無い勝利の具現《天理の代行人

 第二王子の名に負けない、正確無比な魔法を操る《恵光者》

 直近の剣術大会準優勝者、鳳凰の舞が如き剣技を繰る《風凰剣》

 国の持つ最高戦力、その聡明さと国内最大の魔力量で総てを圧倒する《魔導師》


 彼ら彼女らが戦う姿を、どれだけの人が待ち望んでいることか。

 無論、序列戦の最初から彼らの戦いが見られる筈はない。

 序列戦は序列の低い者から順々に行われ、全ての試合が終わった後序列1位の指名によるエキシビションマッチがあるのだ。

 その指名では、1学年の中で最も有望であろう人物が選ばれる。


 今年、それが大きな波乱を呼ぶことは、まだ誰も知らないこと──。


 ある者は雪辱に燃える。

 ある者は上を見上げ手を伸ばす。

 ある者は先の未来へと思いを馳せる。

 ある者は絶対の勝利に笑いを漏らす。

 ある者は自身の立場を鑑みて肩を落とす。


 様々な感情が入り乱れる中、第1585回目となる全校序列戦が、始まった。


*  *  *


 果てさて、始まったな。


 俺は今日から学園で始まっている全校序列戦を思い浮かべ、自分の番までの時間をどう潰すか考えていた。


 全校序列戦はつまり戦闘なので、神魔殿という特別な建物を使って行われる。

 故に一日に行える試合数というのもかなり少なくなってくるので、基本的に自分がやる時以外は自由登校だ。

 応援や観戦に行ってもよし、鍛錬に励んでもよし、怠けていてもよし。


 俺は1年生の中でも序列が上なので、少なくともあと3日は出番は無いだろう。

 勿論俺よりも前が早く終われば2日程度で呼ばれるやも知れんが、基本的に変動は無いと思って良いらしい。

 2週間もあるんだし、学園側も急いで結果が変わるよりじっくり本気で戦ってもらいたいということなのだろう。


 入学の日に配布された学生証を見る。

 裏側には俺が今回行う序列戦についての文字列が新たに刻まれており、なんともまぁ凄い技術だと改めて感動する。

 コレは序列戦の時期にだけ現れるらしく、学園の連動する魔道具に書き込むことで対応する人名が刻まれるんだとか。


 俺の試合は2試合だ。

 同学年の名前も知らないヤツと一戦、そして俺が挑む丁度真ん中の順位の先輩と一戦というラインナップになっている。

 軽く調べた感じ余裕で勝てそうだし、あまり心配する必要は無いだろう。


 それよりも──。


「ゼータ・クルヌギア……か」


 エキシビションマッチを行う現全校序列第1位のヤツは、なんと俺とアリスをソレに指名すると言うのだ。

 アリスはまぁ、わかる。

 今回彼女は序列13位に挑むらしいが、国レベルで見ても最高位の彼女なら寧ろもっと上も目指せるやも知れん。

 そんな彼女は期待の星だ、選ばれたとしても何も不思議じゃない。


 しかし、しかしだ。

 事前評判も無く、ただゼータ先輩が偽装した上での俺の魔力を感じ取っただけで選ばれるとは、コレ如何いかに。

 本気でやらないと命を落とす可能性すらあるとアリスに脅されたくらいだ。

 もうワケがわからない。


 最近はずっと《炎舞之剣フレアグラディウス》を振って体に剣を慣らしているが、ゼータ先輩の期待に応えられるかはわからない。

 気に入らないから殺す──なんてことにはならないと思うが、不安で心が押し潰されてしまいそうだ。


「さて、再開しますかね」


 十分に休憩もしたので、俺は魔力を練り直して《炎舞之剣》を造ってからソレを虚空へ向けて構える。

 アクシアやアリスもこの時期は流石にやることがあるだろうし、最近はイメージトレーニングが不足していた。

 ひとりは少し寂しいが、丁度いい機会だ。


「すぅ……ふぅ……ッ!」


 大きく深呼吸した後。

 思いきり前に駆けて薙ぎ払い、すぐさま手首を返して上から叩き下ろす。

 今度は左斜め下から大きく斬り上げ、更に腕を引き絞って突きを一発。

 衝撃波が空気を伝わり、足元の草が慌てたようにガサガサと騒いだ。


 構えを取り直し、再び振るう。

 今度は踏み込みを浅く、威力ではなく剣のスピードと手数を意識して虚空を斬る。

 時には慣性に従って、時には勢いを無理やり反転して幾重にも軌跡を描く。


 人間の国であるブレイズ王国の流派──人導流のコレを知る人間は少ない。

 いくら戦闘能力が高いと言えど、コレはすぐに対処できるぬるいモノじゃない筈だ。

 極限まで魔力の消費を少なくし、しかし初速とインパクトに魔力を込め威力とスピードを最適化した剣の流れ。

 薙刀を使って最近はサボっていたからか、残像は殆ど見えない。

 もっと──もっと、速く──ッ!


「人導流、一式──《塵旋風》」


 相手を塵にするが如き刃の嵐。

 威力は落とさず、攻撃の回数を幾重にも連ねるというモノ。

 不格好ながらもコレ特有の残像がようやく現れ、俺は手を止めて呼吸を整える。


 ある程度戻ってはきたか?

 今なら、ソシエールにも勝てるだろうか。

 ……いや、無理だな。

 彼女はまだまだ余裕そうだったし、この程度で勝てるような人じゃない。

 いつか薙刀で戦ってみたいものだ。


 薙刀と言えば、アリスが《魔力短剣マジックダガー》を少し改造した《魔力槍マジックスピア》を造ったらしい。

 元々『魔力武器マジックウェポン』として魔法省に提出した際他の形での運用も考えており、まずは最も難易度の低い槍を造ったんだとか。

 最終的に弓矢を魔力で形作ることができたら資源的な問題が一気に解決するから、長い目で見ればソレが目標らしい。

 矢に掛かる重力の影響を無視したりと色々できることが増えるし、俺は使えないが是非お目にかかりたいところだ。


 さて、そんな《魔力槍》だが、残念なことに俺には合わなかった。

 それと言うのも、俺が《深淵の呼び声コール・オブ・ジ・アビス》に慣れすぎているので他の長柄武器が扱えなくなっているのだ。

 無論常人よりは上手く扱えるだろうが納得のいくモノではなかったので、彼女には悪いがお蔵入りになった。


 俺の魔槍は、他のヤツのモノとは違う。

 闇魔法を世界で一番上手く使える俺に最適の形態になった唯一の薙刀なのだ。

 経験──記憶は何よりも強い力。

 アリスの腕が良いと言えど、簡単に超えられるモノではなかったというわけだ。


 閑話休題。


《炎舞之剣》を振るう音だけが虚しく響く。

 斬り払い、突き、斬り上げ、振り下ろす。

 ソレらをより速く、より強く繋げ架空の敵を粉微塵に斬り刻むイメージだ。

 何度も攻撃をループさせ、しかし同じ動きは決してしないよう意識する。


 人導流は対人に特化した剣術だが、ソレ故とでも言えば良いのか決まった太刀筋というのが存在しない。

 どんな繋げ方が最適かというのが何通りもあるだけで、ソレらの組み合わせは各人の自由なのだ。

 人間の対処の限界を突く──そんな組み合わせをしたいモノだが、やはり剣術というのは難しい。

 中々イメージ通り体が動かない。


 ゼータ先輩がどれほどの人物なのかまったく以て知れんが、あのアリスがああも敵意を剥き出しにするほどだ。

 警戒しておくに越したことは無いだろう。


 よし、ならばもう一度──ん?


「誰だ」


 ……あれ、居ない。


 今確かに気配を感じたのだが、改めて周囲を探ってみると気配どころか魔力の残痕すらも感じ取れなかった。

 気の所為か、と思いたいところだが、気配に敏感な俺が油断もしていないのに思い違いをするとは考えにくい。

 しかし実際、周囲は台風の目もくやというほどにもぬけの殻だ。


 アリスの情報を探りに来た?

 情報戦だって立派な対人能力だ。

 その上魔力偽装の能力が高ければ──決して有り得ないと否定はできない。


 探りに行くか?

 いや、もう完全に痕跡も残っていないのだから今から行ったって徒労に終わる。

 やめた方が懸命というモノだろう。


 なんか……怖いな。

 今日はこの辺で切り上げるとするか。


 俺は《炎舞之剣》を消してから思いきり伸びをすると、リオンたちの生活区域からは死角となる道を辿って城内に戻る。

 やはりその時も視線は感じず、至って自然な《素魔力エーテル》だけが周囲に満ちていた。

 すぐに違和感も過ぎ去り、俺は庭園へと続く扉をしっかりと閉じ施錠した。

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