第2章 入学編

第1話【2】

 遂にこの日がやってきた。


 今日は王立神魔魔法学園の入学式だ。

 俺は真新しい制服に身を包み、普段は大雑把にしている髪の手入れもこころし丁寧にやったお陰かそれなりの見た目になっている。

 コレならばアリスの隣を歩いてもそうそう目を付けられることは無いだろう。

 元の見た目は悪くないと思うし、自信を持って胸を張っていればきっと大丈夫だ。


 馬車に乗って学園へと向かっているが、今日はなんとアクシアも制服を着て俺の斜め前に座っている。

 聞けば、彼も魔法学園へ入学するらしい。

 アリスのお傍付きとして更に実践的な魔法を求め、入学を決めたんだとか。

 熱心なヤツだな、尊敬する。


「ふぅ、ようやくこの時が来ましたか……。同じクラスになれるといいですね」

「そうだな。色々やりやすいし」

「僕はそこまで魔法が得意というわけではないので、アリス様と同じクラスになれるかは少し微妙な気がします……」

「完全実力主義と言っても、クラス分けは成績順ではないでしょう。クラス対抗の授業などが不平等になりますから」

「祈るしかないってわけか、結局」


 こうして彼女たちと話していると気分が落ち着いてくるのだから、不思議なモノだ。

 アクシアもアリスの前だからかそこまで敵意を剥き出しにしていないし、是非彼女と同じクラスになりたいところである。

 廊下ですれ違う度にガンつけられるとか絶対嫌だからな、普通に。


 まぁなるようになるだろ、と考えるのを止めた俺は窓の外を覗く。

 外には俺たちと同じ制服を着た人たちが何人も歩いており、いよいよ自分が学生になるという実感が湧いてきた。


 支給された制服はやはり魔法学園ということもあるからか、アリスから貰ったローブ程ではないが魔力伝道性が高い。

 白いブラウスに薄灰色のズボン──女子はスカートだが──、濃紺のジャケットが全学生で共通だった。

 人によってはその上に何か羽織ったりするらしく、俺はすっかり魔物の血が落ちたローブを羽織っている。

 なんだかんだ、俺のお気に入りなのだ。


「──そろそろ着きます。シグマさんはまだ表立って動かす気はありませんので、あまり目立たないでいてください。アクシアくんはいつも通りでいいですよ」

「了解」

「わかりました」


 ようやく始まる魔法学園の日々。

 まずは第一歩をしっかりと、踏み出そう。


 馬車で近づける限界のところで降り、そこからはアリスの足並みに合わせ徒歩でゆっくり向かっていく。

 俺は普段猫背気味の姿勢を真っ直ぐ正し、彼女から少し離れた場所を陣取った。


 アリスは俺と会った時、この国自体から軽く見られがちだと言っていた。

 しかし、たとえそうだとしても王族であることに変わりはない──つまり、嫌でも目立ってしまうのが彼女の立場なのだ。

 目立つのを避けるよう言われた以上、彼女たちとは知り合いという設定にしておいた方が色々都合が良い。


 同じ馬車から出てきたのでそこはどうしようもないが、まぁ見られたのは最低限の人数だし無視しても問題無いだろう。


「おはようございます、アリス様!」

「アリス様と同学年なんて、光栄ですっ!」

「ええ、おはようございます。共に学び競い合いましょうね」

「………」


 ……そんなに軽視されているようには見えないんだが、俺の気のせいであの態度の裏には何かが隠されているのだろうか。

 相手の癖を見抜くのは得意だが、感情や考えを読み取るのはやはり難しいな。

 アリスに声を掛ける人たちが純粋な好意でそうしているようにしか見えん。

 隣に居るアクシアも色々な人に声を掛けられているし、彼女の言葉の整合性が──。


 いや、よく見ると……男子は彼女に寒々しい目を向けているヤツが多い。

 なるほど、男尊女卑の風潮があるのだからソレに虐げられる女子は彼女の味方をし、男子は敵視しているのか。

 しかし、この国の力を持つ貴族を束ねる殆どは男性だと聞いているし、確かに行動を起こすのは難しそうだ。


 これからは忙しくなるかもな。

 そう未来に目を向けてほっと小さくため息をついていると、突然肩を軽く叩かれた。


「ねぇねぇ、君」

「ん……どちら様で?」


 振り返るとそこには、少女が居た。

 腰の辺りまで伸びた癖っけのある明るい茶髪がふわりと揺れる。

 俺を見る空色の目は鋭く、しかし敵意などがあるわけではない。

 決して注視するつもりは無かったのに目に入ってしまう大きな胸元は、俺には少々目に毒かも知れんな。

 そんな目鼻立ちの整った美少女は、腰に1本の剣を携えていた。


 流石にこうして肩を叩かれては人違いということもないだろう。

 俺に見覚えは無い。

 目立つマネはしたくないし、交流はもう少し人柄を見てから始めたかったのだが……まぁなるようになるか。


「おっと失礼。私はプリシラ・ソシエール。気軽にプリシラって呼んでよ」

「……シグマだ」


 ソシエール。

 クロノワール邸の書斎である程度主要な貴族の名は調べたが、その中にそんな名前があった気がしなくもない。

 あまり記憶力に自信は無いし、帰ったら軽く調べてみるとするか。

 今後利用価値が生まれるやも知れん。


「シグマくん。君、良いローブ着てるねぇ。その糸鋼蜘蛛アイアンスパイダーのでしょ? いいなぁ」

「あー、えっと、ありがとう。……何か用でもあったりしたのか?」

「ん? いやいや、学生にしちゃ良いもの着てるからさ、気になっちゃったんだ。特に用ってわけじゃあないよ」

「そうか。コレは入学記念にと親に買ってもらったモノなんだ。ローブが欲しいとだけ言ったら、こんな高価なモノを……な」

「ほぇー。愛されてますなぁ、君ぃ!」


 こういう時の言い訳は事前にアリスと共に作ってあるので、練習通りペラペラと嘘が口から出てきた。

 最悪な場合はアリスの身を使う手段を──例えば婚約なんかも使う可能性があるので、俺と共に住んでいることは伏せるらしい。

 理屈ではわかるが、そんなことにはなって欲しくないというのは俺の我儘か。


 それよりも、今はコイツだ。

 この国ではメジャーでない鋼蜘蛛アイアンスパイダーの糸が使われているのを一発で見抜いた辺り、かなり目が良いのだろう。

 嘘を自然に吐く練習は何百回とやったが、それでも自信は未だ付いていない。

 彼女のような目が良いヤツには見破られる可能性もあるし、注意が必要だな。


「適正属性元素って聞いてもいい? ちなみに私は風だよ。あんまいっぱい使えるわけじゃないんだけどね」

「俺は火だ」

「おー、火は使い勝手良いからねぇ。是非ご教授願いたいところですな」

「いや、何の為に教師が居るんだよ……」


 しかし、家柄も能力もあるとくれば、もしも味方に付けることができれば大きなアドバンテージとなるだろう。

 唾を付けておいて損は無さそうだ。

 適切な距離感を保って、いざ引き込む時スムーズにできるようにしておきたい。

 まずは友人にならなければ。


 そんな打算と共に会話を交わしていると、あっという間に学園の門へと着いた。

 この学園に裏門は無く、この正門からしか出入りはできないらしい。


 飛行魔法もあるので入れるだろう、とアリスに聞いたところ、学園を囲むようにドーム状の結界が張られているんだとか。

 遠い過去に何十人もの魔術師が協力して張った聖級のコレは、今では生半可な魔力量では破れない実質最強のセキュリティなのだ。


「……聖級なら、いけるかもな」

「ん? 何か言った?」

「いや、なんでも。入るか」

「そだねー。あの門番さんが配ってるのがクラス分けらしいよ」

「同じクラスになったら、よろしく」

「私はクラスが違くてもよろしくするよ」


 門番に制服を見せてプリントを貰うと、ソレを眺めながら門を潜り抜ける。

 SigmaシグマAliceアリスAxiaアクシアではかなり名簿が離れているし、まずは自分の名前を探すところから始めるか。

 えーと、クラスの線引きがされてる後ろから見ていって、と……お、あった。


「2組か」

「マジで!? 私も2組だよー! 改めてよろしくねっ!」

「ああ、よろしく」


 見たところアリスとアクシアも同じクラスだったし、かなり運が良かったな。

 もしかしたらエグゼ先生が色々手を尽くしてくれたのかも知れんが、とりあえず今はこの順調なスタートに素直に喜ぼう。


 少し離れたところに居るアリスたちに視線を向けると、彼女はどこか不機嫌な様子でこちらに歩いてくる。

 唇を真一文字に引き結んでこちらを睨むその様はかなり怖いが、別に怒らせるようなことをした記憶は無い。

 つーか目立たせないならこっちに来ないでくれた方が良いんじゃないか?


「──あなたは、わたしの部下ですよ。あまりうつつを抜かさないでください」

「……え、は? あー、っと……ハイ」


 すれ違う寸前、彼女は俺にしか聞こえない声量でそう咎めるように言ってきた。

 何を言っているのかイマイチわからず、俺はつとめて無表情を保ったまま目線で頷きとりあえず了承しておく。

 拗ねた子どものようにそっぽを向き、アリスは遅い足取りでツカツカ杖を突きながら校舎へと向かっていった。


 ──現を抜かすって、何の話だ?

 まさかとは思うが……ソシエールのこと?

 確かに彼女は可愛いが、現を抜かしているように見えてしまっていたのだろうか。

 鼻の下を伸ばした記憶は無いんだが。


 嫉妬してくれていたのなら、ほんの少しだけ嬉しかったりもする。

 俺は、彼女が好きなのだから。

 まぁ恋慕と言うよりは、友愛に近い感情だろうとは思っているが。

 どうせ一生を捧げるのだ。

 恋仲だろうと駒だろうと大して変わらん。


「アリスさん、相変わらず可愛いねぇ。思いっきり抱きしめてちゅーしたい。で、嫌がってるところをもう1回して堕としたい」

「王女でなんつー妄想してんだお前」

「じゃあ君はしたくないの?」

「……ノーコメントで」


 ポケットに手を突っ込んでそっぽを向き、俺もアリスの跡を追うように足を早めた。

 ソシエールが何か文句を言いながら付いてくるが、努めて無視を決め込んだ。


 ……別に想像とか、してねぇし。

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