第3話【2】

 校庭はとても広かった。


 ふかふかの芝が辺り一面広がっており、このままここに寝転がって陽を浴びながら寝れそうなほどに心地いい。

 コレだけ広ければ1学年90人でも半分程度は同時に授業が行えそうだ。


 本格的に魔法を撃ち合ってフィールドを駆けても問題無さそうだし、塀は耐魔レンガでできているので被害もそう出ない筈。

 校舎の大きさと塀で囲われた面積が釣り合っていないように思っていたが、なるほどコレなら納得だな。


 さて、エグゼ先生にはただ校庭に集合しろとだけ言われたが、一体どこに集まれば良いのだろうか。

 そう思って校庭と校舎の境目で突っ立っていると、軽く腰の辺りを触られた。

 視線を後ろに向けると、誰ひとり連れていないアリスがこちらを見ていた。


「シグマさん」

「……何かあったか?」

「歩きながら話しましょう。わたしの歩く速さならば時間はあります」


 そう言ってアリスは杖を突き出す。

 後ろからはクラスメイトらが来ている足音がするので、少し距離を取って俺も付いていくように歩く。

 彼女の面持ちは深刻そうで、俺は若干緊張しながらアリスの言葉に耳を傾けた。


「学生証、見ましたよね」

「……ああ。かなりマズいよな、アレ」


 なるほど、ソレのことだったか。

 帰ったら相談しようと考えていたが、まさか彼女の方から校内で呼び掛けてくるとは思わなかった。

 アリスは俺の苦々しい声を聞いて重ねるように言葉を紡ぐ。


「校門を通る際は学生証をどこも隠すこと無く見せる必要があるんです。帰ってからでは間に合わないので、集会の間にどうにか家名の部分を消します。投げ渡してください」

「今、なのか? 放課後図書室にでも寄ってゆっくりやれば良いんじゃ──」

「校舎内での魔法の使用は禁止。これがもしも魔力操作という行為も含んでいたら、魔法陣は下手に弄れません。今しか確実なタイミングは無いんです」

「……わかった。投げるぞ」


 アリスにしては珍しい焦ったような声を聞いた俺はポケットから学生証を取り出し、ソレを手首だけで投げる。

 彼女は左手で危なげ無くキャッチし、俺たちはそこから頷き合って距離を取った。

 クロノワール邸でのようにできないのは歯痒いが、仕方の無いことだ。

 潔く諦めよう。


 何かできることがあれば良いのだが、魔力量くらいしか取り柄の無い俺が動けば逆に邪魔になること間違い無し。

 大人しくしておくのが賢い選択だろう。

 無駄に迷惑を掛けるくらいなら、たとえ情けなくとも頼るのが最適解なのだ。

 俺はまだ、動く時じゃない。


 そうしてぼーっと虚空に視線を彷徨わせ、数分が経った頃。

 全クラスが校庭に集まったその時、中級風魔法の応用である《拡声器ラウドスピーカー》を通した声が響き渡った。


 その声の主の方へ視線をやると、ピンと伸ばされた背筋とどこか見覚えのある豊かな金髪を持つ男子生徒が見える。

 赤い瞳は鋭利さと眩しさを孕んでいて、見ているだけで吸い込まれそうだ。

 あの人は、確か──。


『静粛に。私は王立神魔魔法学園の生徒会長を務めている、リオン・メビウス・クロノワールだ。新入生諸君、入学おめでとう』


 メビウス王国、第二王子。

 アリスに聞くところ、彼は今最も王位を継ぐ可能性が高い人物なんだとか。

 あらゆる分野に精通しており、今の時点で幾つもの実績を積み上げ国の発展に貢献しているらしい。

 そのお陰で貴族からの信頼も厚く、第一王子よりもその力は大きい。


 ……厄介だ。

 ブレイズ王国のように殺せば済むような簡単な話ならばまだ良いが、ここではそんな野蛮な手段が取れる筈もない。

 アリスがどんな考えを持っているのか皆目見当も付かないが、弱点を探る為にも観察しておかなければ。


『ここに通う者は皆、魔法を愛し、魔法と人生を共にする。その為にお互い学び合い、競い合い、高め合ってくれ。たとえどれだけ力が及ばずとも決して諦めるな。手を伸ばせばいつか必ず、その手に結果は握られる』


「……ハッ。魔法を愛するなんて死んでもできねぇよ。できるわけが、無い」


 いけ好かないヤツだ。

 確かに魔法は素晴らしいし、この国に来てからはその認識が更に強まった。

 だが、世界の創った『失敗作』である魔法を疑いもせず頼りにするのは、大嫌いだ。

 あんなモノが無ければ、俺は──。


 いや、そんなこと考えても意味は無い。

 今は彼の話に集中しなければ。


『この学校での全ての程度は序列によって測られる。君たちがどれほど高みに登ってこれるのか──楽しみにしているよ』


 そう言いこちらを見る彼の目は、ほんの少しだけ驚いたように見開かれていた。

 しかしすぐにソレは元に戻ると彼は興味無さげに俺たちの前から退き、代わるようにふたりの男女がそこに立った。


 両方とも胸元に小さな紀章を付けており、ソレはリオンと同じモノであることから生徒会役員であることが窺える。

 男子の方は背が高く華奢に見えるが、その力強い光をたたえた黄金の瞳からはどこか凄みを感じさせられる。

 女子の方は小柄で可愛らしく見えるも、そこには一片の隙も存在せず、かなりの強者であることが簡単にわかった。


「はーい! それじゃああたしたちは序列制度について話したいと思いまーす!」

「説明の後は模擬戦を行うので、どの程度のものなのか参考にしてくれて構わない」

「まず、序列戦っていうのはその名の通りその時期での暫定の序列を決めるものだよ。1年に5回あって、卒業前の15回目の順位が最終的な成績になりますっ!」


 15回となると、意外と後からでも巻き返しは効くのかも知れないな。

 コレならばアリスの思うタイミングに合わせて俺を動かせるだろうし、こう回数が多いのはありがたい。


「一学期と二学期は2回、三学期は1回行われるから、時期の違いに注意だ。この序列戦では自分より序列が上の者にしか挑めないので、そこもよく考慮すること」

「あと、一応誰にも挑まないっていうのもアリだよー! まぁ上の入れ替わりはあるから自然に順位は下がっちゃうけどね。しかも挑まれたら拒否する権利は無いし、誰かしらに挑む方が良いんじゃないかな?」


 ちょっと待て。

 今何か聞き捨てならないようなことが聞こえた気がしたんだが。

 挑まれたら拒否権無しって、必ず戦わなきゃならんのか?

 マジかよ……ダルいな。


「追加すると、負けた場合次の序列戦で同じ相手に挑むことはできない。よく注意して相手を選ぶことだ」

「もうひとつ付け加えるけど、挑まなくてもペナルティは無いから安心してね。まぁ代わりに別個でテスト受けさせられるから、勉強が嫌なら……うん、頑張って!」


 2回連続で同じ相手には挑めない。

 すぐにリベンジを果たせないというのは嫌な人も居るかも知れんが、合理的だ。


 その相手に特化した対策を積んで勝ったとしても、ソレは万人に通用するような実践的なモノではない。

 完全実力至上主義を掲げている以上、その辺りは考えられているらしい。


 俺の現序列は確か183位なので、次の序列戦で挑めるのは182位以上。

 新入生が在校生よりも上の序列である可能性は普通に考えて低いし、俺は上級生に挑むことになるだろう。

 嫌でも目立ってしまいそうだが……挑まないという選択肢も視野に入れてアリスと話し合う必要があるな。


 そんな彼女に目を向けると、なんだかぼーっとしているように見えた。

 目で見ずに魔法陣を弄るだなんて普通なら無理だろうし、そもそも学生証の魔法陣はかなり高度な筈。

 表情を取り繕うのが難しいのにも頷ける。

 幸いなことにアクシアが盾になって彼女を隠しているので、クラスメイトらにその姿は見られていないようだ。


 ……本当に頭が上がらない。

 今後行われるであろう授業は、しっかりと聞かなければならないな。

 少しでも彼女の役に立つ為に。


「さて、これでひと通りの序列制度についての説明は終わりでーす! 何かわからないところとか、質問はあるかな?」

「この後模擬戦をすると言っていましたが、先輩方は序列何位なんでしょうか?」


 誰かがそう問うと、くだんの女子生徒がふっと獰猛な笑みを漏らした。

 男子生徒の方も口元だけで笑っている。

 彼らは胸元のポケットから学生証を取り出すと、ソレをお互いに投げながら高らかに声を響かせた。


「あたしの名前はカナリア・エグゼ! 現序列第6位ですよ〜っ!」

「俺の名前はジョゼフ・ルミナリア。現在の序列は第3位だ」


 そう宣言してふたりが胸元に相手の学生証を留めると、淡い光が手のひらサイズのカードを包み込んだ。

 コレも、学生証の効果なのか?

 この模擬戦──決闘は普通の殺し合いと違って何か確かな線引きがあるようだ。


 そんな風に思考を巡らせる俺の横で新入生らは感嘆の声を上げる。

 この学校で最上位に君臨する彼らの模擬戦ともなれば、この国の魔法レベルについての水準がかなり正確に測れる。

 俺もしっかり見なければならんな。


「この学生証は他者の襟元に着くと特殊な結界で覆われる。この学生証の周りの結界を壊す、もしくは意識を奪った方の勝利だ」

「ちなみに、この結界が壊れるまで学生証が傷を負うことは無いよ。たとえ聖級魔法を直当てされてもねっ!」

「ただひとつだけ、魔術師本人を保護するものではないというのは念頭に置いてくれ」


 そう俺たちに呼び掛けて彼らはお互いへと向き直り、相手の姿をその双眸に映す。

 意識が自然に吸い寄せられ、彼らふたりしか目に入らなくなる。


 何か合図があったわけでもない。

 なのに彼らはコンマ数秒と違うことなくほぼ同時に口を開いた。


 ──コレが、強者の戦いだ、と。


 そう証明するかのようだった。

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