閑話
「あぁ……彼は、同類だ」
初めてシグマさんを見た時、わたしは何の根拠も無くそう感じました。
この国には存在し得ない血に
焦点が合っていないながらも決してそこに映る心が折れていないことがわかる、美しいアメシストのような
枯渇寸前の薄い、しかし死神と
彼はあまりにも無垢で、美しくて──まるでガイア様自身が創り上げたかのような至高の魔力を漂わせていました。
こんな存在、世界に許されて良いの?
冷静な頭ではそう考えていましたが、しかしわたしはアクシアくんの忠告を無視して彼に治癒魔法を掛けました。
何か理由があったわけでもありません。
同類だと感じはしましたが、それと敵国の王子を助けることはイコールではない。
わたしは何故、彼を助けたのか。
──死んで欲しくない。
ただそれだけでした。
感情論です、王女失格ですね。
わたしにはチャンスがありませんでした。
男尊女卑の風潮が残るメビウス王国では、王女が王位を継承することは基本的にありえません。
精々家の繋がりをより強固にする為、どこか良い家へ嫁がせる程度でしょう。
しかし、わたしは生まれつき体が弱い。
それは杖無しでは歩けないほどで、貴族の男性のお相手をマトモにすることすらできないのです。
本当に何の価値もない、国民の税金を食い潰すだけの女──それが、わたし。
そう何度も言われてきました。
それが事実であることが、何よりも辛い。
成長すればするほど肥大化していく魔力。
自分が自分でなくなるようで、怖くて思わず手首を切ろうとしたことさえあります。
あの時アクシアくんが止めていなければ、わたしは今ここには居ないでしょう。
あの時は怒りましたが、今となっては彼にも感謝しなければなりませんね。
わたしは、呪い子と呼ばれています。
ただの蔑称などではなく、本当に呪いをこの身に受けているのです。
身体の自由、成長を奪われ、代わりのように身に余る膨大な魔力量と闇以外の全属性元素への適性という、文字通りの天賦の才を与えられました。
わたしは呪い子であり、天才です。
そして、それは──彼も同じ。
シグマ・ブレイズ・エシュヴィデータ。
ブレイズ王国王子。
世界で唯一闇属性に最適性を持つ家系。
わたしとは対極であり、しかし同じ天才。
望んでもいないのに神に何かを捧げ、不本意ながら絶大な才を得てしまった人間。
初対面なのに、その壊れきった希望も絶望も見ていない穴のような瞳に、妙な親近感を覚えたのです。
鏡で見る自身のそれにそっくりでした。
わたしの色素の薄い灰色の瞳は光を
救ってくれるかも知れない。
支えてくれるかも知れない。
理解してくれるかも知れない。
そんなのは全て、わたしの愚かな願い。
だけど、それでも──彼に生きて欲しい。
感情に任せ、上級治癒魔法を掛けました。
結果として、シグマさんはわたしの見立て通りの天才でした。
本人は闇と火属性元素に適性がある、程度にしか語りませんでしたが、その魔力量はこの国最大のわたしを優に超えるでしょう。
既に身を蝕まれ喰い尽くされていてもおかしくない、人間には普通ありえない程の神話に出てくる魔王が如き魔力。
怖い、という感情が無いと言えば、流石に嘘になりますね。
出会った時から既に恐怖に心を鷲掴みにされていたことは自覚しています。
しかし、未だ恐怖より親近感の方が強く、彼がわたしにその空虚な瞳を向けてくれるという事実だけで心が踊るのです。
神様の壊れたお人形仲間──勝手にこう思っていることを知られたら、嫌われてしまうかも知れませんね。
「……未来が楽しく想像できるなんて、いつぶりでしょうか」
物心付いた時には、既にお父様の
実に12年ぶりかも知れません。
いえ、物心付く前は未来を想像なんてしていないでしょうし、もしかしたら初めてのことなのでしょうか?
仮にそうだとしたら、わたしはシグマさんに貰ってばかりになってしまいます。
何かを返すことができたら良いのですが、今のわたしには、何の力も……無い。
今のわたしは彼の最低限の生活を保証する程度のことしかできません。
胸が苦しい。
これは一体、どんな感情なのでしょうか。
悲しみとも絶望とも違う、自らの無力感に対するナニカ。
何もわかりません。
夜空に浮かぶ三日月を眺めて嘆息すると、どこかから
つまり、今の時刻は0時。
普段なら既に寝床に
……今できることは何もありませんしね。
大人しく眠って、また明日考えることにしましょう。
そもそも、自身の感情なんて──どうでもいいモノなんですから。
「……おやすみなさい」
返事はどこからも返ってきませんでした。
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