第6話【2】

「僕と鍛錬をしてくれないか」


 俺は非常に困惑した。


 きっかけは些細なことだった。

 何の変哲も無いある日、本を読むのにも飽きたので外で体を動かそうと書斎を出ると、何やら動きやすい格好をしたアクシアと遭遇した。

 確かこの時間はいつも外に出て鍛錬をしているとアリスが言っていたし、今日もいつも通り出掛けようとしていたのだろう。


 そう思い軽く頭を下げて自室へ向かう。

 彼は普段親の仇でも見るような目で睨んでくるし、今回もそうなる筈。

 少し時間をズラしてから出るとしよう。

 嫌われてるみたいだし、接触は避けた方がお互いの為だろうからな。


 そう思った矢先、コレである。


 いきなりそんなことを言われても、とも思ったが俺も丁度外に出るところだ。

 大まかな目的は同じだし、ここは了承しても良い──のだが、正直彼とはまだ距離感を測りかねている。

 ふたりきりは気まずい、というのが俺の現状の彼に対する認識だった。


「あー、えっと、なんで俺なんですか? 今まではひとりでやっていたんでしょう?」

「認めたくはないが……貴様は僕より強い。あの日貴様はエグゼ先生に勝ったが、僕は完敗したからな。理由はそれだけだ」

「つまり、アクシアさんは強くなりたい──ってことですか?」

「そんなところだ。あと僕に対してもアリス様への口調と同じでいい。貴様に敬語を使われると鳥肌が立つ」

「なんでぇ……? わかった。じゃあ着替えてくるから、待っててくれ」

「ああ」


 そんなこんなで、俺はアクシアと鍛錬をすることになったのだった。


 ……俺も剣、持っていった方が良いかね。

 一応《魔力短剣マジックダガー》だけ持っておくか。

 試運転も兼ねて、な。


*  *  *


 鍛錬は城内の開けた場所で行うらしい。

 ここはあまり人目に付かないようで、思う存分剣を振るっても迷惑が掛からないから鍛錬には最適なんだとか。


 俺の存在がリオンやまだ見ぬ第一王子、国王に露見するのは避けたい。

 ソレを考慮するとここでの鍛錬は俺には少し都合が悪いが、まぁアリスに城内での行動については指定されていない。

 ここで行ってもそう咎められることは無いだろう──と、思いたい。

 それに、つもりが無いだけで俺を使う算段は既に考えてあるかも知れないしな。


 そんなことを考えていると、アクシアが鞘から剣を抜いて構える。

 視線はこちらに向いておらず、どうやら素振りをするようだった。

 俺は特にコレと言ったやるべきことも無いので、今後の課題になるであろう非適正属性の魔法を練習することにする。


 いつかアリスに語ったように、俺の適正属性元素は火と闇だ。

 逆に、俺は生まれつき──この力は後天的なモノなのでこの言い方は適当でないかも知れないな──水属性は殆ど扱えない。

 下級魔法である《水弾ウォーターボール》でさえ無詠唱で放つことができず、上級魔法に至っては詠唱をしても使えない程である。


 闇魔法を禁止された以上、せめて基本4属性の下級魔法くらいは使えるようになっておかなければならん。

 火魔法を死角から撃たれた時やその他不意打ちに対応ができなくなるからな。


 魔力を手のひらに集めていく。

 そして十分な量に達したタイミングで手のひらから染み出させ、水の球を生成し速度を付けて撃ち出す──。

 それだけなのに、やはり何も起こらない。


「……闇魔法で全部対処できるからってサボってたのが、ここに来て仇になったな」


 魔力障壁で間に合うと言ってしまえばそれまでだが、だからと言って諦めるには早すぎる気もする。

 才能が無くても積み上げていけばいつかは届くかも知れないのだから、練習を続けて損は無い筈だ。


 タイムリミットがあるわけじゃない。

 ゆっくり、一歩ずつ、確実に──だ。


「──ふぅ。シグマ、そろそろ鍛錬の相手を頼んでいいか」

「あ? あぁ、おう。……いや待て、鍛錬って真剣でやるのか? 模造刀とか木刀とかじゃなくて?」

「それは……確かにそうだな。偶然を装って殺す為に真剣で行ってもいいんだが、敵対しないよう言われているのもあるし……」

「いや、怖ぇよ。そんなナチュラルに殺そうとしないでくれませんかね」


 もう1ヶ月も経つけど何もしていないし、そろそろ警戒を緩めてくれてもいいだろ。

 いや、確かにこういう時期が最も危険だというのは否定しないが。


 だからと言って、そんなに殺意を持たれるほどのことをしたわけじゃ──いや、普通にしてたわ。

 俺アリスのこと殺そうとしてたじゃん。

 やべぇ、反論材料無くなった。

 殺される。


「あの日の貴様の動きから考えて、僕が勝つことはまず無いだろう。最悪の場合寸止めにするし、このままで大丈夫だ」

「あー、ハイ。わかった、うん」


 気にしたら負けだ。

 真っ当な剣術なんて習ったこともないのでどうなるか知れんが、幸運なことにブレイズ王国で対面したことはある。

 対処法だけならわかっている。

 ……つもりだ。


 アクシアが両手で剣を構えたので、俺は懐から《魔力短剣マジックダガー》を取り出して魔力をゆっくりと込める。

 相変わらず軽いソレだが、なんだか握り心地は妙にしっくりきた。

 昔のモノというのはただの方便で、俺の為にわざわざ新しく作ったように思えてしまうほどに。


 風が俺の長い前髪を揺らす。

 視界に灰色の髪がチラつく時、アクシアは強く地面を踏みしめて突撃してきた。

 剣はしたに構えられていて、その刀身は体に隠されている為剣の始動は注視しなければわからなさそうだ。


 速い──とは、がたい。

 先日見た魔法学園の生徒会役員の人たちと比べればかなり遅く、確かにコレはやられようも無さそうだった。

 踏み込みの問題か、それとも……?

 いや、この一回じゃわかる筈も無いか。


 俺は落ち着いて剣筋から体をズラし、しばらく彼の様子を観察することにする。

 アクシアは振りきった隙を微塵も感じさせないスピードで再び剣をこちらに振るい、俺の眼前の空気を斬る。

 一歩後ろに下がって躱せばすぐに踏み込んでリーチ内に俺を捉え、再び斜め上から斬り下ろされた。


 眼前を剣先が過ぎるが、想定内なので焦ることなく上体を逸らして空を斬らせる。

 すぐに体勢を整え俺は一歩踏み込み、彼の振りきった腕をスピードを上乗せするような感覚で弾き飛ばす。

 彼がその勢いを殺せずたたらを踏んだ隙に足払いをすれば、呆気なく足を取れ無防備に転ばせることができてしまった。


「くっ……!」

「んー、コレは……なんだろう。色々言いたいことはあるが、とりあえずアレだな。攻撃が大振りすぎるんじゃないか?」

「攻撃が、大振り?」

「ああ。なんつーか、余計な溜めとか明らかに必要無いところまで振りきったりとか、そういうの。たぶんそのせいで攻撃の密度が低いんだ……と、思う」

「攻撃の密度。なるほど……」


 相手に思考の隙を与えないように絶え間無く剣を振るえれば、恐らくどこかで綻びが生まれ明確な隙を生み出せる。

 その辺りを重点的に鍛えられれば、一気に相手しづらくなるだろう。

 コレは魔物相手にも変わらない。

 まぁアイツらは心臓──コアである魔石を一撃で潰せば良いだけだから、人間を相手するよりも簡単だがな。


 しかし、魔法も使えるのに剣をメインにして戦うのは俺のような変態だけで十分。

 彼にはもっと自由な戦いの方が似合っていると思うんだが……。

 いや、王女の護衛として型を意識する必要があるのかも知れないし、あまり余計な口出しはしないでおくか。


「理解した。もう一回いくぞ」

「あ、ああ。来い」


 再び踏み込み。

 ……やはり、始動が遅いな。

 今度は体を捻って上から振り下ろし──威力は十二分にあるが、しかし肝心の太刀筋にどこか躊躇いのようなモノを感じる。

 何かトラウマでもあるんだろうか。


 そんなことを頭の隅で考えながら体を左に滑らせ視線を向けると、彼は先程よりも速いタイミングで剣を止めた。

 ソレに驚いている間に地面を蹴り、こちらに向かって薙ぐように剣を振るってくる。


「はや──ッ」


 着地したばかりなのでもう一度下がることはできず、俺は《魔力短剣》で剣を掬うようにして後ろに流した。


 いや、飲み込みはっや。

『大振り』と『攻撃の密度』について言っただけでこんなに変わるのかよ。

 アレなら避けるだけで十分だろう、とタカをくくっていたが、そうもいかなそうだ。


「──こういうことで、合っているか」

「え? あ、おう。完璧。よくあんな少ない言葉で理解できるな」

「教科書通りやるのだけは、得意なんだ」

「いや、教科書にしては流石に言葉足らずだっただろ、アレ……」

「そうなのか? 寧ろ余計な情報が無くてわかりやすかったが」

「あ、そうですか」


 頭の出来が違うのだろう。

 深く追求するのはやめた方が良さそうだ。


 そう内心苦笑いを漏らしていると、再びアクシアは両手で剣を構える。

 俺も改めて警戒しながら《魔力短剣》を逆手に持ち、腰を低く落として次なる彼の攻撃に備えた。


 鍛錬はまだ、終わらない──。


 ただ、ひとつだけ。

 想像よりも凄く楽しかった、ということだけここに記しておきたいと思う。


 純粋に笑ったのは、久しぶりだった。

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