第24話【2】

「───っは!? ……こ、ここは……?」


 見慣れた天蓋付きのベッド。

 いつも通り手の届く場所にある杖。

 最初にわたしを迎えてくれる朝の日差し。


 ……どうやら、自室のようでした。

 しっかりとお風呂に入った筈なのに、体が汗で気持ち悪いですね。

 前髪が額にぴったり付いていて、かつてないほどに速い鼓動がどれだけ自分が興奮していたのかを示しています。


 何か、重要なものを見た気がします。

 夢に重要か否かなんてあるのかはわかりませんが、少なくとも『夢』なんて陳腐な言葉で片付けていいものではない。

 わたしは一体、何を見て──?


「失礼します、アリス様」

「……! ええ、どうぞ」


 ノックの後に入ってきたのは、アクシアくんと同じくらい長くわたしの専属メイドを務めているモナでした。

 彼女はわたしがこうしてベッドの上で起きているのに安堵したのか、ほっと息をついてからこちらに歩んできます。

 昨日は確か、シグマさんの部屋で魔力の提供をしてから……記憶がありませんね。

 恐らく気絶してしまったのでしょう。


「すぐに濡れタオルを用意してきますね。他に必要なものはありますか?」

「そうですね……喉が渇いているので、何か飲み物をくれますか?」

「承知しました」


 モナはわたしの要求を聞くとすぐに部屋を出ていきました。

 普段はもう少し雑談をするのですが、ひとりにして欲しいと顔に出ていたのかも知れませんね。

 彼女の察しの良さは、たまに怖く思ってしまうくらいです。


 試しに魔力を練ってみます。

 安全な光魔法を窓へ向けて放ってみると特に普段と変わらない威力で、魔力の減りや残りも問題ありませんでした。

 どうやら後遺症は無いようです。


 正直もう少し時間があれば他のやり方を見つけられたかも知れませんが、恐らく彼の呪いのタイムリミットは1ヶ月。

 これ以上の研究をしていては彼に再び追いつけなくなってしまいますし、多少強引でしたが結果は上々でしょう。


 シグマさんは学園の方でも動かせる程度の認識になりましたし、序列戦が始まる前の今ひとつ仕事を頼みましょうか。


 そんなことを考えながら、わたしはモナの到着を鼻歌を歌いながら待ちました。


 いつしか、夢のことは忘れていました。


*  *  *


「──え? 生徒会に?」

「はい」


 翌日、朝食の時。

 後遺症が無いと絶好調な魔法の様子を見せられた俺は、唐突なアリスの言葉にパンを食べることも忘れてしまった。


 なんでまた突然、とも思ったがこの学園の生徒会は下手な教員よりも立場が上だったりするし、選択肢としては普通にアリだ。

 アリス曰く、彼女の兄であるリオンは学園の制度を変えたこともあるみたいだし、実績を積むにはぴったりかも知れん。


「良いんじゃないか。アリスなら成績立場共に十分だろうし」

「ありがとうございます。さて、この話をシグマさんにしたのは他でもありません。やってもらいたいことがあるんです」

「知ってた。人脈関係は俺にできっこないわけだが、何をすればいいんだ?」


 生徒会ほどの権力を有するには生徒からの信頼や教師からの印象が大事だ。

 ソシエールとの模擬戦以降戦闘面に関してはそれなりに評価されているらしいが、そこら辺は俺には無い。

 対抗馬の排除──ただの学園での物事でそんな物騒なことは流石に無いか。


「学園の生徒会は完全推薦式で、選挙といったものはありません。そこで有利になるのは勿論、生徒会役員からの推薦です」

「……なんか嫌な予感が」

「ふふ……。入学から大体1ヶ月が経ちましたし、シグマさんがわたしの推薦で入学したことも教師に広まっているでしょう。そろそろ生徒にもシグマさんとわたしの関係を露わにしていい頃です」

「……その第1号が、先輩ってワケか?」

「察しが良くて助かります。お兄様は論外として、カナリア・エグゼ先輩が一番都合が良いでしょうね」

「そりゃまたどうして」

「彼女はわたしが好きですから」


 なにその百合百合しい展開。

 獰猛な笑みと共にアリスを横抱きにするエグゼ先輩……いい、実にイイ!

 如何せんふたりとも美人だから、こんな適当な妄想でも様になるな。

 ずっと眺めていたいまである。


「彼女は強者が大好きなのです。わたしは勿論のこと《風凰剣》や《天理の代行人》はお気に入りでしょうね」

「《天理の代行人》……?」

「おや、知りませんか? 学園序列第1位、ゼータ・クルヌギアの二つ名ですよ」


 ……!

 あの人の、二つ名……俺と同じくらい凄まじいモノを付けられているんだな。

《終焉の告げ人》も中々だが、やはりあの人は常人が測れるような存在ではないということなのだろう。

 命を懸けて戦った場合、勝つのが彼女である可能性さえ感じるほどなのだから。


「──チッ。あの女……いつか必ずこの手で葬り去ってやりましょう」

「アリスさん?」

「こほん、失礼。唯一の敗北が未だに悔しいのです。リベンジの機会も無く、ずっと燻り続けていて」

「なるほど……」


 こわい、こわいよこの人。


「話を戻します。今日シグマさんにはカナリア先輩、もしくはルミナリア先輩にわたしと会う約束を取り付けて欲しいのです」

「約束だけ? 先に生徒会に入る意思があるのを示さなくていいのか?」

「特に問題はありません。わたしの口で言うからこそ、意味があると思うのです」

「わかった。朝か昼休みにでも3年の教室に行って会ってくる」

「よろしくお願いします。それと、お兄様には内緒にするよう彼女らに頼んでおいてくださいね。邪魔されては叶いません」

「了解」


 俺たちは会話を終えると同時に朝食を食べ終え、すぐさまメイドさんたちが皿を片付けにやって来る。

 今日の朝食も美味しかったと言うと、にこりと笑って「お口に合ってよかったです」といつもと同じ返答をしてくれた。

 命の他にも、料理を作ってくれる人への感謝は大切なように思える。

 いつか誕生日でも聞いて、何かお返しかできたら良いな。


 そんなことを考えながら食堂を後にしようとすると、アリスが「あっ」と慌てたような声を漏らした。

 思わず振り返ると、気まずそうに目を伏せている姿が目に入る。

 何か伝え忘れていたのだろうか。


「どした?」

「あ、その……ひとつ、聞きたいことが。シグマさんは、何か──地下室のようなものに特別な記憶があったり、しますか……?」


 ………。


「随分と突拍子も無いな」

「ッ……!」

「地下室には、思い出ばかりだよ。今の俺の半分以上は、地下室での経験から成り立ってるんだからな」

「それは、どういう……いえ、やめておきましょう。今のわたしに聞く権利があるとは思えませんから」


 ……?

 なんか、随分と怯えてるな。

 変な顔でもしてたんだろうか。


「別に話したくないワケじゃないぞ。聞きたきゃ聞いてくれていい」

「いえ、結構です。自身の過去すらも直視できないわたしがあなたの過去を聞くなんて、烏滸おこがましいにもほどがあります」

「……そうか。んじゃ、早めに行って先輩との約束を取り付けてくるわ」

「ええ、お願いします」


 小さく頷いてその場を後にし、普段よりもゆったりとした歩みで自室に戻る。

 何故唐突に地下室なんて単語を出してきたのか、大方予想はついている。


 恐らく俺が魔力を食べたせいで、何か俺に関する記憶がアリスの体に流れ込んでしまったのだろう。

 その中でも特に印象の強かった地下室での俺の経験が、彼女の中で強い記憶として発現してしまった──というところか。

 魔力に関しては知らないが、魂と記憶は紙一重の位置に存在する。

 多少の混濁も無理はないだろう。


 まぁ、コレは時間が解決してくれる。

 今はどうエグゼ先輩と会うかが問題だ。

 ……あれ、待てよ。


「エグゼ先輩って、何組だ……?」


 ……まぁ、なんとかなるか。


 俺は思考を放棄した。

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