第14話【2】

 入学式から2週間と少しが経った。


 今日は週に1回の休日。

 普段ならば軽く筋トレをしたり魔力操作の練習をしたりするのだが、俺は吐きそうな緊張と共に扉の前に立っている。


 この扉の先は、アリスの研究室。

 俺は今日、彼女をデートに誘おうと思う。

 下心があるのは勿論だが、彼女は最近少し根を詰めすぎているように思える。


 好きでやっているのはわかるが、だからと言ってそう何日も籠るのは精神衛生上良くないことは俺が最も理解している。

 彼女はあまり息抜きという行為を快く思っていないようだが、やはり人間である以上多少の休息は必要だ。

 俺は自分の欲望をふたつ満たす為、休日を使って彼女をデートに誘うのだ。


 ……吐きそう。

 え、なんでこんな緊張するの?

 女の子をデートに誘うってだけで朝食が今にも喉からリバースしそうなんだが。


「ふぅ……よし。いくか」


 俺は緊張を深呼吸と共に飲み込み、研究室の扉を軽くノックした。

 すぐに返事が聞こえてきて、ガチャリと音を立てながら開かれる。

 その先には、珍しく髪をポニーテールに結ったアリスが立っていた。


 やだ可愛い。

 普段の真っ直ぐなロングヘアも良いが、こうして結んであるのもまた可愛らしい。

 抱きしめたい。


「どうしました? 何か問題が?」

「いや、何も。……その、なんだ。ちょっと一緒に居たいなー、なんて」

「ふふ、随分可愛らしいお願いですね。丁度暇を持て余していたところでしたし、いいですよ。お茶を淹れますね」

「ありがとう」


 彼女に連れられて研究室の椅子に座り、研究机の上にある資料をちらりと見る。

 びっしりと文字列と数式が書かれており、この手の分野に疎い俺にはもはや暗号文にしか見えない。


 魔法の研究には計算も必要なのか。

 確か魔力測定も光量で行っていたし、色々な数値が関係してくるのだろう。

 よくわからん。


「どうぞ」

「ありがとう」

「ふぅ……。最近研究が少し行き詰まっていたので、こうしてあなたと話す時間が毎日待ち遠しいです。こう何度も失敗を直視するのは流石にこたえます」

「そうか……なんか、悪いな」

「あなたのせいではありませんよ。元々わたしは自身の魔力すら満足に理解できていないのですし、あなたのものを研究するのが早すぎたのかも知れませんね」


 魔力の研究は難しい。

 俺の母国にとって魔法とはただの殺しの手段であり、重要視されるのは汎用性と威力と効率のみ。

 ソレは魔法の仕組みを理解し、どうすれば最大効率で撃てば良いか、というその一点だけ考えればいい。


 しかし、彼女のソレは違う。

 彼女は魔法の本質を、魔力の本質を追い求め研究しているらしい。

 魔法とは、認めたくはないが、神の御業。

 俺たち人間が全てを理解するのはあまりにも傲慢である。

 故に、その理解に達した時、他の何にも勝る力と新たな未来を掴み取れる。


 アリスは、その一端に手を添えている。

 きっと彼女はそこにある苦しみに気づいていない、もしくはソレをわざと無視しているのだろう。

 目を向けてしまった時、きっと立ち止まってしまうきっかけになるから。

 だから、彼女は前を向く。


 なら、俺は。

 彼女を一生支えると誓った俺は。

 せめてその苦しみを和らげるのが、責務というモノだろう。


 下心は消え失せた。

 彼女の悔しそうで、しかしどこか勇ましい笑みを見れば、そんなモノはうにどこかへ飛んでいってしまった。

 俺の心配なんて必要無いやも知れんが、それでも──これくらいは。


「なぁ、アリス」

「ん?」

「デートしてくれないか。他に誰も連れず、俺とふたりきりで」

「──えっ」


 歩くあなたの肩を支えるくらいは、させてもらえないだろうか。


*  *  *


「ここに来るのも、久しぶりですね……」


 城下町、商店街。

 なんとかデートを了承してもらえ、俺は適当に店でも見て回ろうとアリスを連れてそこへと赴いた。


 彼女は真新しいモノを見るような目で商店街を見渡し、感嘆の声を漏らす。

 美しい灰色の瞳に映る景色は、一体過去の記憶とどれだけ違うのだろう。

 何度も景色を見回してはあちこちに歩もうと杖を突き出す姿は実に可愛らしい。


「なんだか、びっくりです。わたしが研究室に引きこもってる間、こんなにも見知った街が変わっているなんて」

「少し前に魔法以外に無気力だった、って言ってただろ。ソレが戻った今、こういうのを見たり楽しんだりしないのは勿体無いぞ」

「娯楽は、あまり好きじゃないんです。その楽しさを知ってしまったら、際限なく求めてしまいそうで」

「ソレが人間ってモンだろ。アリスは神にでもなるつもりなのか?」

「………。確かに、際限なく求めるのは今に始まったことではないですね。魔法への知識欲は、止まるところを知りませんでした」


 納得したように深く頷く。

 俺はアリスの足に合わせゆっくりと街の中を歩み、時たま彼女の横顔を盗み見る。

 普段は不思議な雰囲気の彼女は、年相応の少女の顔つきで視線を巡らせていた。

 ストレス発散になればいいのだが。


 しかし、こうして歩くと少し不思議だ。

 アリスはメビウス王国の第三王女。

 それなりに有名な名前だと思うのだが、こうしていても誰かにあからさまな視線を向けられることは無い。


 もしかしたら平民は、王族のアレコレなんて興味が無いのかも知れないな。

 幼い頃から兄弟で争うなんて、確かに下らなくてバカバカしい。

 微塵も気になりはしない。

 アリスが無事なら、他はどうでもいい。


「シグマさん、あそこに行きませんか?」

「ん……どこだ?」

「あの装飾品のお店です。最近魔道具の研究もしているので、ああいうモノの数が心許無くなってきたんです」

「あくまでも魔法が一番なんだな……わかった、行くか」


 コレが彼女なりの息抜きなのだろう。

 最優先のモノは確かに欠かせないし、行動の理由には最もしやすいか。

 俺もアリスの為ならば、たぶんなんだってできる気がする。

 流石に殺しは勘弁願いたいが。

 まぁ、いざとなればリオンを殺す覚悟くらいは既にしているつもりだ。


 アリスが示した装飾品店にはペンダントや指輪、ピアスなどがあり、本物の宝石なのか定かではないが綺麗な光景だ。

 俺は既にアリスから特製の髪染めペンダントを貰っているのでアレだが、彼女はそういうモノを基本的に身につけていない。


 魔道具の材料にしてしまっているのは容易に想像つくが、金の髪に青のピアス、イヤーカフなんかはとても映えそうだ。

 是非その御姿を見てみたい。

 絶対に可愛いからな。

 異論は認めない。


「沢山種類がありますね……内部に魔法陣を描くので、なるべく構造が簡単なものがいいのですが──」

「折角の機会だし、自分がつけるモノでも選んでみたらどうだ。新しい体験をするのも悪くないんじゃないか?」

「む……考えたこともありませんでした。自身の見た目にはあまり頓着が無いもので」

「元が良いから仕方ないのかも知れないな」

「……からかわなでください」

「からかってなんかない。本心だ」

「………。どれにしましょうか」


 少しくらい照れて欲しかった。

 ちょっとくらい意識してくれてもいいんじゃないですかね。

 まぁされたらされたで変な感じだし、寧ろコレで良いのかも知れないが。


 そんなことを言える筈も無く、俺はアリスと共に商品を端から眺める。

 宝石の価値の高低すら見分けられないが、どれも綺麗で彼女に似合いそうだというのだけは確信を持って言えるな。

 金髪にトパーズというのも良いし、ルビーの赤色が映える気もする。

 しかし、やはり青色が一番似合いそうだ。


 だが、単に青色の装飾品と言ってもここでもまた色々種類がある。

 学園での実践戦闘なども意識すると、ピアスなどは外すことになるだろうから首飾りが良いだろうか。

 指輪なんかも良いかも知れんが、男の俺が選ぶのは避けるのが無難というもの。

 やはりペンダントが良さそうだ。


「コレとかどうだ」

「ペンダント、ですか。結構大粒で、確かに寂しい胸元に丁度良いかも知れませんね。深い青色……とても好きです」


 嬉しそうに目を細め、青の宝石を撫でる。

 そう言えば結構前にこの髪色にする時、好きな色を聞かれたな。

 俺はアリスの瞳の色を思い浮かべたわけだし、彼女には俺の目の色の宝石を選んだ方が良かったかね。

 そんなわけないか。

 キモすぎる、普通に。


 アリスは青色が好き。

 覚えておこう。


「それに、ペンダントというのは──あなたとお揃いなので、ちょっと嬉しいです」

「………。別のにするか」

「えっ、なんでですか。わたしとお揃いというのは嫌ですか? 泣きますよ?」

「そうじゃねぇよ。その、なんだ。そう言われるとちょっと……恥ずかしいと言うか」

「……シグマさんって、可愛いですよね」

「うるさい」


 さっきの仕返しか?

 倍返しどころか圧倒的なオーバーキルで即終了してるんだが。

 やはり俺は、アリスに敵わないのか……?


 よっぽど面白い顔でもしていたのか、アリスはクスクスと笑いを漏らした後ペンダントを買いに向かう。

 俺はその後ろ付いていかずに店の入り口で彼女のことを待つことにした。


 とりあえず、会計をしている間にこの顔の火照りが治まることを祈るとしよう。

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