第19話【2】

 実践訓練場は受験で来たことがある。

 中は相変わらず綺麗で広々としており、数組なら同時に模擬戦が行えそうだった。


 俺が入った後しばらくしてアリスがやって来ると、丁度授業開始の時間になる。

 部屋の壁に寄り掛かる視線の先、エグゼ先生が今日の授業について説明を始めた。


「うん、皆揃ってるね。それじゃあ早速実践対人戦闘をしようか。基本のルールは受験の時にやったのと同じになるよ。武器はアリだけど毒などの使用が発覚したら即退学になるから、居ないとは思うけどやめてね」


 誰もがわかっているであろうことを改めてそう言うと、先生は早速といった感じで最初に戦うペアを選んでいく。

 どうやら学籍番号の早いヤツとそのペアを選んでいるらしく、アクシアとアリスは最初のグループになっていた。

 アクシアは以前俺と共にダンジョンへ潜った火属性が適正の女子、アリスはクールな印象を受ける女子が相手なようだ。


 その他ふた組も居るが、彼女たちほどの存在感は感じない。

 あまり気にする必要は無いだろう。


 クラスメイトは6割がアリス、2割がアクシア、その他がふた組に注目している。

 俺もアリスの方に視線を向け、改めて彼女の戦いを見ることにした。

 以前やりあった時は夜だったし、しかも途中光魔法で目を潰されたから満足に見れなかった──まぁ、あの時の記憶は曖昧なのでどちらにしろ覚えていないだろうが。


 とにかく、彼女のことを知る絶好の機会。

 見逃すわけにはいかない。


「よろしくお願いします、マグノリアさん」

「ええ、よろしく」


 彼女の相手はマグノリアと言うらしい。

 アリスには及ばないが肌で感じる彼女の魔力量はかなり多く、期待が膨れる。

 未だ杖を突いたままのアリスは不敵な笑みを浮かべており、自身の絶対的な勝利を確信しているようだった。


「それでは──始めッ!」


「《土弾アースショット》!」

「《魔力断絶マジックシャッター》、《精霊乱舞フェアリーダンス》」


 先生の合図とほぼ同時にマグノリアは6つ土の弾丸を放つ。

 一方アリスは杖を突いたまま『ふたつの』魔法を使い、全ての《土弾》を防いだ後ふわりと浮かび上がった。


 こうなることがわかっていたのかマグノリアは好戦的で苛烈な微笑みを浮かべ、アリスも応えるように薄く笑う。

 たった一度の魔法のぶつかり合いなのに、そこに満ちる空気がガラリと変わる。

 今のひと幕でわかった。


 アリスは、圧倒的だ。


 並行魔法生成は普通口でひとつ詠唱をしながら頭の中でもうひとつ魔法を創り出し、同時に放つという技術だ。

 しかし、彼女は詠唱を短縮し、かつ上級魔法である《魔力断絶》を使った。

 更に言えば、彼女が今飛ぶ為に使っている魔法は王級風魔法だ。

 王級は詠唱して使えたら戦線で大活躍できるほどなのに、ソレを殆ど詠唱せずに他の魔法と並行して使う──。


「……むちゃくちゃだ」


「相変わらず、貴方の造る障壁は硬いわね。下級魔法じゃビクともしないわ」

「魔力量には自信がありますからね。……つい最近、それを打ち砕かれましたが」

「貴方がそんなことを言うなんて、珍しいこともあるのね。貴方が誰かに負けるところなんて、想像もつかないけれど」

「ふふっ。あなたもいずれ、見ることになりますよ。さて、それでは──」

「ええ──いくわよ」


 凄まじい気迫が溢れたと思ったら、マグノリアが強く地面を踏みしめ地面スレスレを飛ぶアリスの元へ駆け出した。

 アリスは迎撃するつもりなのか特に動いたりはせず、右手の杖を放る。

 宙に浮かぶ魔法を常に使いながらというハンデを背負うことになるが、ソレよりも体を自在に動かせるメリットの方が大きい。

 なるほど、道理で俺の攻撃も軽く躱されてしまっていたのか。


 マグノリアはある程度の距離に達すると詠唱無しで《土弾》を生成し、四方八方からアリス目掛けて撃ち出す。

 しかし、アリスはその全てに対応するように風魔法をぶつけて相殺する。

 そのまま迫り来るマグノリアへ一直線の光の矢を放ち、白い軌跡が空気を焼いた。


「危なっ──!」

「姿勢を崩しすぎですよ。《光線シャインアウト》」

「《重力波オーバー・グラビティ》……!」


 3本ほどの光線は避けられないと思ったのか彼女は強力な重力場を創り出し、その軌道を半ば無理やり歪める。

 熱光線は床へと突き刺さり、アリスは少しだけ驚いたように目を見張った。

 すぐに両者とも楽しそうな笑みを零し、再び土魔法と光、風魔法が飛び交う。


 コレは、入学の日に見た生徒会のふたりに勝らずとも劣らない戦いだ。

 今のところアリスは一歩も──飛んでいるので比喩表現だが──動いていない。

 しかし、その圧倒的な強さに食らいつけるマグノリアの力は、同年代ではかなり突出していると言えるだろう。

 土魔法か……一度戦ってみたいな。


「《無空間ゼロ・マテリアル》!」

「《創造クリエイター》」


 発動はやっ……!


《無空間》は空間へ魔力を伝わせることによって発現するのに、詠唱が終わるとほぼ同時に空気が消えるのを感じた。

 すぐにアリスが聞いたことのない魔法で打ち消したものの、対応が遅れれば薄い空気と魔力の中戦うことになっただろう。

 ……俺が戦ったら、負けるかもな。


「くっ……ことごとくわたくしの手を潰すの、性格の悪さが表れてるわね。貴方の勝ち方は本当に何も言い返せなくて嫌になるもの」

「褒め言葉として受け取っておきます。そんな嫌味な人間と仲良くしてくれるなんて、あなたは本当にいい人ですね」

「ぅ……うるさいっ」

「ふふ。さて、あまり長引かせるものでもありませんし、再開しましょう」

「ええ、そうね──《亜空圧縮アルファ・プレッシャー》」

「──!」


 空間の歪みによって生まれたプラズマが訓練場に走り、多くの人が目を瞑る。

 しかし俺やアリス、レキシコン、その他数人はそこに映る凄まじい光景を目にした。

 土属性魔法特有の圧力で乱れる《素魔力エーテル》に次々と彼女の《形式魔力タイプ・マナ》が混じり、夥しい数の《土弾》を創り出す。


 アリスも驚愕で大きく目を見開いたが、まるで受け入れるかのように瞼を下ろす。

 いつの間にか黒く光る大剣を持つマグノリアはその弾丸の嵐の中を駆け、アリスの学生証へと刃を振るう。

 魔法の対処、大剣の対処。

 どちらも行うには、絶対的に時間が足りない──ソレを向ける相手が、普通なら。


「《削除デリート》、《魔力収束リミテッド・プログレッシブ》、《疾風ソニックウィンド》」

「なっ──ウソでしょ!? ぐぅ……ッ!」

「わたしも、あれから成長したのです。人形のアリスはもう存在しない。あなたの力には驚きましたが、以前のような殺す気が薄いのは頂けませんね」


 驚愕、愉悦、賞賛──様々な感情の混じる温かなアリスの眼差しは、マグノリアの胸元にある学生証を確かに射抜いていた。


「──《光線》」

「《重力──きゃあっ!?」


 ひと筋の光線が他の何にも遮られることなく駆け抜け、寸分違わずマグノリアの学生証の結界に突き刺さる。

 パキリ、と聞き覚えのある音と共に、そこにあった結界は粉々に砕け散った。

 それと同時にアリスの方の結界も消える。

 勝敗が、ついたのだ。


 ……なんだ、今の。


 誰も言葉を発しない。

 ただただ、圧倒されてしまった。

 並行魔法生成は普通ふたつが限界で、冥級魔術師でも3つが精々なのだ。

 常に《妖精乱舞》を使い、他の魔法を入れて4つ……最後のもそうなら、5つだと?


《削除》と、恐らく《魔力収束》で対抗レジストし、通常よりも威力の高い《疾風》でマグノリアの姿勢を崩す。

 そして完全に隙を作ると同時に全属性元素中最も速い《光線》で学生証を貫く。

 普通じゃない──脳みそが焼ききれてもおかしくないくらいの魔法たちだ。


 コレは果たして、人間が到達できていい次元のモノなのだろうか?


「……完璧、完敗だわ」

「わたしはこの国の最後の砦のようなもの。簡単に負けるわけにはいきません。……ですが、あなたはその力を誇ってください。わたしに4つの魔法を使わせたのは、あなたを入れてたった4人なのですから」

「慰めなんていらないわ。落ち込んでなんかいないもの。……でも、ありがとう」

「ええ」


 地面に降り立ったアリスは杖を拾い、マグノリアに左手を伸ばす。

 若干悔しそうな、しかし達成感に満ち溢れ微笑みと共に、彼女はその手を握り返す。

 美しい友情と、圧倒的な強者による絆がそこには生まれていた。


 俺も周りと一緒になって、彼女らに賞賛の拍手を送り続けた。

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