第8話【2】

「怯むな! 皆、作戦通りいくよッ!」


 力強い声でそう言い放ち、ソシエールは薄紫色の刀身をした剣を鞘から抜いた。


 ソレを右手に持って一気に地面を蹴ると、水で若干滑ることなどものともせずにグングン距離を詰めていく。

 俺も彼女に合わせて背後に回るよう駆け出しながら《魔力短剣マジックダガー》に魔力を込める。

 魔物がまずヘイトを向けるのは一番前に居るヤツな上、彼女の剣は威力が高い。

 作戦通りいけば彼女が注意を引く筈だ。


麗水大蛇アクアヘイム・サーペント》はジグザグに動きながらソシエールへ噛みつくが、彼女はひらりと蝶が舞うような身のこなしで軽やかに躱す。

 すれ違いざまに鱗に剣を突き立てて深く斬り裂くと、青黒い血が吹き出した。

 しかしすぐに傷は塞がり、止血される。

 魔物特有の再生能力だが、アレは魔力を消費して行っているのでダメージが全く無いわけじゃない。

 コレを繰り返せば、いける。


 あそこまで身のこなしが軽くて怯むこと無く攻撃を入れられるのは、きっと過去に魔物と戦う機会があったからなのだろう。

 視界の端でレキシコンたちがソシエールの華麗な身のこなしに驚いている姿が映る。

 彼女はソレに構うことなく再び地面を駆けて《麗水大蛇》の視線を左右に振る。


 殺意に満ちた怒りの絶叫が耳をつんざき、凄まじい音圧が後ろまで伝わってきた。

 ヘイトは完全にソシエールに向いている。

 そろそろ、俺も攻撃開始だ。


《魔力短剣》を逆手に持ち、地面を蹴る。

 今はこちらに意識が向いていない為攻撃を避ける必要も無いので、獲物へ一直線の最短ルートを辿り突き進む。

 ソシエールが再び噛みつきを躱すタイミングに合わせ、俺はその巨大な背中に短剣を突き立て思いきり引き裂いた。


 返り血を浴びないようすぐに《麗水大蛇》の背を蹴飛ばして下がる。

 青黒い血は雨のように降り注ぐが、しかしすぐにシュウシュウと音を立ててバックリ開いていた背中の傷は塞がっていく。

 見た目としてはかなり絶望的だが、確実にダメージは与えられている筈だ。


 俺とソシエールが共に《麗水大蛇》から離れた瞬間後衛のふたりが詠唱を終え、風属性の魔法を放つ。

 風は水に特攻がある為、あちらの魔力もかなり削れる筈だ。


 案の定ヤツは痛そうにしてその長いからだをくねらせるが、その隙を突くようにソシエールが再び顎を斬る。

 しかしヤツも今度は怯むこと無く彼女の剣を持つ手に目掛けて魔法を放つ。

 ソレを躱しきれず彼女は剣を手放すが、すかさずレキシコンが《疾風ソニックウィンド》を使って両者の距離を無理やり引き離した。


「さんきゅー!」

「俺が拾う。ソシエールはこのままアイツの注意を引いてくれ」

「うい、任された!」


 彼女は《風刃ウィンドカッター》をふたつ撃ってすぐさま剣から離れるように地を駆ける。

 ソレを追うように《麗水大蛇》は雄叫びを上げると、しかしその背を追うことなく姿を融けるように消した。


 アレを使うには早すぎる気もするが、だからと言って倒せているわけじゃない。

 コレは、マズいかも知れないな──。


「下だ! ヤツは水に溶けてる!」


 俺はそう叫んですぐにソシエールの剣を拾うと、万が一が起きないよう柄を向けながら投げ渡す。

 手渡ししている暇は無い。

 難無くキャッチした彼女はすぐに足元に満ちた水へ視線を向け、《麗水大蛇》が何処どこから来るのか探り始めた。


 水属性ダンジョンのフロアボス特有の能力がひとつ──《貌無き者シェープレス

 自身の姿を自由自在に変えることができるというモノなのだが、コレが単純にして厄介極まりないのだ。

 ここはヤツらのフィールド、つまり水で満たされている為、何処からやってくるのかかなりわかりづらい。

 下手したら腕の一本は持っていかれる可能性もある程に。


 だが、ヤツも所詮は魔物の範疇の中。

 魔力操作は人間よりも遥かに劣っている。

 集中して、何処に魔力が集中しているのか探っていけば──!


「レキシコン、真下だ!」

「ッ……!?」


 レキシコンは俺の声に驚きつつも、その場からすぐに飛び退る。

 次の瞬間──《麗水大蛇》がその空間に突如として現れ、虚空を飲み込んだ。

 何も口に入らなかったのが不満なのか、ヤツは俺たちをその感情の宿らない目で睨みつけるように見る。

 しかし、その姿は気のせいかも知れんが少しだけ疲弊しているようにも見えた。


 ヤツの《貌無き者シェープレス》はかなり魔力を使う能力だった筈だし、そう何回も連続して使えるとは考えにくい。

 ピンチの後に来るのは、チャンス。

 今が好機だ。


「は、ははっ……助かったよ」

「いやぁ、油断しちゃった。まさかこんな早く《貌無き者》を使ってくるとは思わなかったから指示出せなかったなぁ。ごめん、本当にありがとう、シグマくん」

「ああ。それよりも、今はアイツのことだ。もう一回使われる前に殺らないと」

「そうだね。《貌無き者》を使ったってことはそろそろ瀕死だし、私とシグマくんで叩いた後風属性の魔法をぶつけて欲しい!」


 レキシコンたちが力強くその言葉に答えたのを確認すると、俺とソシエールは目を合わせてゆっくりと頷き合う。

 そして示し合わせたタイミング、ふたりで共に駆け出し剣を構える。

 俺は左から、彼女は右から。


 それぞれの刃が《麗水大蛇》の肉を深く裂いていき、ソレらが交錯した瞬間俺とソシエールは噛みつきを躱しながら下がる。

 俺たちを追うように水でできた槍をこちらに向けて飛ばしてくるが、後衛の誰かが魔力障壁で防いでくれた。

 そして後ろから幾重にも連なった《風刃》が飛来し、ヤツの首を引き千切った。


『キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ───!!!!!』


 綺麗な断面から青黒い血が吹き出し、悲鳴とも取れる断末魔が部屋中にだまする。


《麗水大蛇》のからだは融けていき、完全にその肉体が無くなった時。

 そこにはひとつの紫色に輝く石が──他の魔物が落とすソレとは一線を画す大きさの魔石が落ちていた。


 正真正銘、討伐完了の証拠だった。


「……や、やったぁああああああああああああああああああああああッ!!!」


 ソシエールが声を上げる。

 彼女につられてメンバーらも喜びを噛み締めるように拳を握ったり雄叫びを上げたりし始め、俺も僅かに口角を吊り上げた。


 今までの作業のようなソレとは違う、他人と共に倒した初めてのフロアボス。

 感動のような何かが、心の中を満たしていくのが感じ取れる。

 不思議な感覚だった。


 しかし、授業はまだ終わっていない。

 何故なら、今回の俺たちが手に入れる魔石はコイツのモノじゃあないからだ。

 俺たちの獲物は──第2階層のフロアボスが落とす、より大きな魔石。

 ダンジョン攻略はまだ、終わらない。


 ただ、少しだけ。

 もう少しだけ、この余韻に浸るのも、悪くないのかも知れない。


 そう思った。


*  *  *


 あまり動く必要の無い後衛のヤツに魔石を持たせた俺たちは、第2階層へ進んだ。


 フロアボスを討伐すると魔法陣が現れ、ソレに乗ることによって次の階層へ行ける仕組みとなっている。

 下へ行く魔法陣は青色に、地上に帰る魔法陣は黄色に光っており、それぞれに乗って魔力を足元に流せば作動するのだ。

 勿論俺たちは青色の方に乗り、全員が下の階層へと進んでいる。

 性格の悪いダンジョンやより下の階層ではランダム転移魔法陣が現れることもあるらしいが、流石に無かったらしい。


 なんでフロアボスを倒したのにランダム転移で殺されそうになるんだか。

 ダンジョンはお宝も眠っているが、ソレを生業にするのは流石に嫌だ。

 冒険者というのは本当に凄い。


 ただまぁ、少し楽しいのは否定しないが。


「うーん、久しぶりにダンジョン潜ったけど腕が鈍ってたなぁ」

「そうかい? 僕には全然そんなことないように見えたけど」

「《麗水大蛇アクアヘイム・サーペント》くらいならひとりでも相手できると思ってたんだけど、流石にブランクがありすぎたみたい」


 アレでブランクがあるのか。

 全盛期が見てみたいものだ。


「にしても、シグマくんはどうしてネオレアに行ってるのがわかったの? 何か見分けるコツみたいなのあったりする感じ?」

「あー……まぁ、水面が動いてたから、あそこから来るだろうな、と」

「ほぇー、よく見えたね。目良すぎ」

「たまたま見てた時に目に入っただけだ」


 魔力を探るのはあまり普及した技術ではないし、ここは適当に誤魔化しておこう。

 俺は元々器が小さかったことも関係しているのか知らんが、妙に《形式魔力タイプ・マナ》のありが正確に感じ取れるのだ。


 あの日──アリスによどんだ闇を向けてしまったあの夜だって、彼女の光魔法で目が潰れていたのに簡単に首を掴み取れた。

 彼女の濃密で、膨大で、甘美な魔力は本当にくっきりとそこにあるのがわかる。

 唯一の特技と言っても過言ではない。


 ソシエールは俺が答えたくないのがわかったのか、それとも本当に疑っていないのかは知れんが、関心したように口笛を吹く。

 俺は追求されなかったことに安堵し、引き続きダンジョン攻略へと勤しむ。


 第1階層の魔物は子どもでも殺せる程度のヤツばかりだったが、ここまで来ると流石にそうはいかない。

 今は闇魔法が使えない身。

 油断は禁物だ。


「ふぅ……にしても暑いねぇ」

「水属性のダンジョンなだけあって、かなり湿気が酷いね。ジャケットくらいは脱いでも大丈夫かな?」

「やめた方がいいぞ。ソレは刃物とか魔物の牙をある程度防げるし、安全を考えたら着たままの方が絶対良いと思う」


 そう言いながらも俺も暑いので、額に滲む汗をハンカチで軽く拭う。

 暑さや寒さにはそこそこ強い方なのだが、湿気が入ってくるとまた違うな。

 ブレイズ王国は割と乾燥した地域だったのも原因かも知れん。


「──右、来るよ!」


 ソシエールがそう言って剣を抜く。

 俺たちも従って構えを取り、右側へと視線を向けたその時──俺は僅かに感覚の端で違和感を感じ取った。


 明確な何かがあるわけじゃない。

 ただ、こう……嫌な予感のようなモノだ。

 悪く言えばただの勘に過ぎん。

 しかし、ここはダンジョン。

 どんな危険が潜んでいるやも知れん。

 周りも意識しておいた方が良さそうだ。


 ソシエールが先手必勝と言わんばかりに視線の先に居たスライムへ突っ込む。

 彼女の剣は寸分と違うこと無くヤツのコアを真っ二つにする。

 あっという間にスライムはそのからだを融解させ、小さな魔石を落とした。

 本当に頼りになる人だな、彼女は。


 そう思い、意識を緩めた瞬間。


 ──ザッ、ザッ。


 魔物の足音が耳朶じだを打った。

 ソレが複数なのは大した問題じゃない。

 今までも群れは何度も退けてきたからな。


 しかし、ほんの少し焦りが脳髄を駆ける。

 今回のコレは、ただの群れじゃあない。

 俺たちは、今──。


「囲まれてないか、コレ」

「……本当だ。足音が四方八方から……!」

「ッ……皆、落ち着いて。大丈夫、私たちなら大丈夫だよ」


 何十匹もの魔物に、包囲されている。


 コレは、魔物円陣モンスターサークル──冒険者のダンジョンでの死亡原因率、第2位のソレであった。

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