第5話

 昼食を食べ終えた俺たちは、受験場所の王立神魔魔法学園へと向かうことになった。


 学園へは馬車を使って行くらしく、屋敷の門の前には立派な馬車が待っていた。

 荷台を引く馬の毛並みは白く、光の魔力を持つアリスを乗せるのに丁度良く見える。

 まるで天の使いのようだ。

 逆に俺には似合わなすぎて内心苦笑いを漏らしたが、まぁ別に乗っている間誰かに見られるわけでもない。

 気にする必要は無いだろう、たぶん。


 先に俺が乗り込み、アリスに手を伸ばしてゆっくりと彼女を引っ張り上げる。

 杖を突いていては段差の昇り降りは厳しいものがあるだろうし、せめてこのくらいはやらせて欲しい。

 相変わらず彼女の手は柔らかいが、幸運なことにポーカーフェイスは得意だ。

 表情筋は殆ど動かなかった。


「いよいよ、ですね。心配はいらないと思いますが、頑張ってください」

「はい。精一杯やります」

「落ちても何か罰したりはしませんから、のびのびと試験を受けてくださいね? 気に入らないから殺す、なんて真似はしません」

「………。はい」

「なんですか、今の間は」

「いえ、別に」

「むぅ……」


 そんなやり取りをしていると、馬車がゆっくりと動き始めた。

 俺は会話をやめて外へと視線を向け、メビウス王国の街並みを眺める。

 ブレイズ王国よりも道が整っていたり、白っぽい色を基調としている建物が多かったりと様々な違いが見られる。

 綺麗だ、本当に。


 視線を窓から前に向けると、馬に乗るアクシアの姿が目に入る。

 乗馬は一度もやったことは無いが、こうして目の当たりにすると中々どうして格好良く見えるモノだな。

 まぁ自分の足で歩いた方が馬に乗るよりも戦い方に自由度が生まれるし、今後も乗ることは無いだろうが。


 無言でしばらく時間が過ぎる。

 流石に緊張してきて手汗が滲んできた。

 受かるのは確実なんて言われても、実際どうなるかなんてわからない。

 ましてや失敗の許されない受験。

 緊張が抑え込めなかった。


「……あ、ひとつ伝え忘れていました」


 アリスがそう言い手を合わせた。

 え、ソレ今なの? 遅くないですか?


「シグマさん、先日お渡ししたペンダントはしっかり着けていますか?」

「え? ええ、まぁ。服の下に一応」

「では、それに好きな色を思い浮かべながら魔力を流し込んでみてください」

「……? わかりました」


 好きな色か。

 色に好き嫌いもクソも無いんだが……まぁとりあえず想像してみるか。

 それにこの好きは本質的には『自由に』ってことだろうし、そこまで深く考える必要も無いだろう、たぶん。


 最も印象に残っている色を頭に思い浮かべるように、大して面白みも無い自らの過去に思いを馳せる。

 色に関する記憶なんて殆ど無いが、しかし最近見て心から綺麗だと思った色がひとつあったのを思い出した。

 ソレを思い浮かべながら、ペンダントに魔力を込めていく──。


「ほう、灰色、ですか。結構不思議な色を思い浮かべるんですね」

「……なんでわかったんですか?」

「はい、鏡をどうぞ」


 アリスが差し出してきた手鏡を受け取り、訝しみながらソレを覗き込んだ。

 何故唐突に鏡なのかイマイチわからなかったが、俺はそこに映る自分を見て一瞬息を止めてしまった。


 俺の忌々しい黒髪は、いつの間にか明るい灰色に──アリスの瞳のような美しい灰色に染まっていたのだから。


「そのペンダントは所謂いわゆる変装道具です。髪以外を変えるものもありますが、やり過ぎて自己を見失っては叶いませんからね。障害になるであろう髪だけにしておきました」

「装飾品ひとつで……凄いですね」

「ふふ、ありがとうございます。久しぶりの魔道具作りだったので、少々張り切り過ぎたかも知れませんがね」


 ……コレ、アリスが作ったのか。

 魔道具を作れるとは、本当に凄い人だ。

 それに少量の魔力でこんなにも綺麗に髪色をピンポイントで変えられるだなんて、一体どんな複雑な魔法陣が刻まれているのか。

 描く技術も、ソレを思いつくことも凄い。


 俺はソレを大切に服の内側にしまった。

 俺もいつか、彼女に何か贈りたい。

 そう思った。


「それにしても、随分と綺麗な灰色ですね。見たことがあるのですか?」

「ええ、ありますよ」

「羨ましい限りです。わたしはそんな綺麗なものを見る機会はあまり無いので」

「いや、あなたこそ沢山あるでしょう」

「……?」


 ──コレ、あなたの瞳の色ですよ?


 そう言った瞬間、彼女の頬が赤く色づく。

 恥ずかしそうに目を伏せ、しかしどこか照れくさそうにはにかむ彼女は、あまりにも美しくて、可愛かった。

 言ったこちらも恥ずかしくなり、俺は無理やり視線を窓の外へと向ける。


 相変わらず、街並みは綺麗なモノだった。


*  *  *


 学園はかなり広かった。


 建物に主に使われている白いモノは耐魔レンガという特殊な加工がされたレンガで、魔法に強い耐性があるのが特徴だ。

 耐魔レンガは様々な建物に使われるが、白くなるまで加工を続けたとなれば聖級魔法でも一撃では吹き飛ばせないほどだろう。

 記憶が確かなら耐魔レンガは性能の代償に着色ができないので、欠陥工事がされている可能性は無いに等しい。

 凄い場所だ、本当に。


 俺はアリスとアクシアに連れられて学園の中を歩いているが、特に奇怪な視線を向けられたりはしていない。

 髪色を変えたのは正解だったようだ。

 この国ではブレイズ王国ほど髪染めの技術が発達していなかったので困っていたが、アリスには本当に感謝してもしきれないな。


 しばらく歩くと『実践訓練場』と書かれた扉の前に着いた。

 目的地はここらしく、扉の前に居た門番らしき人らにアリスが先日送られてきた書類を見せると、彼らは快く中に通してくれた。

 ガタイのいい門番は軽装備だが、そのお陰か服の下にある筋肉美が見て取れる。


 かなり鍛えてあるのに、コレでも魔法学園の門番止まりになってしまうんだな……。

 やはりこの国では、肉体よりも魔法がものを言うのだろうか。

 魔力量バカの俺とは少しばかり──いや、自分の立場もかんがみればかなり相性は悪いのかも知れん。

 絶対に学生という立場を確立しなければ。


「こちらアリス・メビウス・クロノワール。受験者を連れて参りました」

「こんにちは、アリスくん。アクシアくんも久しぶりだね」

「お久しぶりです、エグゼ先生」


 俺たちを出迎えたのは、優しい柔和な笑みを浮かべながらも鋭い視線を俺に向けてくるイケおじだった。

 視線だけでなく、いつでも全方向に動けるその姿勢や右手に握られた大きな杖など、強者の雰囲気が凄まじい。

 こんな人が教師に居るならば、この国の魔法レベルが高いのも頷けるな。

 優秀な教師の元で育った人間が国を動かすのだから、水準が高くなるのは自明の理。


 だが、問題無い。

 強いとは言ったが、ブレイズ王国にはこの人くらいならばゴロゴロ居たし、俺はソレを何人も殺してきた。

 いつでも、殺せる──大丈夫だ。


「キミ、名前は?」

「………。シグマです」


 フルネームを言うか迷ったが、ファーストネームだけでも良いだろう。

 身元なんて調べても出てこないし、アリスの自信満々な顔を見れば何か手を打っていてもおかしくない。

 頼ってばかりで申し訳ないが、流石にエシュヴィデータとは名乗れんからな。


「彼が、アリスくんの言う?」

「ええ。わたしの右腕になりる存在です。どうぞわたしのことは気にせず、色眼鏡無しで判断してください」

「フフ、あのキミがそこまで言うとはね。本当に、大きくなった……。シグマくん、容赦無くいくから、覚悟するように」

「……ハイ」


 ちょっとアリスさん?

 あんた何言ってくれちゃってんですか?

 わざわざハードル上げなくていいですよ?

 そんな意思を込めた視線を向けるわけにもいかず、俺は至って平坦な声で答えた。


 その後、試験はつつがく行われていく。

 魔力量測定もアリスとの特訓のお陰で特に不正を疑われたりはしなかった。

 適性属性元素魔法は以前撃ったモノはアリスにもアクシアにも驚かれたので、少し込める魔力量を減らして撃った。


 緊張でパフォーマンスが落ちたりもしていないし、中々良い感じな気がする。

 このまま最後まで無事走り抜けたい。


 最後の試験は試験官との実践戦闘。

 負けることは無いだろうが、だからと言って舐めて掛かっては寝首を掻かれんとも限らないし、戦闘スタイルは基本のままだ。


 まぁ、学園側がいち受験生を殺すようなことは普通無いし、最悪負けても問題無い。

 俺は勝つ為に来たのではなく、学園に入学する為に来たのだから。


「それじゃあ最後は、僕と戦ってもらう。アリスくんの言葉が本当なのかどうか確かめる為にも、本気でいかせてもらうよ」

「……よろしく、お願いします」


 実践訓練場の空気は、ピリついていた。

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