第25話【2】
やばい、すげぇ居心地悪い。
『ねぇ、あれって……』
『1年生がいるーっ……!』
『あのローブ欲しいんだけど──』
3年生の視線が突き刺さる。
やはりというかなんと言うか、まだ先輩らと関係の薄い1年生がここに居るのは珍しいらしく、階段を登る時からこの調子だ。
普段のようにポケットに手を突っ込んで歩ける空気でもないし、心做しか姿勢が良くなっている気さえする。
話し掛けられはしないものの、何故こうも注目されているのか理解できない。
仮に俺がソシエールと模擬戦をしたのが広まっていたとしても、姿を見ていない彼らに目を向けられるとは考えにくい。
一体全体何なんだ、コレ……。
階段を登りきると、3年生の実験室や教室が並んでいるのが目に入る。
実験室はその名の通り、実験に使う。
魔道具製作や研究、その他戦闘に関連しないモノを扱う時に使用するのだ。
魔法の基礎を習っている俺たちは一度しか使ったことはないが。
さて、どうしようか。
アリスもクラスまでは知らないと言っていたし、ここで情報を集めるしかない。
階段の陰で待つか?
流石に怪しすぎるし、その姿を見られて警戒でもされては本末転倒だ。
誰かに聞いて回るのも良いが、関係ない人に情報を開示するのは好ましくない。
いっそ堂々と階段の前で待つとか。
逆に話し掛けづらく思うかも知れないし、選択肢としては悪くないのでは。
そうと決まれば──と思い立った時。
「そこの1年生」
そう声を掛けられた。
どこか聞き覚えのある声に振り返ると、俺よりも高い身長にダークブラウンの髪をした男子生徒が立っていた。
黄金の瞳はまるで獣のような獰猛さや、梟のような静謐さを感じさせられる。
「……ルミナリア先輩」
王立神魔魔法学園の生徒会役員である、ジョゼフ・ルミナリア先輩だった。
彼は無表情で俺を見下ろしていて、そこに潜んでいるであろう感情はまったくと言っていいほど窺い知れない。
周りの先輩方は彼の登場に少し盛り上がっており、やはり生徒会の影響力が強いことを示しているようだった。
「1学年の教室は1階だが、こんなところで何をしている? 人を探しているのなら俺が呼んでこよう。俺の顔は広い」
「あ、えっと……その、先輩に用があって」
またと無いチャンスだ。
理想はエグゼ先輩との約束を取り付けることだったが、正直俺個人としては真面目そうな彼の方が良さそうに思える。
確かに説得は難しくなるかも知れないが、寧ろ彼の方が推薦人に適しているのではないだろうか。
そう考えながら答えると、彼はギラリと目を光らせて俺を睨んできた。
思わぬ圧力に内心たじろぐが、表情筋を固めるようにして無表情を貫く。
この程度で動揺しているのを悟られれば、彼のペースに飲まれるやも知れん。
頑張れ、俺。
「……ほう? こんなにも早い時期に、序列最上位の俺へ用事か……いいだろう。だが今はあまり時間が無い。昼休みには時間を作れるが、君の希望は?」
「それでは場所だけよろしいですか。昼食を食べた後に図書室へ来ていただきたいのですが、どうでしょうか?」
「問題無い。ではまた後に会おう」
「はい」
変わらず仏頂面のままルミナリア先輩は俺の横を通り過ぎ、自分の教室へ向かう。
俺たちを見ていた先輩方は波が割れるように道を空け、彼はその間を堂々と歩み1組の教室へと入っていった。
彼の姿が見えなくなったところで俺の方に視線が集中し、俺は若干逃げるように背を丸めて階段を下った。
ルミナリア先輩は1組。
覚えておこう。
* * *
昼休みになった。
今日は珍しくアリスとアクシアと昼食を食べることにし、俺はあまり目立たない校舎裏へ彼女らを連れていった。
朝に結果を伝えた時からアリスはご機嫌な様子で、説得にはかなりの自信を持っていることが窺える。
まぁ立場を鑑みれば推薦には十分値するだろうし、そう難しい策略を巡らせる必要が無いだけなのかも知れんが。
アクシアはやはり態度は堅いものの敵対の意思はあまり無く、日頃鍛錬を共にしているのが功を奏したようだ。
と言うか、そんなことよりも彼の成長が早すぎる気がするんだが。
未だ双剣で戦ったことはないものの、普通の剣の扱い──それよりも体の使い方の上達具合が凄まじいのだ。
無論負けたことはないし、まだまだだが。
しかし、そろそろ真剣で勝負するには怪我の危険が伴うくらいにはなってきた。
褒めた時に一瞬ニヤけるのがなんとも微笑ましいのはここだけの話である。
特に雑談などはせずに
俺たちが皆沈黙を良しとする人種だからこそできる芸当だろう。
木陰に隠れた部分はアリスに譲り、俺は日の差すベンチへ座る。
俺たちはお揃いの昼食の入ったバケットを開き、手を合わせてから齧りついた。
今日の昼食は『ハンバーガー』という不思議なモノで、パンの厚みや味の濃いソースが特徴的だ。
以前『味が濃いモノも悪くない』と言っていたが、早速作ってくれたらしい。
いやはや、よくもこう美味しいレシピがぽんぽん思いつくな。
発想力の差に泣きたくなる。
「……わっ、不思議な味」
「少し前に平民の間で話題になっていたらしいですよ。僕も食べたのは初めてですが」
「うん、悪くないです。やはり平民であっても人間である以上、美味しいと感じるものは似ているのでしょうね」
その後もぽつぽつと会話を交わしなからハンバーガーに齧りつく。
喉も渇くのでアリスが土魔法でティーカップを作り、そこにアクシアが水を汲む。
やだなにこのふたり、相性最高かよ。
……いや、よく考えたらアリスが誰にでも合わせられるだけだ。
俺もありがたく頂き、口につけた。
美味しくはない、ひどく普通。
ひと足先に食べ終え手持ち無沙汰な俺は右手で《
彼女が小さな口でハンバーガーに齧りつく様子を横目に見ていると、ふと覚えのある気配が近づいてくるのがわかった。
……よりにもよってこのタイミングか。
俺が気づいているということはヤツも俺に気づいているだろうし、今更隠れても意味が無いのは既に知っている。
はぁ……最悪だ。
「げっ……彼女、こんなところに出没するんですか? 普段は帰宅している時間帯だと聞いていたのに……」
「アリス様? 何を──」
「おやおや、今日は人が多いねぇ」
相変わらず感情の籠っていないその声は背後から聞こえ、アクシアがソレに驚き肩を揺らすのが目に入った。
戦い方はかなり向上したが、魔力探査についてはあまり変化が無いようだ。
俺とアリスはほぼ同時に声のした方へと振り返り、その憎たらしい笑みを見た。
「久しぶりですね、ゼータ」
「ああ、そうだね。挨拶くらいしに来てくれてもよかったものを」
ゼータ・クルヌギア。
あの日から4日おきに昼食を食べている俺のところへやって来ていた。
しかし一昨日も来た筈なのに、なんで今日に限って来たんだ……?
「わたしの体で3階まで登れと? それに普段は教室に居ないじゃないですか」
「確かにそうだ。さて──強者は惹かれ合う運命にある、とでも言えば良いかな? キミたちに繋がりがあったとはね」
「彼はわたしの秘密兵器です。あなたすらも食らうかも知れませんよ?」
「フフ、それは無いさ。光が適性属性元素のキミでさえ勝てないんだから、王族でない彼には──いや、撤回しよう」
「へぇ? 珍しいこともあるんですね」
「強者には相応の敬意を払う主義でね。一度も相対していないのに決めつけるのは些か早計だろう」
「ふふ」
「ハハッ」
……なにこの空気、重すぎる。
満足に息をすることすら苦しいくらいに彼女たちの放つ雰囲気は険悪で、アクシアも心做しか縮こまっていた。
悔しいと言っていたのは聞いたが、コレほどまでに敵視しているとは……。
ゼータ先輩の方もそうだ。
アリスに対しては俺よりも親しげに──と言うか、無遠慮に絡んでいる。
なんだかんだ仲がいいとか無いですかね。
無いか、無いな。
もう目が鋭いのなんの。
視線だけで射殺されそうだ。
「──さて、どうやら今日のボクは邪魔者みたいだね。ここは大人しくお暇するとしようじゃないか」
一応俺にとってはずっと邪魔でしたけど。
いい加減昼休みには休ませてくださいよ。
「ええ、是非そうしてください」
「一応ボクにも心があるんだが。そんなに強く肯定されると悲しいよ」
「ふふふ、冗談が上手いですねー」
「なんと言う棒読み……まぁいいや」
ゼータ先輩は一瞬肩を下げるもすぐに普段通りの笑みを浮かべると、俺たちに背を向けて校舎の方へと向かっていく。
アクシアはようやく息ができたのか深呼吸をしていて、俺も軽くなった空気に思わず伸びをする。
そして丁度食事も終わったアリスが杖を手に取り立ち上がろうとすると、ゼータ先輩が思い出したと言わんばかりに口を開いた。
「ああ、そうだ。アリスにシグマ、もうすぐ序列戦が始まるわけだが、くれぐれも全力で戦ってくれるなよ?」
「怪我をさせてしまいますし、それはそうですが……何故彼にまでそんなことを?」
「少しリオンに無理を言ってね。エキシビションマッチを2試合行うことになったんだ。選ぶのはキミたちふたりの予定だから、先に全力を出されると白けるだろう?」
「え゙」
なんで?
なんでよりにもよって俺なの?
俺よりソシエールの方が序列高いし、俺を選ぶ意味どこにもないじゃん。
え、は? 意味わからん。
俺の顔がよっぽど面白かったのか、ゼータ先輩は珍しくからからと笑う。
しかしアリスはどこかこの展開を予想していたのか、ため息をつきつつも笑みを浮かべて「わかりました」と言った。
俺はそんなふたりを眺めて呆然とする。
無様に負けちゃ、ダメですかねぇ……?
「そこのキミ、確か……アクシアだったか。キミも中々悪くない気迫を感じる。もっと精進してボクを楽しませて欲しいくらいにね」
「……ありがとう、ございます」
「フフッ、可愛いなぁ。序列1位とて所詮は人間なんだから、そう怯えないでくれ。それじゃあ御三方、またいつか」
手をひらひらと振りながら彼女は短いスカートを揺らして校舎へと歩き出す。
その後ろ姿が完全に見えなくなった後、アリスは仕切り直すように手を叩く。
ハッと意識を取り戻した俺は、現実逃避気味に苦笑いを浮かべた。
「さて、行きましょう。今は序列戦よりも先にしなければならないことがあります」
「……そうだな」
返事の声は、ひどく霞んでいた。
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