第4話
メビウス王国に来て1週間が経った。
魔力も体力も万全となり、いよいよ本格的に活動を始めようとしたその日。
アリスが俺が来た翌日から説得を試みていた魔法学園が、遂に俺の受験を許可してくれたらしい。
もしかしてだが、アリスはバカ正直に俺の存在を話したのだろうか。
時間が掛かったのは単純にこの時期に受験なんて難しいからなのか、それとも俺がブレイズ王国の人間だからなのか。
……まぁどちらでもいいか。
彼女の不利益にならないよう上手く立ち回ることの方が今は大事だ。
つまるところ、今日俺は受験生となる。
魔法学園はあまり遠くないので、昼食を済ませてから向かっても間に合うらしい。
そうして時間の余った俺たちは受験に向けての最終確認を行っていた。
「受験項目は大きく3つです。魔力量測定、適性属性元素魔法の熟練度、試験官との実践戦闘ですね」
「アリスさんの言葉通りなら、適性属性元素魔法に関しては問題無いんでしたよね」
「ええ。距離のあるブレイズ王国からメビウス王国まで追手を振り払いつつ来れたことを考えれば、実践戦闘も大丈夫でしょう」
……あんな戦闘は二度としたくない。
酸欠で途中何度も死にそうになったし、近接型の数が多過ぎて魔法だけでは対処しきれなかった。
魔法学園と言うくらいだし、弓矢や毒の塗られた剣などを使うのは無しの実践戦闘にしてもらいたいところだ。
「しかし、ひとつ問題があります。恐らくですが、シグマさんは魔力量測定で試験官から不正を疑われるでしょう」
「……え、なんで? ……ですか?」
「むぅ、まだ堅苦しい……。シグマさんの魔力量が多過ぎるからです」
自覚はしていたが、どうやらこの国に
もしもそれだけの魔力量が無ければ今頃追手に捕まって引き戻されているだろうし、それに関してはわかる。
しかし、あちら側が用意するモノなのに不正を疑われるって、どんだけなんだ。
アリスを見る。
彼女からは神聖な魔力が漏れ出しており、意識を集中させれば見えるソレはその身に膨大な魔力を宿している証拠だ。
俺も傍から見たら同じなのだろうか。
今は制御できていると思うのだが、やはり上位魔術師には見破られる程度には漏れ出していても、おかしくは……ないな。
「そこで、シグマさんには魔力量を偽ってもらいたいのです」
「……無茶苦茶言いますね、あなた」
「いいえ、決して無茶ではありません。魔力量測定は特殊な水晶を使って行いますが、それは魔力の流れを一部分けて測定します。つまり、水晶に流れないよう制御すれば魔力量はいくらでも騙れます」
ああ、なるほど。
俺が着ているローブの糸に流す魔力を増やしているように、水晶に対してその逆のことをすれば良いというわけか。
魔力が伝っていくのを意図的に妨げ、測定に使われる魔力量を減らせばいいのだ。
なるほどなるほど。
……いや、普通に無茶だろ。
魔力量測定を行えるほどの水晶なのだから魔力伝道性は高い筈で、そこに流れるのを抑制するには相当の制御が必要だろう。
魔力制御は得意な方だが、だからと言って理論通りできるとは思えない。
机上の空論だ。
「納得、していなさそうですね。……では、わたしの手を取ってください」
「……?」
言われた通り彼女の右手をそっと取る。
小さくて、柔らかくて、いつまでも握っていたくなるような、可愛らしい手。
細いのに骨ばっていなくて、彼女が女の子であるという事実に頬が熱くなった。
「──
万物が力は総て平等也。
主が与えし
主が
──反転術式、《
ッ……!?
魔力が……吸われる……!
アリスが詠唱を終えると共にその手から神々しい光が溢れ出し、俺の手のひらから猛烈な勢いで魔力を吸い出し始めた。
生物に宿る魔力は、生命力に似たモノ──全て吸い尽くされてしまえば、その命すらも簡単に奪えてしまう。
いきなり何のつもりだ、この人。
「なにを──」
「妨げてください。あなたからわたしに流れ込む自身の魔力を、抑え込むんです」
「……!」
つまり、コレは──魔力制御の練習か。
随分な荒療治だが、確かにわかりやすい。
万全の状態で他人の魔力を吸収するのは、ほんの少しだが危険を伴う。
早く制御をしなければ、彼女の身に何が起こるかわかったもんじゃない。
魔法のイメージは人それぞれだ。
血液のように身体中を循環していて、ソレが魔法を使う時に一点に集めて放出する。
俺はこう想像して魔法を使っており、今はその一点集中が他人に意図的にされている状態とほぼ等しい。
そこに集まっていく魔力を、意図的に体全体に分散させていくように──。
「……凄い。一瞬で魔力が途切れた……魔力制御がお上手なんですね」
どうやら上手くいったらしい。
コレは、流すよりもかなり難しいな。
今回のようなケースには使えるが、長時間維持するのはほぼ不可能だろう。
魔力が邪魔になる時は絶魔体でできた手袋などを使うのがベターとなりそうだ。
「それでは、少しずつ強くしていきますね。わたしのこれに完全に対処できたら、魔力量測定もきっと乗り越えられるでしょう」
「わかりました」
アリスは俺の手を少し強く握ると、集中するように瞼を下ろして鋭い息を吐く。
次の瞬間俺の手のひらから再び魔力を吸い出されそうになったので、抵抗するように集まっていく魔力を分散させる。
強く吸われるほど散らすのに意識を向けなければならないが、しかし強くし過ぎてはあちら側へも散っていってしまいそうだ。
結構難しいな……。
──数分後。
魔力は未だあちらへと流れていない。
しかし、そろそろ限界が近いんだが……まだ終わらないのか。
と思っていた矢先、アリスが口を開いた。
「──これが水晶より少し上の力です。こちらに魔力は来ていないので、きっと本番も大丈夫でしょう」
「ふぅ……感覚は掴めました」
「それなら良かったです。本番では少しずつ魔力を流して、光が眩しく感じる前に供給を止めれば大丈夫だと思いますよ」
「わかりました」
なるほど、魔力量測定に使う水晶は流れ込む魔力によって光り、その量によって光量が変わる仕組みというわけだ。
その光の強さによって受験者の魔力量を測定する──実にわかりやすいが、果たしてソレは正確なのだろうか。
光の強さなんてモノ、判定はかなり曖昧になると思うんだが……まぁいいや。
「う……っ、はぁ……ぁ……っ」
俺の手を離すと、アリスが突然苦しそうに胸を押さえて喘ぎ始めた。
口から漏れ出る息は熱く、瞳は焦点が合っていないのか少し霞んでいる。
俺の魔力を少量とは言え吸い出したのが悪かったのかも知れない。
「だ、大丈夫ですか?」
「あはは……無様な姿をお見せして、申し訳ありません。少し魔力の中和に手間取っているようです。少ししたら、治りますから」
「そう、ですか」
本人がこう言っているし、俺はその言葉を信じることしかできない。
追求はやめておこう。
あまり彼女の事情に踏み込み過ぎても、良いことなんてあまりないだろうし。
それに、深い詮索はもう少し時間が経ってからという約束だ。
俺にできることは、まだ無い。
悔しかった。
「……それにしても、シグマさんの魔力は濃度が凄まじいですね。これほどまでに息が詰まるようなものは、初めてです」
「魔力の波長の違い、とかですかね」
「ありえますが、わかりません。いつか研究をさせてもらうかも知れませんが、その時はお願いできますか?」
「……できる限りは」
「やった。ありがとうございますっ」
調子が戻ったのか、元気な微笑みを浮かべてアリスは拳を小さく握った。
その微笑みに思わずこちらも口角が上がってしまい、それを隠すように窓の外へと視線を向ける。
未だこの屋敷の外には出たことが無い。
本当に俺は、この国で生きていくことができるのだろうか。
本当に俺は、彼女の力になることができるのだろうか。
未来は不安でいっぱいだ。
「──魔法学園、か」
だけど、楽しみなこともある。
我ながら似合わない明るい未来を想像し、俺は口の端で小さく笑った。
まずは受験に受かるよう、頑張ろう。
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