第15話【2】
装飾品を買った後もウィンドウショッピングに勤しんだ俺たちは、時鐘が鳴ったからと昼食を摂ることにした。
俺たちはあまり目立たないようにと平民らと変わらない格好をしているので、普段は入らないような店に入った。
いつもとは違う体験を、と思っていたので王族には馴染みの無い場所だ。
酒場、とまでは言わなくともそれなりに騒がしいそこは、アリスにとって新鮮に映ったことだろう。
しかし、店内に満ちる料理の香りはクロノワール家のメイドさんの料理に勝らずとも劣らないほどのモノだ。
この香りをおかずにパンを食べられそうなほどにはいい匂いである。
「むむ……そう言えば、メイドたちは美味しい料理を出してくれますが、その名前などは教えてくれませんね。どれがどんなものなのか、まったくわかりません」
「奇遇だな。俺も何もわからん」
「しかしこうして店を開いているのですし、あまり過激な料理も無いでしょう。究極お腹を満たせればそれでいいですしね」
「まぁそうか」
そんなやりとりと共にそれぞれ注文をし、落ち着いたところで会話を交わす。
「シグマさん、今日は本当に、ありがとうございます。わたしは未だあの部屋に閉じこもっているのだと実感でき、それを破ろうと心から思えました」
「別にそんな壮大なモノじゃねぇよ。単にストレス発散にでもなればいいなと思っただけだからな」
彼女のこの様子なら、その目的は達成していると言えるだろう。
俺に向けてくる微笑みも普段の少し無理したようなソレと違い柔らかく、温かい。
普段とは違うことをしてインスピレーションでも湧いてれば、一石二鳥だな。
「……今日は楽しかったか?」
「ええ、とっても。わたしの人生の最盛期と言っても過言ではないほどに」
「なら良かった。でもまぁ、あと少しぶらついたら帰ろう。足も疲れてきただろ」
「……見抜かれていましたか」
「当たり前だ。何年一緒に居ると思ってる」
「1ヶ月と少しでしょう。知った顔をするにはまだ早いですよ」
「そうだったな」
適当な言葉を掛け合い、料理が運ばれてきてからはソレを無言で口に運んでいく。
俺は肉の何か、アリスはカルボナーラだ。
料理の名前も曖昧で適当に目に入ったヤツを頼んだが、美味いなコレ。
味はかなり濃いがしょっぱくはなく、実に俺好みの──懐かしい味がする。
戦争に勝った時などに食べた料理は確か、こんな感じの味だった気がするな。
数多くの人間の血を舐めた後だと言うのに何故ああも美味しかったのか、今思うと
今人を殺した後何かを食べれば、きっと全て吐いてしまうだろう。
「味が濃いですね。ちょっとツラいですが、こちらも美味しいです」
「そうだな。俺も好きだ、こういうの」
「1ヶ月に2回くらいこんな感じのものをメイドにリクエストする、なんて良いかも知れませんね」
「確かに。今までのも美味しいが、たまに食べるなら悪くない」
そう言いながらフォークを口に運んでは味わうように咀嚼する。
元々俺もアリスも会話は好きな方ではないので普段から口数が少ないが、食事中は特にソレが顕著だ。
無言でナイフとフォークを繰り、ただ目の前の皿に乗った料理を食していく。
俺が少し先に食べ終わり、すぐにアリスも皿を空にして手を合わせた。
気に入った、また来よう。
次は他の料理を食べたいところだ。
今まではあまり食に頓着が無かったが、この国に来てからは本当に美味しいモノばかりで舌が肥えてきた気さえする。
良いのか悪いのか、わからんな。
きっと幸せなことなんだろうが、
この国を出ていくのは、寂しいことだ。
「──シグマさん?」
「ん? どうした?」
「……いえ、なんでも。さて、次は何処に行きましょうか」
「そうだな……本屋でもどうだ。学術書じゃなくて小説とか読むのも悪くないだろ」
「わかりました。十分休めましたし、早速向かいましょうっ」
頷いてアリスの横に並び、ゆったりとした歩みで城下町を進む。
この国に来た時に感じた白を基調とした故の美しい街並みは相変わらずで、しかし以前のように忌々しく感じはしない。
純粋に綺麗だと、そう思える。
俺も随分と変わったものだ。
既に感情なんて擦り切れたものだとばかり思っていたが、ここに来てからは心が揺さぶられっぱなしだ。
戦い以外にも、色々と。
アリスの横顔を見る。
美しい輪郭と、可愛らしい桜色の唇が弧を描いているのが目に入る。
目の光は楽しそうに弾んでいて、その笑顔をずっと眺めていたいと思えてしまう。
「──ありがとう、アリス」
「……? こちらこそ、ですよ」
自らの中に眠る
片付けなければならない問題は山積みだ。
だが、今はこの残り少ないデートを心から楽しむことにしよう。
* * *
その後様々な店を回った俺たちは、その辺のベンチに座ってほっと息をついていた。
本屋で時間を使いすぎたせいで結構日が傾いているが、その分楽しかったのでデートは概ね成功したと言えるだろう。
好きな女の子と過ごす休日というのがこんなにも楽しいモノだとは、今まで思ってもみなかった。
やはり、自由というのは良いな。
「ふぅ……楽しかったですね」
「ああ。こういうのも良いだろ?」
「そうですね。これが癖になってはいけませんが、これからは時たまこういう風に遊び歩くことにします。心が軽くなりました」
「そうしろ。じゃあ帰るか──と、言いたいところなんだが」
「ふふ、やはり気づいていましたか」
俺たちは視線を地面に落としたままなるべく唇を動かさずに会話を続ける。
1時間ほど前から、どうやら俺たちは尾けられていたらしい。
気にするほどのことでもなかったのでデートの最中は無視したが、帰りまでソレを許し俺の正体を握られるわけにはいかん。
適切な対処をする必要があるだろう。
視線はアリスではなく主に俺の方に向いているので、姿見えぬ相手の狙いは俺だと考えて問題無い筈。
一体何が狙いなのか知れんが、先日のダンジョンでのことがあった後だ。
楽観視はできない。
「シグマさん、わたしは先に失礼しますね。対処は全てあなたに一任します。生かすも殺すも利用するも、あなたが決めてください」
「……ナチュラルに殺処分を選択肢に入れるあたり、アリスも大分毒されてるな」
「勘違いしているようですが、わたしは元々冷酷な性格ですよ。確かに王国民は守るべき存在ですが、不穏分子は違います。目障りな芽は摘んでおいた方が良いですしね」
「わかった。じゃあここでお別れだな」
「ええ、さようなら。また明日」
アリスはふわりと微笑むと本の入った袋を片手に杖を突き、王城に遠回りする道の方へと歩いていった。
俺はすぐにその背中から顔を背け、赤く輝く空をじっと見つめる。
未だ星は見えないが、三日月が雲の間からこちらを覗き込んでいた。
もうすぐ夜がやってくる。
夜は影に満ちている。
大丈夫、呪いはまだ、安定している。
仮にそうなったとしても、何も起きない。
「……俺も帰るか」
わざとそう口にして俺はアリスの行先とは反対方向に向かって足を踏み出す。
誰かに見られるわけにはいかないので、人の少ない路地裏の中に潜り込んでいく。
ヤツも人の多い場所で接触しようとは考えないだろうし、仮に戦いになったら俺が不利になるからな。
人の喧騒が遠ざかり、路地を抜ける風が頬をさらりと撫でる。
自分の足音すらも鮮明に聞こえ、聴覚が研ぎ澄まされる。
気配は……ひとり。
少しずつ距離を詰めているようだが、視線は一度たりとも逸らされない。
──暗殺者か?
仮にそうだとしたら、依頼人がわからん。
別に誰かの恨みを買うようなことをした覚えも無いし、何か重大な情報を握ったので口封じに、という可能性も低い。
アリスやソシエールと多少仲が良いのに嫉妬して、なんて理由では暗殺までことを運ぶとも考えにくい。
うーん……どうするべきか。
暗殺者ギルドがあるのは知っている。
しかしそこはあくまで暗殺に特化した組織なので、真正面からの戦闘が得意なヤツは少ない──と、思いたい。
どうせこのままじゃ埒が明かない。
誘い出して無理やり戦いのフィールドに上げて叩き潰し、その後拷問で情報を吐かせるのが一番無難か。
放置は論外だし、俺は頭脳労働が嫌いだ。
殺さない範囲で動くとしよう。
なに、散々人を殺してきたんだ。
どうすれば死ぬか、死なないかの境界線は他の誰よりも見てきた自負がある。
拷問の経験は無いが、死ぬ寸前の苦しみを何度も味わえば自然と口を開く筈。
背を晒した俺の隙は大きい。
大半は今がチャンスだと考えるだろう。
そこに突っ込んできたヤツを、絡め取る。
「──!」
「予想通り、か」
ナイフを片手に突っ込んできたので、体を屈めて足払いをひとつ。
意外にも予想できていたのかヤツはジャンプでソレを躱し、合間無く再び逆手に持ったナイフを構えてこちらに向かう。
暗器をよく見ると、薄らとだが緑色の何かが塗られているようだ。
恐らく毒だろうし、掠るのもダメか。
単純に死ぬだけの毒なら魔力を上手く使って誤魔化しようはあるが、麻痺毒だったら為す術無いからな。
鈍色の軌跡が赤い陽光を浴びて流麗に路地裏に踊る。
腕を伸びきらないし振りきった後の隙の消し方も様になっているな。
戦闘能力は高いとは言えないが、暗殺者としては確かに一流だろう。
「ッ……ッ──!」
「何が狙いで俺を狙ってるんだ? このまま続けても意味無いのはわかっただろ。大人しく投降した方が身の為だぞ」
「……!」
返答は無い。
口では尊大なことを言ったが、ナイフの他にも催涙効果のある道具や煙幕と言ったモノも警戒しているので、拮抗状態だ。
この程度のヤツに闇魔法を切るわけにもいかないし、だからと言って火魔法を使えば拷問以前に死ぬやも知れん。
長期戦も想定した方が良いな。
ナイフをいなし腕を外に弾き出す。
しかしその勢いを利用して回し蹴りを顔面に向かって放たれたので、上体を逸らして寸でのところで躱す。
そのまま手を後ろに着いてバク転をしながら蹴りを放ち、ヤツの顎を打ち抜いた。
結構良いのが入ったと思ったが、何ともないような表情で持ち直される。
タフだな、暗殺と言うくらいだから不意打ち以外はそこまでだと思っていたが、少々見誤っていたらしい。
だが──負ける想像はつかないな。
「まぁ、いいや。後でじっくり聞くか」
ああ、なんだろう──つまんないな。
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