第11話【2】
「シグマくん、それ──」
「いくぞ」
「う、うんっ!」
ソシエールの言葉や後ろのヤツらの視線を無視した俺は《
《
俺は8つの目で唯一見えない真後ろから距離を詰めていく。
前でソシエールが注意を引き、レキシコンたちの魔法に対処のリソースを割かせ、後ろから順々に脚を斬り落とす。
この役目はソシエールの方が向いているかも知れんが、ヘイト管理は一撃が思い彼女が適任なので致し方ない。
俺は彼女をどれだけ動きやすくできるか、ということに専念すればいいのだ。
あくまでメインアタッカーはソシエールだし、俺のコレはただ膨大な魔力量をぶつけるだけのゴリ押しだからな。
攻撃としての効果は薄い。
《泡沫王蟲》がソシエールに水魔法を撃ちながら向かっていく後ろに付き、腰を入れて一撃を叩き込む。
振りきった剣から散る火花が部屋を一瞬白く彩り、その刹那太刀筋の間から青黒い血が溢れ出す。
ごっそり魔力を持っていかれたのを実感しながら俺は意識を向けられる前に引く。
……あと4本は斬りたいところだな。
とりあえず奇数にして不安定にし、脚力を十分に削るにはそのくらいが良いだろう。
かなりの重労働だ。
コレが終わったらあのクソ不味いポーションを飲まなければならん。
憂鬱だ。
「風神流、一式──《疾風迅雷》!」
『《
「融合術式、《
凄いな、皆良い動きだ。
ソシエールは言わずもがな、後ろから放たれる魔法も威力がありながらヘイトを向けられない絶妙なラインに留まっている。
加えて今レキシコンが放った《氷結》は、火元素と水元素を組み合わせる中級融合魔法だった筈。
動きを封じられるアレは、かなり強力だ。
しかし《泡沫王蟲》も易々と食らってくれるわけがなく、未だ素早い動きで躱し多数の魔法を放ってくる。
たまに水の槍や小さな水の蜘蛛の攻撃が掠ってこちらもすり減っているが、まだ俺たちの方が優勢だろう。
このままの勢いでいかなければ、第1階層の時のように水に溶けられる。
絶対に、削りきらなければ。
「ッ……らあッ!」
鋭い爪での突きをギリギリ躱して一撃。
脚が回転しながら吹っ飛んでいき、断面はすぐに外皮で覆われ止血された。
クソ、今回は左か。
本来ならなるべく同じ方の脚を斬りたかったんだが、そう都合良くはいかないな。
《泡沫王蟲》が金属を擦り合わせたような不快な叫びを上げると、水の中から新たにふた周りほど小さな蜘蛛を生み出す。
今回のソレは水で作られておらず、ここに来るまで何度も戦ったヤツと似ている。
アレは眷属召喚か……厄介な。
「皆、目を閉じて!」
「目を……?」
レキシコンの突然の言葉に戸惑いながらも俺は従い、すぐに軽く目を閉じる。
次の瞬間、瞼越しでもわかるほどの凄まじい光が部屋を満たした。
『ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
響き渡る絶叫。
瞼を上げてみれば、苦しそうに目の辺りを前足で掻く《泡沫王蟲》が居る。
あれだけの光だったんだし、8つの目で見てしまえばそりゃあ苦しいよな。
火と水が適正元素という話だったが、光魔法も使えるとは。
ネオレア・レキシコン。
頼りになるが、やはり警戒も必要……か。
「チャンス! シグマくん、行こう!」
「ああ……ッ!」
ザコ処理は任せ《泡沫王蟲》の元に俺とソシエールは一直線で向かう。
意識が極限まで研ぎ澄まされ、感じる時間がゆっくりと伸びていく。
聴覚も嗅覚も味覚も死にゆき、視覚と触覚の情報だけが脳髄へと流れてくる。
ヤツの視界はすぐに回復する筈だ。
きっと間に合いはしないだろう。
だが、それでも──その僅かに目の前に垂れている隙の糸を、叩き斬る。
「風神流、四式──《花鳥風月》!」
ひと足先にたどり着いたソシエールが4回剣を振って右側の目を全て潰した。
俺も倣うように左の目をふたつ焼き斬り、ひとつを串刺しにして抉り取る。
凄まじい量の血を浴びながら俺はソレを片手にヤツのからだを思いきり蹴った。
魔物の再生能力がいくら高くとも、弱点のひとつやふたつは存在する。
目玉はどんな生物にとっても弱点なのは本当にわかりやすいが、如何せん的が小さいので普段はとても狙えない。
しかし、今回はかなり多くの目を潰せた。
抉り取ったひとつを除いても5つある目の再生には、かなりの魔力を使わせることができるだろう。
今が、好機──と思うのは、間違いだ。
「止まれ、ソシエール──!」
「えっ……?」
人は勝利を確信した時、隙が生まれる。
ソレは魔物相手であっても、変わらない。
彼女の行動はごくごく自然なこと。
俺は考えるよりも先に足を踏み出し、彼女の元へと駆け寄っていた。
僅かな距離を縮めた俺は彼女のお腹に手を回し、思いきり地面を蹴り飛ばす。
遠ざかる《泡沫王蟲》の足元の水が不気味に蠢いているのを見て、俺は自分の直感が正しかったと確信した。
次の瞬間──水の棘が虚空を貫いた。
ハリネズミを思わせる、夥しい数の棘。
下手すれば死んでいたかも知れない。
マジで危なかったな……。
「ふたりとも、大丈夫かい!?」
「ああ、大丈夫だ。怪我はしてない」
「う、うん……だいじょぶ。……ごめん」
「気にすんな。この国のダンジョンのレベルが高すぎるだけだろ。本で読んだ限り、こんなフロアボスは普通この階層に居ない。ソシエールは油断してたわけじゃねぇよ」
コレは本当のことだ。
こんなレベルのフロアボスは、普通第4階層以降に居る筈のモノだ。
この歳でその階層にひとりで潜る機会があったとは思えないし、誰も悪くない。
強いて言えば、学校が悪い。
まるで生徒の死を何とも思っていないかのように感じてしまうほど。
実践重視というのは、恐ろしいな。
ソシエールは怯えの表情を飲み込むと、元の不敵な笑みを浮かべて視線を寄越す。
……本当に強いな、この人は。
アリスとは違うベクトルに、心の中に強い芯を持っているのだろう。
俺には無い、尊きモノだ。
「ありがとう。それじゃあ、もう少し背中を頼むね、シグマくん」
「お前の背中を守るんじゃなくて、アイツの背中を狙うんだけどな、俺は」
「もう! 茶化さないの!」
「はいはい。……たぶん、もうすぐだろ」
「うん、いこう」
俺とソシエールは立ち上がってふた手に分かれると、背後から飛んでくる風魔法に合わせて距離を詰めていく。
彼女は真正面に、俺は背後に回るように。
聞けば身体が硬直してしまう筈のヤツの咆哮も既に聞き慣れてしまった。
眷属召喚もしてこないし、魔力は少ない。
いける──勝てる。
瀕死まで追い込んでしまうと《
今はそのお膳立てに過ぎない。
ただ、ヤツの動きを鈍らせるのだ。
「──《氷結》!」
『《風刃》!』
数々の風魔法が襲い掛かる。
幾重にも連なる剣筋が迫りゆく。
命綱である水が凍りついていく。
追い詰める。
剣を振るう、僅かに届かない。
水の槍が頬を裂く、垂れる血を軽く拭う。
脳が焼き切れそうなほどの速さで何度も何度も魔剣を振るい、ヤツの魔力を蒸発させるような炎を撒き散らす。
ああ──愉しい。
命を懸けるというのは、何故俺の心をこんなにも揺さぶるのだろう。
俺は今、全身全霊でこの『人生』という贅沢品を、楽しんでいた。
そして、その時がやって来る。
《雄鶏殺し》を思いきり振って豪炎を上げながら一気に3本の脚を斬り落とす。
ヤツの体勢が崩れる。
魔法への
コレで──俺たちの、勝ちだ。
「ソシエール───ッ!!!」
おおよそ女子のしていいとは言えない獰猛な笑みと共に、彼女は剣を構えた。
「風神流、終式──《
刹那、ソシエールの姿が掻き消える。
僅かに網膜に焼き付いた幾つもの残像を追っていけば、空間の歪みの先に彼女は剣を振りきって立っていた。
あまりのスピードに音、光すらも置き去りにされ、その歪みが元に戻った時。
──ギシェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!
大地を揺るがすほどの断末魔。
その巨体が地面に倒れ込み、その無感情な目から魔力の光が消え失せる。
ソシエールが剣を振り払うと《泡沫王蟲》のからだが少しずつ融けていく。
彼女はゆっくりと振り返り、頷いた。
「……僕たち、勝った……のかい?」
「……ああ、そうだな」
『───よっしゃああああああああああああああああああああああああッ!!!』
文句無しの、完全勝利だった。
俺は《雄鶏殺し》への魔力供給をカットして投げ捨てると、本能の赴くまま水に満ちた地面に背中を預ける。
友人らと共に手を合わせ喜びを噛み締めるレキシコンや、愛おしそうに剣を撫でて微笑むソシエールが視界に映る。
皆が皆、この勝利の余韻に浸っていた。
コレは、確かに……良いモノだな。
とても、楽しかった。
そして、疲れた。
だが……悪くない疲れだ。
真っ当な力に、素晴らしいチームメイト。
こんな勝利は、少し贅沢すぎるな。
俺は今、おそらく恵まれている。
だからこそ、このひと時ひと時を忘れないように、じっくりと噛み締めよう──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます