第9話

「俺は、ブレイズ王国で生まれた時、史上最低の落ちこぼれの王族だった。闇属性への適正は高いのに、肝心の魔力量が笑えないくらい少なかったんだ」

「魔力量は生まれた時の器の大きさと、それから先取り込む魔力量によって決まると言いますが……今のあなたはこんなに多いのに、少なかったんですか?」

「ああ。人間は長年生きてる龍族とかを除けば最も魔力を持つ生き物だが、俺はそこらの下級の魔物よりも魔力量が少なかった」


 本当に文字通りの落ちこぼれだった。

 幸い知能はそこそこ高かったからすぐに殺されたりはしなかったが、それでも肩身の狭い思いをしてきたことは否定できない。

 あの時は、本当に生まれたことを後悔していた気がする。


「だが、ブレイズ王国ではある研究がされていた。その内容は──魔力量の少ない動物の器を作り替える、ってモノだ」

「な……っ。生き物の仕組みを、変えるということですよね、それ。そんなことが許される筈ないでしょう……?」

「そうだな。だからウチではその研究は決まって『呪術』と形容されてきた。そんで、その呪術の対象となる器の大きさは人間には普通ありえないくらい小さい。だが──偶然にも俺はその範囲の最大値と殆ど一致した」

「それって……まさか──!」

「ああ。俺は父親にその呪術を施された。結果こんなバカみたいな魔力量を持ってるってわけだ。コレは才能でも努力でもない、呪術からのたまわりり物なんだよ」


 ……幻滅、されただろうか。

 きっと決死の思いで俺を拾っただろうに、そんな汚い力しか持っていないこと。

 その穢れた醜い力に酔いしれ、あなたを傷付けてしまったこと。

 沢山思い当たるモノはある。


 だが、言葉は止めない。

 こんなのはまだ序章に過ぎないのだから。

 コレだけなら昨日のようなことには普通なり得ない──他の要因があることは、アリスもきっとわかっているだろう。


 言え、俺。

 止まるな──止めるな。


「呪術って名前だ。そりゃタダで力を与えられるような万能術じゃない。俺みたいにソレを受けたヤツは、代償を払ってる」

「……代償、とは?」

「神とやらに貰ったモンを変えるんだ。相応のモノだよ──命に決まってる」

「ッ……やはり、そうですか。ですが、あなたは自身の命なら違う言い方をする筈」


 勘がいいな、アリス。

 確かに俺は、自分の命が力の代償ならしっかりとそう明言していただろう。

 ただひと言『命』と形容したのは、そうではないからだ。


「俺は呪いをこの身に受けてる。……定期的に他者の魔力を食べなければ、身体を魔力に食い尽くされる──ってモノだ」

「それは、言葉通りと捉えても?」

「ああ。魔力が巡る体を内側から食われて、最終的にこの世のモノとは思えない苦痛と共に存在ごと食い尽くされる」


 アリスが俺の言葉を聞いて身震いした。

 きっとソレがどんな光景なのか想像してしまったのだろう。

 俺は何度も自分以下の動物たちが苦痛に涙を流しながら、存在を食われ《素魔力エーテル》になっていったのを見てきた。

 アレは本当に、むごいモノだ。


 犬の咆哮、猫の喘鳴ぜんめい

 豚の怒りの絶叫、魔物のえんの声。

 自身に降り掛かる体を蝕まれる感覚と、何かを殺した時にやってくる快感。

 死に瀕した後生きながらえると、本当に気持ちが良くて、その時犯した行為への感情などどこかへいってしまう。

 歴史上、最低最悪の呪いだ。


「初めて殺したのは、虫だった。小指の爪くらいのサイズのはえを思いきり手のひらでぶっ潰した。その時、俺は魔力を食べた。

 少しずつ殺す虫を大きくして、ひと回り器が大きくなった後殺したのは、豚だった。からだを火属性魔法で半分焼いた後、両手で顎をこじ開けた。凄い血の量だった。

 更に器が大きくなって、殺しの対象が知能の高い生き物へと変わっていった。猫、犬、そして──人間に」

「ッ……! なんて、ことを……! 自らの息子に、そんな……ッ!」

「今まで殺した人の顔なんて忘れてしまうくらいの数を、殺してきた。何百──いや、下手したら千も超えるかもな。

 しかも魔力を食べる度に次必要な魔力量が増えるんだ。俺が生きる為には、この負のスパイラルに従うしかない」


 俺はそこで一度言葉を区切り、ホットミルクを少し口に含んだ。

 唇があまりにも乾いていたからだ。

 喉も掠れてきたし、緊張で舌が絡まって上手く動きそうになかった。


 この渇きが無くなることは、決して無い。

 俺は生きている間、本来ならば狩られる必要の無い命を無尽蔵に食らい続ける必要があるのだから。

 これから先も、必要な魔力量は増える。

 きっといつか抑えが効かなくなり、昨夜アリスへしたように罪無き人々を何人も傷付けてしまうのだろう。

 ソレがあまりにも、怖かった。


「──それでは、昨日、あなたは人を?」

「いや、昨日は少し無理をして……光のダンジョンに3階層まで潜って魔物を50匹くらい殺してきた。誰も殺してない」

「そう、ですか……。魔力であれば、それは人でなくても構わないのですね。あくまで呪いの代償は魔力、と」

「ああ。……流石に、幻滅するよな。こんなクソみたいな人殺しじゃ──」

「そんなことはありませんっ!」


 自嘲するように吐いた言葉を、アリスは今までで1番大きな声で否定してきた。

 危うくホットミルクを零すところだった。


 アリスの言葉は止まらない。


「確かに殺人というのは善い行いではありませんし、簡単には許されません。ですが、その行いの原因はあなたではない。シグマさんは昨夜わたしの穴の空いた手のひらを見て──泣いていましたよ」

「………。俺が、泣いていた?」

「ええ。唇では笑みを浮かべているのに、歯を食いしばるあなたの左目からは透き通った涙が零れていました。……あなたもきっと、普通に生きたかったのでしょう?」


 まるで核心を突かれたように、俺は動きを止めてアリスの目を見つめてしまった。

 彼女の灰色の瞳は、相変わらず綺麗だ。

 しかし、ソレがいつもよりきらめいて見える理由は──彼女が悲しそうに、儚げに、泣いていたからだ。


 何故あなたが泣く?

 あなたはむしろ俺を非難する立場だ。

 そう問おうにも、俺の口は全くと言っていい程言うことを聞いてくれなかった。


「シグマさん、契約の内容を変えましょう。あなたはわたしに力を貸し、わたしは──あなたのその呪いを解くことに尽力します」

「……え?」

「光属性の神級魔法には、過去に一度だけ前例のある神級呪戒魔法を解呪できる術式があると言います。わたしはそれを習得し、あなたに掛かったそれを解消する。……この一生を掛けたとしても」


 ──なんで、そこまで。


「わたしとあなたは、似た者同士なので。大した理由なんて必要ありません。わたしが、あなたを助けたい。……それだけでは、不十分ですか?」

「……でも、俺は、あなたを傷付けた。きっとこれから先も、幾度となく傷付ける。それでも、いいんですか」

「はい」

「俺が普通に生きて、いいんですか」

「──はいっ」

「……俺は、あなたの助けに、なれますか」

「───はいっ!」


 ……ありがとう、ごさいます。


 俺はゆっくりと彼女の元へと歩み、その前に膝を突き跪いた。

 コレは、契約。

 だが、たとえソレが完遂されなくとも、俺は彼女のその言葉だけで救われた。


 これから先は──俺が返す番だ。


「シグマ・ブレイズ・エシュヴィデータ。この一生を捧げ、あなたに忠誠を誓います」


 俺は深く、こうべを垂れた。

 その日、俺は名実共に彼女の駒となった。


*  *  *


 第1章 入国編 了


 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

 ストックが尽きたので毎日投稿はできなくなりますが、なるべく週に2回程度は出したいと思っています。

 引き続きよろしくお願いします。


 次章

 第2章 入学編

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