第2話【2】
しばらく歩き、教室に着いた。
教室は何か特別な造りになっているわけではなく、教卓を囲むように半円状に机が3段連なって配置されている。
この配置なら教師は生徒全員をあそこから簡単に見渡せるし、生徒も前のヤツの頭が邪魔で見えないなんてことにもなりにくい。
効率の良い造りだな。
既に教室には多くの生徒がおり、いくつかのグループに分かれて仲睦まじく会話を交わしている。
まぁある程度の実力が無ければ入学すらできないのだから、ここに居る生徒の大半は貴族だろう。
ならば以前から交流があるだろうし、既に大まかなコミュニティが作られていても不思議は無い、か。
……やべぇ、不安になってきた。
今ですら疎外感感じまくりで、友人を作れるかわからないんだが。
孤立しては目立たない場面と目立つ場面があるだろうから、ある程度の交友関係は持っておきたい。
クソ、こんなことならコミュニケーションについても学んでおくんだった。
多人数に溶け込むのは苦手だ。
「シグマくんって人がいっぱい居るところはあんまり好きじゃない感じ?」
「あー、まぁそうだな。あんま多いと確かに困るかも知れん」
「じゃあネオレアに紹介はまだやめとくか。あいつの周りは私でもキツい時あるし。また話そうね、ばいばいっ!」
「ああ」
ソシエールはそんな風に言って手を振りながら教室の中心へと駆けていった。
ネオレア、というのは彼女の口ぶりからして人の中心に居る人物なのだろう。
ソイツを懐柔することができれば一攫千金になるやも知れんが、アリスからは目立つ行動は避けるよう言われている。
クラスの中心など
俺は特にすることも無いので、教室の後ろ辺りに立って周りを見渡す。
……エグゼ先生ほどのヤツは居ないように見えるが、しかし油断は禁物。
人との接触は丁寧にしなければ。
力を隠しているヤツが俺以外に居たって、何ら不思議は無いのだから。
「──はい、皆席に着いてー」
10分強後。
見覚えのある先生が教室に入ってくるなりそう言い放つと、生徒は皆談笑を止めてそそくさと移動を始めた。
俺はアリスが一番前の中心に座ったのを確認すると、そこが良く見える最後列の端に腰を下ろす。
席は余裕を持って配置されているのか、俺の隣には誰も座ってこなかった。
……若干傷付くな。
俺たちの担任はエグゼ先生らしい。
彼は生徒らを一瞥し、俺を目にしたところでふっと薄く笑いを漏らす。
しかしすぐに表情を引き締めると、受験の時を思い出す冷たい声を響かせた。
「今日から君たち新入生の担任を務めることになった、クロノス・エグゼだ。授業は主に実践戦闘を担当するから、よろしくね」
受験で彼と手合わせしたヤツも多いのか、クラスメイトらの反応は様々だ。
げんなりしてため息をつくヤツ、リベンジをするつもりなのか目に闘志を宿すヤツ、特に興味を向けない無反応のヤツ。
俺は勿論無反応だ。
だからこっちを見るのを今すぐ止めろ。
そんな簡潔な挨拶を済ませると、彼は窓側の席の生徒に何かを渡し始めた。
見た感じ手のひらサイズのカードのようなモノだったが、一体何なのだろうか。
廊下側の俺まで回ってきたソレは、やはり銀色の薄っぺらいカードだった。
「今配ったのは、ここの学生であることの証明──学生証だよ。魔力を流すとそれぞれに対応したものに変わるから、少しだけ流してみて」
言われた通り魔力を込めてみると、学生証は淡く発光してソレを覆い隠す。
光が収まってからもう一度見てみると、ソレにはさっきまでは無かった文字列がいくつか刻まれていた。
───
氏名 シグマ・ブレイズ・エシュヴィデータ
学年 1年
階級 冥級 183/270位
───
ちょちょちょちょちょおおおおおおッ!?
なんでアリスとアクシア以外知らない俺の名前がフルネームで書かれてるんだ!?
しかも誰にも明かしていないのに冥級魔術師であることまで書かれてるし、一体何なんだこの学生証は!?
魔力だけでこんな細かく情報を調べられる魔道具なんて、その類が発展していたブレイズ王国でも聞いたこと無いぞ……。
こんな薄っぺらいモノだが、恐らく中には複雑怪奇でとても理解が及ぶような造りじゃない魔法陣が刻まれてるに違いない。
今すぐにでもコレを分解してその仕組みを知りたいんだが。
応用できればかなり便利だぞ、コレ。
と言うか、学生証ということは見せる機会もあるだろうしこの状態はかなりマズい。
アリスに要相談、だな。
それまでは誰にも見せずに隠し通さなければならない──大変なことになった。
「全員登録が完了したね。見ての通り学年やら名前やらが刻まれているけど、これは校門の出入りとか実践訓練場の出入りに必要になるから、絶対に失くさないように。ちなみに言っておくと、魔力を込めた本人が見せようと思わない限り他人には見えないよ」
マジか。
他人に見えないのは好都合だな。
しかし校門の出入りに必要とは、今日帰る時は『エシュヴィデータ』の部分を見せないよう注意しなければ。
ブレイズは見られてもなんとか言い逃れの仕様はあるが、前者を見られたら確実に終わりだからな。
加えて俺を受験に連れてきたアリスにも迷惑が掛かることは確実。
絶対に見られてはならん。
今から気を引き締めるとしよう。
「魔術師階級の横にある数字は、現段階での君たちの実力の程度──校内序列だよ。各学年90人、合計270人。序列上位にいけば色々な特典があるから、頑張ってね」
「特典、ですか?」
「そう。学費の免除や本の無期限貸出、卒業時の推薦──この国からのバックアップはかなりのものだし、狙って損は無いと思うよ」
学費の免除、ねぇ。
……あれ、そう言えば俺の学費ってどこから支払われてるんだろうか。
もしかしてアリスの小遣いだったり?
やべぇ、これ以上金を掛けてもらっては、その期待に応えられる気がしない。
上位を目指したい──が、上にいってしまえば目を付けられることは確実。
コレが
下位だと見下されず、かと言って上位だと見上げられることもない順位を目指すのが今後の主な動きになるだろう。
仕方の無いことだ。
「序列のことは後で生徒会の人たちから詳しい説明があるから、この辺にしておくよ。他に説明と言えば、校舎内での魔法の使用は基本禁止。校庭と実践訓練場はオーケー──こんなところかな。何か質問はある?」
「魔法の使用禁止と言いましたが、それは治癒魔法も含まれるのでしょうか? 魔道具製作の過程で怪我を負うことは多いですが」
確かに、魔道具の材料となる素材は加工が難しいモノも多いし、道具を使って負傷する可能性は決して低くない。
特に切り出しの時に指や腕を切ってしまう事例はよくあると言うから、治癒魔法は結構大切となるだろう。
だが──治癒魔法も、魔法は魔法だ。
「アリスくんの言う疑問は
「なるほど、わかりました」
やはり禁止だったか。
彼の言う通りひとつルールから逸脱した存在を許してしまえば、あーだこーだと言って他の魔法を使う者が現れるやも知れん。
この回答は至極当然のモノだ。
それに治癒魔法が禁止ということは、ソレをカバーできるだけの治療設備があるに決まっているからな。
寧ろそちらの方が人を選ばずに怪我を治癒できるし、良いのかも知れん。
そもそもの話、すぐに治癒しなければ死んでしまう事態では許されるだろうから、あまり心配は要らないだろう。
「あ、そうそう。言い忘れてたけど、クラス替えとかは基本的に無いから君たちとは3年間一緒になるね。皆よろしく!」
「やったー!」
「エグゼ先生に3年間実践戦闘を見てもらえるとか贅沢過ぎだろ!」
「……マジかぁ。だる」
クラス替えは基本無し、か。
つまりアリスとずっと同じクラスというわけだから、かなり好都合だな。
アリスもそう思ったのか視線だけ俺に向けると、小さくブイサインを掲げてきた。
俺も応えるように同じモノを向けると、彼女は満足そうに薄く笑う。
相変わらず笑顔が素敵な人だ。
俺はすぐにアリスから視線を逸らし、エグゼ先生の目を見据えた。
「さて、そろそろいい時間かな。それじゃあ皆は校庭に集合しておいて。生徒会の人たちから色々説明があるらしいから」
そう言い残して彼は教室を出ていった。
俺はゆっくりと立ち上がり、一番最初に教室を出て校庭へ向かう。
序列制度に実践戦闘、魔道具──。
色々気になることはあるが、まずはこの学生という立場と生活をしっかりこなそう。
探りを入れるのは、それからだ。
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