第18話【2】

「さて、そろそろ皆実力の下地も十分になっただろうから、今日は普段と違う実践授業をするよ」


 1限目の座学で無詠唱魔法生成について習った俺は、エグゼ先生のその言葉を聞いてなるほどと納得した。

 座学で主に習うのは魔力の操作や魔法陣についてのモノなので、無詠唱魔法生成なんて実践的な内容は珍しいのだ。

 しかし、確かに習った後すぐに実践授業で扱ってみれば頭と体の両方で覚えることができるのかも知れない。


 魔法が如何に不可思議なモノであっても所詮座学は座学なので、そこまで楽しいというわけではない。

 その証拠にクラスメイトたちはワクワクとした感情を全面に出している。

 勿論、俺も楽しみだ。


 このクラスのレベルは高い。

 アリスやソシエールほどの人は少ないが、それでも人の成長というのは中々どうして見ているだけでも面白い。

 どんどんその水準が上がっていく光景を想像するだけで心が踊り出しそうだ。


「今日はダンジョンではなく──対人戦だ。クラスメイトとの一騎打ちで、序列戦と同じ形式で戦ってもらうよ」


 序列戦──年に5回ある、この学校での成績の大部分を占めるモノを賭けた戦い。

 基本的に1対1で、相手の意識を奪うか胸元に着ける学生証の結界を壊すかで勝敗を測るというモノだ。


 一撃一撃の威力、相手の適正属性元素との相性、魔法のスピード、密度──あらゆる要素が重要な正真正銘の対人戦。

 魔物とのソレとは違う、当人同士の能力のぶつかり合い。

 殺し合いとまではいかなくとも、ヒリついた空気感を想像して身震いする。


 戦いと聞くと、どうにも昂るな。

 自分で言うのもアレだが、俺はたぶん戦っている時が一番生き生きとしている。

 と言っても、今日のコレはあくまで授業。

 楽しみはするが、学びも得たいところだ。


「それじゃあ、ペアを作ったら実践訓練場に向かってね。校庭が良かったんだけど、生憎3年生の授業と被ったんだ。ごめんね」


 申し訳なさそうな先生には誰も非難を向けずにどんどんペア決めが行われる。

 俺は正直誰が相手でも良いので教室をボーッと眺めることにした。

 今回のコレは以前のダンジョンのように長時間を共にするわけではないし、アリスからの指示も特に無いからな。

 しつこくソシエールをペアに誘って勘ぐられでもしたら、今までの努力が水の泡になってしまうかも知れん。


 ──なんて理由を並べてみたが、実際は単に話し掛けるのが怖いだけだ。

 ここに来るまでの人との関わりは戦場と地下室でだけだったからか、コミュニケーションがマジで下手すぎる。

 コレも課題なのかも知れんが、表のアレコレはアリスの役目だと彼女も言っていた。

 俺が無理する必要は無い、うん。


「プリシラさん、一緒にやらない?」

「オレとやろうぜソシエール!」

「ソシエールさん、わたくしと1戦お願いできないかしら」


 おぉ……人気だな、あの人。

 アリス曰くこの国でも指折りの魔剣士らしいし、この機会に戦ってみたいというヤツはやはり多いようだ。

 近くでは同じようにレキシコン、アリスが人に囲まれており──アリスは好意的な女子と敵愾心剥き出しの男子にだが──見ているだけでこっちの気が滅入る。

 やはり傍観に限るな。


「んふふ、皆ありがと! でもごめんね。私今日は最初にやりたい人が居るんだ」


 ええー、とソシエールの言葉に不満やら興味やらが混じった声が上がる。

 そんな光景を見て欠伸を噛み殺し、涙が両目を満たしている間──妙に鮮明な足音が耳に入ってきた。

 ソレは少しずつ大きくなり、俺の方へと近づいてきているのがわかる。

 勿論、その人物は──。


「約束してたよね、シグマくん?」

「………」


 手合わせって、このタイミングかよ……。


 嫌がっているのが顔に出ていたのか、ソシエールはおかしなモノを見たように笑う。

 周りのヤツらは俺と共にダンジョンに潜った人以外は、驚いたような表情を浮かべたり嫉妬を瞳に宿したりしている。

 コレが所謂いわゆる、針のむしろと言うのだろうか。


 やはりソシエールは有名らしく、こうして関わっていると注目を浴びるな。

 アリスにちらりと視線を向けるが、少し頬を膨らませながら頷くのが目に入る。

 こういう場合の手も考えてあるのか。

 流石だ。


「……ダンジョンの時ほどやれないけど、それでもいいか?」

「うん、勿論っ! でも私相手で本気を出さないでいられるかは、わからないよ?」

「ハッ、そうだな。アレが自分に向けられるのを想像すると結構怖いわ」

「んふふ……、絶対勝つ」


 やだ、すごい熱気……そんなに対抗心を燃やさなくてもいいんじゃないですかね。

 あまり熱い眼差しを向けると融けるぞ。


 ソシエールとの戦いは結構本気でやりたいのだが、あまり人前で魔剣を使う戦いはしたくないのが本音だ。

 確かに《魔力短剣》で適当にしていられるほど余裕が無いのはわかっている。

 しかし、彼女には悪いがここで負けたとしても俺に損害は無い。

 きっと満足はさせられないだろう。


 ライバル視されているのは素直にありがたいけど、こっちにも事情がある。

 築いてきた関係に罅が入るとしても、アリスの方が優先度は圧倒的に高い。

 力だけは余りあるし、ソシエールよりもアリスの役に立てる自信はある。


 ……まぁ、後でどうすべきか聞くか。

 案外この国では魔剣程度なら誰でも使えるかも知れんし、下手に手を抜いては俺だけでなくソシエールの目も侮られる。

 ソレは双方にとっても宜しくないからな。


「そろそろペア決めは終わったかな? 僕は先に実践訓練場の鍵を開けに行くから、皆も遅れず来るようにしてね」


 ──侮られた方がいい可能性も、無くはないのだろうが。


*  *  *


「──で、どうすりゃいい」

「ふむ……今日はクラスメイトの目もあることを考慮すると、中々難しいですね」


 トイレで少し時間を潰し、実践訓練場までの間アリスへ相談をする俺は《魔力短剣》を手の中で弄び思考を巡らせる。

 この短剣の軽さにも大分慣れ、今では薙刀程ではないにしろ体の一部かのように振るうことができるようになってきた。

 しかし、ソシエールの魔剣のリーチを考えるとコレでは到底太刀打ちできん。

 もしも接戦をするのなら魔剣を使う、もしくは他の得物を使う必要があるだろう。


 俺とアリスの間に挟まれたアクシアはかなり居心地が悪そうだが、無言で俺たちの関係を隠してくれている。

 その先の彼女は床を見つめながら杖を突いて思考を巡らせているようだ。

 俺はこの国のイレギュラーだし、扱いは丁寧にしなければならない。

 だがソシエールとの親交も大事にしたい、と板挟みな状況ということだ。


「シグマさん、確か魔剣を造る魔法は上級、王級、聖級にあるのでしたよね」

「ん、ああ、そうだな。意外と刃の強度とか纏う炎のエネルギーとかが変わるんだ」

「なるほど。時に、ダンジョンではどこまで使ったのでしょうか」

「王級だな」

「王級……。上級魔法は扱える人なら扱える、というのを加味するなら、使う魔法は上級までに抑えてくだされば構いません」


 お、マジか。

 上級なら《炎舞之剣フレアグラディウス》が使えるし、ソシエールともマトモな戦いができるだろう。

 だが炎の追撃は簡単に防げるし、純粋な剣のぶつかり合いになりそうだ。

 俺の剣で彼女を満足させられるかどうか、イマイチ自信が持てないな。


 薙刀ならまだしも、剣は少し苦手なのだ。

 魔物は魔力が単調だから動きを読んで斬れるものの、ソシエールほどの人の動きなど読んだところでどうにもならん。

級長戸しなとの風》なんて使われようものなら、防ぐ間も無く腹が真っ二つだろう。


「わたし以外にも魔法の扱いに長けた人は結構居るので、多少目立つ程度で済むでしょう。寧ろいきなり力を見せると信用よりも畏怖が上回るので、そちらの方が良いですね」

「今の段階から周りの認識を積み重ねていくってことか? つっても俺にできることなんて戦争くらいだけど、大丈夫?」

「自身を卑下しすぎです。シグマさんは魔力操作、探査が得意な上、魔力量も多い。それだけでも十分なのに戦闘能力も高いので、お仕事の候補は沢山ありますよ」


 ──仕事。

 仕事か、そうか。

 俺がこれからずっとアリスに忠誠を誓って生き続けるのなら、この国で何か職に就くのが道理というモノ。

 漠然とアリスに仕えるというだけでは、あまりにも足りなさすぎるな。


 この国は好きだ。

 平和で、綺麗で、楽しい。

 今まで俺が──俺たちが侵略してきた国の中にも、似たような場所があった。

 ソレらを滅ぼしてきた償い、と言うには俺の背負う罪が重すぎるが、罪滅ぼしにここの役に立つのもいいかも知れん。


 まぁ、まずはこの後のことを考えよう。

 将来を考える時間はまだまだある。

 俺が生きているのはいつかの過去でも未来でもなく、今この時なのだから。

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