第20話【2】

「お疲れ」

「ん……シグマさん」

「あの人、凄いな」

「ええ。幼い頃から仲のいい、親友とでも言うのでしょうか。適性属性元素は土属性の聖級魔術師です」


 聖級……道理でソレ以下の魔法の扱いがあんなにも綺麗だったのか。

 特に《無空間ゼロ・マテリアル》──アレを上手く扱える魔術師はあまり居なく、俺も以前使ったがそんなに得意というわけではない。

 アレは先生の隙を突いただけだし、俺が彼女のように攻撃のトリガーにすることはできないだろう。


「戦うのは自由ですが、恐らく火属性魔法だけでは勝てませんよ。あなたが隠し手を持っていなければ、ですが」

「……バレバレか」

「とってもワクワクしているのが手に取るようにわかるくらいに」

「機会が無い限り俺から仕掛けるつもりは無いから、安心してくれ」

「ありがとうございます。彼女はプライドが高いので、未だ名の知れないあなたに苦戦しては堪えるでしょうから」


《無空間》の中、ただでさえ酸素を使う火魔法を使えば俺は速攻で気を失う。

 相性最悪の相手に挑むほど身の程知らずではないし、心配はいらない。

 ゆっくりと彼女のクイーンになれるよう、積み重ねていこう。


 アリスの方は最近あの実験室にあった魔道具のひとつを魔法省に出して賞を貰っていたし、貴族からの評価は着実に高まっている。

 対して俺はまだ何もできていない。

 だが、絶対にここで焦ってはダメだ。

 俺は俺のできることを、やればいい。


「──シグマ・ブレイズくん」

「お、じゃあ行ってくる」

「ええ。負けても大丈夫ですよ」


 失礼な。

 あなたが俺を拾ったんだろ、少しは期待してくれよ──と言いたいところだが、確かに闇魔法が無ければ俺は少し武器の扱いが上手いだけの人間。

 なるべく勝てるよう努力はするが、いつもと違って結果は予想できないな。


 ローブの裾を翻し、魔力が十分伝わっているのを意識しながら歩みゆく。

 美しい装飾がされながらも無駄の無い鞘に包まれた魔剣を腰に提げたソシエールは、俺に力強い笑みを向けている。

 ダンジョンの時を思い出して冷や汗が背を伝った気がしたが、無視して俺も笑った。


「まったく、待ちくたびれたよ。休み時間も放課後もすぐ居なくなるんだから」

「あ、そういうことか……ごめん、マジで」

「ふんっ、いいよ。その代わりにここで勝たせてもらうけどね」


 そう言いながら彼女は剣を抜き、体の後ろに隠すようにして構える。

 視線は俺の目に向けられており、どこを狙っているのか皆目見当もつかない。

 下か上か、右か左か──予想が意味を成さないことがわかった俺は右足を一歩引いて応えるように視線を返す。


 他の組も準備ができたのか、エグゼ先生がカウントダウンを始める──。


「──スタートッ!」

「シッ──!!!」

「主よ、願わくば、我に流るるあかき血を滾らせきらめく豪炎を上げ給え。

 熱きほのおは愚鈍なる輩を焼き焦がし、あかき焔は暗き心を御力にって塗り潰さんとす。

 己の命を燃や尽くし、与えられしさだを全うせんとする時、我は主の元へ近付かん。

 雄大なる蓮炎の精霊を今此処ここに顕現せよ。

 ──魔剣《炎舞之剣フレアグラディウス》」


 俺は左手で《火弾ファイアボール》を絶対に2回以上避けるかルートを膨らませるかしないと避けられないように撃ち、同時に《炎舞之剣》を詠唱で造り出す。

 しかし彼女は魔剣の風で俺の火の球を吹き飛ばし、勢いを殺すこと無く一直線に俺のところへ突っ込んできた。

 間に合わないと悟ったのでポケットに入れていた《魔力短剣マジックダガー》を左手に持ち、不格好ながらも一撃を後ろに流す。


 殆ど合間無く足を止めて振るわれ、学生証に刃が突きつけられる──ソレまでの一瞬に魔剣を縦に構えて真正面から受け止める。

 ガギィン! と凄まじい音と眩い火花が視界を照らし、手首や肘に鈍痛が走った。

 風の元素魔力を宿しているのでそこまで魔力は削られないが、威力が高すぎる。


「おっも……!?」

「へぇ……やっぱり受け止められるかぁ。騎士団小隊長クラスでも私のこれを受け止めるのは難しいんだよ? やっぱすごいね」

「ハッ……マグレだろ。見ろ、鍔迫り合いは完全に押されてる」

「そりゃあ私が上から抑え込んでるからね。流石にここを弾かれる程ヤワじゃないよ」


 横に流したり弾いたりしようと力をこまめに変えているが、ソレら全てに対応するように力の加減、向きを変えられる。

 このままではマズいと思った俺は《火弾》を創り出し、彼女の学生証へぶっ放す。

 至近距離なら爆発で巻き込めるし、躱すことは難しい筈だ。


 彼女もわかっているのか小さく舌打ちを漏らすと、俺の剣を一度強く押さえ込んだ後距離を取るようにバックステップする。

 そして迫る橙色の火球を地面が揺れる程の風圧で掻き消し、訓練場に細やかな火花を散りばめる。

 俺が想像よりもやれると思ったのか、視界の端に映るクラスメイトらは驚愕や興奮の眼差しで俺たちを見ていた。


「……すごい、下級魔法とは思えないや」

「そっちこそ、純粋な剣術とは思えないぞ」

「10年近く振ってれば自然とこうなるよ。君の魔力こそ、まるで龍人族みたい」

「……そんな歳食ってるように感じるか?」

「別におじいちゃんみたいって言ったワケじゃないからね!? 長年触れてきたような扱いの上手さだって褒めてるんだよっ!」

「ああ、なんだ。勘違いしちゃったわ」


 ソシエールはいい子だ。

 暗に老けてるって言いたいのかと勘違いしたが、そんなわけはなかった。

 いやまぁ流石に冗談だが。

 こんな風に冗談でも言ってないとやってられないぞ、コレ。


 接近戦にはかなり自信があるのに、彼女相手では手も足も出ない。

 常に防戦一方になるし、距離を引き離せてもソレは振り出しに戻るのと同じ。

 状況が良くなりはしない。


 負けてもいいが、負けたくはない。

 どうすればソシエールに隙を作れる?

 どうすれば俺の刃を彼女に届かせられる?

 どうすれば、どうすれば──。


「風神流、一式──《疾風迅雷》!」

「まっず──うごっ!?」

「はあっ! とっ! せりゃっ!」


 速い速い待て待て待て!


 見覚えのある足運びで一瞬の間に距離を詰めてきたソシエールは左下から斬り上げ、俺の学生証を的確に狙ってくる。

 受け流すのは無理だと思ったので思いきり上から魔剣を叩きつけ、俺が上になる鍔迫り合いに持ち込むしかない。

 しかし──簡単に跳ね上げられた。

 一撃の重さが違いすぎる。


 予想外の威力を殺すことなく後ろに下がり魔剣を構えると、ソシエールは中段に構えた魔剣を煌めかせながら突っ込んできた。

 殺す気なんじゃと思うほどのスピードを上乗せしたひと太刀を受け、再び俺が不利な状態の打ち合いをする。

 一瞬の手の返しや僅かな硬直の間に学生証目掛けて刃を振るい、追撃の炎を向けたりするがやはり届かない。


 寧ろその攻撃の隙間に的確に剣筋を通されて掠り傷が増えていく。

 ローブの繊維は硬いのでそこに関する問題は無いものの、鋭い痛みで動きが鈍る。

 今までも同じような状況に陥ったことはあるが、治癒魔法の使えない俺は闇魔法でしか対処できない。

 追い詰められていくのを感じる。


「はははははははははっ! こんなに私の攻撃を捌ける人は久しぶりだなぁ! 君は本当に面白い人だねっ!」

「そりゃ……ありがたいこったな──ッ!」

「っと、危ない危ない。攻撃に集中しすぎてたか。悪いクセなのはわかってるけど、中々治せないもんだねぇ」

「コレも届かねぇのかよ……イカれてる」

「一言一句違わず君に返すよ。君みたいな人の名前を知らないなんて、世の中不思議なこともあるんだね」


 ………。

 今のひと幕で、少なくとも彼女の友人として足るくらいには力は示せたと思う。

 しかし、俺じゃあいつまで経っても彼女に勝つことはできそうにない。

 疲れてきたし、そろそろ潮時かもな。


「………」

「ん? どうしたの?」

「疲れた……このままじゃ大ケガを負う気がするから、勘弁してくれないか」

「なるほど──だめっ」


 え、なんで? 酷くない?

 叩き潰さないと満足できない性分ですか?


「勿論私も疲れてるし、授業ではあと1、2回戦うことになるから温存はしたい。でもね──本気を出さずに降参するような人に勝つのは、自分を許せないかな」

「………」

「あの時と魔剣も違う。仮に魔力消費量の問題だとしても、魔物円陣モンスターサークルの時より込めてる魔力が少ないよね? 私はそんなもの使わなくてもいいくらいの相手ってこと?」

「それは違──っ」

「私が君を選んだのは、あの時の君がすっごく強くて、綺麗だったから。対して今の君はどう? ……事情があるのは察するよ。でも1回くらいは応えてくれてもいいじゃん」


 ……自分で結界は割れない。

 そもそもここでそんなことをしては、積み上げてきた彼女との関係が瓦解する。


 根本的に、魔剣を変えたところでどうにかなる問題ではないのだ。

雄鶏殺しレーヴァテイン》を使っても大した意味は無い。


 俺は俯き、横の方で俺たちを見ているアリスに視線だけ向けて問う。

 しかし、彼女は何もしなかった。

 ただただ無表情で、俺を見つめている。

 頷きも首を振りもしない。


 次第に、ゆっくりと唇が動く。


『あなたのいしはあなたのいしです』

『わたしのことはどうかきにせずに』


 あなたの意思はあなたの意思です。

 わたしのことはどうか気にせずに。


 ……嘘だろ。

 アリス、俺はあなたの駒なんだ。

 あなたの意思に従って局面を動かすんだ。

 ソレを手放すなんて、何を考えてるんだ?


 意思……ソレは邪魔なモノ。

 過去も今も、意思を持つ俺に存在価値は無いに等しい──そう思っていた。

 だが、彼女は違うと言う。

 彼女の言葉は今の俺にとって絶対。

 ならば、応えるのが俺の責務なんだろう。


 きっと、そうなんだ。

 たとえ間違いだとしても、俺は地獄でも天国でも彼女に付いていく。

 どれだけ険しい茨の道だったとしても、今までと違って道があるだけありがたい。


 俺の意思、俺の望み。

 戦いに生きてきた俺の意思は、いつまで経っても変わることはない。


「──じゃあ、これで最後にしよう」


 俺はゆっくりと、そう答えた。

 顔を上げた時、ソシエールは嬉しそうに笑って剣を構えていた。

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