第17話【2】
入学から3週間が経った。
俺は順調に平和な生活を送りつつ、ソシエールやレキシコンとの仲もそれなりに深くなってきている。
スタートの頃は不安だったが、こうして過ごしてみると案外上手くいくものだ。
親友と呼べるような人は居なくとも、学生としてはこれ以上無いほどに良い学園生活を送れているのではないだろうか。
だが、俺にはひとつ課題がある。
課題というのは少し大袈裟だが、いつか解決しなければならない問題だな。
ソレというのが──俺は未だ、アクシアとの関係が悪いままなのだ。
それなりに認めてもらえたとは言えこのままギスギスとしていては学園で不満が爆発しないとも限らない。
彼に限ってそんなことは無いだろうとわかっていても、このまま燻り続けるというのも居心地悪い。
というわけで、俺はアクシアと共に学園へと向かうことにした。
彼はトレーニングがてら徒歩で通学することも多いので、それに同伴する。
もの凄く嫌そうな顔をされるも、特に咎められることはなくひと安心。
ため息をついて彼は歩き出した。
「一体何が目的だ……」
「別に無い。単に親睦を深めようと思って」
「僕とか? そんなことをして何になる?」
「気が楽になる」
「ならば尚更、親睦を深めるのは無理な話になるぞ。僕は貴様が嫌いなんだ」
取り付く島もない。
「俺の国には『嫌よ嫌よも好きのうち』って言葉があるらしい。拷問という行為を正当化する為に作られたらしいが」
「僕がそうだと? 勘違いも甚だしいな。貴様に好意を抱くくらいだったら死んだ方が3倍マシだ」
どんだけだよ。
もはや子どもが意固地になっているだけのようにも思えるが、逆にそういうヤツの説得こそ難しいんだよな。
納得できるだけの理由を作れれば良いが、生憎俺の手札に彼の心を動かせるだけのモノは存在しない。
泣き落としなんて通用しないだろうし、もっと長い時間を掛けて信頼を得なければスタートラインにも立てなさそうだ。
好きの反対は無関心、と言うくらいだし、嫌いを好きに変えるのはまだ無理だろう。
「ひでぇ……。アリスを支える同士として仲良くしてくれよ」
「必要無い。……そもそも、僕の方がアリス様に守られてるんだ」
「なんて?」
「なんでもない」
ぬぐぐ……難攻不落すぎる。
そもそもコミュニケーションすらも拒否されているから、会話の展開すらできん。
何か共通の話題でもあれば良いのだが、俺は彼のことを殆ど知らない。
唯一知っているアリスのことは恐らくタブーだし、本当に話のキッカケが無いな。
ただ、かなり前に聞いたことがある。
人は秘密を共有すると、仲間という存在に認識が変わって仲が進展するらしい。
明かせない秘密が多すぎる気もするが、アリスにも言っていないが口に出せるモノなら少しだけある。
俺が勝手に喋る分には大して気にしないだろうし、試してみるか。
「じゃあ俺がお前と仲良くなりたいと思っている証拠として、ひとつ誰にも打ち明けてないことを話すな」
「話さなくていい。どうせ何も変わらない」
「なら独り言とでも思ってくれ」
そっぽを向いて歩く彼は微塵も俺に興味無いようで、ソレに落胆しながらも俺は別に秘密にもしていないことを話し始めた。
「俺は魔剣を使ったり《
「………」
「槍も良いが、広い範囲を攻撃できて、かつ距離もある程度確保できる薙刀はめっちゃ使いやすいんだ。ブレイズ王国で《終焉の告げ人》なんて恥ずかしい二つ名を貰うくらいには使いこなせるぞ」
「……ふん」
お、若干興味アリか?
以前強くなりたいと一緒に鍛錬をするよう頼まれたが、一応彼よりも強い俺の過去の話ってのは多少気になるのだろうか。
別に面白みも何も無いが、取っ掛りにはなり得るかも知れん。
「まぁ火属性魔法は剣しか造れないし、今となっては宝の持ち腐れだけどな。そこでアクシア、今後の鍛錬で一度でも俺に薙刀を出させたら、何でもひとつ言うことを聞くってのはどうだ?」
「……完全に独り言ではなくなったな」
「おっと失敬。で、どうだ? 明確な目標があった方が人は強くなれるらしいぞ」
「ふ……確かに貴様に一矢報いるのを第一目標とするのも悪くない」
「決まりだ」
仲が進展した──とは口が裂けても言えないが、ただ嫌われているだけという状況は打破できたのではないだろうか。
言うことを聞く云々は無理に等しいのでどうでもいいし、アリスに誠実な彼の言うことなら聞くのも別に悪くない。
死ねとか言われたら流石に嫌だけど、その頃には多少なりとも関係は改善できているだろうし、問題は無い筈だ。
薙刀──最後に握ったのは、入学前に光属性のダンジョンに潜った時か。
その辺のヤツには負けないと思うが、相当鈍っているだろうことは想像に難くない。
そろそろ呪いの方も心配な時期になってきたし、浸食度の低い今のうちにまたダンジョンにでも潜るか。
「ちなみに、アクシアの得意武器は何だ? 前は剣を使ってたが、魔法と絡めたらかなり威力が落ちてたし、別に一番ってワケじゃないんだろ?」
「双剣だ。僕は見ての通り体格に恵まれていないから、一撃一撃の威力よりも手数を重要視しているんだ」
「双剣……! 良いな、かなり良い。でもなんで普段からソレを使わないんだ?」
「……色々、あるんだ」
「そうか。そうだよな」
言いたくないことのひとつやふたつ、あるのが当然というものだ。
無理に聞き出すようなことでもないし、彼が納得しているのならそれでいい。
──でも、何故だろう。
理由があるわけでもないのに、聞かなければならないとどこか感じてしまうのは。
この感覚があった時、大抵はその嫌な予感が当たっていた気がする。
だが、今はその時じゃない。
焦って判断を誤れば、そこに生まれるのは悲劇でしかないのだから。
まだまだ時間はたっぷりある。
いつの日か聞ければ、それで良い。
「んじゃ、そろそろ別れるか。アリスやお前との関係はまだ秘密にしろって言われてることだしな」
「貴様が勝手に付いてきただけだろう」
「そうだな、悪い。じゃあな」
俺は軽く頭を下げてから教科書の入った鞄を片手に走り出す。
ここが引き際だろう。
そろそろ学園の生徒の姿が見え始める場所だから、別れるのは元々決まっていたことなんだがな。
まぁ、結果としては悪くない。
『大嫌い』から『嫌い』に変わっていれば万々歳といったところだろう。
それに、彼との関係はハッキリ言ってそこまで重要というわけではないしな。
ソシエールとの仲の方が優先だ。
でも、そうだな。
利益云々でなく純粋に仲良くなりたいと思える人は、彼が初めてかも知れん。
将来楽しくアリスのことでも語り合えたら良いな──なんて。
「……別に、嫌だったわけじゃない」
風を切る音だけが、
* * *
人界歴 18XX年 4月26日。
殿下は変わらずクロノワール家に滞在。
朝になると学園へ向かうが、今日は他人と共に登校をしたようだ。
名を、アクシア・オルフェウス。
執事見習い兼、アリス・メビウス・クロノワールの最も身近な手駒。
特に秀でた能力は無いが、あの家の者は全員警戒すべき対象である。
今後も要観察だろう。
殿下は内部からメビウス王国を崩そうと潜り込んでいるのだろうか。
しかし、クロノワール家が簡単に他所の人間を受け入れるとは思えない。
一体何をしてあの家に潜り込むことができたと言うのだろうか。
殿下の考えは不明。
学園は結界が強く侵入不可。
スパイを送り込むことも考えたが、リオン・メビウス・クロノワールに勘づかれないほどの人材は少ない。
それをギルド本来の仕事以外に回すのは難しいので、諦めるしかないだろう。
殿下は心から楽しそうに笑っている。
ブレイズ王国で戦っていた時の狂喜に満ちた残虐な微笑みと違い、安堵や幸福が滲み出た年相応のものだ。
殿下にとっては、ここの方が居心地が良いのだろうか。
今後しばらくは傍観を貫くつもりだ。
だが、いつかは殿下の状況について本国に伝達する必要がある。
それを念頭に置くこと。
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