閑話【2】

「ねぇリオンー、これどう思う?」

「……どうした」


 生徒会室で書類を処理していたリオンは、折角の集中を切ってきたカナリアの言葉に少し苛立ちながら尋ね返した。


 カナリアはソファに寝転がりながら紙のようなものを差し出してきて、彼は訝しげに思いながらそれを受け取る。

 裏返して見てみると、どうやら各授業で教師が取っている授業に関する情報が纏まったものだったようだ。


 すぐに興味無さげに机に放ろうとするも、ある名前が見えた瞬間手を止める。

 クロノス・エグゼ──リオンが今最も気に掛けているふたりが属するクラスの担任によるものだったのだ。

 彼は手を止めて眼鏡を直すと、顎に右手を添えながら資料を読み進めていく。


『1年2組、2〜4限目 実践対人戦闘


 今年の生徒は平均的なレベルが高く、初めての対人戦闘の授業でありながら序列戦と遜色ない内容でした。

 とりわけ、現1学年序列トップ3であるアリス・メビウス・クロノワール、プリシラ・ソシエール、シグマ・ブレイズの実力は突出しています。


 クラス分けを失敗した可能性すらも疑うほどにこの3人は強く、授業中行ったプリシラとシグマの戦闘は学園の中でもトップクラスのものだったと思います。

 結果としては序列通りでしたが、一歩違えば結果は逆だったかも知れません。

 どちらも近接を主とする魔術師で、僕の目では追いきれない場面もありました。


 しかし全体として見れば未だ実戦起用できるほどの力ではないので、基本的な理論を教えながら実践を行うことにします。

 但し、アリス様に関しては僕たちの教鞭は必要無いほどなので、授業免除についても視野に入れていきます。


 以上』


「……ほう?」


 リオンは面白そうに目を見張る。

 アリスに関しては悔しいながらも彼より力があるので予想通りだが、それよりも他のふたりの人物についてだ。


 気にかけていたシグマだが、まさかあのプリシラ・ソシエールと互角とは。

 プリシラは対魔物も強くはあるが、彼女は対人戦でこそ力の全てを発揮する。

 風という汎用性の高い属性元素と自身の持つ身体能力で相手に何もさせず、完封して勝利を掴み取る。

 それがプリシラ・ソシエールの戦い方だ。


 魔術師にとって近接戦闘は不向きだが、これによればシグマも同じような戦いをしたそうではないか。

 同じ土俵に上がっていながら、彼女と同等の戦闘能力──間違いなく王国屈指の実力者と言えるだろう。


「……なるほどな」

「改めて記憶を振り返ってみたけどさ、やっぱりこの子の名前入学までに1回も聞いたことないよ。あのプリシラ・ソシエールとやり合えるとかかなり有名じゃない、普通?」

「入学が決まると同時に辺境から来た、という可能性もあるだろう。王都中央まで辺境の情報は伝わらないのが大抵だ」

「いやいや、リオンも《風凰剣》の強さが異常なのはわかってるよね? あれと渡り合える人が知られてない筈なくない?」


 カナリアの言葉も一理ある。

《風凰剣》──プリシラ・ソシエールに近接で敵う魔術師は存在しない。

 それが今までの共通認識だった。


 無論剣を主体とした戦い方なので彼女に勝つ方法はあるし、リオンも九分九厘勝てるだろうが……この試合内容に関しては違う。

 近接が強い魔術師は居るものの、彼女ほどの完成度にある人は存在しない。

 確かに、彼の名が知れていないのは少々不自然にも思えるが──。


「……そんなに気になるなら見にでも行けばいいだろう」

「ヤダ」

「子どもかお前は」

「ヤなもんはヤダよ。あたしが1年生のとこに行ったら目立つでしょ? 折角の強い新入生に不快な思いはさせたくないから」

「なんだろうな、お前が正論な筈なのに、時すでに遅しという感じがするのは……」

「……?」


 リオンは自らの脳裏に浮かんだ皮肉げな笑いを浮かべる少女を思って嘆息する。

 あの生意気で最強の問題児に目をつけられたのだから、今更誰が会いに行ったところで大して変わらないだろう。

 しかし、シグマ・ブレイズ……やはり疑わしい点が多すぎる。

 普段ならばそこまで気にする必要は無いのだが、妙に胸騒ぎがするのだ。

 それはまるで、魔物円陣に巻き込まれる前の時間のような不穏な感覚が。


 リオンは自身の妹に思いを馳せる。

 最近クロノスによって知ったことだが、シグマはアリスの推薦によって受験資格を得たらしいじゃないか。

 アリスはつい数ヶ月前まで人と極力関わらないような生活を送っていたのは、勿論家族であるリオンも知っている。

 それなのに、突然推薦──不可解だ。


 しかし、アリスに尋ねることはできない。

 何故なら、彼女は天才だから。

 リオンも非凡と形容するのが正しい人間なのだが、アリスほどのロジックを組み立てる力と実行する力は無い。

 人との繋がりや貴族からの信頼といったものは圧倒的に勝っているが、決して油断はできない。


 無いも同然の王位継承権を改めて国王に求めた彼女は、今では立派な競争相手。

 スタートラインが違くとも、追いつかれないとは限らない。

 手回しは慎重に、だ。


「ひゃーっ、彼女と戦えるなら全校序列20位は堅いかな? ゼータほどじゃないけどかなり凄いんじゃない、この子」

「……そう、だな」

「いっそ生徒会入ってくれないかな。そしたら気兼ねなく話し掛けられるし」

「私は勧誘しないから、勝手にしてくれ」

「相変わらず否定が早いですねーっ!」


 リオンは再び深いため息を漏らし、元の責務に戻るように椅子に着く。

 カナリアも話し足りたのか不貞腐れながらも他の書類に目を通し始め、生徒会室には静寂が満ちた。

 紙を捲る音とペンの走る音だけが響く。


 新学期というのはどうにも浮かれる。

 新入生に新学年、様々なものが変わる春の季節に、まさかアリスとの関係が変わるとはリオンは思ってもみなかった。

 今思えば、アリスと子どもらしく遊んだことはなかったような気がする。


 彼が感じている感情がどんなものなのか、誰も知る由はない。


 しかし、今の彼の唇は、弧を描いていた。

 それだけでもきっと、十分なのだろう。


*  *  *


 人界歴 18XX年 5月3日。


 殿下の現状は未だ調査中。


 数日おきに部下に様子を見るよう指示を出しているが、誰もが途中で撒かれるらしく詳細は未だ不明。

 本来なら私が直接殿下の姿を見たいところだが、他に処理すべき仕事が多すぎて中々叶っていない。

 早急にギルド副長を育成する必要あり。


 久しぶりに私を直接指名した高額の依頼があった為暗殺に赴いたが、そこで王立神魔魔法学園について少し耳にした。

 曰く、シグマという今まで名の知れていなかった少年が《風凰剣》と互角に戦闘を行ったんだとか。

 シグマ──間違いなく殿下のことだ。


 この国にその少年を排斥するような意思は見られないし、恐らく闇魔法は使っていないのだろう。

 本気でこの国で生きていくつもりなのかも知れないし、情報収集はより綿密なものに変えることを視野に入れるべき。

 だが、私の任務はあくまでメビウス王国の根幹に関わる情報を入手し、戦争で大役を担うであろう者を暗殺することだ。

 私自身はあまり動けないだろう。


 しかし、この国に滞在してはや4ヶ月と言ったところだが、殿下の居ない我々は本当に勝てるのだろうか。

 個人の能力で勝っていようとも、人的資本の浪費は極力避けるべきだ。

 新国王は一体どうお考えなのだろうか。


 ……話がズレた。


 今日は有力貴族一家と騎士団で教鞭を執っている者を殺した。

 これで騎士団の育成を遅延でき、戦争の時に矢面に立つ人数を減らせる筈だ。

 引き続き任務を続行し、内側から殺す。


 全ては、祖国の勝利の為に──。

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