第9話【2】
『
ソレは文字の通りの状況を指す言葉だ。
魔物が大きな円を描くように発生し、中に居る人間たちを取り囲むことによって起こるダンジョンの災厄がひとつ。
身も蓋も無い話になるが、コレを避けるには相当な索敵能力を持つ、
逃げ場の無い
魔物たちの壁を突き破れる、または全滅させる力が無ければ抵抗虚しく白骨遺体となって後に他の冒険者に発見される。
そんな恐ろしい状況だ。
俺たちは今まさに、ソレに
「ヤバいね、これ」
「ああ……ッ」
短くそう答え《
正直な話をすると、2階層程度の魔物円陣は俺にとって大した脅威ではない。
魔物の強さは対処の仕様があるモノだし、知能の高い人型のヤツが混じっているようにも見えないからな。
まぁ、あくまでソレは『俺ひとりで潜っている場合では』なんだが。
闇魔法は魔物が干渉しにくい上、ダンジョン内の至るところに存在する影が媒質。
ソレは足止めにも攻撃にも使えるので、いくらか対処も楽になる。
しかし今の俺はメビウス王国のいち学生。
そんなモノを使うわけにはいかない。
ダンジョンは地下にあるので下手に火属性魔法を乱発して酸欠を起こすわけにもいかないし、そもそもここの魔物は大半が水属性の魔力を有している為効果が薄い。
相性は最悪と言っても過言ではない。
風魔法はあまり上手く使えないから後続のヤツまで削れないだろうし、かといって接近戦を仕掛けるには数が多すぎる。
どうすれば──。
「私とシグマくん以外は魔法に専念して。近接ができる私たちがタンクになって、残りが範囲魔法で削る。それしかないと思う」
「流石に危険だよ! せめて僕も──!」
「横に居られると邪魔で思うように剣が振れないんだよ! ネオレアは魔法が得意なんだから、大人しく守られてて!」
「でも……! いや、わかった。任せるよ」
「シグマくん、頼めるかな」
「ああ。俺は後ろでいいよな」
「うん。私は風魔法も使いながら数を減らすから、君は皆を守るのを最優先にして」
「了解」
攻めは完全にソシエールに任せて、俺はレキシコンたちが攻撃に曝されないように魔物を弾けばいいというわけだ。
ソシエールは少し焦って周りが見えなくなっているようにも思えるが、あの戦闘能力があるならば問題は無いだろう。
魔法の支援もあることだし、俺は俺の役目に専念することにしよう。
俺たちは固まってレキシコンたち後衛を挟むように魔物に向かい、意識を極限まで引き絞りヤツらの一挙手一投足を睨む。
警戒しているのか、それとも
その隙を突くようにソシエールは一瞬にして先頭の魔物に飛んでいった。
薄紫の軌跡が視界に映り、次の瞬間青い体毛を持つ狼の首が落ちた。
相変わらず化け物みたいな速さだ。
「凄すぎる……」
「見蕩れてないで、魔法頼むぞ。レキシコンたちが頼みの綱なんだ」
「そう、だね。風は正直得意ってわけでもないんだけど……できる限り、頑張るよ」
どこか残っていた怯えの表情は消え去り、彼は力強い瞳で魔物を睨みつける。
俺は大丈夫だと確信したので魔物に意識を集中させ、ゆっくりと深呼吸した。
すーっと視界から色が抜けていき、白黒の視界にくっきりと映る魔物の動きが遅く感じるまで意識を張り巡らさせる。
空気の揺れさえも情報として脳味噌に流れ込んできて、この場に居る全員の動きが手に取るようにわかる。
この気分が高揚する感覚は、久しぶりだ。
向かってくるヤツだけ殺せばいい。
隙を作るな。
1匹たりともここにたどり着かせるな。
魔物を残さず葬り去るのは──俺の得意分野なのだろう?
「《
「《
「《
レキシコンの足止めに合わせて風魔法が飛び交い、魔物を吹き飛ばす。
特に《風刃》は威力が高く、一撃で何匹も絶命しているのが目に映る。
ソレにようやく怒りを
横から来るのは足蹴りで距離を離し、レキシコンたちの次の魔法まで守る──。
クソ、流石にリーチが短すぎるな。
確かに《魔力短剣》は良い代物だが、こういう数の暴力には向いていない。
相性は良くないんだが……魔力は有り余ってるし、得物を変えた方が良さそうだ。
俺は《魔力短剣》を懐にしまい、四肢のみで魔物を弾き飛ばしながら詠唱する。
「主よ、願わくば、我に流るる
熱き
己の命を燃やし尽くし、与えられし
雄大なる蓮炎の精霊を今
──魔剣《
入試の日にエグゼ先生相手に使った魔剣。
このリーチがあればたとえ相性が悪くとも時間を稼ぐくらいはできるだろう。
《魔力短剣》の方が威力はあっても手数が確実に足りなくなるから、どこかで綻ぶのが目に見えている。
まだこっちの方がマシというモノだ。
俺は向かってくる魔物を斬ろうと赤く光る火片を纏った魔剣を振るう。
刃が肉に食い込んでいくが、しかしそのからだを両断するには至らない。
やはり相性は悪いか……。
「風神流、一式──《疾風迅雷》」
視界の端でソシエールは流れるような剣捌きとその太刀筋から放たれる風の刃でどんどん魔物の数を減らしていくのが見える。
魔法の援助もありその表情は絶望など少しも見ていないようで、しかし油断するような様子は一切無い。
魔力の濃度や強さからして、恐らく残りの数はおよそ30程といったところ──この調子なら、きっと大丈夫だ。
ただただ魔剣を振るう。
斬る、殴る、蹴る、また斬る。
スライムの吐き出す酸が掠ったりしてこちらもダメージを食らっているが、ローブや制服のお陰で死には至らない。
死体が積み重なって視界が悪くなっているのが少し怖いが、退かす暇は無いな。
しかし、水属性の魔力を持つ魔物を斬るのに火の魔剣を使っているせいか、魔力の減りがいつもよりかなり速く感じる。
だが、ヤツらも無限に居るわけじゃない。
何も考えるな、守るんだ。
残り20──。
「《風刃》……!」
「──《
「《融解》!」
レキシコンたちの魔法も少しずつ鈍くなっていくが、しかしその威力は健在だ。
魔物を殺すには十分。
数はどんどん減っていき、ヤツらの死骸も徐々に融けて魔石へと変わっている。
天秤は、こちらに傾いている筈だ。
残り10──。
「はぁッ! よっ、と──痛ッ……!」
「プリシラさん!」
「すぐ《治癒》をしろ……ッ!」
「創造の主君たる明光の精霊よ!
我が呼び掛けに応え、其の清廉なる
力を失い死にゆく憐れな子羊に、再び立ち上がり生を謳歌せし力を与えん!
──《治癒》!」
掠り傷とて傷は傷。
積み重なれば死を誘発するに事足りる。
疲労のせいか足首を押さえた隙に魔物がソシエールの腕に爪を突き立てた。
血が溢れ出るが、すぐに仲間の《治癒》によって傷は塞がり立ち上がる。
ギラつく瞳は力強く、彼女はすぐに再び魔物へと剣を振るい始めた。
俺もそろそろ頬から薄く垂れる血が鬱陶しいものの、この程度は無視するのみ。
今は、魔物を駆逐するのが先決。
既に囲まれるような状況は打破した。
後は目の前のコイツらを屠るのみだ。
残り、5──。
「《融解》!」
「風神流、三式──《鎌鼬》ッ!」
魔物も散々見たからか泥沼に足を嵌めることは無いものの、ソレを避けて生まれた隙の糸を斬るようにソシエールが向かう。
俺も後ろから付いていき、濃紺の色をした蜘蛛のからだを真っ二つに斬り裂く。
相変わらず魔力が一気に持っていかれるが、意識は保っていられる程度。
何も問題は無い。
それに──俺たちの役目は、終わりだ。
彼女が後ろで同じように狼の首を
次の瞬間、残り3匹の魔物の首を寸分と違うことなく不可視の刃が断ち切った。
断末魔を上げることも無く事切れ、魔物は少しずつその姿を融かしていく。
やがてそこに残ったのは《
しかし、俺たちにとってソレは他のどの魔物が落とす魔石よりも大きく思えた。
息を吐く。
誰も歓声を上げたりはしない。
ただただ、安堵だけがそこに満ちていた。
「はぁ……はぁ……乗り越え、たね……っ」
「ああ……そうだな……ッ」
俺はソシエールと手を合わせる。
パチンと子気味いい音が響き渡り、ぎこちない笑みを浮かべて俺は寝転がった。
魔物円陣が、終わった。
誰ひとりとして欠けていない。
五体満足のままの、完全勝利だ。
授業はとりあえず中断だ。
今はひとまず、休むとしよう。
流石に、疲れた──。
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