第21話【2】

 戦闘で大切なのはインパクト。


 魔力は長時間込め続けると《素魔力エーテル》と中和してしまい、量に対する影響力というのが落ちていく。

 魔力障壁などがいい例で、アレは身を守ろうと常に張っていると効果が薄れていき、やがて下級魔法ですら貫けるようになる。

 どれだけ短い時間で、どれだけ多くの魔力を込め事象を引き起こすか。


 ソレを完璧に理解した時──人は、一段階上の領域へと至ることができる。

 今度はこっちの番だ。

 受け止めてくれ、プリシラ・ソシエール。


 一歩足を踏み出し、足音が立つより先に俺は前へと飛び出て《炎舞之剣フレアグラディウス》を腕に魔力を込めながら振るう。

 振るう前に魔力で加速し、ソシエールの剣とぶつかる瞬間に力と魔力を上乗せする。

 いつかのような、殺す気の剣だ。

 殺気が漏れていないといいが──。


「ッ──!」

「ぐむぅ……! ふふっ、やっぱり隠し持ってたんだね。キレが全然違うや」

「気を悪くしたなら、ごめん」

「んーん、許す。だから──もっと遊ぼ?」


 ああ、この笑顔。

 この人としての何かが欠落した、美しくも狂人特有のおぞましさを感じる笑い方。

 なるほど、道理で強いわけだ。

 彼女は──俺と同類なのだろう。


 割と本気で殺す気でのひと太刀だったのにこうも簡単に受け止められると、流石にちょっと凹むな。

 鍔迫り合いに負け、至近距離で何度も魔剣を打ち付け火花を散らす。

 蝶の鱗粉のような火の粉が視界を満たしていき、感覚がどんどん加速する。


 右上から斬り下ろし、流される。

 その流れに身を任せて体を回し右下から思いきり斬り上げるが、完璧に間合いを見切られて寸でのところで躱される。

 隙をかれ学生証に刃が迫るが、横から魔力を込めた手で弾き飛ばす。


 本気で戦ってるのにこんな苦戦するとか、一体何年ぶりのことだ?

 今まで戦ってきたどの国の最高戦力者よりも強く感じる──末恐ろしい人だ。

 コレでもこの国の頂点じゃないのだ。

 ブレイズ王国が仮にこの国に攻めるなら、果たして俺が居なくて可能なのだろうか。

 まぁ、興味も無いしどうでもいいが。


 楽しい、愉しい。

 本気でぶつかり合える人間に会ったのは、ブレイズ王国に居た時以来だ。

 懐かしいな、戦争の時どちらが多く殺せるか競い合ったのが最も記憶に新しい。

 アイツの名前は、何だったか。

 今思うと、クソみたいな関係だったな。


「ぜんっぜん隙が無い! なにこれ!? 意味わかんないけど、なんかすごい!」

「語彙力、死んでる……ぞっ!」

「言葉なんていらないからね! 剣がすべて語ってくれる──わかるでしょっ!」

「ああ──ッ!」


 俺たちはただ、剣をぶつけ語り合う。

 凄まじい快感が脳を走り抜け、思考がどんどん麻痺していく。

 気を抜いたら闇魔法を使ってしまいそうなので本能に任せることはできないが、それでもかなり本気を出している。


 戦場はやはり、俺の生きるべき場所だ。


 恐らく、彼女も全力は出していない。

『本気』と『全力』はまったくの別物。

 しかし、その本気でのぶつかり合いもまた人と人との関わり方のひとつだ。

 なんだろう──今までは利益や打算で近づいたのに、今だけは真の意味で心を通わせているような感覚だ。


 彼女は優しい人だ。

 きっと俺の打算的な考えにも気づいた上で仲良くしてくれていたと思う。

 だが、今は打算も何も関係ない。

 心の赴くまま、戦おう。


「風神流、三式──《鎌鼬》!」

「っと……!?」


 速い、やべぇ。


 ソシエールも加減してたのか、どんどん剣のスピードが上がっていく。

 攻撃と攻撃の間隔が無さすぎて対処の手が回らない。

 魔法を撃とうにも動きが不規則かつ素早いので当てられないし、魔力の無駄遣いになるだけだろう。


 傷が増える。

 頬に掠った傷や受け止めきれなかった時に付いた手の切り傷が疼くが、ソレすらも意識する暇は無い。

 隙を見せる様子も無いし、作り出すよりも先に彼女の攻撃がこちらに届く。


 ──詰んだかも知れん。


「風神流、一式──《疾風迅雷》!」


 ソシエールは攻撃を捌ききれずに学生証ががら空きになった俺に向かって、迷わず一直線に迫り来る。

 受け止めようと地面を思いきり蹴って三歩ほど下がり、半ば無理やり魔剣を太刀筋に置いて受け止める。


 しかし──バキィッ! と凄まじい音と熱を発しながら《炎舞之剣》がへし折れ、カバーする前に薄紫色の刃が神速で振るわれた。

 さらに一歩下がろうとするも、ソレを見越したかのように踏み込まれリーチ内に学生証がロックされる。

 ソレを目にした瞬間、悟った。


 ああ──コレが、敗北か……と。


 ──パキン!


 結界が砕け散る音が聞こえると、耳が痛くなるほどの静寂が満ちる。

 尻もちをつくと共に《炎舞之剣》が魔力を発しながら消え、剣を振りきった体勢で俺を見るソシエールが顔を上げた。


 そこには満面の笑みが浮かんでいて、魔剣を鞘にしまって腰に提げてからこちらに手を伸ばしてくる。

 思わず苦笑を漏らしながらソレを握り、力強く俺は引っ張られた。


「対戦、ありがとうございましたっ!」

「対戦、ありがとう」


 俺たちは同時に頭を下げた。

 その瞬間、地面を揺らすほどの歓声と万雷の拍手が鳴り響いた。

 若干居心地悪く感じつつも戦いの余韻に浸る俺は、ローブの汚れや血を拭ってその場を後にする。


 思い浮かべるのは、剣を握り続けてきた証拠の柔らかくも固いソシエールの右手。

 真に戦いに生きてきた者の手の感触は、自分の敗北に納得するだけのモノを持っているように感じた。


 ああ、クソ……すげぇ悔しい。

 機会があったらリベンジしてやる。


「次は、絶対勝つ」


 俺の呟きが聞こえたのか、ソシエールは俺の横で望むところだと笑った。


*  *  *


「凄かったね、シグマくん」

「ありがとうございます」


 エグゼ先生に治癒魔法を受けていた俺は彼の言葉に素直に答えた。


 治癒魔法は光、水属性に存在し、四大属性元素のひとつの水による治癒魔法はアリスにされたソレよりも冷たい。

 こんな切り傷なら放置しても良かったのだが、先生に呼ばれては行くしかない。

 この人とはあまり関わり合いたくないが、担任だから嫌でも機会は多いだろうし妥協するのは俺の方だろう。


 にしても、確か水の治癒魔法は王級と聖級にしかなかったと思うが、エグゼ先生は扱いが上手いな。

 王級──ここの教師を務めるくらいだし、聖級魔術師でもおかしくないか。

 彼が敵の可能性は未だ消えていないが、こうして相対すると観察するような意思はまったく感じない。

 不思議なもんだ。


「アリスくんが推薦するくらいだからまさかとは思っていたけど、これほどとはね。ソシエールくんと近接で渡り合えるなんて普通じゃないよ。見た感じ、独学だよね?」

「ええ、まぁ。俺の家の周りには魔物が結構湧いてたんで、ソレを処理する時に身についたんでしょう」

「ふーん……そっか。それにしては対人戦に優れすぎだと思うけどね──はい、傷は全部消えたよ。どこか痛むかい?」

「大丈夫です、ありがとうございました」


 言葉は詮索するようだが、そこに込められた意思は相反するように乾いていた。

 まるで世間話でもしているような気分だ。

 表面上を取り繕うための中身の無い質問をされたようで、油断するとマトモに取り合ってしまいそうになる。

 コレがこの人の特技なんだろうか。


 ブレイズ王国は魔力の使用が盛んなので魔物の発生も多かったし、嘘ではない。

 俺はしてやったりと内心ほくそ笑みながらエグゼ先生に頭を下げ、クラスメイトたちの中に戻る。


 ソシエールへの質問はひと通り終わったらしく、俺が来ると結構な人数が何かを聞きたそうにこちらを見てきた。

 上級魔法までしか使っていないので能力的に見れば上の下くらいだろうが、ソシエールと戦えるという要素は強いらしい。

 そんな彼らの後ろでアリスは満足そうに微笑んでいて、俺の目を見て頷いてからその場を後にした。


 自分の意思というのも、悪くないな。


 と、そう思った。

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