第27話【2】

 生徒会への推薦が決定した放課後。


 俺は普段通り着替えてから庭園でアクシアと剣を打ち合っていた。

 剣を振るスピードは遅く、基本的な型の確認をしているだけなので鳴り響く太刀筋の音は静かなモノだ。


 したに構えてから左上に斬り上げ、アクシアはソレに上から被せるようにひと振り。

 キンッ、と軽い音が響くと同時に剣を戻して構えを取り直し、今度は中段に構えて心臓のある位置へ向けて突きを一発。

 彼は俺からの風圧で若干体勢を崩し、逆に俺は殆ど風を感じなかった。

 相変わらず突き技は苦手みたいだ。


「くっ……」

「双剣が得意なだけあって、斬り払いとか手首の返しは上手いな。鍔迫り合いをしなけりゃ十分戦えるんじゃないか」

「慰めはいらない。今は筋力と姿勢の矯正が目的だろう。その辺の話をしてくれ」

「そっちも問題ねぇよ。足運びとかは双剣由来のクセだろうし、無理に片手剣用に直す必要も無いからな。筋力は、まぁ……次の訓練でわかることだろ」


 俺がそう答えるとアクシアは珍しく素直に頷いて「そうか」と言い、剣を鞘にしまって近くに置いた。

 あれ、今日は睨みつけてこないんだ。

 普段は悔しそうに目を鋭くして俺を見てくるというのに、今日は随分と素直だな。


 そう思っていると、彼は入れ替えるようにふたつの得物を手に取って戻ってくる。

 俺はソレを見て思わず笑ってしまった。

 ああ、遂にアクシアの双剣による戦いが見られるというわけか。

 水と双剣、どちらも複雑な戦い方に特化しているモノなので、どんな戦い方をしてくるのか楽しみで仕方が無い。


「1週間後には序列戦が控えているし、こっちも鍛えてくれないか」

「ああ、勿論」


 なるほど、そうか。

 魔法は非常に強い武器だが、アリスのような滅茶苦茶な人で無ければ魔法と魔法の間には隙が生まれる。

 ソレをカバーできるだけの他の何かが無ければ、魔術師なんて取るに足らない。

 確かに序列戦にはそういうのも必要だな。


 俺やソシエールは例外だが、序列上位──エグゼ先輩やルミナリア先輩なんかには簡単に狩られてしまうだろう。

 まぁ今回で挑むような命知らずは居ないだろうが、先輩たちは大抵の1年生よりも戦いに慣れている。

 アクシアの考えは至極当然のことだった。


「じゃあ、いくぞ」

「おう、来い」


「──生命の根源たる流水の精霊よ。

 我が呼び掛けに応え、の流麗なる御力を今此処に顕現せよ。

 如何いかようにもなれ万物を形造る純水の尊き姿を、我が武技にももたらし給え。

 ──《属性付与エンチャント》」


 俺が構えを取り頷くと、アクシアは双剣を繰りながら詠唱をした。

 彼の中の魔力が高まっていくのがわかり、やがて美しい銀色の双剣には太陽を映し煌めく水が纏わり付く。

 少し本気で相手しようと訓練用の刃の潰れた片手剣を前で構え直し、そこにアクシアは一直線に突っ込んできた。


 決して速くはないので落ち着いて一撃を受け止め、殆どズレなく、しかしワンテンポ遅れてやってくる攻撃を一歩下がって弾く。

 剣先で弾いた勢いに負けることなく彼は猛攻を仕掛けようと迫り来る。

 ああ、いい判断だ。


 剣というのは基本的に密着が弱い武器だ。

 腕を伸ばさないと高い威力をぶつけることができないし、かといってそうすると密着の相手にはそもそも攻撃が当たらない。

 しかし双剣は片手剣ほどリーチが長くない反面、超近距離でもその威力を十分に発揮できるので寧ろ有利だ。

 手数で攻めるのも相手に距離を取る隙を与えないという意味では相性抜群。


 なるほど──強いな、アクシアは。

 アリスが身近な使用人の中で一番強いと言うだけはある。

 だが、やはりまだどこか足りない。


「ッ……らあっ! そっ、くっ……!」

「攻撃の組み立ては上手い。だが確かに威力はまだまだ足りないな。相手が受け止めればいいが──ほいっ!」

「ぬぅ……!?」

「隙ありっ!」


 双剣をふたつとも使って攻撃してきたタイミングで強く力を入れ、真正面からインパクトをぶつける。

 予想外の威力に仰け反ったアクシアは面白いほどに隙だらけで、ソレを容赦無くいて学生証を着ける場所に剣先をかざす。

 反撃の手を回そうとしているのは目に入っていたが、流石にアレからすぐに持ち直すのは無理だったようだ。


「……コレが正しいかはわからないけど、双剣は手数があるんだから、まずは相手を撹乱することを意識してみたらどうだ? 結局本命の一撃をぶち当てれば良いんだからさ」

「だが、それだと相手も受け流すのが簡単になってしまうんじゃないのか。それではそもそも隙を作れない」

「剣に込める力が少なくなる分纏わせる水を強くできるだろ。魔法の詠唱っていうのは何もただの言葉じゃない──お前の『水』はその通り、何にでもなれるんだ」

「……!」

「お前は身体能力が高くない。だったら、魔法を上手く使え。ほら──来い」


 俺は挑発するように手招きしてアクシアの対抗心を煽り、口元には皮肉げな笑みを貼り付ける。

 案の定怒りの炎を目に灯し、しかし至って冷静な表情を浮かべ彼は再び俺の懐へ向かって地を蹴った。

 やはり彼は飲み込みが速く、無駄な力を抜いて最適解にほど近い威力の斬撃を幾重にも繰り出してくる。


 右を受け止めれば左から、左を受け止めれば上から、上を受け止めれば右下から。

 絶え間無い攻撃の嵐は一撃一撃に確かな魔力が宿っており、こちらも魔力をぶつけながらでないと相殺しきれない。

 もしも気を抜けば俺の《炎舞之剣フレアグラディウス》と同じような属性元素の追撃がやってくる。


 ……ああ、コレは。

 将来の楽しみがひとつ増えてしまったな。

 っと、呑気にこんなこと考えてる場合じゃなかった。

 余裕が無いわけではないが、油断ができないくらいにはいい感じだ。


 流水が飛び散って虹を創り、ソレを創り出した本人は止まることを知らないのかと思うほどの攻撃を続けている。

 片手剣で受け止めるのキツいな……!

 薙刀、もしくは槍なら正直このくらいどうとでもなると思うが、それでも彼の強さは常人離れしている。

 アリスたちがおかしいだけだ。


「隙を、作れと、言っていたが──随分と余裕そうだなっ!」

「お……おいおい。冗談はよせ。確かに攻撃はしてないけど、受け止めるだけの今はかなり本気だ。喋る余裕も、あんまねぇ……!」

「ぬかせ、戦闘狂が……ッ!」


 俺の言葉が癪だったのか、アクシアの攻撃は更に苛烈さを増す。

 一撃一撃の威力は変わらず込められた魔力の量が増え、ソレの相殺に戦闘意識が持っていかれる。


 このままじゃマズいな……流石に俺も攻撃しないと普通に負けてしまう。

 俺に薙刀を出させるのが彼の直近の目標なのにここで負けてしまえば、ソレはめているのと同義。

 割と本気でやる必要がありそうだ。

 まったく、彼の潜在能力は恐ろしい。


 僅かな攻撃の隙間にバックステップした俺は剣を構え、追撃に備える。

 落ち着かせる暇を与えまいと地を駆けてくるアクシアの剣をひとつ後ろに流し、彼の左手を取って外に弾く。

 体勢を崩すには至らず、寧ろその衝撃を上乗せした斬撃が襲ってきた。


 上体を逸らして躱し、足払いをひとつ。

 何度もやられてきたせいか完璧なタイミングでジャンプされ躱されるが、しかし攻撃の手は緩んだ。

 双剣を振るおうとしているのが見えるが──俺の方が少しだけ速い。


 足払いの後手を着いて無理やりバク宙をしながら蹴りを放ち、彼がソレを躱したと同時に体を捻る。

 足が着いた瞬間に右腕を引き絞り、一歩踏み出した後突きを放つ。

 空気が揺らぐほどの衝撃が襲い掛かり、アクシアは風圧に耐えきれず仰け反った。


 本来なら、今ので学生証を貫けた。

 流石にまだ彼に負けるわけにはいかない。

 悔しそうにしながらも確かな感触があったのか、アクシアはどこか普段より満足げな表情を浮かべていた。


「……また、薙刀を出せなかったか」

「流石にまだ出すほどじゃねぇよ。ソシエールには出すだろうが、お前の攻撃は彼女と同じ密度だが一撃は圧倒的に軽い」

「ふっ。目指すべき場所は遠いな」


 そんな風に笑う彼に向けてか、どこかからパチパチと拍手が聞こえてきた。

 そちらを見てみると、アリスがとても楽しそうな表情を浮かべて立っていた。

 アクシアはいつまでも尻もちを着いているわけにもいかず、跳ね起きるようにして彼女に礼をした。


「アクシアくん、昔よりも随分と体や魔法の扱いが向上しましたね。やはり競い合う相手が居るのはいいことのようです」

「ありがとうございます」


 可愛いなコイツ。

 アリスに褒められてニヤけてやんの。

 実際彼は褒められるべきなほどに実力が上がっているし、このニヤけは決して慢心の類ではないので寧ろいい。


 にしても、ここに来るのは珍しいな。

 アリスは普段研究室に篭っていることが多いので、朝のティータイム以外に外に居るのは非常に稀なことなのだ。

 一体何故こんなとこに来たんだろうか。

 ……あ、もしかして。


「早速やるつもりなのか……?」

「ええ。シグマさんにひとつ忠告をしなければならないのを思い出しましてね」

「忠告?」

「はい──ゼータには気をつけてください。彼女はきっと、あなたを殺しにきます」


 ……はい?

 なんて?


「ゼータが強者と認めた。それはすなわち彼女にとっての好敵手であるということ。シグマさんの魔力量から考えて、恐らく少し本気を出してきますよ」

「……辞退は?」

「不可能でしょう。お兄様や学園も絡んでいるでしょうし。だからこそ、少しでもあなたの力を高めなければなりません」


 アリスは無詠唱で《妖精乱舞フェアリーダンス》を使ったのかふわりと地面から浮かび上がり、俺を見下ろしてくる。

 彼女の魔力で揺れる《素魔力エーテル》が彼女の本気度を表しているようで、俺はアクシアに少し離れるよう促す。

 かなり魔力を使っていたし、彼はしばらく休んだ方がいいからだ。


 さて、闇魔法は殆ど禁じられている。

 少しでも善戦できるよう、頑張ろう。

 それに、試したいこともある。


 彼女には本気ではなく、全力でぶつかるとしようじゃないか。

 文字通り、俺の火魔法の全てを──。


*  *  *


 まぁ、うん。

 結果から言えば、ボロ負けだった。


 どの魔法を撃っても涼しい表情で対抗レジストされたり躱されたりして、一発も入れることができなかった。

 聞けば、ゼータ先輩はアリスの光魔法すらも対抗レジストできるほどに魔法への理解が深いらしく、この程度は当たり前だろうとのこと。

 つまり、俺が善戦するには接近戦を仕掛けるしかないということか。


 しかし、アリスとの実験の結果、ひとつだけ選択肢が増えた。

 使うかどうかは俺次第だが、やはりアリスの関わってくれたモノは良い結果に転ぶことか多いな。

 コレもきっと、彼女の才能なのだろう。


 俺は1週間後の序列戦に思いを馳せる。

 ゼータ・クルヌギア──《天理の代行人》

 口や頭では嫌と言いながらも、真の全力で戦えないことが悔しいのがわかる。

 きっと俺は、彼女との戦いがコレ以上無いほどに楽しみなのだろう。


 俺は英気を養うようにベッドに寝転がり、そのまま虚無の中へ意識を沈ませた。

 特に何か夢は見なかった。


*  *  *


 第2章 入学編 了


 少し章の終わらせ方が雑ですが、素人のモノとして温かい目で見て欲しいです。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 次章も是非お願いしますm(_ _)m


 次章

 第3章 全校序列戦編①

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