第10話【2】
あまり遅いとクラスメイトや先生に心配を掛けるだろうということで、俺たちは魔石を拾って出発することにした。
魔石はダンジョンの魔物が死んだ時に死骸の代わりに落とすモノである。
ソレは加工することによって様々なモノへ使えるらしいので、冒険者などが主な稼ぎとしているんだとか。
魔石の管理は基本的に冒険者ギルドが行っているようだが、別に個人で保有していても罪に問われたりはしない。
使いようもあるだろうし、少しだけバッグに入れて持ち帰ることにした。
仮に余ったとしても、冒険者ギルドに売れば良いだけの話だからな。
持っておいて損は無い。
フロアボスのソレと違ってひとつひとつの大きさはそこまでなので、全部を回収してもバッグにはまだ余裕があった。
前衛を担当する俺とソシエールのバッグには少しだけ入れ、魔法主体の後衛のヤツに魔石やらの管理は任せている。
俺の拾った分も動きに支障が出ない程度にしておいたのでその辺は大丈夫だ。
「ふぅ……今更怖くなってきたなぁ。私は魔物円陣には今まで一回も遭遇したこと無かったから、対処できたのは皆のお陰。改めて、本当にありがとうね」
「ううん。こっちこそ、プリシラさんの力が無かったらきっと生きていないよ。お礼を言いたいのは僕の方さ」
「フフ、ありがと。でもまぁ、MVPは四方八方から来る魔物から皆を守り抜いた、シグマくんだと思うけどね」
いきなり矛先がこちらを向いた。
褒められて悪い気はしない──寧ろ、少し不謹慎かも知れないが、誇らしい。
俺の呪われた力の副産物でも、こうして人の役に立てたという事実。
ソレがアリスに対するモノではないのが悔しいが……まぁ、なんだ。
本当に良かった。
命を奪うだけでなく、こうして守ることもできるというのが、嬉しかった。
「まぁ、全員のお陰ってことだろ」
「そうだね。誰ひとりとして居なかったらきっと未来は違った。皆のお陰! よし、それじゃあ早く授業終わらせようか!」
おう、と全員が頷き歩みを始める。
不測の事態が起こったとは言え授業の真っ最中であることに変わりはない。
クリアタイムが成績に影響するのかは知らんが、なるべく早い方が良いだろう。
薄暗いながらも仄かな光がどこからか溢れており、陽の光が全く無いのに視界は悪くないのは不思議なモノだ。
そんなダンジョン内を歩いていくが、先程の魔物円陣で相当数を減らしたお陰か魔物には殆ど遭遇しない。
いっそ不気味な程、静かだった。
「んぁー……安全なのは嬉しいけどさ、流石にこれは暇すぎるって。ボスのとこまでもう少しあるのに気配がひとつも無いよ」
「ポーションの数が少し心許無いし、僕にとっては正直ありがたいけどね」
「あーそっか。私は剣に魔力通すだけだからあんま使ってないけど、バンバン魔法撃ってたんだからそりゃ減ってるよね。ごめん、軽率なこと言って」
「気にしないで。寧ろ前での戦闘をずっとやらせてるのが申し訳ないよ」
「好きだからへっちゃら! シグマくんも、キツかったらいつでも言ってね?」
「大丈夫。なんなら暇すぎてさっきバレないように欠伸してた」
「この人が一番余裕こいてた!?」
「悪い悪い。ちゃんとするわ」
雑談を交わしながら足を進める。
ちゃんとすると言ったが実際はソシエールの言う通り魔物の気配が無いので、特にやることもなく再び欠伸をひとつ。
俺たちより後に入ったクラスメイトたちが来る気配も無いし、魔物円陣に巻き込まれたとは言えまだ余裕はある筈だ。
このまま進んでいけば大丈夫だろう。
俺はそう考えながら数が心許無いというレキシコンたちにポーションを渡す。
いらないと突っぱねられそうだったが、俺はあまり魔力を使わない戦い方をするので宝の持ち腐れになる。
そう説き伏せて受け取ってもらった。
正直バッグには魔石を入れたいので、ポーションは邪魔だったから寧ろ助かる。
俺も風魔法を使っていればその限りでもないかも知れんが、精々剣に込めるくらいにしか使わないしな。
まぁ、そもそも俺に風魔法が使えたら負担は減るしこうはなっていないだろうが。
「……水属性に特攻のある風属性、か」
「なになに? 風魔法を使いたいの?」
「まぁ、そうだな。使えたら便利だし」
風属性。
ソレが司るモノは『
あらゆる事象の方向性を司るという特性を持ちながら、その魔法の視認がしづらいので使えたら戦いを有利に進められる。
レキシコンが使うように敵との距離を無理やり離したり、ソシエールのように風の刃で攻撃したりもできる。
無論使い手によってその強さは変わるが、平均的な強さで言えば火の次に強いと言っても過言ではないだろう。
火はどの属性にも特攻を持たない代わりにイメージがしやすく、更に魔法自体の威力は光の次に高い。
風も同様に肌で感じられるモノなのでイメージがしやすく、結果魔法の威力が高くなりがちというわけだ。
「君には必要なさそうに思えるけどね」
「え、何故に?」
「だって十分強いしさ。正直、君と剣だけで戦ったら負ける気さえするよ。これだけは自信あるってのに」
「ぬかせ。対人戦と勝手が違うだろ、コレ」
「それはそうだけど……君の剣は凄く速いから見切るだけでもひと苦労だよ」
「……そりゃ、どーも」
俺の剣はただの力業……汚いモノだ。
自分の命を脅かす敵をどれだけ素早く殺せるか、どれだけ相手に痛みを味合わせること無く殺せるか──。
ソレを追求した結果が、この剣。
首を、心臓を、魔石を一撃で斬り落とす動きだけを繰り返すことによって生まれた、真の意味で殺す為の技術。
対してソシエールの剣は、美しい。
アレは殺す為ではなく、守る為のモノ。
しっかりとした剣技というモノに沿っていながらも確かに彼女がそこに居て、透き通った意志を感じさせる。
薄紫色の刀身が描く軌跡は、努力なんて次元ではきっと測れない。
凄まじい何かが凝縮された剣技。
初めて見た今日、俺は惚れた。
ひと目見ただけで惹き込まれた。
彼女の剣は、それくらいのモノなのだ。
「シグマくん、いつか機会があったら、私と手合わせしてくれる?」
「ああ、勿論だ」
「約束だよ。……っと、そろそろかな」
魔物に遭うこと無く進み続けると、1階層でも見た物々しい扉が見えてきた。
扉の両端には青い炎が灯った燭台があり、周りを禍々しく彩っている。
緊張で誰もが言葉を失うが、しかし誰ひとりと恐れるような目はしていない。
コレなら、大丈夫そうだ。
この先に居るのは第2階層フロアボス。
今日の授業の目的である。
魔力も体力も問題無い程度には回復した。
ソシエールに視線を向けられ、俺たちは同意するように強く頷く。
彼女も応えるように頷き返すと、深呼吸の後扉に手を掛けゆっくりと押し開いた。
「勝つぞぉおおおおおおおおおおおおッ!」
そんなソシエールの叫びを掻き消す程の咆哮が部屋に響き渡り、天井から巨大な体躯を持つ蜘蛛が降り立つ。
気色悪い口を幾度も蠢かせこちらを8つの目で睨む魔物──《
8本の脚を繰るその様は、魔物というモノを全身全霊で体現しているようだった。
さて、本日2回目のフロアボス。
全力で頑張らなければ。
* * *
「シッ──!」
凄まじい咆哮に負けないようにソシエールは《
しかし流石蜘蛛の反射速度というわけか、軽い身のこなしで躱される。
ソレをカバーするように着地地点で待ち構えるが、凄まじい量の何かを吐き出してきたので横に体を投げ出す。
受け身を取って自分が居た場所を見れば、地面に満ちる水が凍りついていた。
水属性なのに対局の火属性との融合である氷を扱えるとは、厄介なヤツだな。
流石に第2階層ともなれば簡単にはダメージを与えさせてくれないらしい。
「シグマくん、一緒に挟むよ! ネオレアたちは魔法で奴を囲って!」
「わかった」
『了解!』
ソシエールの指示と共にレキシコンたちが魔法の詠唱を始め、俺は彼女の動きを見ながら《泡沫王蟲》の後ろに回る。
風魔法が飛んでいくと同時に俺たちは剣を構えて地面を蹴り《
ソシエールが前から、俺が背後から剣を突き立てるが、脚でなぎ払われた。
しかしタダでやられるわけも無く、俺は短剣を突き刺して脚を斬り裂く。
刀身全てで掻き切ろうと力を入れ、吹き飛ばされると同時に肉を断つ。
ヤツの脚が取れかけたので追撃をしようと視線を向けるが、何個も魔法陣が浮かんでいるのを見て足を止めた。
あの中に突っ込むのは流石に危ない。
魔法陣からは水の剣が生み出され、俺とソシエールの肉を抉ろうと飛んでくる。
体を捻って躱したり魔力障壁でのカバーをしてもらったりしてやり過ごすと、俺の付けた傷は既に治ってしまっていた。
流石に速いな。
加えて《
厄介だ。
「チッ……。足を切るのが先だね」
「そうだな。埒が明かない」
魔物の回復はあくまで『治癒』だ。
治癒は本来あるべき姿に戻すというモノ。
切断されてしまえば本来そこに存在しないというのと同義なので、脚を斬り落としたならば生えてくることは無い。
まぁ聖級治癒魔法にでもなればその限りではないらしいが、この階層の魔物が扱える代物な筈ないので無視できる。
《泡沫王蟲》の機動力はかなり高い。
俺とソシエールの剣両方に対処してダメージを最小限に抑えられたし、まずはヤツの動きを鈍らせなければ話にならん。
ならば《
魔剣は魔力の問題なのか闇と火しか使えないので、消去法で火属性になる。
しかし、上級じゃあ、歯が立たない。
……仕方ない。
ソシエールひとりではかなり負担を掛けることになるし、それで怪我をしては元も子も無いからな。
相性をひっくり返すには、コレしか無い。
火属性の王級魔法は……久しぶりだ。
「──聖徒よ、主の
我に宿りし熱き
白い炎、
御力の
──魔剣《
詠唱を終えると共に右手を握る。
確かな感触が伝わってきた時、俺はゆっくりと目を開けて《泡沫王蟲》を睨んだ。
白く輝く炎の魔剣。
薄暗い部屋を照らすその輝きは、俺にはあまりにも似つかない程に美しい。
嗚呼──大っ嫌いだ、こんなモノ。
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